死にたくないので炎上上等! 地球への手がかりを探すSFオタクが、銀河最底辺ダンジョン配信でミームから神話になるまで   作:生駒伊織

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31話3 思考の差異者

 

 

むせ返りそうなほど濃いオイルの匂いと、鉄の焦げる香りが混じった風が吹き抜ける。

……三十分後、周囲にはレオパルドンとヴァレン。そして拘束されたミナカと彼女を拘束し続けるアンドロイド以外誰も立っていなかった。

彼我の距離は十メートル。

 

「なるほど、お見事。たった二か月で非常に腕を上げられた」

 

レオパルドンの前で、ヴァレンの白いコートが揺れる。

高速加工モードが連続使用で強制終了し、フィールド・モジュレーターの体色が黒から赤に戻る中。レオパルドンは一度周囲に目を配る。

まだ武器加工に使える素材は大量にあった。

 

「それに目端も格段に良くなった」

 

まるで内心を見透かすようにヴァレンはそう言うと、まず彼は右手を虚空に抜き取る仕草をする。しかし彼の人差し指と中指の先端に一瞬赤い光が生じるも、それだけで終わった。

配信停止対策のプログラムは万全に動いている。

 

「やはり対策はしておりますか」

「ありがとうでござる皆……」

 

瞬間、レオパルドンは地面に埋もれていた残骸を右足で蹴り上げる。つま先から百二十センチ程の鉄骨が掘り上げられ、右のすねと太ももに固定される。

膝の部分で一度鉄骨はカットされ、動きに支障は来さないようにした。同時に右の手首が一度縦に開閉し、ワイヤーのロールが現れる。

右の腕甲に自動的に添えられると、フィールド・モジュレーターはワイヤーで投石ひもを編み始める。レオパルドンはそこに左のスリーブから取り出した鉄の欠片を添えた。

鉄の欠片に爆発エネルギーを付与すると、レオパルドンはひもを回転させ始める。

 

”レオパルドン! 行けー!”

”倒せ!”

 

レオパルドンの視界。配信コメント欄に幾つもの白文字が流れる中、ヴァレンは位相転換杖から紫の光を放つ刃を、右手でまるで日本刀を引き抜くように抜く。光が刃を模った刹那、炎が刀身を包んだ。

余った部分は腰の左に差し、次いで左手でコートの内から短剣を抜く。

レオパルドンの背筋に戦慄が走った。アレがラクトゥーの鍵だ。

ヴァレンは両手の剣を下げ、自然体のまま立っている。レオパルドンは警戒した、ああいうのが一番恐ろしい。構えもしないで自然体の相手に逆転勝利される話など、なろうで幾らでも転がっている。

……次の戦略の為、レオパルドンはエアー・コンプレッサーに吸気を始めた。空気を吸い込む音が地響きを立てるように。

 

《右レッグガーダー、右グリーブ加工完了》

 

人工の女の声がそう告げた瞬間、レオパルドンは投石ひもから鉄の欠片を投げた。同時に舌で左の奥歯を押し、レオパルドンビデオシグナルを起動する。

鉄片を五メートルの地点で爆破する。爆発は任意だ、こうして目くらましの煙幕替わりになる。

スローで広がっていく白煙の中、レオパルドンはヴァレンの出方を見た。

 

その時ヴァレンは既に白煙の下をかいくぐり、レオパルドンへ一直線に向かう最中であった。

途端、周囲には赤々とした炎が揺らめき始める。間違いない、テキストにあったソーサラーの物理法則改竄だ。

 

狙うのは胸の一点。量子フェージングを使われれば一瞬で終わるだろう。

進行速度は遅い。普通の徒歩ぐらいの速度で、送り足――前足が後ろ足を超える歩き方で一直線に向かってくる。

位相転換杖と短剣の切っ先は間合いを測らせない為に点。

 

徐々に近づいてくるヴァレンに対し、レオパルドンはあるプログラムを起動。それはラクトゥーのバリアを突破する時に使った物だ。

エアー・コンプレッサーから噴出される空気に緑色のオーラが混じり、それが二刀の量子フェージングを防ぐ。

そこでビデオシグナルが切れた。

ヴァレンはレオパルドンの胸の装甲を軽く蹴り、五メートルほど背後に跳躍。距離を再び離す。

 

「ふむ、ラクトゥーに入る為の手段を防御に変えましたか。戦い慣れしましたね、レオパルドンさん」

「……貴公の戦い方、もっと滅茶苦茶に短剣なりウィザードの異能を使う物かと思ったでござる」

「若い頃は確かに見た目の派手さに気を取られましたが、ウィザードの戦いに派手さは不要。基礎を極めれば自ずと最適解が見えるものですよ」

 

レオパルドンが右の投石ひもを解く中、ヴァレンは再び顔の前に刃を交差するように置く。そしてまるでデモンストレーションのように近くにあった百八十センチほどの残骸を、位相転換杖で斬る。

鋼鉄で出来た残骸は、紫色の刃の前で右斜めから断たれる。断面は極めて滑らかだった。

 

「必要な時に必要な分だけ力を使い刃を置く。それ以外は全て無駄、元来戦いとは見世物ではありません……地道な技術の積み重ねこそが肝要ですよ」

「ならば、拙者はその逆を行くでござる」

 

ヴァレンのその言葉に右足で出来上がった武器を組み上げる。右太ももからは柄と鍔。続いて、右すねが一度右太ももの装甲をスライドして連結すると、持ち手と刃が接続し彼の手元に収まる。

せり上がるようにスライドした持ち手を引き抜くと、現れたのは薄い……厚さ四ミリほどの刃。最後まで引き抜くと、その長さは三メートルにも及んだ。

 

”なんだ、ありゃあ……”

 

彼が作ったのはインドの曲がる剣、ウルミである。

 

「ほう、そんな武器があるのですか……初めて見ました」

 

流石のヴァレンもこれには驚いたらしく、感嘆の声を上げた。

レオパルドンは渾身の力を込めて振るった。横凪ぎに一閃するも、ヴァレンには難なく回避される。

手首を一瞬だけ返し、軌道を戻す。土煙を上げて刃は鞭のようにしなり、レオパルドンの装甲を掠めて元の位置に戻る。……奇抜さで――自らもダメージを受けることも覚悟し――仕掛けた一撃は、ヴァレンに掠りともしなかった。

 

「使い慣れていない武器はあまりおすすめいたしかねます。貴方もそれが解らないほどではないでしょう?」

 

真面目に考える。相手は異能の力を持ち、光る剣を持ち、闇堕ちして、……そもそもの大前提として自分より実力が遥かに上。

普通にやれば勝ち目がない。普通のパンチ、普通の攻撃など到底当たるとは思えない。

唯一攻撃が当たった事と言えば――

 

『喰らえ……エッチなガンビット攻撃!』

 

そう言えばあの時だけは当たった。ならば、とレオパルドンは自らの持ち味を活かす事にした。

ヒントは今自らが使ってる武器にある。その柄を両手で握る。

 

「おそらく、真っ向勝負では拙者は貴公には勝てぬでござるな……」

「否定はいたしません。レオパルドンさんよりかは、武術に対し一日の長がありますから」

「ならば、ここからは戦い方を変えるでござるよ」

「ほう、どのように?」

 

会話するのは再度レオパルドンビデオシグナルを回復する為。このやり取りは僅か数秒、それが欲しかった。

両腕を上げ、薄い刃を一度唸らせる。名前の由来となった雷のような音が鳴り響く。

 

「これが拙者が真面目に考察した再現でござる! これが必殺の、アナコンダ!」

 

回復したレオパルドンビデオシグナルを再度起動。ゆっくりと刀身をたわませる刃に、停滞世界の中で僅かな手首のスナップを効かせ微調整を加えながらヴァレンへ向かうようにヴァレンへ向かう。

真正面から向かう刃はイドロダイトの短剣で弾かれた。そこでレオパルドンは刃に反発のエネルギーをかけた後、手首を上向きにひねり返す。

その一瞬で付与された反力で刃の軌道が跳ね上がる。

まるで鎌首をもたげた蛇が襲いかかるように、再びヴァレンの元に向かった。

 

切っ先はヴァレンの反応を越え、刃をすり抜けて右太ももを掠める。

そこで世界は再び元に戻った。

 

「……ふむ」

 

言葉を漏らしたのはヴァレンだった。両目を丸くし、まさに虚を突かれた表情を浮かべている。

それに対し、レオパルドンは自然と口角が上がっていた。

 

”当たった!”

”嘘、マジで!?”

”何今の!?”

 

コメント欄に驚愕の声が次々上がる中、レオパルドンは自らの考えを告げる。

 

「今ので確信したでござる……拙者の知識は、どうやら拙者の想像力は貴公の想定を遥かに超えている」

 

レオパルドンは粒子と化していくウルミを地面に放り捨てる。

思い返せばヒントはあった。ヴァレンと初めてあった時、好きな作品の攻撃を再現した際にヴァレンに初めて攻撃を与える事が出来た。

この世界に娯楽作品は少ない。配信でバフが発生するシステムの為、必然的に娯楽は配信オンリーと化している。故に本や映像は旧世代の物として排斥された。

 

ならば、異世界人である自分は――オタクである自分はこの世界を超える知識を持っている人間ではないだろうか。

 

「拙者が何者か、そう尋ねられる事が最近多いでござる……しかし、今は一つだけ正体を語るでござる」

「正体……」

「ある作品の言葉を借りれば、拙者は思考の差異者でござるよ。拙者は貴公等の想像を超える物を見て来た。ネットフリックスのオリジナル独占から、Z級のドイヒー映画まで」

 

様々な物を見て来た。それだけはレオパルドンは確実にヴァレンを超えるだろう。

そしてそれを実現、再現する力がレオパルドンにはある。

 

――あの剣。位相転換杖と打ち合う剣が必要だった。

 

レオパルドンは右の腰から、アナライズガンを取り出すと自分の目の前――数メートル先の砲塔に向けて引鉄を引く。

 

 

〈ANALYZE GUN:ACTIVE〉

〈FULL SCAN…〉

 

 

求める物を見つけた瞬間、彼は前に駆け出した。

 

「させるとでも?」

 

ヴァレンが周囲に炎を残し、再び一気に距離を詰めた。右横から刃が抜き放たれる。

それに対し、レオパルドンは足元の残骸に爆破エネルギーをかけて宙に躍り出て彼の刃を間一髪避ける。そしてレオパルドンは空中で体を左から捻ると、アナライズガンを背後のヴァレンに照射。ビデオシグナルを起動し、超音波自体に増幅エネルギーをかけてヴァレンを一時酩酊させる。

 

地面に落ちる瞬間、受け身を取ったところで世界は再び元に戻る。

 

「くッ」

「きゃあ!」

 

アンドロイドには大した事がなくても、生身の人間にはキツイらしい。ヴァレンは膝を折り、離れた所にいるミナカすら思わず悲鳴を上げた。

申し訳なく思うも、今は一刻も早く砲塔からある物を取り出さなくてはならない。再びアナライズガンを腰に格納すると、レオパルドンは駆けた。

自分の背丈を遥かに超えるサイズ、九メートルほどの砲塔に辿り着くとレオパルドンは反重力アシストをフルに使って跳躍。右足が砲塔に付いた瞬間、足裏のローラーを高速回転させ上に。

一気に上に上がった瞬間、フィールド・モジュレーターの右拳に力場を乗せて叩き着けた。

 

先程のフルスキャンで、目当ての物の位置は把握している。

 

《ラジエーター全機稼働、高速加工モード再起動》

 

体色が再び赤から黒に変わる。右拳から響く音が甲高い物に変わる。

 

《右ガントレット加工開始》

 

そこに再びヴァレンが現れる。炎を纏った刃が、左から右にかけて一直線に振るわれる。

 

「……時間のかかる物を作成するのは悪手ですね」

 

即座に左腕のエアーコンプレッサーを起動。ヴァレンの一刀を十字型のガントレットから発生する空気層で防ぐ。同時に砲塔の中で出来上がった物にワイヤーを括り付けると、そのまま再び地面に落下。

レオパルドンが作成したそれは百四十センチにも渡る、二本の刀だった。鞘はなく、抜き身のままであるが柄と鍔は拵えられている。

ヴァレンが一度赤い障壁を出すと、それを足場に三角に飛び、再びレオパルドンの正面へ切っ先を向ける。

 

――背筋が泡立つ。

レオパルドンはワイヤーを引き戻すと二刀を両手に握り、顔の前で交差するように構えた。

その時、刀身が磁場で唸る。

巻き起こった鉄粉が途端刃に付着し、レオパルドンはそこに反発エネルギーを付与し――ヴァレンの位相転換杖の刃を防いだ。

 

「なるほど、砂鉄を刃に――差し詰め先程の砲塔からはコイルを拝借した訳ですか。しかし二刀とは」

「……拙者、二刀流には多少の心得があるでござるよ」

 

右はヴァレンにそのまま突き付け、左は腕を上げて刃が下に向くように。両足を肩幅に開き、対角線になるように右足を前に出す。

……具体的には東さっぽろの甲冑戦闘訓練会では先々月から扱い始めたし、光るセイバーを使うルードスポーツでももっぱら二刀流を使っている。

後は怪力とビデオシグナル――そしてこの二刀のギミックで何とかするしかない。

 

「貴方の事です、普通の刀ではないのでしょう?」

「実は拙者の正体は、二挺拳銃と二刀流で戦う不死身の傭兵。ここは一つ、音楽スタート!と行きたいところでござるが……この世界の音楽は趣味じゃないのでござるよ」

 

ヴァレンが硬直する。何かあったらしい。

その一瞬の隙を突いて、レオパルドンは足元のローラーを高速回転させて距離を詰める。反発エネルギーをかけた砂鉄の層と共に刃を振るい、ラッシュをかける。

白いコートが翻り、裾で挙動を隠したイドロダイトの刃が左から再び突かれようとするとビデオシグナルを発動。足元のグラインダーで巻き上がった鉄粉を爆発させ防御。

 

通常の速度に戻った瞬間、爆発は推進力となりレオパルドンは足元のローラーを回す。

右に数度回転しながら三メートルほど距離を離し、再度ヴァレンと向かい合った。

 

爆発は赤い壁に全てかくはん。恐ろしい事に白いコートのソーサラーには傷一つ付いていない。

 

「……ターンピックは冴えてるでござるな」

 

思い入れのあるセリフをもじって呟くと、レオパルドンは再び二刀を前に構える。

……不死身の怪物を相手にしている気分だった。ここまでやった、なのに一向に勝ってる気がしない。

あの部屋でテキストを読んだが、本当にこの男は病んでいるのだろうか?

それでもやるしかない。手元の柄を軋ませ、レオパルドンは再び前にローラーを走らせた。

 

「――」

 

その時、何合目かの剣を撃ち合った後。ヴァレンの口から血が漏れる。

……チャンスだとレオパルドンは思った。

両手からあえて指を外し、例えるなら掌の筋肉だけで柄を握る。柄と鍔、その半分が落ち、それぞれ凹凸の金具を中心に添えた断面が見えた。

スリーブの器具で金具を回収した後、レオパルドンは二刀を一つに合わせ、連刃の刀を両手で握る。

 

「この瞬間を待っていたでござるよ!」

 

左から右に振る。ビデオシグナルを発動し、振った瞬間手を開いて二本の刃をまるでハサミを開くように。

一本目はヴァレンの胸を掠め、二本目は――鮮血が舞う。

 

”ファ!?”

”当たった!”

 

鮮血が通常の速度で落ち、コメント欄は湧き立った。その場に膝を折ったヴァレンの胸には深々と赤い血が流れ始める。

 

「……実写版から着想を得たでござる。あのシーンが好きでござってな」

 

鍔が出来上がった時に、一瞬狙いを悟られたと思った。しかし、やはり彼には想像が付かなかったらしい。

レオパルドンは連刃を分離し、スリーブに格納した柄を元の位置にはめる。

ヴァレンの少し荒い息使いが聞こえる。ここに来て、彼の病が現れたらしい。

勝てると思った。

先程まで余裕を絶やさなかったヴァレンが、今は青息吐息で膝を折っている。……興奮と恐怖が混ざった、吐き気や怖気にも似た感覚を全身に感じた。

 

レオパルドンの息すら荒れていく。それでも幻想の肺に一気に空気を吸うと両手の刃を握り、再びレオパルドンは構えた。

 

”やれ!”

”倒せ、そいつを! 全て終わらせろ!”

”殺せ!”

 

そういう類のコメントが幾つも、まるで洪水のように流れる中で強張った表情のミナカが見えた。

殺せ、殺せ、殺せ。ヴァレンへの声でネットが燃えている。

 

「――」

 

その時、引きつった息が一つ。ヴァレンのイドロダイトの刃が七色に輝くと、ラクトゥーが震えた。

――ヴァレンが七色の刃を一閃する。刃は空を切った。

レオパルドンが疑問符を浮かべた時、途端刃に纏った砂鉄が地面に落ちた。砂鉄だけではない、身に纏った白い靄が霧散する。

極めつけに配信画面が固まり、次に暗転。その後白文字が浮かび上がる。

 

 

〈WARNING!:SERIOUS COMMUNICATION FAILURE〉

〈RE TRYING⇒ERROR〉

 

〈LIVE STREAM ⇒ ARCHIVE:CONNECTED〉

 

 

接続エラーの後、アーカイブに移行のメッセージ。

鎧の中で冷や汗が流れる中。ヴァレンが荒れる呼吸を整えて立ち上がり、彼はゆっくりと左手を上げ七色に輝くイドロダイトの短剣を誇示するように出す。

 

「……この遺跡の力でねじ伏せさせていただきました、確かに貴方の想像力は厄介です」

 

更新ボタンを押し続けるが一向に再接続しなかった。ヴァレンの左手に握った刃は輝きを絶やすことはない。

 

「ソーサラーの力を注ぎこみ、常に遺跡の力を使い続けている……貴方の電子の振動数を変化させました、もう貴方の声や姿はカメラに映らない」

 

ヴァレンの口から、そして全身から血が溢れ出していく。

まるで全身が腐って行くかのように。位相転換杖を握る手から血は滴り落ち続けていった。

……どうやら傷の再生は出来ないらしい。

 

「ならば、チャージアップ!」

「遅い」

 

――ダイナモが回転し、体色が再び変わり始めるのと同時。

その場に炎を残し、ヴァレンが距離を詰め――身を屈めもぐりこむように入り位相転換杖をレオパルドンの両足の隙間に突き刺し体勢を崩す。

七色に輝く短剣が目の端に映った瞬間、彼は背中から倒れ込む。土煙が立ち、両手の刀は二本とも明後日の方向に行った。

ヴァレンの目に分析の色が灯り、胸の中央に刃が突き立てられる。

 

心臓が爆ぜたと一瞬思った。

近くで爆弾が爆ぜたように耳が遠くなり、閃光で目がくらむ。

ぼんやりとした輪郭の無いヴァレンの声が響いた。

 

力の流れを、逆流させました……これでいよいよ貴方は力を振るえない……。

 

その声の後、視界は即座に戻る。

 

――突き付けられた位相転換杖の紫の刃に、一瞬視線を誘導される。

今まさにヴァレンがイドロダイトの刃を胸の精神核のある位置に突き付ける寸前であった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

――時は少し遡って。

 

 

「……この遺跡の力でねじ伏せさせていただきました、確かに貴方の想像力は厄介です」

 

二十メートル先。ミナカの目の前でヴァレンが左の短剣を誇示する。レオパルドンだけ配信が繋がらない状況になってしまった。

何とかしなきゃいけない。そう思うも、ミナカには何の手立ても無かった。

 

「なんとか……なんとかしなきゃ……」

 

視界の端にドローンのカメラ画像……現在配信している姿をワイプで表示するが、ヴァレンの言葉の通りレオパルドンの姿も音も映っていない。

言葉だけは虚しく響く。ふと背後を見ると、自分を拘束し続ける百八十センチほどのアンドロイド。全体的にパイプを繋ぎ合わせて作ったような細い体で、顔はキノコのように丸く平たい。

右手にはミナカの上半身――二の腕から腰までを拘束しているワイヤーがしっかりと握られている。ワイヤーは手首に繋がっており、このアンドロイドを倒さない限りはけして外れないだろう。

周囲を飛ぶグレーのドローンは相変わらずミナカの事を追い続けていた。

 

”やべーよクズ、どうしよう!”

”レオパルドンやられちまうよ!”

 

白文字コメントに対して彼女が思う事は一つ。うるさい黙れだ。

こっちだって何とかしたいに決まっている。けれど、きつく縛られたワイヤーは腕を抜く隙間すらない。

たとえ、バフを貰ったとしてもミナカの素の体力では引き千切るなんて不可能だ。よしんば抜け出したとしても、このアンドロイドを素手で相手にしなくてはならない。……ミナカのパンチ力は自慢じゃないが蚊すら殺せないレベルである。

 

”畜生、金なら家賃までは出すのに!”

”なんとかならねぇのかよ!”

「手なんて無いですよ! ワガハイ、実は今まで隠してきましたけどか弱い女の子ですよ!」

”その胸は何の為に付いてんだ! お前から見た目と小賢しい策士要素抜いたらウソ泣きとじっとりとした重たい過去しか残らないだろ! これで不細工だったら悲惨だぞお前!”

「ありますよ、――それ以外!」

”ない! お前にそれ以外はない!”

 

そこでふと注意を引くのはウソ泣きの四文字。ウソ泣き、ドローン。そして母親ゆずりの顔面。

一かバチか……やってみるしかないだろう。

ミナカの涙腺は訓練したから緩い。人生をウソ泣きとおべっかで生きてきたのだ、ちょっと瞬きするだけで涙を流す事が出来る。

両目から涙は静かに流れた。

 

「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……わたし、ただパパにママのお墓に連れて行きたかっただけなのに」

 

構成材料は全て本物。哀れみを誘う声と、ドローンをぐるりと一周させて遠景からウソ泣き顔のドアップで映す。

時間が無い。必要なのは一言だけで心を掴む名フレーズだ。完璧なタイミングで、短くていい完璧なパンチライン……少し思い直して何も思い浮かばなかった。

という訳で路線変更して、涙でごり押す事にした。

 

「ふぇぇ……ふぁぁぁ……」

 

この声、ホルモンから出ているが精巧な偽物である。

実際のミナカの泣き方はもっと汚い。真実の泣き声は、チンパンジーに激似だ。比較してみたら自分でもチンパンと区別がつかないぐらい。

ここで嗚咽を混じらせ始める。すると、ミナカの想定通りにコメント欄はすぐに食いついた。

 

”泣かないで”

 

そういうテンプレコメントが流れ始めるのを見て、ここは女ならではの武器を使う。

 

「だって、だって……」

 

自分ではこういう女死ぬほど嫌いだが、奴等がこのワードを好む理由は解る。この武器、単純にめっちゃ使い勝手がいい。感情の鴨撃ちをしてる間、ふと爆ぜるような音に顔を上げて見てみると――

 

「ならば、チャージアップ!」

「遅い」

 

レオパルドンが頼みの綱のチャージアップを潰された直後だった。背筋に一気に焦燥と戦慄が走る。

――やっっっっっっっっっっべ!

まずい。明らかにまずい。そう思った時、目に入るのは同接カウンター。

 

 

〈VIEWERS:35718299614/Au REACTION LEVEL=HIGH〉

 

 

三百五十七億人がこの配信を見ていた。しかし、その瞬間スマホの画面が固まる。

とうとうスマホのブラウザが配信の負荷に耐えきれず、処理が落ちたのだ。

しかし、最後の一瞬。白文字が浮かび上がる。

 

 

〈+Cr:628,556,000/Statistics Emotions:Sorrow⇒FLASH LIGHT UPDATE〉

 

 

脊髄反射の域でミナカは両目を強く閉じると、ドローンを脳波でコントロールしアンドロイドの顔面にゼロ距離で点ける。注がれたスパチャをドローンに注ぎ込み、

六億にも及ぶ電子データ、圧倒的課金をエネルギーに変換した結果。バッテリーは負荷を起こして閃光と共に爆発する。

狙ったのは悲しみによるデバフだ。……その一回だけの破裂で、アンドロイドは思わずうずくまる。

 

《――――》

 

バイザー部分の顔から洗浄液が大量に流れる。人間で言えばフラッシュグレネードと催涙弾を間近で破裂したようなもので、かつ悲しみの感情のエネルギーに触れると……そのバイザーから光が消える。

人間と同じだ。悲しみが強ければ放心状態となって気絶するのは。

ワイヤーが緩んだ瞬間、ミナカは駆けた。

 

普通に走ればかかる時間は四秒。しかし、彼女がワイヤーを外した時には既にイドロダイトの短剣はレオパルドンに放たれた後だった。

配信のバフはもう頼れない。だから、彼女は迷う事なくこれを使った。右のポケットに入ったスマホを、頭部のリボン型ニューロsynC=脳波コントローラーで操作。

視界の内に新しく赤い文字が走る。

 

 

〈WELCOME〉

〈G.H.O.S.T:ACTIVE〉

〈+Cr:10,000,000/Statistics Emotions:None⇒Physical Boost〉

 

 

帝国の未帰属資産を集約し、肉体を強化する非合法プログラム。生身で使う事を想定しない偽課金バフが、ミナカに跳躍力を上げる。

――間に合え。

ただ、それだけが今の彼女の全てだった。

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