異世界転生 作:魔導科学
「せやけどな、マイハニー。ワイは総帥の仕事、受けようと思っとんねん」
お父さんが、静かに、けれど揺るぎない口調で言った。
「アナタ・・・?」
「今まで、カッコええとこ見せてへんかったやろ? せやから、ここらでちょいと、カッコええとこ見せたいねん。めぐりにも、マイハニーにもな」
照れ隠しのような、けれど必死なその言葉に、哀お母さんは悲しげに眉をひそめる。
「私は、そんなこと望んでいません! めぐりだって、そうよね?」
「うん。ボクはお父さんのこと、カッコ悪いなって時々思うけど・・・でも、危険なことをしてほしいなんて思ってない」
めぐりちゃんも、いつもの明るさを消して、切実な瞳でお父さんを見つめる。
家族全員からの反対。
居間は、お父さんの『意地』と家族の『愛』が真っ向からぶつかり合う、重苦しい沈黙に包まれた。
「・・・申し訳ない。今の話は忘れてくれ。私はこれで、御暇するよ。美味しいケーキをご馳走様」
そう言って、シュウさんは静かに席を立った。
深追いをせず、家族の絆を尊重して身を引くその姿には、総帥としての品格と、彼自身の優しさが滲み出ていた。
お父さんは、立ち上がったシュウさんの背中を、何かを言いたげな、けれど言葉が見つからないもどかしそうな表情で見つめている。
お母さんやめぐりちゃんの顔には、ホッとした安堵と、自分たちがシュウさんの願いを無下にしてしまったという、ほんの少しの申し訳なさが入り混じっていた。
「シュウさん。その仕事、俺が受けますよ。とは言え、映画の撮影もあるから、あまり時間の余裕は無いですけどね?」
俺の言葉に、居間の温度が再び跳ね上がった。
「リョウさん!? 危険があるんですよ? 私は反対です!」
「ご主人と同じ!お父さんが、危ない目に遭うのは反対!」
ユカさんとポポが身を乗り出し、鋭い口調で制止する。
「主、危険なことして欲しくない」
瑞も不安げに俺の袖を掴み、身体を寄せてきた。
「・・・リョウ、それは駄目。確かに河野は重要な存在。でも、私たちからしたら、リョウはそれ以上に大切な存在」
リリーさんまでもが、いつになく真剣な眼差しで俺を射抜く。
四者四様の、けれど真っ直ぐな拒絶。
その様子を、さっきまで『カッコええとこ見せたい』と言っていたお父さんが、苦虫を噛み潰したような顔で見つめている。
自分が家族に止められた道を、若造が代わりに歩もうとしているのだ。
お父さんのプライドと焦燥が、居間の空気をさらにヒリつかせていた。
「リョウ君、有難う。私の方で、もう少し人手を当たってみるよ。・・・それでは、失礼する」
シュウさんは穏やかに、けれどこれ以上の介入を拒むような静かな笑みを残して、居間を後にした。
パタン、と玄関のドアが閉まる音が、静まり返った居間に小さく響く。
誰も、すぐには動けなかった。
シュウさんの去り際はあまりに鮮やかで、そして『人手を探す』と言い残した彼の後ろ姿には、どこか孤独な重圧が漂っていたからだ。
「・・・行ってもうたな」
お父さんが、ポツリと呟いた。
その声には、家族に引き止められた安堵よりも、尊敬する男の力になれなかった不甲斐なさと、自分の代わりに手を挙げようとした俺への、複雑な感情が入り混じっている。
お母さんもめぐりちゃんも、シュウさんの去った扉をじっと見つめたまま、言葉を失っていた。
「・・・ご馳走様でした。お騒がせして、申し訳ありませんでした」
「お兄ちゃん? 帰っちゃうの?」
俺が席を立つと、めぐりちゃんが本当に残念そうに、顔を覗き込んできた。
「めぐりちゃん、またね?」
俺はそう言って、めぐりちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。ご馳走様です」
「ご馳走様でした。とても美味しいケーキ、有難う御座いました」
「・・・ご馳走様でした。お邪魔しました」
「ご馳走様でした。ケーキ、美味しかったです!めぐりちゃん、またね?」
ユカさん、瑞、リリーさん、ポポも俺に伴って立ち上がり、丁寧に礼を述べる。
「いえいえ、お構いもいたしませんで。またいつでもいらしてくださいね」
哀お母さんが、柔和な笑みを浮かべて見送ってくれる。
「お兄ちゃん、また来てね! あと、魔導通信機の登録して?」
「あら? それ良いわね。私も、お願いしますわ」
めぐりちゃんに続いて、お母さんまでが当然のように端末を取り出した。
「お前はもう来んといて! 他のメンバーは、またいつでも来たらええ。・・・って、ハニー! なんでこいつと、魔導通信機の登録しようとしてんの? めぐりまで!」
お父さんが慌てて割り込むが、二人はどこ吹く風だ。
「だって、お兄ちゃんと連絡取れないと困るもん!」
「そうねぇ、リョウさんには何かと、お願いすることになりそうだから」
「お願いって、何を頼むつもりなん!? ・・・チッ、そんなんなら、しゃあないからワイも登録したるわ! はよ、魔導通信機出せや! ボケェ!!」
結局、お父さんまでが一番に身を乗り出して、強引に連絡先を交換することになった。