異世界転生 作:魔導科学
「今度は、みんなで魔導スパに行きたいわね」
哀さんが、ふとそんな提案をする。
「そうですね! それは素晴らしいと思います!」
ゴモリーさんが、哀さんの言葉に賛同する。
「因みに、父は魔導スパも経営しておりますので、いつでもお連れできますよ?」
ミリィさんが補足すると、周りからは「いつ行く?」「新しい水着を買わなくちゃ」と、弾んだ声が上がった。
シュウさん、本当に手広くやってるな・・・。
さて、そろそろ頃合いか。
「あの、もう遅いので寝ませんか?」
「そうね。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうわね」
哀さんは光学ディスプレイで時間を確認し、名残惜しそうに言った。
「じゃあ、足元のライトを点灯しておくね」
めぐりちゃんがそう言うと、優しい光が周囲を包む。
この明るさなら、寝るのにも全く支障はない。
「部屋はどうする? 個室にするか、それともここで全員分のベッドを出す?」
「俺は個室で・・・」
めぐりちゃんの質問に、答えかけた俺の言葉を遮るように、一斉に声が上がる。
「ここにベッドを出してください!」
ゴモリーさんが即答した。
「そうね! みんな同じ部屋で、寝ればいいと思うわ!」
ネアさんも続く。
「わ、私も賛成します!」
「ご主人と、お父さんと一緒がいい!」
ユカさんとポポも、身を乗り出す。
「私は〜、みんな一緒がいいな~」
「・・・個室はダメ。みんな一緒」
マリーさん、リリーさん姉妹も同室を宣言した。
「私も、同じ部屋が良いと思います」
ミリィさんも賛成する。
確かに、ミリィさんはさっきの怪談話、ちょっと怖がってたもんな。
「リョウ様、勘違いしないでください?怖いから言ってるわけじゃありません。そもそも私は怪談なんて、これっぽっちも怖くないんです。・・・何ですか?その優しい目は、訴えますよ?」
「いえ、何でもありません!」
俺は慌てて、ミリィさんから目を逸らす。
顔を赤くしている彼女が、とても可愛い。
「私はピィちゃんと、リョウと一緒がいいな」
「私もカオリママと、パパと一緒がいい!」
「主のいる場所が、私の居場所。決して離れない」
瑞までもが、断固として離れないと宣言する。
「じゃあ決まりね!みんなでここにベッドを出して寝ましょう」
哀さんが優しく締めくくる。
あれ?
俺の意見は?
「じゃ、おやすみ」
カオリが、挨拶する。
「おやすみなさい」
珊瑚が、それに答える。
「明日は、どうする?」
ネアさんが、周りの面々に問いかける。
「基本的に冒険者は自由業だから、私たちはどうとでもなりますけど・・・リリーさんは?」
ゴモリーさんが、隣のリリーさんに視線を向けた。
「・・・特に、営業日の指定はない。だから、合わせられる」
リリーさんが、淡々とした口調で返答する。
「めぐりちゃんのお母様は、お仕事ですか?」
続けて、ゴモリーさんが哀さんに尋ねた。
「仕事があるなら、もっと早く寝てるわよ! 私たちも出退勤は割と自由にできるから、明日も大丈夫よ」
哀さんは快活に笑って、そう答えた。
「それじゃあ、セニョール監督の撮影次第ですけど・・・明日もみんなで遊びに行きましょう!」
ゴモリーさんが、期待に目を輝かせて楽しそうに笑う。
「そうだね〜。明日のことは、起きてから決めればいいよね〜・・・。おやすみぃ〜」
マリーさんが、とろんとした声でそう言ったかと思うと、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。
隣からはスヤスヤと安らかな寝息が聞こえ始め、さっきまでの賑やかな喧騒が、遠い夢の出来事のように溶けていった。
明日は、どこへ行くことになるのやら・・・。
そんなとりとめもない不安と、それ以上の楽しみを抱えたまま、俺の意識はゆっくりと深い闇へ沈んでいった。
暫くして、気配を完全に消した一つの影が、ゆっくりと俺に近付いてきた。
その影は、掌で俺の口を素早く塞ぐと、静かに揺り起こしてくる。
「・・・っ!?」
驚いて目を見開く俺に、影は人差し指を口に当てて『静かに』と合図した。
そのまま指先で扉を指し、外へ来いというジェスチャーを送ってくる。
「・・・」
俺は生唾を飲み込み、それに従うように首を縦に振った。
周囲を起こさないよう慎重にベッドを抜け出し、影の後を追って部屋の外へと出る。
部屋の外に出た影は、そのまま無言で魔導キャンピングカーの外まで俺を連れ出した。
深夜の冷めた空気の中、影がようやく足を止める。
「それで・・・お父さん。こんな夜更けに、一体どうされたんですか?」
「おんどれに『お父さん』呼ばわりされる筋合いはないって、言うてるやろ!このボケ!しばくぞコラ! ・・・まぁ、ええわ。ワシな、シュウ総帥の仕事を受けるつもりやねん」
「シュウさんの仕事って・・・さっき、哀さんやめぐりちゃんに止められていたじゃないですか」
「確かにマイハニーにも、めぐりにも止められたわ。けどな? 男やったら、家族を裏切ってでもやらなあかん時ってのがあるんや。・・・そう思わんか? 後、ワシのマイハニーの名前を気安く呼ぶな!このボケナスが!」
「・・・あの、俺のことが気に入らないのは分かりますが、いい加減その『ボケナス』って呼び方は、ちょっと・・・」
「あぁ?何やねん!このタコが!そもそも、ちょっとツラがええからって調子に乗りくさって!・・・やっぱりおんどれとは、ここでカタつけなあかんみたいやな?」
スッと、お父さんが構えをとる。
「お前みたいなケツの青いガキ、変身せんでも構わんわ!こいや、このクソガキ!」
相手が無手である以上、こちらとしても武器を出すわけにはいかない。
俺は、足元を正三角形に結んで土台を固め、丹田から繋がる『手刀』を前方に据える。
指先まで『気』を通し、しなやかな自然体の中に、決して中心を譲らぬ不動の軸を保つ。
そう、合気道の構えだ。
実は前世で、居合道以外に合気道もやっていたりする。
セニョール監督には言ってないけど、多分あの人なら分かってるんだと思う。
だって、合気道の達人でもある映画界の巨匠、スティーブン・セニョールなのだから。
「なんや自分、チャカだのドスだの振り回すしか能がないと思っとったら、合気道もやりよるんか?」
お父さんは、俺の構えを見て感心したように言う。
「ほな、こっちから行くで!」
お父さんが、素早く踏み込み俺の右足を払いに来る。
俺はその勢いに逆らわず右足を後ろへ引いた。
円を描くような転換で左に構えを取り直し、お父さんの攻撃を空に逃がす。
空振りして着地した右足を軸に、お父さんの身体が独楽のように鋭く回転した。
その遠心力を乗せた左足の回転蹴りが、俺の側頭部を狙って襲いかかる。
俺はその軌道に同調するように動いた。
鋭い一撃を肩に滑らせ、絡め取る。
そのまま吸い込まれるような滑らかさで肩に手を掛け、大地の引力に従わせるように引き倒した。
引き倒されたお父さんだったが、地面に叩きつけられる寸前、合気道のそれと同じ鮮やかな受け身を取った。
そのまま勢いを利用して後方へ転がり、バネのように即座に立ち上がる。
鋭い眼光をこちらへ向け、再び油断なく構え直した。
お父さんの指先が、鋭い貫手となって俺の水月を貫かんと迫る。
俺は身体をスッと後方に引き、その突進を虚空へ誘った。
伸びきったお父さんの手首を捕らえ、下方向へ鋭く引き込みながら、一気に『小手返し』を食らわせる。
しかし、小手返しの旋回軌道に身を任せ、お父さんは空中で猫の如く身体を翻した。
関節を極められる寸前、その円運動を回転エネルギーへと転換し、吸い込まれるように地面へ着地してみせる。
「やるやないか、ボケナス!今度は本気で行くで!?」
お父さんの雰囲気が一変した。
地を這うような低空の構え。
殺気が一気に研ぎ澄まされる。
瞬き一つの間に、お父さんの姿が闇に消えた。
ーー真後ろか!
振り返るより早く、背骨の一点を狙った鋭い突きが放たれる。
俺はあえて背中を預けるように一歩踏み出し、独楽のように鋭く身体を翻した。
極限の転換で相手の腕を潜り抜け、気づけば俺は相手の背後ーー死角へと入り込んでいた。
「なっ・・・!?」
驚愕に目を見開くお父さんの顎を右掌で掬い上げ、その意識を強制的に天へと向かわせる。
俺はお父さんの突進エネルギーをそのまま円の動きへ変え、一気に踏み込んだ。
抵抗する間もなく、お父さんの身体は夜の闇を裂いて大きく宙を舞った。
しかし、お父さんは空中で猫の如く身体をクルッと回転させ、音もなく地面に着地する。
「・・・ふん!やめや、やめや!・・・まぁ、自分、思てたよりはちょっとはマシやな。・・・これなら、マイハニーも、めぐりも・・・」
そこまで言って、お父さんはバツが悪そうに言葉を切り、夜の闇に背を向けた。
「せやから、もう『ボケナス』とは言わんといたるわ。感謝せぇよ?・・・これからは『タコ』で十分や。分かったか、このタコ!せいぜい精進せぇや?」
今度は、蛸ですか?
どっちにしろ、悪口を言われてる様な気がするけど、ちょっとだけ認めてくれたのかな?