異世界転生 作:魔導科学
「ふむふむ・・・なる程ねぇ」
テア博士が、エントと何やら会話をしている。
傍から見てると、巨木に向かって熱心に話しかけている『ちょっと変なエルフ』にしか、見えないんだよね。
「・・・リョウ? 君、いま途轍もなく、失礼なことを考えていたね?」
じろり、とジト目を向けられて心臓が跳ね上がる。
「いえ!滅相もありません!」
俺は全力で、首を横に振った。
「いいや、私には分かる!君のその視線は、変人を見るそれだ!」
ドーン!
と、背後に大きな効果音が付きそうな感じで、テア博士がビシッと俺を指差す。
あまりの迫力に、俺は思わず数センチほど後ろにのけぞってしまった。
「の、ノーサー!違うのであります!決して、そんな事はコレッぽっちも、微塵も、数ミリも考えてないであります!サーッ!」
「おい!君は今、私になんと言った?もう一度、言ってみたまえ!」
テア博士が、ずいっと顔を近づけて凄んでくる。
「えっ?だから、そんな事はコレッぽっちも・・・」
「違う!君は、私に『サー!』と言ったね?君には、私が男に見えるのかね?本当に、失礼だな! !」
・・・あ、そっち!?
変人扱いされたことじゃなく、まさかの性別(敬称)のチョイスにブチ切れられたことに、俺は完全にフリーズした。
「全く、こんな奴に、本当に恩返しがしたいのかい?」
ため息交じりに、テア博士がエントに向かって語りかける。
・・・恩返し?
一体、何の話だ?
「あの〜・・・テア博士?」
「こんな失礼な奴は、放っておけば良いと思うよ?」
テア博士は俺の声をわざと無視して、エントの幹を優しく撫でている。
このままだと話を完全に、シャットアウトされてしまう。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
俺は深く頭を下げて、全力で謝罪した。
テア博士は顔を背けたまま、こちらをチラリと横目で見た。
「そこまで言うなら・・・私が満足するような謝罪をしたら、許してあげないこともないかな?」
唇を少し尖らせながら、テア博士はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
フッ、面白い!
その挑戦、受けてやろう!
俺は心の中でそう不敵に笑うと、深く、深く息を吸い込んだ。
肺の隅々まで酸素を行き渡らせ、全神経を研ぎ澄ます。
脳内で再生されるのは、某有名狩鬼漫画のあのエフェクトだ。
『謝罪の呼吸・壱ノ型・・・平伏ッ!』
ドゴォン!と、効果音が聞こえてきそうな勢いで、俺は床に向かって頭を突き出した。
一分の隙もない、完璧な角度の土下座である。
「これでどうだ・・・!」
床に額をこすりつけたまま、俺はテア博士の出方を待った。
「駄目じゃな!」
「そうですね。そんなんじゃ、彼女は喜ばないよ」
宇治茶博士とグリーン博士が、まるで品評会の審査員のようにコーヒーを優雅にすすりながら、床に這いつくばる俺を観察している。
・・・駄目なの!?
俺の、全神経を注いだ命懸けの全力胴体着地(土下座)が・・・!?
「仕方無い、ちょっと助け船を出してやろう」
グリーン博士が、此方に来て俺に耳打ちする。
「リョウ君?良いかい?テア博士は、カワイイのが好きなんだ!分かったかな?」
「あ、有難うごぜぇます・・・!」
かつてヘビに唆されて、知恵の実を口にしたイブのように、悪魔の知恵を授けてくれたグリーン博士に心の中で深く感謝しつつ、俺は急速に脳細胞を回転させて策を練る。
ーーピキィィィン!!!
俺の脳内を、眩い光の帯と共にあの一閃が迸った。
宇宙世紀の英雄たちが戦場で覚醒する時に鳴り響く、あの独特な効果音だ。
ーー見えた!
勝機はここにある!
俺は床から顔を上げると、ウルウルと涙目を潤ませ、上目遣いでテア博士を見つめた。
「おねぇちゃん、ごめんね?ボク、バカだから、言葉がよく分からなかったの〜・・・。だから、許してほしいな?優しいテアおねぇちゃん?」
静寂。
テント内を支配したのは、あまりの衝撃に時が止まったかのような、一瞬の、しかし気の遠くなるような『間』だった。
ーーぶふっ!!!
次の瞬間、テア博士の鼻から鮮血が噴き出し、そのままスローモーションのように後ろへ仰け反ってぶ倒れた。
フッ、これが俺の本気さ!
ちなみに、俺がその気になれば、某呪術漫画の最強の男よろしく、相手の脳内に無限の情報を叩き込んで完全フリーズさせることだってできるんだぜ?
・・・なんて阿呆な言葉で、俺は自分を必死に慰めつつ、テア博士の様子を伺った。
本当は、顔から火が出るほど小っ恥ずかしい。
頼むから誰も俺の顔を見ないでくれ、と心の中で叫びながら、なんとかポーカーフェイスを維持する。
一方、当のテア博士は床にのけぞったまま、ぴくぴくと痙攣していた。
「やりおるな!若造!いや、リョウ!」
宇治茶博士が、我が事のように豪快に笑った。
「僕のちょっとしたアドバイスで、まさかここまでの高威力の攻撃を出すとはね・・・。恐ろしい存在だよ、君は」
グリーン博士はコーヒーカップを片手に、引きつった笑みを浮かべながら拍手を送ってくる。
頼むから二人とも、そんなプロの暗殺者を見るような目で、俺を見ないでほしい。
恥ずかしさで爆発しそうな俺を置き去りにして、テント内の評価は『リョウ=危険人物』で固まりつつあった。
「・・・なかなか、やるじゃないか。この私をここまで追い詰めたのは、君が初めてだよ、リョウ?」
鼻血を拭ったテア博士がガタッと立ち上がり、頬を朱に染めて熱っぽい視線を俺にぶつけてくる。
・・・いや、追い詰めたって何の話だ。
まあ散々、この手のあざとい事をリリーさんに強要されてきたからな・・・。
あの人の容赦ないスパルタ教育が、こんなところで活きてしまうとは、ありがた迷惑にも程がある。
「テア博士、それで・・・エントの恩返しって何の話ですか?」
俺はリリーさんへの遠い目を引き剥がし、強引に話を本題へと戻そうとした。
だが。
「リョウ!私の事はテア博士ではなく、テアおねえちゃんと呼びたまえ!」
「いや、それはちょっと・・・」
「お願い!もう貴方なしじゃ、生きていけない身体なの・・・っ!」
両手をぎゅっと握りしめ、必死の形相で迫ってくるエルフ。
・・・ちょっと、待って?
またとんでもなく、語弊しかない危険な発言が飛び出したんだけど!?
「おぉ!何じゃ?この昼ドラのような展開は!?」
「まさか、テア博士がここまでポンコツになるほどの威力とは・・・。リョウ君?君は一体、何者なのかね?」
宇治茶博士とグリーン博士が、すっと息を合わせて俺から数歩距離を取る。
その目は完全に、いつ爆発するか分からない『危険人物』を見つめるものだった。
気のせいかな?
いや、絶対に気のせいじゃない。
俺はただ、リリーさんに仕込まれた技術(?)で、この場を切り抜けようとしただけなのに。
・・・どうして、こうなった?
「・・・テアおねぇちゃん?エントの恩返しって、なんのこと?」
背中を這うような羞恥心に耐えながら、俺はあえてもう一度、禁断のショタ声(某少年探偵風に)を処方した。
「ハァハァ・・・そ、それはね?このエントが悪人に襲われていた時に、君ともう一人の女の子が助けたそうじゃないか。この子は、その時のエントだそうだよ。・・・リョウ、ちょっとこちらに来て、私を抱きしめたまえ!」
全身をもじもじと身悶えさせながら、期待した目で俺を見るテア博士。
「いや流石に、それは本当に駄目ですよ?」
我ながら冷徹なトーンで、ピシャリと拒絶する。
しかし、テア博士の言葉が脳裏に突き刺さり、俺の思考は一気に過去へと引き戻された。
・・・なる程、あの時の!
悪質な『エント狩り』の集団から、カオリと一緒に助け出した、あの時のエントか!
「そっか!お前、あの時のエントか?」
「・・・!」
エントは身体をクネクネさせて、喜びを表現している様に見える。
同じ身悶え方でも、こうも違うかね?