異世界転生   作:魔導科学

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「では、次は私が・・・」

 

そう言って話しはじめたのは、ミリィさんだった。

 

彼女はいつも通りの淡々とした口調ながら、どこか突き放すような冷ややかな響きを帯びて、手元のランタンを見つめた。

 

「この話は、父と母が軍に所属していた時の記録だそうです。

ある雪山での作戦中、軍の輜重部隊が全滅しました。

原因は不明。けれど、それによって後続部隊への補給は完全に途絶えた」

 

彼女の声は、淡々と絶望をなぞっていく。

 

「武器には自動魔力充填機能がありますが、あくまで軍の支給品。

高位の魔道具のようなメンテナンスフリーというわけにはいかない。

交換部品も、食料も、防寒具も届かない。

救援の目処も立たず、魔導無線からは時折、ノイズに混じって仲間の断末魔だけが聞こえてくる。

・・・そして暗闇の向こうからは、敵軍の軍靴の音だけが、じわじわと近づいてくる」

 

彼女はそこで、ふっと自嘲気味に口角を上げた。

 

「この話は怖いですが、『ホラー(怪談)』ではありませんね。

ただの『物理的な詰み』

けれど、そこにいた兵士たちにとっては、どんな化け物が現れるよりも、

明日届くはずのパンが届かないことの方が、よっぽど絶望的で、恐ろしいことだった・・・というお話です」

 

「・・・」

 

俺は、言葉を失う。

 

今までの『不思議な怖さ』とは違う、胃の底が冷たくなるような、逃げ場のない現実。

 

『怪を語れば怪至る』なんて言うけれど、本当の地獄には化け物なんて現れる隙すらないのだ。

 

「・・・本当の恐怖とは、どちらのことだと思いますか?」

 

パチン。

 

ミリィさんと瑞が同時にスイッチを切ると、部屋の空気は鉛のように重く沈み込んだ。

 

その沈黙を切り裂くように、めぐりちゃんが声を上げた。

 

「お兄ちゃん、そういえば、前世で見たアニメの短編集に、こんな回があったよ。顔に消えない火傷痕を持つ、苛烈で美しい軍人の女性が、怪談話をしていて、今みたいな話をするシーン! お兄ちゃん、分かる?」

 

「うん、分かるよ。・・・因みに俺は、銀髪の武器商人の少女と少年兵が、大型船で世界を渡り歩くアニメの方が好きだったな。あの独特の空気感、たまらなかったよ」

 

「・・・リョウ、私もあれは好き。潜入していた仲間が、最後に自分の正体を明かして散っていくシーンは、本当に悲しかった」

 

そう言って、リリーさんが穏やかに微笑む。

 

「分かる!! そのシーン、私も泣いた! リリーさんもお兄ちゃんも、私と一緒だね!」

 

「ちょっと、リョウ? なに楽しそうに、めぐりちゃんとリリーさんだけで話してるのよ!」

 

「そうよ、リョウ? 私はリョウの記憶があるから分かるけど、他の人には全く伝わらないわよ?」

 

置いてけぼりを食らったネアさんとカオリに、ジト目でツッコまれてしまった。

 

「申し訳ない。ミリィさん、今の話は確かに怖い話でした。補給が届かないなんて、軍人にとっては本当に絶望的な状況ですから」

 

するとミリィさんは、メガネをクイッと上げながら、どこか誇らしげに口角を上げた。

 

「そうなんです。ですが、この話には続きがあります。実は、その雪山の部隊にいたのは私の父と母だったんです。・・・なので、二人で仲良く手を取り合って、そのまま敵軍を全滅させたそうですよ?」

 

二人で、敵軍を全滅!?

 

そっちの方が、怖えよ!

 

「ミリィのお父さんと、お母さん強いんだね〜?だから、ミリィも強いのか〜?」

 

「マリーさん、有難う御座います。・・・ですが、私は両親と比べたらまだまだですよ」

 

ミリィさんは謙遜でも何でもなく、大真面目な顔でそう断言した。

 

「そんな事ないよ〜! ミリィは、凄く強いよ〜! さっきの攻撃だって、凄かったもん〜!」

 

マリーさんはミリィさんの頭を撫でる勢いで褒めちぎると、楽しそうにパンッと手を叩いた。

 

「じゃ~、今度は私が話すね~?」

 

マリーさんは、魔導ランタンを持ち上げ、のんびりした声で語り始めた。

 

「むか〜し、むかし~、魔王を倒した勇者が~、ついに故郷の村へ帰ってきたの~。

村人たちは大歓声で迎え~、広場には豪華な食事が並んでる~。

勇者はボロボロの剣を置いて~、泣きながら言ったの~。

『みんな、ただいま~。魔王の呪いで、道中の仲間の顔も、自分の名前すら思い出せなくなっていたんだ~。でも、この村の景色だけは忘れなかった~』

村長は優しく勇者の肩を抱いて言ったの~

『よく頑張った。さあ~、今夜は祝杯だ~。お前の大好きな、特製の肉料理をたっぷり用意したぞ~?』

勇者はむさぼるように肉を食べ、村人たちの温かさに涙したんだって~」

 

パチン。

 

マリーさんが、ランタンの明かりを消す。

 

静寂が辺りを包み込む。

 

・・・うん?

 

これ、怖い話だよな?

 

なんだか、とっても『いいお話』に聞こえたんだけど?

 

「マリーさん。勇者は魔王の呪いで『仲間の顔』を忘れているんですよね? では、一緒に旅をした仲間たちは、今どこにいるんですか?」

 

ミリィさんが、マリーさんに問いかける。

 

「ミリィ~? なぜ、勇者の剣はボロボロだと思う~? 村長が出した『特製の肉料理』は、何の肉だと思う~?」

 

「そ、それって・・・魔王との戦いで、あるいは呪いのせいで、正気を失っていたのかもしれないってことですか?」

 

ゴモリーさんが、震える声でマリーさんに尋ねる。

 

「そうだね~? もし、そのボロボロの剣が~、魔王との戦いだけではなく『隣にいた仲間』を魔物と見間違えて~、斬り伏せてしまった記録だとしたら~?」

 

「まさか。帰還した勇者に村長が出した『大好きな肉』って・・・村人たちが、戦死した仲間の遺体を回収して、『思い出せないなら、せめて勇者の糧になれ』と料理に出した・・・とか?」

 

そう言ったネアさんの顔が、暗闇の中でランタンの明かりに反射して青白くなる。

 

「勇者が『温かい』と感じて食べているのは、さっきまで共に戦っていた仲間の体だった・・・?」

 

哀さんが、淡々とその話を纏めた。

 

「私の話は~、これでお仕舞い~」

 

俺は前世で聞いた『海亀のスープ』って話を、思い出したよ。

 

薄暗い空間を、おぞましい静寂が支配する。

 

そんな停滞した空気を切り裂くように、「次は、私が話しますね?」とユカさんが口を開いた。

 

「・・・マリーさんの話は、まだ『肉』という答えがありました。でも、本当に怖いのは、『自分が何をしているのか気づいていない』瞬間だと思うんです。たとえば、こんな話・・・」

 

ユカさんが、静かにな語りだした。

 

「ある男が、自分を執拗にいじめていた男を殺しました。男は死体を山奥の廃屋にある、大きな鏡の裏に隠したんです。

数年後、時効を間近に控えた彼は、勝利を確信したような気分でその廃屋を訪れました。

鏡は当時のままそこにありましたが、ひどく埃を被り、表面は白く曇っています。

『・・・もう、バレるはずがない』

彼は勝ち誇った笑みを浮かべ、指先で鏡を拭いました。

その瞬間です。

鏡の中、自分の背後に、あの時のままの姿でーー少しも腐敗していない被害者が立っているのと、目が合いました。

心臓が跳ね上がり、彼は勢いよく背後を振り返ります。

・・・ですが、そこには誰もいません。

ただの、埃っぽい廃屋の空気が流れているだけ。

『見間違いだ』

そう自分に言い聞かせ、震える手でもう一度鏡を覗き込みました。

すると、どうでしょう。

鏡の中の被害者は、先ほどよりも確実に一歩、こちらへ近づいているんです。

彼は気づいてしまいました。

鏡の中の自分は、すでに被害者にがっしりと肩を掴まれていることに。

そして、鏡の中の自分だけが、鏡の外にいる自分に向かって、声もなく口を動かしていました。

『・・・次は、お前の番だ』」

 

パチン。

 

ユカさんとポポが同時に、ランタンの明かりを消した。

 

「・・・つまり、自分に殺されるってこと?」

 

カオリが呟く。

 

鏡という逃げられない牢獄の描写に、全員が息を呑んだ。

 

「・・・ねえ、気づいてる?」

 

不意に、ネアさんが部屋の隅を指差した。

 

「この部屋、さっきから妙に視線を感じると思わない?」

 

ポポが恐る恐る隣を探ると、指先にひんやりとした感触が触れた。

 

カオリが手に持ったランタンを向けると、そこには、いつの間にかアンティーク調の大きな鏡が立っていた。

 

「・・・鏡?」

 

ゴモリーさんが息を呑む。

 

めぐりちゃんが、ゆっくりと鏡に歩み寄り、自分の顔を鏡面ギリギリまで近づけて囁いた。

 

「鏡の中の私は~、とっても楽しそうに笑っているよ?」

 

だが、照らし出された鏡の中のめぐりちゃんは、唇を真一文字に結んだまま、無機質な瞳でこちらを見据えている。

 

その異様な光景を目にした瞬間、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。

 

「えへへ、大成功~! タイミング完璧だったでしょ?」

 

めぐりちゃんが、パチンと指を鳴らした。

 

すると、目の前にあった大きな鏡が、音もなく空間に溶けるように消えてしまった。

 

「な、えっ・・・消えた?」

 

ネアさんが、呆然と鏡があった場所を見つめる。

 

「私の『次元収納』から出した、お手製の魔鏡だよ?ユカさんの話に合わせて、こっそり置いておいたの。ごめんなさい」

 

「もう・・・! 本当に心臓が止まるかと思いました」

 

ミリィさんがメガネをクイッと上げながら、深く長い安堵の息を吐き出した。

 

「めぐり? 心臓に悪いわよ」

 

哀さんも呆れたように、肩をすくめる。

 

冷え切っていた薄暗い空間を、今度はどこか心地よい、熱を帯びた賑やかさが支配した。

 

「・・・死ぬかと思った」

 

俺は、そんな賑やかさの中、一人だけあまりの怖さに膝をガクガクと震わせていた。

 

「リョウ、大丈夫?」

 

カオリに呆れ顔で覗き込まれたが、返事をする余裕なんてない。

 

正直、ユカさんの話の時点ですでに限界だったんだ。

 

特に、あの鏡がいつの間にか部屋にあった時は、心臓が跳ね上がって、本気で気絶する一歩手前までいった。

 

「あはは、お兄ちゃん、顔が真っ青だよ~?ごめんね?こっちおいで?いいこ、いいこしてあげる!」

 

めぐりちゃんが悪戯っぽく笑いかけてくるが、こっちは笑い事じゃない。

 

「ちょっと、めぐり?それは、お母さんがやるわよ?」

 

「いえ、此処は私が」

 

哀さんとミリィさんが、笑いながらそんな事を言っている。

 

「ちょっと!それはズルいわよ?私も撫でたい!」

 

「ネアさん、私もリョウさんを慰めたいです!」

 

ゴモリーさんまで、賑やかに参加表明する。

 

「パパ?私が抱き締めてあげるから、此方に来て?」

 

珊瑚が、優しく俺に言ってくれる。

 

「珊瑚ちゃん、私も主に抱き着きたい」

 

瑞が、羨ましそうにいう。

 

「いえ!リョウさんを怖がらせた責任は、今の話をした私にあります!だから、私が責任を持ってリョウさんを抱きしめます!」

 

「ご主人、僕もお父さんを慰める〜!」

 

ユカさんが張り切って立ち上がり、ポポもそれに追随する。

 

「リョウ〜?怖かったの〜?お姉ちゃんが、優しく膝枕してあげるから〜、おいで〜?」

 

「・・・マリー、姉の私に先に譲る。リョウ、泣きながら『お姉ちゃん、怖いよ〜!』って、私に抱きつく」

 

リリーさんが、両手を広げて難易度高めの要求をしてくる。

 

しかし、俺にとっての『おぞましい静寂』は、まだ胸の奥でバクバクと暴れている鼓動の音にかき消されずに残っていた。

 

 

 

 

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