ダンジョンに落ちた蒼灰の剣姫 ―永遠を失った少女は、もう一度“求める”― 作:天狐空幻
■序章:墜ちた剣
世界が裂けた。
それは、音ではなかった。
光でも、風でもない。
ただ“概念”が引き剥がされるような、理解の外側にある現象。
青い輝きを宿した神剣――『永遠』。
その力が、無理やり奪われる。
「――ッ……!」
少女は声にならない声を漏らした。
長い青髪が、瞬間的に色を失っていく。
鮮やかな蒼は鈍く濁り、灰へと沈む。
“力”が、剥がれていく。
(……いや……)
意識が遠のく。
視界の端に、誰かの背中が見えた気がした。
大きな背中。
守ってくれた誰か。
そして――
小さな、手。
(……ま……)
言葉にならない。
記憶も、名前も、全部がほどけていく。
最後に残ったのは、
“取り戻さなければならない何か”だけだった。
そのまま少女は、光の裂け目に呑み込まれる。
落ちていく。
深く、暗く。
――ダンジョンへと
■第一話:出会いと誤認
湿った石の匂いが鼻を刺す。
血の臭いも、混ざっている。
「……っ、はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、少年――ベル・クラネルは歩いていた。
今日の探索を終え、帰還しようとしていたその時。
視界の端に、“それ”を見つけた。
「……え?」
倒れている。
人だ。
少女が、血に濡れて横たわっている。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄る。
呼吸はある。だが浅い。
全身が傷だらけだった。
服は裂け、腕の甲冑もひび割れている。
腰には、剣――いや、鞘だけが下がっていた。
(……ファミリアの子?)
ベルは息を飲む。
この深さで倒れている。
つまり、それなりの実力を持つ冒険者のはずだ。
けれど。
どう見ても、子供だった。
「……とにかく、連れて帰らないと」
ベルは迷わず少女を抱き上げた。
軽い。
驚くほどに。
まるで中身が抜け落ちているかのような、そんな軽さだった。
■目覚め
「……ん……」
目を覚ました時、少女は天井を見ていた。
古びた教会の天井。
柔らかな光が差し込んでいる。
「起きた……!」
安堵の声。
振り向くと、白髪の少年と、小柄な女神がいた。
「大丈夫? ボクたちが君を助けたんだよ」
女神が笑う。
少女はゆっくりと身体を起こした。
「……ここ……」
言葉が、引っかかる。
舌がうまく動かない。
「……どこ……?」
ぎこちない発音。
ベルは一瞬驚いたが、すぐに答えた。
「ここはオラリオです。ダンジョン都市の――」
「……だん……じょん……?」
少女は首を傾げる。
その反応に、ベルとヘスティアは顔を見合わせた。
「……知らないの?」
「……し、ら……ない……」
静かな沈黙が落ちる。
常識が、噛み合っていない。
■齟齬
説明を受ける少女。
ダンジョン。
神。
ファミリア。
どれも理解が浅い。
だが一つだけ。
「……した……ある……」
ぽつりと呟いた。
「……たいせつ……ある……」
胸に手を当てる。
「……とり……いく……」
ベルの表情が強張る。
「ダンジョンに……行くってことですか?」
少女は頷いた。
迷いなく。
その姿は、あまりにも真っ直ぐで。
――危うかった。
「ダメです!」
ベルは即座に否定した。
「その状態で行くなんて無理です!」
「……いく……」
「ダメですって!」
言葉は拙い。
でも、意思は強い。
押し通そうとする圧があった。
しばらくの沈黙の後――
「……仕方ないな」
ヘスティアが口を開いた。
「君、ボクの眷属にならない?」
「……けん……ぞく……?」
「そう。ボクのファミリアに入るってこと。そうすればダンジョンにも行ける」
少女は少し考えてから、頷いた。
「……いく……なら……いい……」
あまりにも軽い承諾だった。
■刻印
「じゃあ、背中見せてくれる?」
「……うん……」
少女は躊躇なく服に手をかけた。
「え、ええええええ!?」
ベルは顔を真っ赤にして外へ飛び出した。
「ちょ、ちょっとベルくん!?」
外で頭を抱えるベル。
中では淡々と儀式が進む。
ヘスティアの指先が、少女の背に触れる。
そして。
「……これは……」
息を呑んだ。
刻まれたステイタス。
そこにあったのは――
『言語障害』
『神剣能力行使制限』
「……こんなの、初めて見るよ」
神ですら知らない異質。
ヘスティアは一瞬考え、
(……これは隠す)
そう決めた。
■名
「名前は?」
少女は少しだけ考えて、答えた。
「……アセ……リア……」
その名だけは、残っていた。
■ギルド前夜
その日は、登録はせずに終えた。
夜。
ベルは考えていた。
(あの子……普通じゃない)
でも。
怖くはなかった。
むしろ。
守らなければいけないと、そう思った。
その感情の奥で、
まだ気付いていない“何か”が、芽生え始めていた。