異世界転生 作:魔導科学
「もう、夕方か」
ふと見上げた空は、いつの間にか朱色から深い群青色へと溶け始めていた。
そういえば、雨具を持っていない。
この世界に来てからというもの、幸運にも晴天続きだったせいで、雨への備えが完全に意識から抜け落ちていたのだ。
「次に稼いだら、雨具を買った方が良いかな。カオリ、雨具は有った方が良いよな?」
「そうね。雨の中、戦闘になる事もあると思うしね」
カオリの言葉に、俺は実戦の光景を想像した。
激しい雨は物理的に視界を奪い、精密な動きを邪魔する。
それに、魔法の加護があるとはいえ、装備そのもののメンテナンスを考えれば、雨具で保護するに越したことはないだろう。
「そうだよな」
此方に来てから晴れの日ばかりだから、雨具を買うのを忘れていたよ。
・・・まぁ、明日以降の稼ぎ次第だな。
「今日は、引き上げるか」
「そうね、今日は色々と大変だったからね」
カオリは今日一日の騒動を思い返したのか、少し困ったような、それでいて楽しそうな笑みを浮かべて答えた。
「うん。じゃ、帰ろう」
宿舎へ続く石畳の道を歩いていると、前方に見知った顔を見つけた。
ふわりとした独特の雰囲気を纏った、マリーさんだ。
「マリーさん、今から帰りですか?」
「あ〜、リョウ〜、これから、部屋に帰る所だよ〜」
「こんばんは、マリーさん。お出掛けだったんですか?」
カオリが問いかけると、マリーさんはおっとりとした口調で続けた。
「うん〜、お姉ちゃんを、迎えに行ったんだけど〜、先に帰っちゃったのかな〜、いつもの場所に居なかったんだ〜」
「そうなんですか?お姉さんは、何をされてる方なんですか?」
何気なく聞いてみた俺に、マリーさんは誇らしげに胸を張る。
「お姉ちゃんは〜、占い師だよ〜」
「う、占い師ですか?」
思わず聞き返してしまった。
俺の脳裏には、昼間に出会ったあのインパクトの塊・・・ゴツい体格で威圧感たっぷりの占い師の姿が、鮮烈にフラッシュバックしていた。
あの巨躯から『占い師』という繊細な職業は、どうにも結びつかない。
「そう〜、結構当たるって〜、評判なんだよ〜」
そんな話をしながら三人で歩いていると、ようやく宿舎兼食堂の入り口が見えて来た。
そこには、マリーさんと瓜二つの、眠そうな目をした可愛い女の子が立っていた。
彼女はこちらに気づくと、驚いたように眠そうな目を見開いた。
「あ〜!お姉ちゃん〜、帰ってたんだ〜」
どうやら、彼女がマリーさんのお姉さんらしい。
並んで立つと、双子のようにそっくりで、二人とも大人の女性というよりは守ってあげたくなるような可憐な少女にしか見えない。
「・・・マリー、迎えに行ってくれたの?有難う」
鈴を転がすような可愛い声でそう言った後、マリーさんのお姉さんが、此方にペコリと丁寧に頭を下げた。
「こんばんは、はじめまして。リョウです。此方は、パートナーのカオリです」
「・・・知ってる」
初対面の挨拶を遮るように返ってきた言葉に、俺は首を傾げた。
「あれ?ご存知でしたか?マリーさんから、話を聞かれてましたか?」
「・・・マリーから、話を聞いているし、会ってる」
「会ってる?」
一体どこで。
困惑する俺の前に、彼女が手に持っていた物をそっと差し出した。
その小さな手の中には、『お気楽極楽、インフェルノ・アルマジロ』が在った。
「えっ?」
「リョウ、マリーさんのお姉さんって、お昼ご飯御馳走してくれた、占い師さんじゃない?」
「いや、だって、全然違うぞ!?」
あの大男と、目の前の可憐な少女。
見た目には一ミリの共通点もない。
だが、彼女は昼間のあの人物と同じ、深い静寂を湛えた雰囲気で俺をじっと見つめ、小さく首を傾げた。
「・・・怖い?」
その言葉、その間。
俺は猛烈な既視感に襲われる。
「・・・あれ?何かデジャヴュ?」
「お姉ちゃんは〜、人見知りなんだけど〜、リョウには、慣れてるね〜」
マリーさんが不思議そうに微笑む横で、お姉さんは確信に満ちた瞳で俺を見上げ、ポツリと呟いた。
「・・・前世の記憶がある?」
夕闇の中、彼女のミステリアスな問いかけだけが、いつまでも耳に残っていた。