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「アツコ、大丈夫?」
「……大丈夫。心の準備は、できてる」
俺たちは今、キヴォトスでも随一の霊園の前にいる。以前、ミサキとヒヨリの3人で訪れたそこはさほど変わっていない。まぁ、そのときから二週間程しか経ってないから無理もない。それでも、セミの声が寂しく感じられるようになり、入道雲も力を失っているように見える。思い返せば、ここに来てから既に半年は経とうとしつつある。一時は息子の身に大きな事件があったが、今では鎮火した。ただ、日々の仕事に忙殺されることに加えて、傲岸不遜な生徒たちに振り回されてばかりの毎日では中々息子のことを気にかけてやれないのが心残りだ。昔の俺自身も、親父が仕事ばかりで独りが多かったこともあって少々道を逸れてしまった。まさか、自分自身が息子のことを気にかけていられなくなってしまうとはな……。親父に謝りたい気分だ。
「……い、……せい、先生」
あ、アツコの声。
そうだった。
つい、物思いに耽ってしまった。
さっきよりもセミの声が大きく聴こえる。
「あぁ、すまない。行こうか」
「うん、行こう」
アツコは俺の隣を歩く。その両腕には、青空に負けない位に濃い青色の花が陽の光を浴びていた。俺たちは目的地となる場所へ歩く。
――親父の墓へと。
俺の親父はかつて、連邦生徒会が発足する前のキヴォトスに駐在していた。駐在していたその間、自治区内の紛争や闘争の調停、子どもたちのための教育活動、そしてインフラ整備に尽力したそうだ。シャーレの長官として生徒たちと関わると、ごく稀にそういった色眼鏡で見てくる生徒や彼に助けられた生徒に出会うこともある。特に、自信をつけてもらったヒマリ、人づきあいの仕方を学んだチヒロ、自分の強みを鍛えることを教わったマリナ、冷静になれる性格を褒めてくれたツルギ、そして、今の自分を作ってくれたと話してくれたネル。彼女たちからは度々親父との思い出話を聴かされる。
――源一郎さんは、この私の「超天才清楚系病弱美少女ハッカー」という呼び名を考えてくださったんです。素晴らしいでしょう?
――そうだね、あの人の真似をしちゃうこと、よくあるよ。
――ついついあの人の真似をしてしまうときがあるな、恥ずかしい……。
――私、そ、その、源一郎さんが私のことを褒めてくれて……、ウアアアァァァァァァァッ!
何なら、ゲマトリアと名乗るあの集団にも認知されている。特に、「黒服」と名乗ってきたアイツからは「お父様の夜の虫取りならお聞かせして差し上げますよ、クックック……」と煽られたことがある。確かに、生来から親父は女好きだったが好きで聴きたいワケじゃあないのに……。って、何で知っているんだ、親父のそういう趣味を。……考えるのは止めよう。
ともかく、これだけキヴォトスに影響を与えた親父は、キヴォトスでの出来事を幼かった俺にはあまり話さなかった。今でも不思議だ。まぁ、グレていた頃は親父への劣等感や寂しさで頭が一杯だったが、今は全くない。親父は親父で自分の責務を背負って、戦い、守って、そして……。
あっさりと煙になった後、親父の骨は遺言通り、このキヴォトスの霊園に葬られた。幸い、この霊園は入る際に身体検査されることもあって喧騒からは程遠い。「銃を持たないのは裸で歩くよりも危険」とも言われるキヴォトスでも、先祖を悼むときには銃を控える習慣があるみたいだ。戦場を駆けていた親父にとっては嬉しいのやら、寂しいのやら……。
身体検査を終えた俺たちは、親父の墓がある場所へ向かう。先日と比べて、道に転がる虫の死骸は減り、少なくなったそれにはアリがたかっている。思えば、親父が亡くなり、息子が生まれた日も、こんな天気だったように思う。脇の下や顎に汗がにじんでくる。アツコは相変わらず涼しそうな雰囲気だ。軽装ということもあって、あまり汗をかいていない。
「先生?無茶、してない?」
「あぁ、大丈夫だ。何ともない」
「……ミサキとヒヨリはもう、おじさんのお墓に行ってるんだよね?」
「あぁ。そのときは俺たちだけだった」
「そっか……。おじさん、皆のことをたくさん救ったって、よく聞くよ」
「そうだな。だが、……親父の教えを曲解する子がいた」
……あまりこれは語りたくない。かつて、アリスを助けようとしたとき、首謀者のリオが俺に対して妬みと羨望を吐露した場面が頭をよぎる。親父は確かに「超人」とか、「市井の軍神」と称えられている。その親父が悪いワケではないとは分かっていても、それでも息苦しい。どう言えばいいのか、……過去の遺産に向き合うような気分だ。それも、内側で熟成されすぎて歪になってしまったのを。
「でも、おじさんが私たちを助けてくれたのは嘘じゃないでしょ。あのときの私たちのように、道を間違えそうになったら今度は先生が助けてほしいな」
……何もないはずなのに、青空を仰いでしまった。少し、息も乱れてしまう。
「……ありがとな、アツコ。そろそろ着く、って、アイツは!」
どうやら、俺たちよりも先に先客が来ていたようだ。
「お、先生じゃん。ここでまた会えるとは、思いもしなかったよ」
橙色のアホ毛が目立つ、小柄な少女。
ネルが、親父の墓にペットボトルの茶をかけていた。
……まさか、ここで先生に会えるなんてな。
汗ばんだ先生は大きな袋を片手に持っているが、隣の奴は……、誰だ?見たこともないし、依頼人でも覚えのない奴だ。人形のような面に豊かな紫の髪、そして青い花を抱えた両腕。背丈は……、ユウカと同じ位か?それに、日に焼けていない掌。普段は手袋をつけているな、多分。一体何なんだ?先生とここへ一緒に来る辺り、アイツに縁のある奴だろうな。
「……初めまして。私はアツコ。あなたは?」
しゃ、喋った!見た目のイメージ通り、小さい声だ。でも、口下手って感じじゃない。
「あたしのことか?あたしはネル。美甘ネルだ。よろしくな。そもそもだけどよ、お前、エロオヤジと何か縁でもあンのか?」
「ネル……」
ヤベッ!い、いつものノリで話しちまった!
どうする、どうする⁈
「あ、え、えと……、せ、先生の、おや、親父さんとは、どんな関係、なんだ、アハハ……」
く、苦しい……。マジでこういう話し方、慣れねぇ……。
「昔ね、悪い人たちに攫われそうになったときに助けてくれたんだ。それと、サッちゃんたちに勉強も教えてくれたの。特にほけ」
「アツコ……」
「あ、……ごめん」
……先生は大変だな。
って、人攫い⁈キヴォトスの外の世界からやってきたクチか?あたしもしょっちゅう相手してるけれど、他の自治区でもいるんだな……。
「それにしても……。親父への手向けか、それ?墓石がダメになるだろ」
「……い、いいだろ別に。アンタの親父さんは茶が好きだったろ?酒とか煙草はスゲー嫌ってたし、こういうのがいいんじゃねーかなって」
「まぁ、分かった。ただし、だ。他所の家ではやるなよ。墓石がダメになるからな」
「……言われなくても分かってるよ」
お茶のキャップを閉めた。いつの間にか、手は湿っていた。
あたしは小さい頃、誰よりも特別で、誰よりも強いと信じてた。ムカつく奴らは片っ端から片付けて、売られた喧嘩は正面から潰してやった。皆、誰よりも強いとあたしを褒めてくれた。嬉しかった、そして、誇らしかった。……でも、そうじゃないときはいつも独りだった。
そうして独りの時間が多くて暇してたとき、あの男がやってきた。
「おい、おっさん!無視すんな!誰だか知ンねーけどよ、ここじゃあたしが偉いからな?さっさとどきな、すぐでいいぜ」
あたしが家に帰ろうとしたとき、ソイツとたまたますれ違った。思えば、彼のキラキラ輝く左手が癪に障ったのかもしれない。
「……ったく、井の中の蛙ってのはお前のことを言うんだなぁ?こりゃあ、長生きするかすぐにくたばるか試してやろうか」
あたしはいつものように古びた銃を構えて、ソイツに近づいた。小さいあたしなら隙を突いて勝てる。そんな根拠のない自信があった。
……その根拠は呆気なく崩れてしまった。
景色が突然乱れたと思うと、背中に痛みが走る。そして、目の前にはソイツの顔が。
「残念だったな!俺に会うたが運の尽き、戦う相手を間違えたな」
あ、いつもの道と空が逆さまになってる。……すぐに立てねぇ。しかも、身体がすぐに動かない。
「何、悔しかったらいくらでも喧嘩してこい!この俺が全力で相手してやろう、ハッハッハ……」
……いつも見る景色とは違う。
何もできない。
何も言い返せない。
どこも動かない。
もしかして、あたしが負かしてきた奴らと同じ目に遭ってる……?
……なんだ、何なんだ、この気持ちは?
今にアイツをメッタメッタにしてやりたい。
とびきり痛い目に遭わせてやりてぇ。
……そう思っていても、時は空しく過ぎるばかり。
次の日、さっきの痛みを我慢して、あたしは知り合いを頼りにその男のいる場所を突き止めた。
……今に見てろ、その面に一発ブチ込んでやる!
小屋のような建物に向かって走る。身体を縮めて窓から入る。そして、両脚で踏ん張って周りを見た。
見知らぬ大人が何人か。皆、似た格好をしてる。どこだ?どこにいる?
……いる。あたしをムカつかせたあの面。そして、輝く左手!間違いねぇ!
「来てやったぞ。ここであたしと勝負しろ!」
男は全く動じない。あたしのことをガキか何かのように見つめてる。
「ホホォ……。ここに来るとはなぁ。褒めてやる。だが、悔しい思いをしたくないなら帰ってとっとと寝な」
「ハッ!あたしにビビってンのか、ああ⁈」
「ビビッちゃあないさ。将来、ボンキュッボンになるかもしれないお前を傷つけるのはァ、老いた心にゃ辛くてねぇ」
何言ってんだ⁈やっぱコイツ、あたしにビビってンだ!
「ワケ分かんねーコト言ってんじゃねェ!さっさと勝負しろ!」
「子どもにゃ冗談は通じないか。分かった分かった。相手してやる。ついて来な」
男は近くに置いてあった銃を持つ。あたしのよりもそんなに大きくない銃だ。その背中を追いかけるように、あたしは走った。
建物の近くの広場。あたしはアイツと向かい合う。
「ヤな思いをしたかねぇならとっとと帰りな。母ちゃんや父ちゃんが待ってるだろう?」
「そんなのいねーよ。母ちゃんはいつも朝になんねーと帰って来ねぇ」
「……そういうクチか。なるほどな。じゃあ、お前から先に来な」
……馬鹿にしてんのか⁈
男に向かってあたしは走る。
このままブッ放してやる。そして、さっきのイライラをお返ししてやる!
銃を構えた。アイツは構えようとしてない。……あたしにビビってンだな!
やってやろ。
デコに何かぶつかった。痛い。大きな音と同時に、背中全部が痛くなる。まただ。また、青空を見てしまった。……チクショウ、さっきと同じじゃねぇかよ。
「正面からぶつかろうとしてるな?それがダメなんだ。「策」を考えねぇと、折角の頑丈な身体が台無しだぞ」
ざけてんのかよ……。許せねぇ、マジムカつく!
「いい加減にしやがれ!ぶっ飛ばすぞ!」
拳に力が入った。男に向ける。
「おっとぉ……。見え見えの「策」じゃあ俺は倒せねぇぞ」
掴まれた、それも、あのキラキラした左手で。ただの腕じゃねえ……。どんなに前に伸ばそうとしても、硬い壁があるかのように全く動かせない。しかも、左手は冷たい。
……コイツ、本当に……、つ……。
――強い。
「まぁ、こんなに小せぇのに自分からやってくるとはな。これは将来、豪傑となるか小心者となるか。楽しみだな」
目に見える景色がにじむ。グチャグチャになったと思うと、鼻で息がしづらくなってる。しかも、息も荒くなってしまってる。
「おいおい。そんなに泣くな。丁度、日も沈みつつあるし、美味い飯を食わせてやる。来な」
おいやめろよ、そんなことすンの。涙が止まらねぇじゃんか。放せよ。
「何すんだ!やーめーろ!はーなーせー!」
……そんな思いを無視して、あたしを引っ張る男はどこへともなく歩いた。
「よし来た!これがラーメンって奴だ。美味そうだろ?ついでに、味玉もチャーシューもやるぞ」
男が添えてくれたチャーシューという食いモンを載せたそれは、白い煙のようなのを上へと立ち上がらせていた。確か、「ラーメン」とか言ったっけか。図鑑で見たことがあったけれど、本物は初めてだ。こんなに美味しそうな食いモンだとはな……。って、馬鹿馬鹿!こんな所まで男に負けた気分になっちまいそうだ……。
「お?どうした?食わねぇと伸びちまうぞ」
「う、うるせぇ!独りで食えるって!」
「「いただきます」を忘れるなよ」
「守るに決まってんだろ!いただきます……!」
箸で麺もチャーシューも口の中へかき込んだ。
……温かい。母ちゃんがいない間に食べる食いモンはいつも冷たかった。
……濃い。母ちゃんが作る食いモンはどれも味がしなかった。
……美味い。母ちゃんの食いモンはどれも美味しくなかった。
こんなにも美味しい食べ物は、初めてだ。
「おお、そうだな。名前は?」
訊かれた。答えなきゃ。
「……ネル。別に珍しい名前じゃねーだろ?」
「そうか?いい名前だぜ。箸の持ち方が悪いのが惜しまれる位にはな」
「そこ気にすんのかよ!」
「気にするさ!そういう所に人柄が現れるからな。男にモテモテになりたきゃ、そういう所から磨かなきゃな。ま、ゆくゆくは俺が惚れそうになるようなとびきりの美人に」
「な、なるわけねーよ!ムカつくことばっか言ってんじゃねェ!」
近所の知り合いの言葉を思い出した。コイツの言ってること、アイツらの言う「エロ」とかに近いんじゃねえのか?
「お、そうだった。俺の名前は」
「聴くワケねーだろ、エロオヤジ!」
ふん、言ってやったぜ。さぁ、どう出る?
「エロオヤジか……。気に入ったぜ!その度胸、褒めてやる。まぁ、好きに呼びな。その分、いつもの喧嘩とかで相手してやる」
「上等だ。やってやろうじゃねぇか!」
嘘だろ。全然効いてねえじゃんか。
「来た来た。俺の注文したラーメンだな。悪いが、しばらくいただくぜ。ラーメンは麺が伸びやすいからな。エロオヤジだの何だの、後でたっぷり聴いてやる。……いただきます」
エロオヤジは黙々とラーメンを食べ始めた。箸を持つ姿が綺麗だ。幼いあたしでも、「美しい」という感覚に当てはまりそうな雰囲気に見えた。
くっそぉ……。覚えてろ。いつか、あたしが強ェんだって分からせてやるからな!
「んまぁ、先生の親父さんにはすげー世話になったからな。腹いっぱい飯を食わせてくれたし、他人を頼ることの大切さも生活の仕方も戦術や策、機転の利かせ方も教えてくれた。何より、世界は広いことを教えてくれたんだ!……今のあたしがあるのはあの人のおかげさ」
アツコと名乗った生徒は静かに頷いた。
「素敵だね、おじさん。やっぱり、私のように皆を助けていたんだね」
「助けてた、っつーか、そうだな……。あれはあたしがやたら絡んできただけで……」
あぁ、恥ずかしい。エロオヤジといた毎日が頭に浮かんでくる!
「まぁまぁ、恥ずかしがることないよ。元々、今日は墓石の掃除に来たわけだし、手伝ってくれるかな?」
先生はバッグからタオルや箒、それにお水を出した。確かに、エロオヤジの墓石は苔むしてる所もあれば、くすんでる所もある。しかも今、あたしが茶をかけたことでもっと汚くなってるに違いない。やべぇ、やっちまった……。
「C&Cのあたしに頼むなんて、おかしなことをするんだな。……まぁいいさ。引き受けたからには、全力で仕上げてやる!ついて来られるか?」
「もちろん」
「さ、やろうか」
あたしたちは思い出話に花を咲かせながら、墓石を掃除した。汚れの多さに、時の積み重ねの早さを感じてしまう。
……いつかあたしも、エロオヤジみてーに誰かを助けるのかもしんねーな。