なんとか
あぷ…溺れる…あぷ…あぷ…
深い海の底から浮上して海面に顔を出す感覚、これを経て巨大な鳥居と灯籠が浮かぶ幻想的ないつもの光景が視界に入ってくる。
「う、うーん…1年経ってもこの感覚は慣れないなぁ…うぷ」
1人称視点の3D系ゲームは酔うタイプだから、ツクヨミのログイン時も毎回…うっ…
ヤチヨと一緒に電子化する時とは違って、スマコンでログインすると生身じゃないから、感覚の同期ズレみたいなのが起きて酔うんだよね。
生身でツクヨミに入っても酔うんだけど。
ふぅ…落ち着いた。
ログインしてすぐのいつもの鳥居の前で待っていると、ツクヨミ内にて豪運の称号をほしいままにする狐少女が現れた。
お、彩葉が先に来たな。かぐやは…チュートリ中か。
「おいっすー、えーっと…『いろ』さんか」
ネットリテラシーは大事だからね。どうせかぐやに本名バラされるんだけど。
「そういうあなたは…『ナナシ』…え、誰ですか?」
「オレだよオレ、いつも仲良くやってんじゃーん」
「…」
オレオレ詐欺はこの世界では消えた概念か。治安維持に貢献する電子の歌姫がいるから、インターネットがめちゃくちゃ健全なんだよなこの世界。
もし、インターネットを使って詐欺なんてしようものなら、1発で警察のお世話になるよ。個人情報はヤチヨの手のひらの上なんだ。
「なんちって、俺だよ優希だよ」
「ちょっ、本名は…」
キョロキョロと周囲を伺う彩葉。
いいの、いいの。遅かれ早かれ俺の本名もかぐやにバラされるだろうからね。
「まあまあ、気にしない気にしない」
「…じゃあなんで『ナナシ』なんて分かりづらい名前でやってるんですか」
「あーこれ?ちょっと本垢の方は今使えないからサブ垢でゲストログインみたいな感じなんだよね〜」
「はあ」
「それより気になってたんだけど、もしかして、いろさんってあのブレイズに名指しで擁護されてたあの狐少女だったんだね?」
はい。擁護させていただきました。
特定の人物に対するサイン入りカードの封入確率の操作疑惑が噴出したから名指しで弁明する羽目になったんだよね…
毎週必ず1枚以上当てるのはさすがにやりすぎっす。運営との定価売買でも1枚3万ぐらいするんだぞ…
こっちはちゃんとランダムコードで打ち込んでるのにどうやってその低確率の壁を超えてるんだよ。
毎週の無料有料合わせて14パックでサイン入りが出る確率とか宝くじの高額当選と同じぐらいの確率だぞ。
これが愛ですよ、愛。
「…はい。あの時は大変だったんですよ…」
はい。大変でした。
出せるデータの全てを公開して、改造もチートも何もやっていない、ただただ豪運なだけの狐少女が生まれたという結果が得られました。
怖い。
しかも何が怖いって、彩葉にカードパックを譲渡して中身は返してもらう条件で、開封する実験とかもしたんだけど、その時は100パック開封してもサイン入りカードが0という…どこのオカルトが引っかかったんだよこれ。
彩葉も数十パック超えたあたりから手の震えが止まってなかったもん。
俺も全身ガタガタガタガタだったよ。こええよ。
ヤチヨは目が点になってたよ。
でも、その実験のお礼として渡した10パックからは当然かのように引き当てたんだよね。
なんのギャグだったんだあれは。
目の前でそれをやられたから、目を点のままにした本物のヤチヨがサイン書いてたぞ。彩葉はヤチヨとおしゃべり出来たことにしか頭がいってなかったから気づいてないかもしれないけど。
「大変だったんだねー、いろさんには幸運の女神様が憑いてるのかもねー」
これはガチ。幸運だけじゃなく電子の歌姫も憑いてます。
「幸運の女神様がいるなら、こんなことになってないと思うんですけど…」
こんなこと、ねぇ…かぐや関連のあれこれか。むしろ幸運なんだよなあ。
「…そういや言ってなかったけど、いろさんのアバターめっちゃ可愛いね」
「ってこれじゃあ、いつぞやのナンパみたいだな」
やっぱ今のなしで、って言おうとすると
「あ、ありがとうございます…」
お?
ふーん。俺は俺が思ってるよりも彩葉と仲良くなれてる感じか。
今日だけで好感度稼ぎすぎだな。妻帯者ってのも安心感を得る一助になってるか。
なんだか変な空気になったな。
かぐや早く来てくれー!
気まずい空気のまま、少し待っていると空間にきらりと光の波紋が走った。
く、くる…光の中心を切り裂いて、
「うわぁっ!」
おー映画で見た格好のままだ。めんこいのう。
犬DOGEもついてきてるな。
あっコケる。
「あっぶぇ!」
「金髪…ギャルいかぐや姫…ふふっ…」
見て!彩葉ちゃんが笑ってるよ
かわいいね
「ほら、手ーかして」
「あ、もしや、彩葉?」
人に向かって指を差すのはやめましょう。
「俺もいるよー」
「そっちは優希!」
人に向かって指を差すのはやめましょう。
そして彩葉が犬DOGEを指差して、
「てか、それ何?」
「犬DOGE!連れて来れるんだね」
ツクヨミ内でペットショップを経営するのもあり…か。
現実でペットを買えない人でもデジタルペットなら育成出来るからな。
しかも、デジタルならではのドラゴンみたいな存在しない生き物を産み出すことも…夢がひろがりんぐですな!
「わー!すごいすごいすごい、これがツクヨミなの!?」
仮想空間ツクヨミの常夜の街並みに目を輝かせるかぐや。
「うお、すげー!おもしろそうなもんが死ぬほどある!」
実際に死ぬほどあるんだよなここ。ユーザーが好き勝手作った出店とか全部回りきるのに何年かかるんだよって感じ。
さすがサービス開始から10年経ってるだけのことはある。
「はやく行こ!彩葉!優希!」
腕を掴まれて引っ張られる。ガキかよ、ガキだったわ。
「ちょっとあんたね、って『かぐや』…ネットリテラシー……かぐやっていう名前が本名だなんて分からない人も多そうだし、まあいっか」
「宇宙人にネットリテラシーを求める方が酷だよ、いろさん」
「あっ、でもかぐや?私たちの名前は呼んだらダメだからね?」
「うんうん!分かってるってば!」
あっもう街に行くことしか頭にないですねこれ。
れっちご〜〜〜!
の前にFUSHIがやって来て、
「───初ログインおめでとう!ツクヨミではみんなが表現者!君も何かをして人の心を動かしたら、運営から『ふじゅ〜』がもらえるよ☆」
かぐやの初ログインイベントか。
「初ログインボーナスをプレゼント!ふじゅ〜を使って君の好きなクリエイターを応援しにいこう!」
「今日のログインパックだよ!」
お、こんな感じで表示されるのか。ちゃんと見たことなかったな。
「んん?なにこれ?」
説明しよう!
「それは、ブレイブっていうカードゲームのパックだよー」
「『ブレイズ』っていうライバーとヤチヨが共同で開発運営しているツクヨミで今1番流行ってるカードゲームなんだよね!」
彩葉さん?そもそもカードゲームはまだそれしかないやろがい。
「ヴェー、ブレイブ?ブレイズ?ややこしー」
「あはは…それはみんなも思ってることだけど、本人たちもこだわりがあるっぽいよ?」
すまん…こだわりとかなんもないわ。
ヤチヨにライバー名をブレイズにされてたから、ブレイブの名残を残そうとしただけなんだ。
分かりづらくてすまん…。
「かぐやが地球に来たぐらいから、ブレイズは活動を休止してるから動画とか見たことなかったかもね」
「へぇー、で、これどうするの?」
「ここから使用して…はい」
「おおー」
「お?なんかでたよ?」
「って!それは!」
おい、マジか。
ツクヨミ初ログイン時の初開封パックから出たってことは…
空からふわりふわりとクラゲのように舞い降りる電子の歌姫が祝福を告げる。
「お〜め〜で〜と〜う〜!」
お、来た来た。分身じゃない本物のヤチヨだ。
配信前の準備中なのにお疲れ様です。
「よっ、ヤチヨ」
かぐや…こいつ無敵か?
「ヤヤヤヤチヨ!?本物のヤチヨ!?」
彩葉…こいつ雑魚か?
お前は既にヤチヨの作るご飯を食べて生きてるんだぞ?
あ、かぐやが露骨に面白くなさそうな顔してる。
自分の好きな人が他の女に見惚れてるところとか見たくないよね。わかる。
「あっ、ども」
とりあえず会釈しておく。仕込みはしてないはずだけど、まさかかぐやが引き当てるとは。
ツクヨミ全ユーザー対象で実装時と初ログイン時の初開封パックからサイン入りカードが出た時は、分身じゃなくて本物のヤチヨがサインを書きに現れるよ!キャンペーン(配信中に出た時はその後に本物が対応するよ!)…
これまでも数回駆り出されてるのは記録にあったけど、ここで当てるかあ。おもしろ。
「さっきぶりだね、かぐや!」
「お、かぐやのチュートリやったの本物のヤチヨだったのか。ラッキーだな」
「へー…って、そうだ!ヤチヨ!ヤチヨに突き飛ばされたから、鳥居から出る時にかぐやコケたんだけどー!?」
「えー?ヤッチョなんのことかわからないにゃあー?」
「ヤーチーヨー!」
「あはは〜!」
うーん、仲良きことは美しきかな。
その後、挨拶もほどほどにヤチヨはパパっとサインを書いてさらば〜いしていった。多忙だからね。
ちなみにその間、彩葉はずっと気絶していた…おい。
あと、ヤチヨは俺に目配せと念話を送ってくるのやめてくれ。ブレイズのアカウントとか彩葉たちの前で使えるわけねぇだろうが!
あ、いや、かぐやとのコラボ配信をする時は普通に使うからそれまでのお楽しみな!?
「超楽しい!」
「ふふっ」
「いやー結構見て回れたね〜」
今俺たちは釣りも出来るあの縁側に腰掛けて休憩中だ。ヤチヨのミニライブまで少しだけ時間あるしな。
「私みたいな貧乏人でもここでならいくらでも遊べるんだよね」
「わぁ〜あむっ」
かぐやが手に持っているのは、芋がふんだんに使われてるツクヨミパフェだ。
だが残念、
「あむっ…むぐむぐ…味しーなーいー!」
「そういうのはまだ無理みたいよ。いつか天才科学者とかがやってくれるでしょ」
おっそうだな。未来の天才科学者さん。
ちなみに、俺は味覚をこっそりONにして楽しませてもらってます。うまっうまっ。
「今すぐがい〜〜〜い〜〜〜」
「っと、そろそろか」
「始まる!行くよ、かぐや!ナナシ!」
「始まるって、何が?待って、彩葉!」
「待たない、あんたが追いついて!」
めちゃくちゃウッキウキだな彩葉。たしか何回も落選した上で、やっと得た今回の当選だもんな。感動もひとしおか。
サイン書きの分身ヤチヨとは毎週会ってるんだけどね。たまに本物も混じってるけど。
『キタキタキター!これがないとツクヨミの夜は始まらない!本日もヤチヨミニライブの開演だあああーーーっっ!』
俺たちは時間ギリギリにライブ会場に飛び込むと、ヤチヨの大ファンを公言するMC担当ライバー・忠犬オタ公が自らの興奮と熱狂をマイクに乗せて響かせる。
うっせえええええ!声でかすぎだろ!あの人マジで何者なんだよ!
あっ、ちなみに俺はヤチヨからチケットを渡されて「来い」って命令されてるので、別に抽選とかは関係なくライブは全部生で見れます。見てます。見させられてます。
アーカイブ化されてないはずの過去10年分も全部だよ!バカがよ!
彩葉にそんな状況を伝えたらめちゃくちゃ嫉妬されそう。
観客の興奮具合にかぐやも乗せられてきたのか、いつもより大きな声で、
「ねえ!彩葉!何が始まるの!?」
「見てればわかるから!」
うんうん、あれを見れば言葉でなく心で理解できるよな。
『5……4……3……』
会場の声と生中継を見守る声がシンクロする。
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風…なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほ『0!』
あっ、カウントダウン終わっちゃった。
「ヤオヨロー!」
「神々のみんな〜、今日も最高だったー?」
現れた月見ヤチヨが、会場を爆発させる。
「よーし、今宵も皆を誘っちゃうよ☆」
「Let's go on a trip!」
あ、やべ、環境設定切っておかないと溺死する。あぷ…あぷ…
こうして、圧巻のライブが幕を開け、会場は熱狂の海となった。
「──」
「彩葉!ねえ、彩葉ってば!」
「…え?」
こいつ本当にトリップしてたな…。げに恐ろしき電子の歌姫の力。
「何で泣いてるの、彩葉?」
彩葉はヤチヨにずっと救われてきたもんな。興奮とか感動とかで脳みそぐちゃぐちゃになっちゃったか。
と、ここでヤチヨが、
「イェーイ、感謝感激雨アラモード!ヤチヨは果報者なのです」
「あ、ここでお知らせ!」
「ヤチヨカップっていうイベントを開催しま〜す☆FUSHIー、詳細よろしくぅ」
おー、始まったか。ここから1ヶ月で登録者100万人…ブレイズも力添えするし、原作よりも余裕をもってかぐや&いろPが1位になれると思うんだよな。
黒鬼って今2000万人登録者いるんだよね?なんでそこから1ヶ月で100万人も新規登録者が増えるんですか?
あっ、あと対戦ゲーは無理なんで帝vsかぐやの竹取合戦とかは力になれないっす。すまん。
「参加資格があるのはツクヨミの全ライバー!」
「1ヶ月の期間の中だけで最も多くの新規ファンを獲得した人が優勝だよ!」
「優勝者にはなんと、ヤチヨとのコラボライブの権利を進呈!」
「世界一盛り上がるコラボライブステージを一緒に作れるよ!」
登録者1億人の箱庭を作った人と一緒に歌って踊れるって改めてやべぇな。
「うっそ!?コラボライブ!?ヤチヨが!?」
うっさ。てか、顔やばいことになってんぞ。
「コラボライブ?何それ、すごいの?」
「当たり前じゃん!?」
うっさ。
「すごいもなにも、配信のコラボはあったけど、ライブはいつも一人で歌ってたんだよ!?何!?誰と!?これは歴史的なライブになるよ!!」
「へー、じゃあ彩葉、一緒にやろっ」
「いいね、俺はかぐやといろさんのこと応援してるわ」
「優希はいいのー?」
「俺は大観衆の前で歌って踊るとか無理無理カタツムリだからね」
「なーんだ、残念」
「はあ、私らみたいなモブとやるわけないじゃん」
おっ、それフラグですよ。
「こういうのは最初から誰になるか、だいたい決まってんの」
おっ、それフラグですよ。
「ヤチヨー!」
「むぅ」
ぷくーっ、と膨れっ面をするかぐやちゃんかわいいね。
ガタンガタンガタン…
どこからか車輪が地面を叩く音が聞こえてくる。
鬼いちゃんだあ。
「バーーーン!」とド派手な爆音が轟いて、観客全員が注目する。
「黒鬼じゃん!」
「帝様ー!」
老若男女に好かれるライバーってめちゃくちゃすごいよなあ。
まず現れたのは、鬼をイメージしたスキンを纏う男性アバター。我らが鬼いちゃん。
さらにその両脇をそれぞれローブのような服を着たアバターと、地雷系少女っぽいファッションのアバターが固めている。
うーん、キャラが濃い。
「よう、子ウサギども。お前らの帝様が来たぜ」
うーん、こんなキャラ付けしてるのがお兄ちゃんなのはそりゃ彩葉からするとキツイわな。
まあお兄ちゃんの配信を追っかけて、ツクヨミにも触れるようになってるから、生粋のブラコンなんだがな。
おー、経歴とかPVとかスポンサーとか色々流れてる。
まったくわからん。BGMで流れてるオリジナル曲はいいな!
「また、祭りが始まるな」
「俺って今日も作画良すぎ♡でしょ♡」
はぁぁぁ…乃依のアバター可愛すぎるでしょ。
「俺たちに優勝してほしいよな?底なしの夢を見せてやるぜ!」
演出すげー、金かかってんなぁ。
「というわけで、俺たち優勝するから。ヤチヨちゃんコラボよろしくね」
でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、黒鬼。
「そういう運命なら、もちろんヤチヨは従うよー」
おお、運命は黒鬼じゃないよーんっていう副音声が聞こえてくる。っていうか、実際に念話で俺に伝えられる。ええて。
「ヤぁぁぁぁぁーーーチぃぃぃぃぃーーーヨぉぉぉぉぉーーー!」
「かぐやがヤチヨカップ優勝する!そんで絶対コラボライブする!いろh…むぐっ」
はい、第1項『目立たない』をさっそく破りました。
ルールは破るためにある!
ひぇぇ…この大勢の観客が全員こっちを見てる…あっ死ぬ…視線で人は死ぬ…
「…いとかわゆし」
おお、また副音声が聞こえてきた。応援してるよだってさ。
「あんたは、いつも勝手に!」
でも、彩葉は好き勝手引っ張ってくれる人をずっと待ってたんだよな…だって、ほら今めっちゃ楽しそうじゃん。
「ほいでわ、ライブはいったんここでクローズ♪みんなとちょこっとお話しさせてね」
「さらば〜い」
握手タイムか。彩葉ならサイン引き当てる時にヤチヨに頼めばいくらでもしてくれそうなのに。
「ねえ彩葉、一緒にやろっ?」
「だめ!そんなのむ──「ムリムリムリ!小娘が!」
あっ!泣き虫のFUSHIだ!かわちいねぇ。
「こらっ」
ちびヤチヨだ。俺ロリコンじゃないけどこの形態好き。
絶対に面と向かっては言わないけど。
「お忘れかな〜?ヤチヨカップの参加はライバー限定なのです♪」
「そっか!じゃーかぐやライバーになる!そうと決まれば準備準備〜」
フッ…とかぐやがログアウトしていった。
「おう、じゃあ俺も先に戻ってるわ」
2人に言うように、
「じゃあ、またあとで」
続きません
ここから何するか悩む〜
えっ!1ヶ月も期間あるの!?終わりだよこの小説