ダンジョンに落ちた蒼灰の剣姫 ―永遠を失った少女は、もう一度“求める”― 作:天狐空幻
■第二話:知らない世界と最初の一歩
朝の光が、廃教会の割れた窓から差し込んでいた。
埃の粒が、ゆっくりと漂っている。
「……ベルくん、起きて」
「ん……あ、はいっ!」
ヘスティアの声に、ベルは慌てて起き上がった。
隣では、アセリアが既に目を覚ましている。
ただ、ぼんやりと天井を見上げていた。
「今日はギルドだよ。登録しないとダンジョンには入れないからね」
「……ぎるど……」
小さく復唱する。
まだ言葉は拙いが、昨日より少しだけ滑らかだった。
「行こう、アセリア」
「……うん」
立ち上がる動作は静かで無駄がない。
まるで“戦うために作られた身体”のようだった。
■ギルド
オラリオの中心部。
石造りの巨大な建物――ギルド本部。
中は人で溢れていた。
冒険者、職員、荷運びの商人。
ざわめきと、紙の擦れる音。
「……すごい」
ベルが思わず呟く。
アセリアは無言で周囲を見ていた。
だがその視線は、どこか“測る”ようだった。
「ベルくん!」
明るい声。
振り向けば、受付に立つエルフの女性――エイナ・チュール。
「おはようございます、エイナさん!」
「おはよう、ベルくん。今日は……その子?」
視線がアセリアに向く。
一瞬で表情が変わった。
「……その子、まさか」
「はい、新しく……」
「ダメです」
即答だった。
空気が、ぴたりと止まる。
■拒絶
「この子、まだ子供じゃないですか」
エイナの声は優しいが、芯がある。
「ダンジョンは遊びじゃありません。命を落とします」
「……いく」
アセリアが口を開いた。
「……だめ……じゃ、ない」
「ダメです」
重ねて言う。
一歩も引かない。
「あなた、自分が何を言ってるか分かってますか?」
「……した……ある」
胸に手を当てる。
「……たいせつ……ある」
「……」
エイナの眉がわずかに寄る。
「……それでも、です」
きっぱりと。
「行かせるわけにはいきません」
■押し問答
しばらく、言葉の応酬が続いた。
だがそれは、会話とは呼べないものだった。
エイナは理屈で止める。
アセリアは意思で押す。
「……いく」
「ダメです」
「……いく」
「ダメです!」
平行線。
ベルはその間でオロオロするだけだった。
やがて。
エイナは小さく息を吐いた。
「……分かりました」
折れたのは、彼女の方だった。
「ただし、条件があります」
■勉強会
個室。
机と椅子。
そして大量の資料。
「まずは基本からです」
エイナは真剣な目で言った。
「ダンジョンの構造、魔物の種類、魔石の扱い――全部覚えてください」
「……うん」
アセリアは頷いた。
だが。
――理解は、半分にも届かなかった。
「ゴブリンは低層に出現する魔物で――」
「……ごぶ……」
「魔石は胸部に生成されていて、これを取り出して――」
「……えーてる……?」
「……?」
エイナが首を傾げる。
「今、なんて?」
「……えーてる……」
ぽつりと呟く。
ベルは目を瞬かせた。
「魔石のこと……ですよね?」
「……うん」
確信はない。
でも、そう“感じた”。
既視感。
手の中に収まるそれを、彼女は“知っている”。
■理解と不安
勉強は続いた。
だが。
「……ここ、分かりますか?」
「……」
沈黙。
「……分からない、ですよね」
エイナは額に手を当てた。
(……この子、危ない)
知識が足りない。
判断も不安定。
それでも――
戦うことだけは、理解しているような目をしている。
「ベルくん」
「は、はい!」
「ちゃんと見ていてください。この子を」
「……はい」
強く頷く。
それしか出来ないからこそ。
■初めてのダンジョン
石の階段を降りる。
空気が変わる。
湿り気と、圧。
「ここが……」
「ダンジョンです」
ベルは剣を握る。
アセリアは、静かに周囲を見ていた。
そして。
現れる。
――ゴブリン。
「来たっ!」
ベルが構える。
だが。
一歩、前に出たのはアセリアだった。
「……」
抜刀。
神剣『存在』。
振るう。
一閃。
それだけで。
ゴブリンは、断たれた。
「……え?」
ベルが息を呑む。
速い。
そして、迷いがない。
戦いに“慣れている”。
■エーテル
崩れ落ちた魔物の身体。
そこから零れ落ちる、淡い光。
魔石。
アセリアはそれを拾い上げた。
じっと見つめる。
「……えーてる……」
「え?」
「……これ……えーてる……」
懐かしい響き。
何かを思い出しかけて――
消える。
「……」
無言で握りしめる。
それが何かは分からない。
でも。
大切なものだと、分かっていた。
■戦いの感覚
その後も戦闘は続く。
フロッグ・シューター。
コボルト。
アセリアは無駄なく斬り捨てる。
だが。
どこか“足りない”。
力が、出ていない。
「……」
時折、動きが鈍る。
剣は確かに強い。
だが、それ以上が引き出せない。
(……なにか……ちがう)
自分でも分かる。
本来の自分ではない。
それでも。
進むしかない。
■帰路
ダンジョンを出る頃には、日が傾いていた。
「……お疲れさま」
ベルが笑う。
「……うん」
短く返す。
手の中には、いくつかの魔石。
――エーテル。
それを見つめながら、アセリアは思う。
(……した……ある)
まだ遠い。
でも。
確かに、繋がっている。