異世界転生 作:魔導科学
俺は今、一枚の集合写真を眺めている。
そこには、皆で楽しそうに写っている姿がある。
みんな、いい笑顔だ・・・。
・・・あの頃は、本当に楽しかったな・・・。
・・・いや、『あの頃』って一分前だよ!
因みに集合写真は、まだ撮ってないです。
危うく脳内で、ラテンのリズムに乗せた『泣きのギター』が掻き鳴らされ、セピア色の情熱的な回想シーンが始まるところだったよ。
『サウダージ(郷愁)』に浸るにはまだ早すぎるし、そもそも嘘をつくくらいなら、何も話してくれなくて良い。
みたいな状態に、したくないからね。
俺が、物語のエンディング調で勝手に感傷に浸っていると、中央で一人だけ煮え切らない顔(態度?)をしていた赤い鋼の戦士が、猛然と突っ込んできた。
「自分、浸っとる場合かぁ! 決着じゃ! 勝負じゃボケェ!! ワイのマイハニーから離れろぉぉぉ!!」
そう言ってお父さんは、手首から先端に鉤爪が付いた極細の鎖で、俺を拘束し自分の方に引っ張り寄せる。
「おい、兄ちゃん。ちょっとツラがええからって、あんまイキり倒してると、ここでいわすぞ!?このドぐされが!」
お父さんは、腰の後ろに横一文字に据え付けられた電磁ナイフの柄を掴み、赤く熱を帯びた刃をチラつかせて俺を脅す。
「なぁ、なんなら肘に仕込んだ、衝撃集中爆弾の餌食にしたってもええんやぞ? 熱々の電磁ナイフか、肘ドンの爆発か、どっちがええか好きな方、選べや!ゴラァ!?」
「アナタ?いい加減にしなさい!そうやって、簡単に玩具を振り回さない。いつも言ってるでしょう?獲物を使う時は、暗殺対象に気付かれる前に使用しろって!」
なんだろう?
常識的に止めてくれると思ってたのに、なんだがズレた方向に向かって説教されてる。
「せやかてマイハニー! このガキが、ワイの愛しのマイハニーに色目使い倒しとるんやぞ! それを黙って指くわえて見てろっちゅうんか!? そら殺生やわぁ!」
「・・・あら?そんな事を言うの?確か、リナちゃんだったかしら?」
お父さんが、一瞬にして固まった。
「な、なんのことですかいな。人聞きの悪い事、言わんといてくださいよ。心外やわぁ・・・」と、お父さんが明後日の方向に、顔を背ける。
「あ〜ら、こ〜んな所〜に〜、名刺が〜」と、まるでビーフシチューのCMで使われてた歌の様な感じで、名刺を取り出す哀さん。
『キャバクラ・セーフ・ゾーン:源氏名リナ』と、名刺に書いてある。
リナって、ドラグ・ス◯イブで街ごと吹き飛ばす、あの破壊神を思い出すなぁ〜。
なんて鎖で拘束されつつ、のほほんと現実逃避していたら「お兄ちゃん?リナ=インバ◯スの事、思い出してたでしょう?」と、あの声優さんと同じ声で言われる。
「なんなら、台詞とか言っちゃう?黄昏よりも暗きもの・・・」
めぐりちゃんが、ノリノリで言葉を発する。
「め、めぐりちゃん?それは、ちょっとマズいかな?」
「え〜?そうかな?別に、本当にドラグスレ◯ブしないよ?」
「うん。それをされると、非常に困るからね」
「じゃ、ちょっと歌っちう?」
めぐりちゃんが、いたずらっぽく微笑む。
直後、彼女の口から紡ぎ出されたのは、俺の前世の魂に深く刻まれた、あの伝説的な歌姫の旋律だった。
えっ!?
マジですか!?
俺の大好きな声優さんの一人である、あの方のあの名曲を、こんな間近で聴かせて頂けるんですか?
鎖で拘束され、電磁ナイフを突きつけられ、肘には爆発物が仕込まれている。
本来なら人生最大の危機のはずなのに、俺の心は別の意味で震えていた。
・・・ああ、これだ。
この透明感、そして力強さ。
脳内BGMじゃない。
本物の、生歌だ・・・!
耳元に届くのは、前世で何度も聴き込んだ、自分を肯定し、明日への希望を歌い上げる力強いフレーズ。
声質から抑揚まで、完全に『ご本人』そのもののパフォーマンスが、殺気立ったフードコートの空気を一瞬にして浄化していく・・・様な気がする。
「お兄ちゃん、続きは一緒に歌ってくれる?」
めぐりちゃんが、マイクを向ける仕草をする。
抗えなかった。
俺は鎖で拘束されたまま、お父さんの顔の横で、めぐりちゃんとデュエットを始めてしまう。
迷いの中を彷徨い、抜け出す術を探し求めるーー。
そんな内容のフレーズが今の俺の状況にリンクしすぎて、目から汗が出てきた。
理想は『穏やかな撮影会』、現実は『鎖・ナイフ・浮気発覚・ド◯グスレイブ未遂』。
「ワレェ!! 何を二人で気持ちよぉ歌っとんねん! ハモりまで入れて・・・ええ度胸しとるやないけぇ!!」
お父さんのどす黒いオーラが膨れ上がるが、今の俺には名曲の間奏にしか聞こえない。
「明日の自分を好きになりたい」
という魂の叫びが、恐怖を完全に上回った。
俺の声が彼女の歌声に重なり、共鳴する。
哀お母様が冷え切った手つきで名刺をピラピラと振る中、めぐりちゃんのボルテージが最高潮に達した。
他人の言葉に惑わされず、信じるものを現実にしていくーー。
その力強い絶唱と同時に、お父さんのベルトから音も無く、白い煙が辺りに充満した。
視界が完全に遮断され、白一色の世界。
拘束された鎖の重みと、首元に当てられた赤熱した電磁ナイフの熱気が、不気味なほどスッと消失する。
「これで終わったと思うなや・・・。ボケ!カス!アホンダラ!・・・っていかん、あかんわ!早よこれ回収して、とっととズラからなアカン!」
霧の向こうでお父さんが必死に名刺を強奪する気配がするが、俺たちの歌声は止まらない。
自分自身を抱きしめ、自分が主役の人生を楽しもうと歌い上げるサビが、白濁した世界に響き渡る。
視界が少しずつ晴れ、哀さんの呆れ顔とめぐりちゃんの笑顔が見え始める。
これが俺たちの、この日限りのステージだ。
ハッピーエンドだけじゃ物足りない。
涙も、傷つくことも、すべてをエッセンスにして立ち直り、フィナーレまで演じきってみせるーー。
最後の一節を歌い終えた瞬間、煙幕は完全に消え去った。
お父さんの姿はもうどこにもなく、手元から名刺を奪い返された哀さんが、呆れたように声を出す。
「・・・逃げたわね。あの人、逃げ足だけは私より早いからね」
その言葉を合図に、俺たちのデュエットは終了した。