シエルルートにおける、弓塚さつきの最期。

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或る終幕/幕間

 路地裏の隅、街の光の届かない一角。剣を突きつけられた弓塚さつきの全身には、穿たれた傷と焼け焦げた痕、それに夥しい出血があった。

 壁を背に座り込む少女と、剣を構えて見下ろす少女。趨勢は明らかだった。

 

「あーあ、これで終わりかあ。これでもわたし、自信あったんだけどなあ」

 

 自嘲するような呟きに、シエルは答えない。構えた剣の尖端を心臓に突きつけたまま、懺悔めいた言葉に耳を傾けていた。

 

「いっぱい人の血を吸って、強くなって――立派な吸血鬼になれたら、あの人に会いに行けるんじゃないかなって、そう思ってたのに」

 

 俯いて言うその言葉に、非難の色はない。うわごとのように、郷愁めいた想いを吐き出しているだけだろう。問いかけの体を成してすらいない。

 だというのに、剣を突きつける少女の目が、僅かに揺れる。

 

「でも仕方ないのかな。成りたての吸血鬼じゃ、先輩みたいな人に勝てないのは当たり前なんだよね、きっと」

 

「……稀有な才能だとは思いますよ」

 

「―――あはは、吸血鬼の才能なんて褒められたの、初めて」

 

 シエルが会話に応じたのは、襲撃以来はじめての事だった。その言葉に、屈託なく、そして力なく笑う。ひとつ喋る毎に力が失せていくようで、喋る調子も、夢見るようなそれになっていった。

 残りの時間は僅かだろう。

 

「傷も治らないし、このまま放っておいたら死んじゃうのかな。いやだな、痛いのは」

 

「そうなる前に楽にしてあげられます。言いたいことがあるなら、今のうちに」

 

 僅かに―――ほんの僅かに雰囲気を緩めて、シエルが言う。

 そっか、と呟いて。弓塚さつきは、

 

「なんで―――なんで先輩がわたしを殺して、わたしを殺した先輩が遠野くんと一緒になるの?」

 

 言葉を、投げた。

 しかし、

 

「それは、あなたが吸血鬼だからです」

 

 言い含める色さえ見せず、ただ読み上げるように、そう言った。

 

「わたし、何も悪いことをしてないのに?」

 

 無言で頷く。

 理不尽だなあ、とさつきは漏らす。

 でしょうね、とシエルは応じる。

 

「……じゃあ、かわいそうな吸血鬼を楽にしてくれますか」

 

「もう、良いんですか」

 

 弓塚さつきは、無言で頷いた。

 

 それを見て、弓塚さつきの心臓に、剣が差し込まれた。

 短い呻きと、僅かな震え。それだけを残して、弓塚さつきの体は、終わりへと向かう。苦悶の色が浮かぶものの、狂騒じみた色はもはや無く。

 

「痛いけど―――もう痛くない、って考えたら、我慢できるかな」

 

「そうですか。……看取って欲しいなら、そうしますが」

 

 少しだけ意外そうに目を見張ってから、さつきは首を横に振った。

 そうですか、ともう一度言って、シエルは踵を返し、歩き出す。

 反響する靴音、その音に混じって、シエルの背後から、声が投げかけられた。

 

「うん、これで良かったんだ。悪い吸血鬼は死んで、遠野くんは助かって、おしまい」

 

 くすくすと力なく笑いながら言う。言い聞かせるように、言う。

 シエルは立ち止まらない。その表情は路地裏の闇に紛れて、伺えなかった。

 

 ―――だが、

 

「先輩。遠野くんのこと、護ってあげて」

 

 歩みが、止まった。

 振り向きざま、何を、という呟きに、力ない微笑みを返して。

 

「―――なんて、ね。あんまり一方的にやられちゃったから、最後に仕返しでもしようかと思った、だけ」

 

 不敵に笑って見せる少女の顔から、水滴が落ちて。

 

「―――そうですか。貴女は本当に、悪い吸血鬼です」

 

 再び背を向けたシエルの表情は、尚も伺い知れず。

 そのまま、路地裏を後にした。

 

「最後に、お別れしたかったなあ―――」

 

 初めて見せた涙まじりの声に、しかし、振り返ることはせずに。

 背後で、ざあ、と音がした。




にじファン掲載作。
果たされなかった約束と、遺された約束と。

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