異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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第20話

アウグストという劇薬が投下されたことで、フィアナ村の空気は劇的な変貌を遂げていた。

 

それまでのマギ団は、セティやマチュアを中心とした「志を同じくする若者たちの自警団」の域を出ていなかった。しかし、幾多の戦場と裏社会を渡り歩いてきた元軍師の目から見れば、それはあまりにも隙だらけで非効率的な集団だった。

 

「遊撃部隊の動きが甘い。剣の腕が立つからといって、ただ前線に突っ込ませるな。マチュア、お前は斬り込み隊長ではなく、部隊全体の連携を指揮する要となれ」

 

村の広場に設けられた仮設の修練場で、アウグストは木剣を振るう若者たちを一瞥もせず、氷のように冷酷な指示を飛ばしていく。

 

「ハルヴァン、お前の斧は威力は申し分ないが、振り下ろした後の隙が致命的だ。マーティと組んで壁を作れ。ブライトン、元トラキア軍の騎士であるお前には、村の防衛陣形の構築と、いざという時の退路の確保を一任する」

 

感情論や個人的な武勇を一切評価せず、ただ「戦場における生存率と殺傷効率」のみを天秤にかけるアウグストの配置転換は、徹底して合理的だった。

反発を覚える者もいたが、指示通りに動くことで連携が見違えるように機能し始めると、誰も文句を言えなくなった。さらにアウグストは、紫竜山のゴメスたちが担う「裏の物流網」を完全にシステム化し、物資の搬入ルートとタイミングを厳密に管理することで、村の兵站を本物の軍隊のそれへと昇華させつつあった。

 

「……見事な手際だな。たった数日で、ただのならず者と村人の集まりが、軍隊の顔つきになりやがった」

 

腕を組んでその様子を眺めていたレヴィンが、感心したように呟く。

 

「戦とは盤面上の計算に過ぎません。それぞれの駒が己の役割と死に場所を正確に理解すれば、烏合の衆も鉄の壁になる」

 

アウグストは表情一つ変えずにそう吐き捨てると、手元の羊皮紙を丸めた。

 

「さて、外側の『鎧』の構築はこれでいい。次は、内側の『核』を繋ぎ合わせる作業だ。……レヴィン殿、リーフ王子とフィンを集会所へ呼んでください。伝えるべき情報があります」

 

***

 

ランプの灯りが揺れる、静寂に包まれた村の集会所。

卓上に広げられたトラキア半島の巨大な地図を挟み、リーフとフィン、そしてレヴィンが、アウグストと対峙していた。

 

「……私独自の裏の伝手と、紫竜山の情報網を繋ぎ合わせた結果、いくつか有益な事実が判明しました」

 

アウグストは、地図の北東部――自由都市ターラの位置に、静かに一つの木駒を置いた。

 

「ターラの防衛戦線は、現在極めて薄氷の上に成り立っています。ですが、その背後で密かに力を蓄え、帝国の目を逃れて剣を研ぎ澄ませている者たちがいる。……レンスター王国・旧騎士団の生き残りです」

 

その言葉に、フィンの肩が大きく跳ねた。

 

「……生き残りが、ターラにいるというのか……!?」

 

常に冷徹なフィンの声が、かつてないほどに震えていた。

 

アウグストはフィンを見据えながら淡々と事実を告げる。

 

「ええ。レンスター騎士団の重鎮であったグレイド、そしてその妻であるセルフィナをはじめ、ケインやアルバといった若き騎士たちが、ターラ市街の地下組織に身を潜めています」

「グレイド……セルフィナ……! 皆、無事だったのか……!」

 

フィンは両手で顔を覆い、深く、長く息を吐き出した。十年間、たった一人で主君を守り抜いてきた孤独な騎士にとって、かつて肩を並べて戦った同胞たちが生き延び、そして今も諦めずに牙を研いでいるという事実は、何物にも代えがたい救いであった。

 

リーフもまた、自分のために命を懸けてくれている臣下たちが遠く離れた地で生きていると知り、胸の奥から突き上げるような熱を感じていた。

 

「アウグスト。彼らは……帝国の厳しい監視下にあるターラで、どうやって今まで生き延びてこられたんだ?」

「……トラキア王国軍の、ハンニバル将軍の密かな庇護下にあるからです」

 

アウグストの口から出た意外な名前に、レヴィンが微かに眉をひそめた。

 

「『トラキアの盾』と呼ばれる、あの老将軍か。トラバント王の腹心でありながら、どういう風の吹き回しだ?」

「あの男は武人です。帝国が主導する非道な『子供狩り』や、力任せの弾圧を心の底から嫌悪しています。表向きはトラキア軍としてターラを包囲する立場にありながら、その裏では帝国の目から旧レンスターの騎士たちや戦災孤児を匿い、暗黙の了解として彼らのレジスタンス活動を見逃しているのでしょう」

 

アウグストは地図上のターラ周辺を、細い指先でツーッと囲うように見せた。

 

「グレイドたちは、ハンニバルの黙認という綱渡りの環境の中で、いざという時のための兵力を組織している。……彼らは、ただ漠然と生き延びているのではありません。『リーフ王子が生きている』という希望だけを心の支えにして、決起の時を待ちわびております」

 

リーフは、腰に佩いた光の剣の柄を強く握りしめた。

自分の見えないところで、どれだけの血と涙が流され、どれだけの祈りが自分に向けられているのか。その重圧が、幼き王子の両肩にズシリとのしかかる。

 

「……繋がったな」

 

レヴィンが静かに口を開いた。

 

「点と点だった戦力が、これで一つの『線』になった。フィアナ村で力を蓄える俺たちマギ団と、ターラで決起の時を待つ旧レンスター騎士団。……これでようやく、戦いの方程式が成立する」

 

「その通り。ですが、くれぐれもお間違いなきよう」

 

アウグストの氷のような声が、その場の少しばかり熱を帯びた空気を冷水で断ち切った。

 

「彼らが生きていたからといって、無策のまま合流を試みれば、帝国とトラキア軍の両方を敵に回して全滅するだけですな。……私はすでに、紫竜山の運び屋を通じて、ターラのグレイドたちに『殿下はフィアナの地で健在である』という暗号を届けさせました。これにより、物理的には離れていても、我々は一つの明確な指揮系統を持つ『リーフ軍』としての繋がりを得たことになるでしょう」

 

フィンが、ハッと顔を上げた。

 

「では……我々が今、為すべきことは……」

 

「ここから先は、私が張り巡らせた地下連絡網を使い、ターラの戦況と帝国軍の動向を完全に掌握します。そして、いざ帝国軍がターラへ本格的な侵攻を開始したその瞬間……」

 

アウグストは、地図上のフィアナ村とターラを繋ぐ線上を、手刀で鋭く断ち切るように振り下ろした。

 

「我々が背後から帝国の急所を突き、同時にターラ内部のグレイドたちが蜂起する。……王子。彼らの忠義と流した血を無駄にしないために、あなたにはこの村で、誰よりも冷酷に勝利を計算できる『将器』を身につけてもらわねば困ります。泣いている暇などありませんぞ」

 

一切の甘さを許さない、軍師としての冷徹な宣告。

しかし、リーフの瞳に揺るぎはなかった。

 

「……わかっている。皆の命を無駄にはしない。僕が、必ず……トラキアを解放する!」

 

幼き王子の真っ直ぐな決意表明を前に、フィンはただ静かに、そして深く頭を下げた。

 

遠く離れたターラで身を潜める臣下たちと、フィアナ村の王子。

アウグストという冷徹なシステム構築者の手によって「見えざる糸」で結ばれた彼らは、もはや孤立した逃亡者ではなく、帝国を揺るがす強大な『リーフ軍』として、歴史の闇の中で確かな産声を上げたのである。

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