異世界転生   作:魔導科学

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「そ、そろそろ、終わりにしませんか?」

 

俺は怖さのあまり、そう提案してみる。

 

「リョウ?まだピィちゃんと、ネアさん、めぐりちゃんに、私が話してないわよ?それにリョウだって、怖い話なら色々知ってるでしょう?」

 

カオリが、逃がさないと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 

そりゃ確かに、前世じゃオカルト大好き人間だったから、洒落にならないほど色んな話を知ってるよ?

 

ネット掲示板の伝説から、古典的な都市伝説まで、ネタには事欠かないさ。

 

でも、知っているのと、この状況で聞くのは別問題なんだよ!

 

「なんだか、百物語みたいで楽しいわね!」

 

カオリが、そんな事をいう。

 

カオリ?

 

此処には、左手が鬼の手になった白衣観音経を唱える先生は、居ないんだよ?

 

それから、『破ぁ!』の一喝でどんな怪異も消滅させる、寺生まれのアルファベット一文字の人も居ないんだよ?

 

何か起きた時、俺を助けてくれる『チートな除霊師』は、この異世界には一人も存在しないんだ。

 

それなのに、よりによって『怪談話』なんて、ガソリンスタンドで花火するような真似、よくできるな!?

 

「リョウさん?この世界は、種族的にゴースト族も居ますし、ゴーストは科学的に証明された存在。だから、何も恐くないですよ?」

 

「そうだよ〜、お兄ちゃん!此処には、ボクの作ったガオキッチンやお母さんをはじめとした、戦闘のプロ集団が居るんだよ?だから、モンスターのスタンピードが起こっても多分、数分で片が付くと思うよ?」

 

ユカさんと、めぐりちゃんが、俺を気遣って声を掛けてくれる。

 

「そうですね。それは、分かっていますが・・・」

 

でも、俺自身はそんなに強い存在じゃないからね?

 

「・・・リョウ、大丈夫。何があっても必ずお姉ちゃんが護ってあげるから、お姉ちゃんに、まかせなさい?」

 

リリーさん、それは双六ゲームをしていた時の続きですか?

 

電波ソングの歌姫ばりに可愛く言われても、あれは『護る』じゃなくて『誘ってる』時の台詞ですよね?

 

しかも今のリリーさんの目は、完全に俺を大人なの意味で『食べちゃいたい』時の肉食獣のそれですよね?

 

「今度は、ボクが話すね〜?」

 

めぐりちゃんが楽しそうに切り出した。

 

「ゲームで魔物を倒すと『経験値』が手に入って、レベルが上がるでしょ?

レベルが上がれば、どんなに深い傷だって一瞬で治るし、力もみなぎって全快する。

でもね・・・、あるプレイヤーが、古い魔導書の隅っこに、妙な記述を見つけたんだ。

『レベルアップとは、因果律の微調整である』って。

傷が治るのは、魔法みたいな超常的な治癒じゃない。

それは、『傷を負わなかった世界線の自分』を、今の自分に無理やり上書きして統合しているだけで、レベルが上がるたびに少しずつ『今の自分』の記憶や感情は、別のルートを歩んできた自分のものと混ざり合っていく。

そして、レベルが100に達する頃。

その男の体の中に、『最初に旅に出た彼』の意識は、もう1ミリも残っていなかった」

 

パチン、と乾いた音がして、めぐりちゃんが持っていたランタンの明かりが消えた。

 

「・・・どう? 短かったけど、怖かったかな?」

 

大分暗くなった部屋の中で、めぐりちゃんの声だけが、部屋に集まった面々の耳元に冷たく響く。

 

確かに、そんな風に解釈すれば、これほど恐ろしい話はない。

 

プレイヤーとして強くなることは、自分を少しずつ殺していくことと同義なのだから。

 

・・・俺は、本当に大丈夫なのかな?

 

もし、現実世界で魔法による傷の治癒が、先ほどの話と同義であるとしたら?

 

ふと、自分の手を見る。

 

「リョウ様、この世界の治療魔法、体内の細胞を活性化させて傷を癒す物です。ですから、大丈夫ですよ?」

 

暗闇の中、ミリィさんが優しく声を掛けてくれた。その温かな声は、冷え切った俺の思考を溶かすように、そっと隣に寄り添ってくれる。

 

「・・・そっか。そうですよね?有難う御座います、ミリィさん」

 

彼女の言葉に、俺は心の底から安堵していた。

 

「今度は、私が話すよ。

・・・これね、本当のママから聞いた話。

私が生まれる前、ママがまだ若くて世界中を旅してた頃に、とある国で開発したレーションのお話なんだけど」

 

珊瑚がポツリポツリと語りだす。

 

そうだったな。

 

珊瑚を最初に見つけ、保護したのは俺とカオリだ。

 

あの時、彼女は大きな怪鳥に追い詰められていた。

 

ずっと昔のことみたいに思えるのは、それだけ中身の濃い時間を共に過ごしてきたからだろうか。

 

「ママは、人の姿になれるようになってから、人間の生活に興味を持って世界中を旅したの。

それで、とある国で軍の研究者を募集してて・・・ママはそこでレーションを開発することになったんだけど。

その材料がね、飽食の粘塊『カロリー・スライム』を材料にしたゼリー。

見た目はキラキラしてて、とっても美味しそうなの」

 

この世界において、スライムは身近な存在だ。

 

ゴミの分解、清掃、潤滑油に猛毒。

 

多種多様な種が、生活や戦闘の道具として利用されている。

 

テイマーに捕獲され、ペットとして愛玩されるもの。

 

あるいは、戦闘補助として飼育されているスライムも少なくない。

 

だが、この『カロリー・スライム』は少し変わっている。

 

他の種と違い、果物や野菜しか食べないベジタリアンで、性格も至って大人しい。

 

・・・だが、ひとたび外敵に襲われると、恐ろしい性質を発揮する。

 

「このスライムはね、物理攻撃の衝撃をすべて『超濃縮された脂肪分』に変換して、相手に付着させる性質があるの。

・・・ほら、あの時。

私を今にも食べようとしていた、あの怪鳥クレイモア。

あいつがもし、このスライムを嘴で一突きしたとしたら・・・その瞬間にエネルギーが逆流して、あいつの体は一気に肥大化してたはずだよ」

 

たった一突きで、過剰な栄養を『強制的に』受肉させられる。

 

羽は贅肉に埋もれ、自慢の脚も自重でへし折れて、逃げることもできなくなる。

 

「あとは・・・ただ飽食のまま、野垂れ死ぬのを待つだけ。

ねぇ、これほど残酷な護身術って、他にないと思わない?」

 

珊瑚は、俺の顔を見ながら懐かしそうに話を続ける。

 

その瞳の奥には、助かった安堵と、もし別の結末があったらという不気味な空想が混ざっているようだった。

 

「それで、何度も試作品を作っては試食を繰り返したそうだよ。

ドラゴンは成長期が過ぎても、人間とは比較にならないほどのエネルギーを必要とするからね。

だから、ママがその試作品をすべて消費した。

でも・・・限界は必ずやって来る」

 

珊瑚は、一呼吸置いて、続きを語りだした。

 

「今流通しているレーションが完成してから、ママは本当のパパと結婚するまで、他に何も食べなかったんだって。

人間だったら、確実にカロリーオーバーで何度も死んでいたはずだよ。

・・・なんて、そんなお話」

 

パチン。

 

珊瑚が手に持っていたランタンの明かりを消すと、周囲の闇が一層深くなった。

 

その話、今の俺には非常によく分かる。

 

前世の俺は、わずか七歳の頃から持病の一型糖尿病と闘っていたんだ。

 

親はろくでなしで、子供の命に関わる管理すらしてくれない。

 

入退院を繰り返す中、小学校を卒業する前から、俺は生きるために自力でカロリー計算をするしかなかった。

 

差別や偏見にさらされる毎日だったが、前世で数少ない『まともな大人』の中に、居合道の先生がいた。

 

近所の子供に無料で居合を教えてくれる、懐の深い人だった。

 

病気のせいでふらつくこともある覚えの悪い俺を、先生は一度も怒らず、いつも褒めてくれた。

 

『才能とは、同じことを飽きずに続けられることだ。お前には、その才能がある』

 

低血糖で倒れそうになった時、先生が差し出してくれたジュースやお菓子の味。

 

だが、そんな唯一の理解者だった先生も、俺が中学生の時に亡くなってしまった。

 

それ以来、俺はたった一人で『生きるための管理』を続けてきた。

 

あの言葉があったから、孤独な日々も、終わりのない稽古も投げ出さずに済んだんだ。

 

「まさか、今流通しているレーションが珊瑚ちゃんのお母さんの手で作られたものだったなんて・・・驚きました」

 

ミリィさんが、心底驚いたような声を上げた。

 

「体重が増えるというのは、私たちにとっても大敵よね・・・」

 

ネアさんがポツリと零した言葉に、ゴモリーさんが勢いよく賛同する。

 

「ネアさん!それ、凄く分かります!」

 

その発言に、他の女性陣も『ウンウン』と深く首を縦に振った。

 

「ピィちゃんのお母さんが、ピィちゃんを産むまでって、どれくらいかかったの?」

 

「え〜と、確か私が生まれたのが今から三十年以上前だから・・・短く見積もっても、三十年かな?」

 

・・・は?

 

三十年?

 

さ、珊瑚さん・・・?

 

哀さんは多分、珊瑚より年上だと思ってたけど、俺やカオリ、ここにいる全員が珊瑚より年下ってことか!?

 

いや、待てよ・・・?

 

転生前の年齢を合わせれば、俺の方が年上ってことになるのか!?

 

え、これ・・・一体どういう態度でいればいいんだよ!?

 

そんな混乱の極致に至った俺の思考を戻したのは、哀さんだった。

 

「あら、やだ!珊瑚ちゃんの方が私より年上なのね?今後は、珊瑚ちゃんじゃなくて『珊瑚さん』って呼ばないとダメね?」

 

哀さんが、そんなことを言う。

 

・・・あれ?哀さんの方が、年上だと思ってたよ?

 

「リョウさん? 何かしら?」

 

俺は驚きのあまり、哀さんの顔を見つめてしまう。

 

「な、なんでもありません!哀さん!」

 

 

 

 

 

 

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