知らん少年漫画の主人公っぽい奴助けたらただのかませ犬だったっぽい。 作:椎茸男
友達に知らない漫画の話を永遠と語られたら、どう思うだろう。少なくとも俺は――その漫画を読む気が失せる。
別に漫画が悪いわけじゃない。語ってくる友達が嫌いなわけでもない。ただなんとなく、熱量を一方的に浴びせられると……萎える。それだけだ。理屈じゃない。
『
友達が「マジで面白いから読めって」と力説するのを、「へぇ、そうなんだ」と聞き流し続けて―――結局、若くして俺ざ死ぬまで一ページも読まなかった。
あの世とやらで振り返ってみれば、なんとも勿体ないことをしたと思う。読んでいれば面白かったかもしれないし、友達とさらに深いオタトークができたかもしれない。
それに何より――――前世のうちに読んでおけば。
「負けてたまるかぁぁぁぁぁ!!!次元の狭より現れろ!我が狭装よ!」
「GYAAAAAAAAA――――ッ!!!!」
……主人公っぽい奴があの化け物と戦っているこの現状に、どう介入すればいいのかも分かったのに。
俺の名前は『
前世の週刊誌に連載していた漫画『
次元狭争とはどんな漫画か。せっかくなので、俺が知っている範囲で説明しよう。
まず前提として、この世界には「異次元」が存在する。俺たちの住む次元と隣り合った、別の層とでも言うべき空間だ。普段は交わらないはずのその境界が何らかの理由で綻び、そこから現れるのが
見た目は様々らしい。人型のものもいれば、獣に近いものも、もはや何なのか分からない形状のものもいる。共通しているのは、俺たちの次元に存在するだけで周囲に悪影響を及ぼすことと……とにかく、普通の手段では傷一つつけられないということだ。
そこで生まれたのが——
特定の条件を満たした者だけが持つことができる、異能の力。己の魂の形を異次元の力によって具現化する。
と言えばややこしく感じるかもだが、要は「魂を武器や鎧に変換して戦う」とでも思っておけばいい。
使い手の数だけ形が違うらしく、剣になる奴もいれば、炎になる奴も、盾になる奴もいる。
狭装を持つ者を狭装使い、もしくは単に《使い手》と呼ぶ。彼らが怪獣や世界の破滅を狙う奴らと戦い、次元の綻びを塞ぐ……というのが、この世界の大まかな構図だ。
要するに、「ド直球な王道異能力バトル物」というやつである。…………俺が知っているのは、それくらいだ。
情けない話だが、これ以上は本当に分からない。主要キャラの名前も、物語の核心も、どんな敵が出てくるのかも……全部うろ覚えか、そもそも聞いていなかったかのどちらかだ。
神様なんて信じないが、友達の話を聞き流し続けたツケが、今ここで丸ごと回ってきたような気がした。本当に悪かったよ、小林君。
さて、次に簡単に今の状況を説明しよう。
いつも通りの学校帰り。俺は以前見つけた近道を使おうと、裏路地へ足を踏み入れた。
最初に気づいたのは音だった……衝撃音、というより、爆発に近い何かだ。地面が微かに揺れるような重さがあって、反射的に足が止まった。
……普通ならそこで引き返す。だが俺の足は、なぜか音のする方へ向かっていた。野次馬根性というやつか。それとも単なる判断ミスか。あるいは好奇心かを
どちらにせよ……俺は見てしまった。
叫んでいるのは、おそらく十六の少年だ。ツンツンヘアーはまさに主人公って感じで、制服の上から羽織った何かがボロボロに破れていて、額から血を流しながらも、まだ立っている。
気合いだけで体を繋ぎとめているような、危うい立ち方だった。
対するは……怪獣。
人の形をかろうじて保ったそれは、手足の比率がどこかおかしい。皮膚の代わりに黒い膜が張っていて、口だけが耳まで裂けていた。発している音は鳴き声というより、何か巨大なものが軋むような、悲鳴に近い不快音だ。
できれば……関わりたくない。
本音を言えばそうなる。今すぐ踵を返して全速力で帰りたい。だが足がすくんで動けない。恐怖のせいもあるが——それだけじゃない。
奴は、もう俺に気がついている。
さっき、目が合った。あの裂けた口が、ゆっくりとこちらに向いた瞬間。俺の本能が「逃げても無駄だ」と告げた。理屈じゃない。ただそう理解した。
となればあとは単純だ。主人公君がやられれば、次は俺の番。見殺しにして逃げたとしても、逃げ切れるかは五分五分——いや、もっと低いかもしれない。
本当に……運がない。
そしてもう一つ、最悪なことがある。
俺がここで
だが生憎、俺にはうっすらと自覚がある。あの口上が、脳裏に張り付いて離れないのだ。小林君から散々聞かされた、あの言葉が。
全く、知らなきゃ何もしなかったのに。
「ぐはぁっ!?」
「GYAAAAAAAAA――――ッ!!!!」
顔を上げれば、主人公君が頭を鷲掴みにされていた。怪獣の指が、じわじわと側頭部に食い込んでいく。少年の剣のような狭装の光が、激しく明滅している。
消えかけている。
時間がない。もう時間がない。俺の中で何かがぐらぐらと揺れた。どうせ逃げ切れないなら。どうせ巻き込まれるなら。それなら――――
俺は大きく息を吸って、唇を開く。
恥ずかしいとか、そんなことを考える余裕はもうなかった。
「次元の狭より現れろ……我が、狭装よ……!」
それは、次元の狭……異次元より狭装を練り上げ現実に呼び出すためのキーワード。
そう
俺の言葉に応じて俺の目の前は開くような光りに包まれた。これが、狭装の現れる合図だ。
―――――――――――――――――
代々続く狭装使いの家系に生まれ、物心つく前から鍛えられ、十五にして既に三桁に届こうかという数の怪獣を討伐してきた。
同世代に敵はなく、一つ上の先輩たちにも引けを取らない。指導者たちは口を揃えて言う——お前は本物だ、と。
透真自身も、そう思っていた。
だから今夜も、怪獣出現の報を受けても単独で出向いたのだ。応援など必要ない。自分一人で十分だという、これまでの実績に裏打ちされた自信があった。
「——来やがれ」
廃ビルの谷間、滲んだ街灯の下。透真は狭装を展開しながら怪獣と向き合った。一見して、確かにう異質だと分かった。
だが、透真は怯まなかった。怯むという選択肢が、彼の中にはなかった。
「次元の狭より現れろ!我が狭装よ!」
右腕を覆う蒼白い光が凝集し、刃の形を取る。透真の狭装……
その力を用いて踏み込む。一閃……手応えがあった。
だが斬られた箇所が黒い霧を吹き出したかと思うと、みるみるうちに再生していく。それだけじゃない。再生した部位が、さっきより一回り大きくなっている。
「……っ」
眉がわずかに動いた。
もう一度、踏み込む。今度は出力を上げて、再生の隙など当てないほどに細切れにするように深く、鋭く、強く。
「GRAAAAAAAA――――ッ!」
痛みに悶えたか、怪獣の腕が薙ぎ払われてきた。
透真は跳んで躱す。着地と同時に蒼閃を構えて、三連撃。
胴、腕、首筋……どれも確実に当たっている。だが、どの一撃も確実にその巨体に吸い込まれていく。斬れば斬るほど、奴が大きくなる。
「……くそっ!無限に再生するのか?」
透真は呟きながら、距離を取った。頭の中で状況を整理する。どうやら奴は攻撃を吸収して再生のエネルギーに変換している。
ならば一撃で仕留めてやればいい。
だが、この路地の幅では機動力が削られるせいで、引きつけてから一点突破でこういうタイプの怪獣にある核を狙うという技が撃てない。
核がどこにあるかは分からないが、少なくとも中枢さえ潰せば…………
そのほんの僅かな思考の隙を、奴は逃さなかった……気づいた時には、腹に何かが刺さっていた。怪獣の指だ。五本の指が束になって、透真の脇腹に深々と抉るように貫いていた。
「ガッ……!」
吹き飛ぶ。背中からビルの壁に叩きつけられて、崩れ落ちる。肺から空気が全部出ていった。息ができない。視界が歪む。
それでも、立つ。
立たなければならない。立てないはずがない。自分はーーー
「ぐっ……くそ……ッ」
怪獣がゆっくりと近づいてくる……急いでいない。
もう逃げられないと分かっているかのように、一歩一歩、確実に。
透真は蒼閃を構え直した、腕が震えている。それでも、構え直した。
「ま、だだぁっ!!!」
怪獣が腕を振り上げ、その狭装を叩きつける……だが、その斬撃は怪獣の体表に弾かれると、怪獣はそのその長い腕を透真に叩きつけてしまう。
石畳に顔を打って、口の中に血の味が広がる。それでも顔を上げようとして……頭を、掴まれた。分厚い指が、側頭部に食い込む。わじわと、力が込められていく。
「ぐ……ぁ……ッ」
蒼閃が光となり、激しく明滅した。透真の意識が、遠くなっていく。まずい。
生まれて初めて、透真はそう思った。本気で、まずい。このままでは――――――
話は変わるが、透真はルックスも黒髪ヘアーにツンツン頭といかにも主人公っぽい出で立ちだった。ラノベや漫画の一巻表紙で何回も見たような見た目だ。
本編中でもこのキャラの戦闘シーンが流れたときはさすがに何かしらの重要キャラだと思ったはずだ……だが違う。
このキャラは、柊透真は……本編ではほぼなんの約にも経っていない。ただのかませ犬だ。無様にやられて読者にショッキングな光景を見せつけるだけの役……そのはずだった。
だが、どうやら天は、この世界の透真にはなぜだか知らないが生きていてほしいらしい。
「次元の狭より現れろ……我が、狭装よ……!」
そこに立つのは、透真とそう変わらない一人の少年だった。名は……白亜貞二。通りすがりの、透真を、主人公と思い込んでいる転生者であった。