ダンジョンに落ちた蒼灰の剣姫 ―永遠を失った少女は、もう一度“求める”―   作:天狐空幻

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第一章・三話

■第三話:獣と、蒼の断片

 

ダンジョン三階層。

 

空気は重く、湿り、静かだった。

 

本来なら、危険は少ない層だ。

駆け出しでも慎重に動けば生き残れる。

 

――“本来なら”。

 

「……?」

 

ベルが足を止めた。

 

嫌な予感がした。

 

音が、ない。

 

魔物の気配が、妙に薄い。

 

「アセリア……?」

 

振り返る。

 

灰色の髪の少女は、静かに周囲を見ていた。

 

その瞳が、わずかに細められる。

 

「……いる」

 

短く、確信を持って。

 

次の瞬間だった。

 

――ドンッ!!

 

空気が爆ぜた。

 

壁が、砕ける。

 

現れたのは――

 

巨大な影。

 

「……う、そ……」

 

ベルの喉が鳴る。

 

赤い皮膚。

肥大した筋肉。

頭部に突き出た角。

 

そして、手に握られた“斧”。

 

「……ミノタウロス……!」

 

あり得ない。

 

この階層にいるはずがない。

 

だが現実として、そこに“いる”。

 

化物が。

 

■恐怖

 

視線が合った。

 

それだけで、身体が凍る。

 

本能が理解する。

 

――勝てない。

 

足が、動かない。

 

「ベル!」

 

声が遠い。

 

アセリアの声だ。

 

「にげ……る」

 

掴まれる。

 

引かれる。

 

走る。

 

けれど――

 

足音が、近い。

 

重い。速い。

 

背後で風が唸る。

 

「ッ――!」

 

振り返る。

 

振り下ろされる斧。

 

「危ない!」

 

咄嗟に身を引く。

 

石床が砕け、破片が弾けた。

 

その衝撃だけで、体が揺れる。

 

(ダメだ……)

 

理解する。

 

逃げ切れない。

 

■袋小路

 

行き止まりだった。

 

壁。

 

逃げ場は、ない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ベルの呼吸が乱れる。

 

足に力が入らない。

 

腰が、抜ける。

 

「……っ」

 

座り込む。

 

動けない。

 

視界の端で、ミノタウロスがゆっくりと近づいてくる。

 

楽しむように。

 

獲物を追い詰める捕食者のそれだった。

 

■抗う者

 

一歩。

 

前に出た影。

 

「……アセリア……?」

 

小さな背中。

 

灰色の髪。

 

細い腕に握られた剣――神剣『存在』。

 

「……いきる」

 

かすれた声。

 

それでも、はっきりとした意思。

 

「……ころさ……ない」

 

踏み込む。

 

斬る。

 

――硬い。

 

刃は通る。

 

だが浅い。

 

筋肉に阻まれる。

 

「……っ」

 

振り返される。

 

拳が振るわれる。

 

防ぐ。

 

衝撃。

 

体が吹き飛ぶ。

 

壁に叩きつけられる。

 

「アセリア!!」

 

ベルが叫ぶ。

 

血が、流れる。

 

小さな体が、崩れ落ちる。

 

それでも。

 

立つ。

 

剣を支えに。

 

「……まだ……」

 

動く。

 

振るう。

 

斬る。

 

届かない。

 

それでも。

 

やめない。

 

■記憶の残滓

 

その背中を見て、ベルの中で何かが揺れた。

 

(どうして……)

 

小さい。

 

自分よりずっと。

 

傷だらけで。

 

それでも。

 

立っている。

 

戦っている。

 

――守ろうとしている。

 

(……こんなの……)

 

脳裏に焼き付く。

 

その姿。

 

(……違う)

 

思い出す。

 

さっきまでの自分を。

 

震えて、動けなくて、何もできなかった自分を。

 

(……このままじゃ)

 

拳を握る。

 

力が戻る。

 

「……僕が」

 

立ち上がる。

 

「僕が……!」

 

足が震える。

 

でも、進む。

 

■共闘

 

「アセリア!」

 

呼ぶ。

 

少女が、僅かに振り向く。

 

「一緒に……!」

 

言葉にならない。

 

でも、伝わる。

 

頷き。

 

再び前を見る。

 

ミノタウロスが吠える。

 

二人に向かって、突進する。

 

■限界

 

ぶつかる。

 

斧を受け流す。

 

剣を滑らせる。

 

ベルが横から刺突を放つ。

 

浅い。

 

効かない。

 

反撃。

 

振り払われる。

 

二人とも、弾き飛ばされる。

 

「……っ……!」

 

アセリアの呼吸が乱れる。

 

血が増えている。

 

足元が、揺れる。

 

(……だめ……)

 

力が足りない。

 

分かっている。

 

“本来なら”もっと動ける。

 

もっと速く。

 

もっと強く。

 

でも。

 

出ない。

 

「……いや……」

 

胸が、熱い。

 

何かがある。

 

そこに。

 

届かないだけで。

 

■求め

 

視界が滲む。

 

その奥で。

 

誰かの背中。

 

大きな背中。

 

守ってくれた存在。

 

「……」

 

言葉は出ない。

 

でも。

 

その感覚だけが残っている。

 

(……あのひと……)

 

(……わたし……)

 

(……まもられた)

 

そして。

 

今。

 

自分が、守っている。

 

(……ちがう)

 

(……まもる)

 

(……いきる)

 

強く、思う。

 

■覚醒

 

――カチリ。

 

何かが、噛み合った。

 

神剣が、震える。

 

「……?」

 

光が、漏れる。

 

灰色の髪が、わずかに青を帯びる。

 

「……ッ」

 

ミノタウロスが迫る。

 

振り下ろされる斧。

 

その瞬間。

 

「――ッ!!」

 

弾けた。

 

頭上に。

 

薄い青の輪――ハイロゥ。

 

次の瞬間。

 

それは、広がる。

 

形を変える。

 

羽へと。

 

白い、一対の翼。

 

■蒼の閃

 

地面が、消える。

 

跳んだのではない。

 

“飛んだ”。

 

世界が、遅くなる。

 

ミノタウロスの動きが見える。

 

全て。

 

「……おそい」

 

呟き。

 

踏み込む。

 

一閃。

 

音が遅れてついてくる。

 

――ズンッ。

 

ミノタウロスの身体が、止まる。

 

そのまま。

 

“ずれる”。

 

両断。

 

絶命。

 

■終わりと余波

 

静寂。

 

重い音を立てて、巨体が崩れ落ちる。

 

「……え……」

 

ベルが呆然とする。

 

その前で。

 

アセリアが立っている。

 

翼を広げたまま。

 

だが。

 

その光が、揺れる。

 

粒子となって、崩れ始める。

 

「……っ」

 

一歩。

 

よろめく。

 

足元が崩れる。

 

翼が消える。

 

髪の色が、灰に戻る。

 

「アセリア!」

 

駆け寄る。

 

抱き止める。

 

軽い。

 

そして――

 

「……」

 

意識が、ない。

 

■新たな絶望

 

安堵しかけた、その瞬間。

 

――ドン。

 

音。

 

振り向く。

 

そこにいた。

 

もう一体の、ミノタウロス。

 

「……うそ……だろ……」

 

膝が震える。

 

でも。

 

今度は。

 

逃げない。

 

ベルは、アセリアを庇うように前に出た。

 

剣を構える。

 

震えている。

 

それでも。

 

目を閉じる。

 

(……守る)

 

次の瞬間。

 

血が――

 

弾けた。

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