異世界転生 作:魔導科学
「確かに、他の店と比べると珍しいですね」
円卓を囲みながら、俺は改めて店内の様子を見渡した。
どこか懐かしい、家庭的な中華料理屋の空気。
活気ある厨房の音と、香ばしい油の香りが心地よく鼻腔をくすぐる。
「・・・でも、味は天下一品」
そう言って、満足げに目を細めたのはリリーさんだ。
同じ部屋の隅には、彼女が先ほどまで身に纏っていた重厚な魔導アーマーが、主の休息を待つように静かに鎮座している。
水中や高温の炎の中でも活動を可能にし、衛生面まで配慮された鉄壁の守り。
だが、今はそこから抜け出し、一人の女性として俺たちの隣に座っていた。
「リリーさん、お勧めの店ですから期待してます」
「・・・うん。注文、決まった?」
アーマーを脱いだリリーさんは驚くほど小柄で、メニューを覗き込む仕草もどこか幼い。
鋼鉄の塊が部屋の片隅に控えているせいで、彼女の華奢さがより際立って見える。
「俺は、担々麺の炒飯セットにします。カオリは?」
「私は、点心セットにする」
「・・・じゃ、呼ぶ」
リリーさんが慣れた手つきでテーブルの呼び鈴を鳴らすと、間を置かず「はーい!ご注文お決まりですか?」と、看板娘のフォンファさんが元気よくやって来た。
「・・・担々麺のチャーハンセット、点心セット、後はいつもの」
「はい!有難う御座います。少々、お待ち下さい」リリーさんの『いつもの』という言葉に、フォンファさんは親しげな笑顔で頷き、厨房へと駆けていった。
「・・・この店は、フォンファの家族だけで経営してる。料理は全て手作りだから、ちょっと時間が掛かる、けど量も味も太鼓判」
「それは、楽しみですね」
「・・・此処は魔導アーマーを脱げるから、凄く楽」
リリーさんはふう、と小さく息をつき、肩の力を抜いた。
部屋の隅にある自分の『殻』をちらりと見てから、解放感を噛み締めるように自分自身の腕をさする。
「そう言えばリリーさんは何故、魔導アーマーを普段から着用されているんですか?」
ふとした疑問を口にしてみる。
脱いだ姿を見ればわかる通り、彼女は実に繊細な雰囲気を持つ女性だ。
「・・・護身の為と、人見知りだから」
その答えは意外にも切実で、少し可愛らしいものだった。
彼女にとってあの巨大な鋼鉄の塊は、世界との境界線を作るシェルターのような役割も果たしているのだろう。
それを同じ部屋の中に置きつつも、身一つで食事を楽しめるこの店は、彼女にとって本当に心許せる聖域なのだ。
そんな話をしながら待つこと十分程。
「お待たせしました!」と、フォンファさんが大きな台車を押して現れた。
円卓の上に、次々と料理が並べられていく。
俺とカオリの分は、それぞれ自分たちの前に置ける常識的な範囲だ。
しかし、リリーさんの前に運ばれてきた『いつもの』は、巨大な円卓をまたたく間に埋め尽くしていった。
こんがりと飴色に焼かれた豚の丸焼きが一頭分。
湯気を立てる大皿には、山のように積まれた真っ白な饅頭。
さらに数種類の炒め物や点心が脇を固める。
「……すごい」
カオリが呆然と呟く。
これを、この小さな体のどこに収めるつもりなのだろうか。
以前見たマリーさんもそうだが、彼女たちの豪快な食いっぷりは、見ていてむしろ気分が爽快になる。
「・・・リョウ、肉饅頭1つあげる、カオリには、小籠包をあげる」
「有難う御座います、リリーさん。でも、後でお腹空きませんか?」
自分の山から気前よく分けてくれる彼女に、つい心配になって聞いてみた。
「・・・大丈夫、オヤツは確保済み」
なる程、心配は無用だったらしい。
彼女の食欲は、どうやら魔導アーマーの出力以上に底知れないようだ。
幸せな沈黙の中、俺たちはそれぞれの料理を堪能した。
手作りの温かみが詰まった料理は、リリーさんの言葉通り、文句なしの絶品だった。
昼食を終え、俺が会計をスマートに支払った。
「今日は俺に持たせてください。ちょっとくらい、カッコつけさせて下さい」
リリーさんは部屋の隅に置いていた魔導アーマーへと歩み寄り、慣れた動作で再びその身を鋼鉄の装甲の中へと滑り込ませた。
「フシュー、有難う。御馳走様、プシュー」
装着完了と共に、アーマーから独特の呼吸音が響く。
それは、まるで巨大な生き物が満足げに溜息をついたかのようだった。
「いえ、久しぶりに好きなアニメの話が出来た御礼ですよ」
「フシュー、リョウ達は、此れからどうする?、プシュー」
「俺達は、狩りに出ようかと思います」
「フシュー、そう、気を付けてね、プシュー」
リリーさんの見送りを受けながら、俺たちは午後の獲物を求めて、活気ある街の一角を後にした。
次はどのアニメの話をしようか。そんなことを考えながら、俺は力強く一歩を踏み出した。