異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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第19話

リーフたち一行を迎え入れたフィアナ村は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

長きにわたる過酷な逃亡生活で疲弊しきっていたリーフ、フィン、ナンナの三人にとって、エーヴェルの庇護と村の温かな営みは、氷のように張り詰めていた心を僅かばかり溶かすものだった。

 

村の修練場では、女剣士マチュアの厳しい指導の下、タニアやマリータ、村の若者たちが汗を流している。セティは静かに魔道の探求を続け、コープルは怪我人や疲労した者たちに無償の癒やしを与えていた。

 

その活気に満ちた村の裏手、厨房に続く薪割り場でのことである。

 

「あーっ! リフィスさん! また薪のサイズがバラバラじゃない! ちゃんとまっすぐ割ってって言ったでしょ!」

 

ラーラが、腰に手を当てて怒っている。

 

「うるせえな! 俺様は海を統べる男だぞ、こんな木切れを割るのが仕事じゃねえんだよ!」

「文句言わないで。ほら、次はこっちの荷物を運んでね。マチュア姉ちゃんが怖い顔して待ってるわよ」

 

デューの娘であるパティに重い木箱を押し付けられ、リフィスは「ちくしょう、なんで俺様がこんなガキ共のお守りなんぞ……」とブツブツ文句を言いながら、不似合いなエプロン姿で薪を束ねていた。

 

そこへ、村の戦力と物資の状況を視察していたレヴィンと、新しく軍師として参画したアウグストが通りかかった。

足を止めたアウグストは、氷のように冷やかな目でその光景を見下ろした。

 

「……ほう。イスの海岸を荒らし回っていた海賊の頭目が、随分と丸くなったものだな。ある意味で成長したとも言えるが……」

 

その聞き覚えのある、抑揚のない理知的な声。

リフィスはビクッと肩を跳ねさせた。振り返った彼の顔は、驚愕で満ちあふれていた。

 

「ア、アウグスト!? な、なんでテメエがこんな所に……!? お前がいないせいで俺はこんな目に遭ってるんだぞ!!」

 

リフィスは混乱を誤魔化すように、見当違いの責任転嫁を声高に叫んだ。

アウグストは表情一つ変えず、淡々と事実を突きつける。

 

「それはお前が私に命令して遠ざけていたからであろうが……それはともかく。今日から私もこの『マギ団』の軍師として参画することになった。安心しろ、お前の『使い道』は私が一番よく知っている。骨の髄まで働いてもらうぞ」

 

かつて海賊団の軍師として自分を補佐し、時には恐るべき尋問術すら平然と指南していた男の冷徹な言葉に、リフィスは一瞬怯んだものの、必死に虚勢を張って顎を反らした。

 

「ふざけんな! ここではお前より俺のほうが『先輩』なんだぞ! テメエを俺がこき使ってやる!」

 

アウグストは微かに鼻で笑った。

 

「ふむ……どうやらここで少しはマシになったようだがまだまだだな。私は軍師でお前は使いっ走り。どうして私がこき使われるのだ? こき使うのが私なら話は別だがな」

 

一切の感情を挟まない、完璧なまでの論破。

圧倒的な知能と立場の格差を見せつけられ、リフィスは自分がどう足掻いてもこの元司祭の掌の上から逃れられないことを悟り、膝から泥の地面へ崩れ落ちた。

 

「ちくしょう……よりにもよってこの生臭坊主が来るなんて。このままだとパーンの奴まで来ちまいそうだ……」

 

かつて(リフィス曰く)自分をいじめていた同郷の男(ダンディライオンの頭目)の名まで口走り、過去のトラウマに頭を抱えてラーラやパティ達に励まされているリフィスを放置し、アウグストは興味を失ったように踵を返した。

 

***

 

村の奥にある集会所に戻ると、アウグストは即座に卓上の地図を引き寄せ、マギ団という組織の「解剖」を始めた。

 

「レヴィン殿。この村に集まった者たちの技量と、紫竜山のならず者たちを利用した物流網……確かに、局地的なゲリラ戦であれば帝国軍の小部隊を出し抜くことも可能でしょう」

 

アウグストは地図上に置かれたいくつかの木駒を指先で弾いた。

 

「ですが、所詮は点と点だ。トラキアという盤面をひっくり返すには、ただの寄せ集めの自警団では話にならない。帝国正規軍の重装騎士団が本気で制圧に動けば、一捻りにされて終わります」

 

「厳しい評価だが、事実だ。だからこそ、あんたの知恵が要る」

 

レヴィンが壁に寄りかかりながら応じる。

 

「戦を動かすのは、感情だけではなく『血の通った連絡網(システム)』も必要です」

 

アウグストの瞳が、鋭く研ぎ澄まされた刃のように光る。

 

「リーフ王子という『旗頭』がこの村に在るという事実は、絶望に沈むトラキアの民兵や、散り散りになって息を潜めている抵抗組織にとって劇薬となる。……ですが、それを無闇に公言すれば、帝国とトラキア軍の総攻撃を招くだけです。今はまだ、その時ではない」

 

アウグストは、トラキア半島の各地を示す地図上の空白地帯をなぞった。

 

「まずは、私が独自に築いてきた裏の伝手と、紫竜山の密輸ルートを繋ぎ合わせる。各地で孤立しているレジスタンスや旧レンスターの騎士たちの現状を把握し、意志を統一するための『見えざる糸』を張り巡らせる必要があります」

 

「地下連絡網の構築、か」

 

「そうです。物理的に離れていても、リーフ王子を頂点とした『一つの軍隊』としての繋がりを持たせる。いざ王子が立ち上がるその瞬間、トラキア全土で同時に火の手を上げさせるための導火線として。……私がその網を編みます。このマギ団を、ただのならず者の集まりから、本物の『軍隊』へと変貌させてみせましょう」

 

徹底した現実主義と、冷酷なまでの計算。

アウグストの言葉には、祈りや騎士道精神といった甘さは一切含まれていない。あるのは「いかにして敵を打ち倒し、勝利という結果を盤面に刻み込むか」という絶対的な目算だけだった。

 

「頼もしい限りだ。だが、くれぐれも王子やフィンには、あんたの『劇薬』の扱いを間違えるなよ」

 

レヴィンが静かに釘を刺す。

 

「あいつらは純粋だ。故国を奪われた痛みを、まっすぐに背負おうとしている。……あんたの冷たすぎる理屈は、時に猛毒になるぜ」

 

「軍師の言葉が甘露である必要はない。……だが、忠告は肝に銘じておきましょう」

 

アウグストは表情を変えずにそう答えると、再び地図の束へと視線を落とした。

 

トラキア辺境の小さな村で、一人の冷徹な軍師の指導により、反乱の火種は着実に、そして極秘裏に組織化されようとしていた。彼らが張り巡らせる見えざる糸が、やがてトラキア全土を巻き込む巨大な戦乱の幕開けとなることを、今はまだ帝国軍の誰も知らない。

 

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