異世界転生 作:MSZ-006
「それで、何があったんですか?」
ミリィさんが、メガネをクイッと上げながら俺に聞いてくる。
「ミリィちゃん〜!助けて〜!」
「リョウ、何事だ?さっきの歌って戦う姿は、カッコよかったが、なぜ泣いているんだ?」
テア博士が、俺に聞く。
「ぼくは、女の子が好きなんだよ〜?男は嫌なんだよ〜!でも、瞳ちゃんは可愛い女の子だから大丈夫だよ?」
「君?!それは、差別発言だと思うが?」
上半身裸の男が起き上がり、俺にそう言ってくる。
「ヒイィ〜!く、来るな〜!」
俺が怯えながら、美星さんの後ろに隠れる。
「まぁまぁ、どうされましたの?リョウさん、何も怖い事なんてありませんのよ?」
美星さんが、俺を撫でながら宥める。
「そもそも、ちょっと手を握ってサワサワしただけじゃないか?それなのに、四方投げで愛情表現なんて心外だな?」
男は、俺の全力の拒絶を『嬉しさの裏返し』と、脳内変換したのか呆れたように言い放つ。
「ぼくは、喜んで無い〜!それに、瞳ちゃんは『魔導エステ』で、ちゃんと女の子になってるから、大丈夫だもん!将来、ぼくのお嫁さんなんだぞ!」
「り、リョウ?!そうだな!私は明日、婚姻届を取ってきて貰って正式に夫婦になれるんだな!」
瞳ちゃんが嬉しそうに、ニコニコしながら頬を染めている。
「フッ!俺は、責められるより、責める方が好きなんだ!たがら『魔導エステ』なんてものは、俺には不必要さ!」
男がニヒルな笑みを浮かべながら、俺を見て言う。
「すみませ〜ん!もう、歌謡ショーと写真撮影って終わりなんですか?」
「私、抱きしめて写真撮影して欲しいんですけど?」
二人組の若い女性客が、めぐりちゃんに話し掛けている。
「リョウさん?この不届き者を、抹殺すれば安心するのかしら?」
哀さんが、男を見ながら何処からともなく苦無を取り出す。
「・・・リョウの手を、無断でサワサワしたのは衆合地獄送り確定、電析!」
リリーさんの身体が、まばゆい光に貫かれる。
光が収まるとリリーさんは、鈍く輝く銀色のコンバットスーツ姿に変身し、無言で魔導光学ソードを抜き放つ。
「ちょ、ちょっと、待ちたまえ!俺は、ちゃんと其処のお嬢様ちゃんに5000円払って、彼と試合したんだ!それにまだ、一緒に写真撮影もしていない!なぜ、こんな酷い目にあうんだ!」
男がそんな事を言うが、女性陣たちは殺気が収まらないどころか、更に殺気立つ。
「貴方のお名前を、お聞きしていませんが別に結構です。終わりにしましょう!」
ミリィさんが、次元収納から細剣エピオンを取り出し『ヒュンッ!』と、鋭く振り下ろす。
「そうだな。リョウが怯えている。容赦する必要がないな」
テア博士は、次元収納から俺が渡した『ウッドブレスレット』に魔力を流し死神を模した漆黒の前開きコートを召喚。
次の瞬間、黒いボディラインの浮き出る戦闘服を纏ったテア博士になり、次元収納から長い一本の棒を取り出し魔力を流す。
すると、棒の先から光り輝く刃が伸び巨大な魔力刃の鎌を構えて、男を冷たく見据える。
他の女性陣たちも、俺が渡した高位魔導武器を取り出したり、または自前の武器を次元収納から取り出し構える。
「パパ?其処の変態は、始末しても良いの?」
珊瑚が、次元収納からめぐりちゃん特製『蛇ロボット』を召喚し、一気に十文字槍に変形させて構える。
そんな珊瑚の姿を見た沙羅は、いつでも戦闘に参加できる様に帯電状態で珊瑚の傍に待機している。
「リョウ〜?大丈夫〜?」
マリーさんが右手にバトルアクス、左手に全身を覆える程の大きさの盾を持っている。
おそらく、アレが相手の攻撃を反射してダメージを与える『魔導バースト・シールド』なんだろうな。
マリーさん殺る気、満々なんだけど!?
「ちょっと、皆さん?お待ちになって下さいまし!」
「そうだよ!みんな、ちょっと待って?この人は、お兄ちゃんの手を穢したロクデナシだけど、今ここで始末するのは、ちょっとマズいよ?」
美星さんと、めぐりちゃんが止めに入る。
けど、めぐりちゃんの発言が、かなり不穏だ!
「めぐりさん?早まっては、いけませんわ?先ずは、キチンと話を聞いた上で判断しないといけませんわ?他の皆様も、宜しいですわね?」
美星さんが『魔導扇』を広げると、白無地の地紙の真ん中に、日の丸と『壊星の美星!参上!』の文字が浮かび上がる。
その扇の文字を見たお客さんたちは、『おい!ギルド長が居るぞ!』とか『ヤバい!「壊星の美星」だ!逃げろ!』とか『ギルド長が、何でこんな所に!?』と、ざわめいている。
「今『逃げろ!』と、仰った方?何も悪い事をしていなければ、逃げる必要は御座いませんのよ?」
美星さんが、手首を返して美しい所作で要返しをすると、白無地の地紙の真ん中に日の丸と『壊星の美星!参上!』から、一瞬にして般若が映し出される。
「美星様の仰る通りニャ!吾輩の頭脳明晰な名推理で、全て解決ニャ!」
セレネが『魔導煙管』を燻らせながら、そんな事を言う。
「でも、創造主?この男は試合中、全く不正行為はしてなかったわよ?手を親指でスリスリするのは、変質的で気持ち悪いけど・・・」
アイリスがセレネの横に来て、腕組みしながら男を眺めつつ俺に言う。
「そうね?まずは、何があったか確認して、それから制裁を加えるのでも遅くないわよね?」
ユカさんは『魔導唐傘おばけ』を見ながら、ニッコリとファム・ファタルな笑顔で微笑む。
ヤバい!
ユカさんが、超本気だ!
「俺は、誇り高きルチャ・リブレのテクニコ!ルチャドールだぞ?」
要約すると『俺は誇り高きメキシカンプロレスの正義の味方!マスクレスラーだぞ?』だな。
「それで?お名前は、なんと仰るの?」
美星さんが、『魔導扇』で、般若の地紙を映しながら男に聞く。
「よくぞ、聞いて下さった!美しい御婦人!俺は誇り高き、正義の戦士!その名も『マスクド・佐渡!』」
「佐渡市民に、謝れ!この変態!」
「なぜ、謝らねばならん!俺は遠いメキシコの地から風に乗せて、地元愛を世界五大陸へ向け、一斉パブリッシングしているのだ!」
前世の俺は雪国で過ごしていたから、雪国が大嫌いだけど此れは酷すぎる!
それに加えて、先ほどの握手した時に親指で俺の手をサワサワしやがった!?
この物理的なセクハラ行為と名前。
・・・更に、前世で英語と日本語を混ぜて喋る胡散臭い某芸能人みたいな言葉。
うん、これは酷すぎる。
色んな意味で、本当に酷すぎる!
「まぁまぁ、佐渡さん?ですか?それで佐渡さんは、なぜメキシコからわざわざ日本にお戻りになられたの?」
美星さんが、魔導扇』で、口元を隠しながら質問する。
「それがですな?誇り高き俺のルチャ・リブレを観た、世界的に有名な映画監督が俺を映画に使いたいと、おっしゃいましてね?それでメキシコの地より、我が故郷がある日本まで馳せ参じた訳なんです!徒歩と泳ぎで!」
なぜか男は、横を向いた状態で片方の手でもう片方の手首を掴み、大胸筋や腕、肩、太ももの筋肉を強調してアピールしている。
・・・ボディビルの超定番ポーズ『サイドチェスト』かな?
しかも、徒歩と泳ぎ・・・!?
はぁ?!
何、言ってるの?
普通の人間が、メキシコから日本まで徒歩と泳ぎで来れる訳ないでしょう!?
阿呆なの?
「り、リョウ!?この『マスクド・佐渡』って変質者、調べてみたら本当に、メキシカンプロレスの有名人なんだけど?!」
「あら?本当ね?」
カオリが、光学パネルの記事を俺とヴェルダンディに見せる。
記事には、メキシカンプロレスのニュースや様々な情報が載っていた。
『本場のルチャ・リブレ!テクニコのルチャドールとして、日本から新たな刺客が襲来!その名も「マスクド・佐渡!」、「初登場で、華麗な活躍!マスクド・佐渡の魅力に迫る!」、「マスクド・佐渡の正体に迫る!調査団は、彼の出身地『日本』で、何を見た!?」、「マスクド・佐渡の好みのタイプは、イケメン!?マスクド・佐渡によるLGBTを真剣に考える会」、「世界のLGBT差別を根絶する!誇り高きルチャ・リブレのテクニコルチャドール!マスクド・佐渡!」と、いった記事が出ている。
「それでね?この動画なんだけど・・・」
カオリが俺に、光学パネルを見せる。
『我々、取材班は今回「マスクド・佐渡の魅力」について、詳しく調べた!』
『先ず、最初の質問だ!マスクド・佐渡は、日本からメキシコまでどうやって来たんですか?』
『俺は、日本にある新潟県の佐渡島っていう「佐渡金山」で有名な素敵な場所から、徒歩と泳ぎで来たんだ!』
『アハハ!面白い冗談ですね!日本ジョークですか?』
『ジョークでは無く、本当に日本から徒歩と泳ぎで来たんだが?』
『またまた、そんな事が人間に出来る訳がないでしょう?普通に、溺れちゃいますよ!』
『ふむ?信じられないなら、信じなくて構わない!だが、俺は嘘はつかない!』
『ならば、ちょっと泳いで貰えますか?場所はラス・エスタカス川です!』
『良いだろう!俺は、逃げも隠れもせんよ?因みに、俺は世界からLGBT差別を根絶する為の活動もしているんだ!もし、良かったら俺の泳ぎに合わせて、テレビCMとかやってくれないかな?』
『そうですね?もし、本当に貴方が泳ぐ姿に信憑性があるなら、約束しましょう!』
『さて、そんな話をしてから数日後、我々はとんでもない事実を、目撃する事になる!マスクド・佐渡は本当に日本から徒歩と泳ぎだけで来ていたのだ!此れが、その証拠映像だ!』
『日本から徒歩と泳ぎでメキシコ?ハハッ、そんな事、出来る訳がないだろう!』
メキシコの陽気な太陽の下で、大笑いしているレポーターの男。
周囲の取材班の連中も、ニヤニヤと『マスクド・佐渡』を、小馬鹿にした目で見つめていた。
彼は何も言わず、シャツを脱ぎ捨てた。
そして、ラス・エスタカス川の澄んだ綺麗な水面へと、一切の躊躇なく飛び込んだ。
冷たい湧き水が、彼の全身を包む。
川底の水草や、驚いて逃げる魚の影が、まるでガラスの向こう側のように100%透き通って見える。
彼は水面に顔を上げると、正確無比なクロールを開始した。
『なんだ、普通に泳ぎが上手いだけじゃないか!』
我々も最初は、つまらなそうに眺めているだけだった。
だが、我々の余裕はすぐに消えた。
『マスクド・佐渡』は、川を1往復(2キロ)した。
ペースは1ミリも変わらない。
2往復(4キロ)した。
水から上がる気配は、一切ない。
3往復(6キロ)を過ぎた頃、岸で見ていた我々の私語がピタリと止まった。
この川の透明度が、我々にとっての恐怖へ変わっていく。
水が完全に透き通っているせいで、岸からは水中の彼の動きが丸見えだった。
彼のふくらはぎ、背中、腕の筋肉が、まるで精密にプログラミングされたサイボーグのように、狂いなく全く同じストロークを刻み続けている。
心拍数は上がらない。
息一つ切れない。
フォームは最初の一掻きから完全に乱れがない。
そして、5往復目が終わる頃、彼は静かに水から上がった。
肩を上下させることもなく、ただ髪の水を手で払う。
岸で見ていた取材班の連中は、もはや大笑いするどころか、怪物を目の当たりにしたように顔を青ざめさせて硬直している。
彼は唖然とする我々の顔を、爽やかな笑顔で見る。
『どうかな?此れで、信じて貰えたかな?もし信じて貰えたなら約束通り、世界からLGBT差別を根絶する為のテレビCMを流して貰えないかな?後、君はなかなかイケメンだな?俺と一緒に、エル・ヌドの練習をしようじゃないか!』
『因みに、エル・ヌド(結び目)を意味するジャベ(関節技)は、柔道の上四方固めのように相手の体に覆いかぶさりながら、自分の右腕を相手の左足に自分の左足を相手の右腕に・・・というように、お互いの手足、四肢をパズルのように交互に編み込んで、ガッチリとロックする恐ろしい関節技だ!』
『と、解説していたらいつの間にか、「あ〜ッ!」な感じにされてしまった。我々取材班はその後、「マスクド・佐渡」との約束通り、LGBT差別を根絶する為のテレビCMを制作し、テレビCMで現在も流している』
カオリが見せてくれた動画は、なかなか凄い話だった。
「リョウは、前世からLGBTに対して、偏見は無かったでしょう?」
ヴェルダンディが俺に聞いてくる。
「確かに前世から、ぼくはLGBTに対する偏見は無いよ?でも、アイツは駄目だ!ぼくの手を親指で『サワサワ』したんだよ!?後、さっき映画監督に呼ばれてとか言ってなかった?」
「そうね・・・。言ってた様な気がするわね」
カオリが顔を引きつらせながら、俺とヴェルダンディを見る。
まさか、そんな事は無いよね?