異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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色々と改変しまくっていきます



第1話

グランベル王国、王都バーハラ郊外。

祝賀の歓声は、わずか数刻にして空を焦がす熱波と、血肉が爆ぜる異臭、そして同胞たちの絶望の断末魔へと反転していた。

 

「ちぃっ……! アルヴィスの野郎、ハナからこれが狙いだったってのかよ……!」

 

降り注ぐ『メティオ』の豪雨の中、レヴィンは血反吐を吐き捨てながら風の魔道書『フォルセティ』を構えた。周囲の惨状は、直視すれば発狂しそうなほどの地獄だった。つい先程まで肩を叩き合っていたシグルド軍の騎士たちが、メティオの隕石とロプト教団の闇魔法によって、次々と原型を留めない肉塊に変えられていく。

逃げ場などない。完璧に計算し尽くされた、殺戮の檻だった。

 

「ククク……無様に逃げ惑うがいい、シレジアの小童。我がロプトの贄となる光栄を、その身で味わいながらな」

 

泥と血の混じった煙を裂いて現れたのは、暗黒司祭マンフロイだった。濁った紫色のローブの奥で、彼の掌には光すらも喰らう漆黒の魔力が渦巻いている。

その絶対的な死の気配に、レヴィンの全身の毛穴が粟立った。心臓が早鐘を打ち、本能が「死」を警告する。だが、極限の死地に立たされた彼の脳裏を支配したのは、恐怖ではなく、後方に残してきた一人の女の顔だった。

 

シルヴィア。

出陣の前夜、震える小鳥のように抱きついてきた彼女の、あのひどく熱い肌。鼻腔をくすぐる甘い汗と香油の匂い。しなやかな腕がレヴィンの背中に食い込むように回され、「行かないで」と泣きじゃくった時の、あの掠れた声。吐息の混じった、切実で生々しい熱情。

彼女の柔らかく温かい感触が、狂おしいほどにレヴィンの細胞の奥底に焼き付いている。

 

(あんなに泣かせたんだ。あいつのあの熱い身体をもう一度抱きしめるまでは……こんなカビ臭いジジイの闇に飲まれてたまるかよ……!)

 

「喰らえ、マンフロイッ!」

 

レヴィンの咆哮と共に、大気を極限まで圧縮した風刃が放たれる。

だが、マンフロイは薄ら笑いを浮かべたまま指先を振るった。直後、空間そのものが濁音を立てて歪み、絶対的な死を内包した暗黒魔法『フェンリル』の黒球が、強引に風の結界を喰い破ってレヴィンの胸元へ迫った。

 

躱せない。

直感した瞬間、レヴィンの胸元で、パキリ、と硬い音が鳴った。

シルヴィアから無理やり押し付けられていた、シレジアの加護が宿る『祈りの腕輪』。それがフェンリルの魔力をほんの一瞬だけ弾き、同時に魔道書フォルセティが主の命を繋ぐために微かな緑光を放って、致命の軌道を数ミリだけ逸らしたのだ。

 

「ぐ、ぁぁぁあっ……!!」

 

肉を抉り、骨を砕き、魂の半分を強引に引き剥がされるような言語絶する激痛。

レヴィンは大量の血を吐きながら吹き飛ばされ、泥に塗れた地面を無様に転がった。致命傷には至らなかったものの、内臓を焼かれた痛みに視界が明滅し、指先ひとつ動かすことができない。呼吸をするたびに、肺からヒュー、ヒューと破れた鞴のような音が鳴る。

 

「ほう。今のを凌ぐとは……だが、次は肉片も残さぬ」

 

マンフロイが再び無慈悲な闇を練り上げる。レヴィンの瞳孔が開き、死の淵を覗き込んだ、その時だった。

 

『――神よ。愚かな私に、最後にして最大の奇跡を!』

 

凄惨な戦場の喧騒を切り裂いて、澄み切った、しかし血を吐くような悲痛な祈りが響き渡った。

エッダの司祭、クロード。

彼はすでに無数の矢と魔法を浴び、純白の司祭服を赤黒く染め上げながらも、天に向かって高々と『バルキリーの杖』と『リザーブの杖』を掲げていた。

 

「エーディン! ブリギッド! デュー! 生きなさい……生きて、この絶望を未来の光へと繋ぐのです!」

 

それは、クロードの命そのものを代償にした、神聖なる光の奔流。

戦場全体を包み込む、目を焼くような白銀の波動が爆発した。マンフロイの練り上げていた闇魔法がその光に当てられて霧散し、ロプトの魔道士たちが眼球を灼かれ、悲鳴を上げてその場に蹲る。

 

「な、なんだこの光は……!?」

 

マンフロイが舌打ちをして顔を覆った隙に、クロードの放った光の波動は、地に伏せていたレヴィンの身体にも力強く降り注いだ。

抉られた傷が完全に塞がるわけではない。しかし、その奇跡の光は、レヴィンの消えかけていた命の灯火に、強引に油を注ぎ込んだ。

 

「が、はっ……クロード、お前……」

 

『レヴィン。どうか、あなたの風で……未来の子供たちを、導いて……!』

 

脳内に直接響いたクロードの遺言。直後、杖の力を使い果たし、干からびた木のように凶刃に倒れる彼の手が見えた。

レヴィンは奥歯を噛み砕くほどの力で立ち上がった。全身の細胞が悲鳴を上げ、泥と血に塗れた足が震えている。だが、死の淵に立たされたことで、逆に五感は恐ろしいほどに研ぎ澄まされていた。

 

(死なねえ……絶対に、死んでたまるか……!)

 

まだ自分には、愛する女と、その腕に抱かれた幼い赤子(コープル)がいるのだ。

レヴィンは焼き焦げた傷口を押さえ、血の跡を引き摺りながら、業火と悲鳴に包まれるバーハラの戦場から、一歩、また一歩と、執念の獣のように泥濘の闇の中へと姿を消していった。

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