だってワタシのヒーロー。 作:梅時雨
ツクヨミの空、月に向かって進む光る雲の上。
そこに乗っている私は、彩葉のお願いでヤチヨが準備してくれた特設ステージを見下ろしている。
最高の卒業ライブだった。
最高のステージ、私のライブを見届けるべく集まってくれたファンのみんなの歓声……そして、私を守るべく戦ってくれた彩葉たちの姿。
いつまでも、いつまでも、この光景と一緒に歌っていたい。踊っていたい。けれど……
「最高の卒業ライブでした!いっぱい、お土産もらっちゃった。みんなありがとう!」
幸せな時間はこれでお終い。私は帰らなくちゃ。
それも、私の運命だから。
「彩葉」
名前を呼ぶ。大好きな人の名前を。
抱き締める。この温もりを忘れないために。
「……大好き」
後は、月に帰るだけ。
大丈夫。すっごく寂しいと思うけど、楽しかった思い出たちが私を支えてくれるはずだから。
あぁ、でも。最後に一つだけ。
「……まだお別れ、言えてなかったなあ」
もう一人の、私の大好きな人に。
そんな後悔が、思わず口から漏れて。
「スマッシュ!」
そんな声が響くと同時に、私の周辺にいた彼らが吹き飛び、ポリゴン片となって消えていく。
明らかな異常事態に私は理解が追いつかなかった。
「遅れてごめん、かぐやちゃん。でも、もう大丈夫」
普段と変わらない優しい笑顔を浮かべた彼は、立ち尽くす私に言った。
「僕が来た!」
◇
「僕のヒーローアカデミア」の主人公に生まれ変わってしまったと気づいたのはつい最近、僕が二歳の誕生日を迎えた日だ。
前世ではあり得ない緑がかった癖っ毛、特徴的なそばかすに大きく丸い瞳、7月15日という誕生日。
そして、「緑谷出久」という名前。
これだけの情報が揃えば大抵のオタクは分かる。
僕は「僕のヒーローアカデミア」の主人公である緑谷出久に転生してしまったのだと。
そう自覚した瞬間、途方もない恐怖と逃げ出したくなるような使命が僕に襲いかかった。
緑谷出久は主人公だ。彼に手を差し伸べてもらうことで救われた人が、救われた世界がある。言い換えれば、緑谷出久が手を差し伸べなければ救われることはなく、滅びへと向かうということ。
僕が選択や言葉選びを間違えた瞬間、この世界は一気に崩壊する危うさを秘めている。
「うッ……!」
自覚したと同時に込み上げてきた吐き気を無理やり抑え、自分に言い聞かせる。
「逃げるな、緑谷出久……人を助けろ、世界を救え」
その日から、僕は出来る範囲で行動を始めた。
筋肉が歪にならないように細心の注意を払って体を鍛えながら、雄英高校に合格するために勉強。生活の大半を「緑谷出久」になることだけに費やした。
両親は心配するが、止まるわけにはいかなかった。
そんな毎日を送り、一年程経ったある日。とんでもない大事件が僕を襲った。
「ほら、挨拶しい。この子が出久くんやで」
「は、はじめまして!さかよりいろはです!」
かっちゃんが女の子になっちゃったのである。
いや、性転換したとかそういう話ではない。幼馴染がかっちゃんから謎の女の子になったということだ。
なんでも、実は緑谷家は僕が物心つく前に父の仕事の影響で京都に引っ越していたらしい。
僕がその事実を知らなかったのは、体を鍛えたり勉強をするのに夢中で自宅周辺から動かなかったからだ。
物語は既に崩壊していた。僕が生まれ変わったことを自覚するよりも、遥か前に。
信じたくなかった僕は、その現実から逃げて自分の部屋に戻る。
そして、現実逃避するかのように勉強に使っていたパソコンを開き……そして、ある事実が判明した。
オールマイトがいない。そもそも「僕のヒーローアカデミア」の代名詞とも言える『個性』が存在しない。
不思議に思って何度も検索してみるが、オールマイトの情報も個性に関する事もヒットしない。
そうして漸く、ありもしない使命に駆られて視野狭窄になっていた僕は気づいた。
ここは、ヒロアカの世界ではなかったのだと。
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