異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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第27話

大陸の中央にぽっかりと開いた死の領域、イード砂漠。

昼は焼け焦げるような灼熱に炙られ、夜は骨の髄まで凍るような冷気に包まれるこの不毛の地は、長きにわたり暗黒神を崇める『ロプト教団』の絶対的な聖域として機能していた。

 

砂丘の只中にそびえ立つイード神殿の地下深くでは、帝国各地から掻き集められた子供たちが生贄として捧げられる、おぞましい儀式が日々執り行われている。

だが、その強固な教団のシステムに、ほんの僅かな、しかし確実に致命的な「砂」を噛ませている者たちがいた。

 

星すらも砂嵐に霞む、深い夜。

神殿へと続く隠しルートを、十数人の子供たちを乗せた檻付きの馬車が進んでいた。周囲を固めているのは、紫色のローブを深く被った暗黒魔道士たちと、教団に雇われた屈強な砂漠の傭兵たちだ。

 

「おい、急がせろ。今夜の儀式には、あと二十人の『供物』が必要だとクトゥーゾフ司祭様が」

 

見張りの魔道士が鞭を振り上げようとした、その時である。

 

「――待たれよ、兄弟」

 

砂丘の陰から、ぬっと一つの影が現れた。

教団の高位司祭が身につける、豪奢な刺繍が施された漆黒のローブ。フードを目深に被り、手にはロプトの紋章が刻まれた杖を握っている。

 

「な、何者だ! 所属と名を名乗れ!」

「静まれい。私は本国より遣わされた、異端審問官の特別監査役である」

 

ローブの男は、懐から銀色に光る教団の認可証を無造作に見せつけた。本物である。

 

「この子供たちのロットは『汚染』されている可能性があるとの報告を受けた。ただちに馬車を止め、私が魂の検分を行う。……もし穢れが混ざった供物を神殿に入れれば、クトゥーゾフ様はおろか、君たちの命もないぞ」

 

「お、汚染だと……?」

 

魔道士たちがざわめく中、ローブの男は悠然とした足取りで檻に近づき、怯えて泣き叫ぶ子供たちを一人一人覗き込むようにして、呪文めいたものを唱え始めた。

 

その動きはひどく大仰で、護衛の魔道士や傭兵たちの視線は、自然と男の奇妙な儀式に釘付けになる。

 

(……よし、視線は全部俺に集まったな)

 

フードの下で、ローブの男――変装したデューは、冷や汗を流しながらも口角を吊り上げた。

彼の背後、暗闇に沈む岩山の稜線。

そこには、砂漠の夜風に完全に同化し、音もなく巨大な弓を引き絞る青年の姿があった。

 

ブリギッドの息子であり、孤児たちを守るために裏社会を生きてきた凄腕の狙撃手、ファバル。

 

「……ガキを泣かせる外道に、呼吸をする資格はねえ」

 

氷のような呟きと共に、放たれた矢は夜の闇を完全に切り裂いた。

 

ヒュッ――!

 

「がっ……!?」

 

風切り音すら置き去りにする神速の矢が、馬車の御者台にいた魔道士の喉笛を正確に貫き、声を出させる暇もなく絶命させる。

 

「なっ、なんだ!? 敵襲か……!」

 

傭兵たちが慌てて剣を抜こうとした瞬間、彼らの足元に転がっていた水袋が突如として破裂し、強烈な睡魔を誘う甘い煙が立ち込めた。先ほどデューが「検分」のふりをしながら、手品のような手さばきで起爆式の『スリープの粉』を仕掛けていたのだ。

 

「ぐ、おぉ……眠、い……」

「馬鹿野郎、息を……吸う……な……」

 

バタバタと傭兵たちが砂に倒れ伏していく。

 

煙の範囲外にいて難を逃れた数名の暗黒魔道士が、ヨツムンガンドの魔道書を開いた。

 

「おのれ、貴様ァッ!! 教団を騙るネズミめ!」

「そっちこそ、よそ見してる場合じゃないぜ」

 

デューが重いローブを脱ぎ捨て、身軽な動きで宙に舞う。彼の手から放たれた投げナイフが、魔道士の腕に深々と突き刺さり、詠唱を強制的に中断させた。

そこに、岩山から滑り降りてきたファバルが、至近距離から容赦なく次弾を撃ち込む。

 

ものの数十秒。

夜の砂漠に響いたのは、乾いた弦の音と、倒れ伏す重い音だけだった。

 

「ふぅ……やれやれ、このローブは風通しが悪くてかなわんね」

 

デューは額の汗を拭いながら、奪い取った鍵を軽やかに指先で回し、馬車の檻を開け放った。

 

「ほーら、もう泣かなくていいぜ。お兄さんたちが、安全な隠れ家まで案内してやるからな」

 

デューの明るい声に、怯え切っていた子供たちは堰を切ったように泣き出し、彼にすがりついた。

 

「……相変わらず、食えない手品だね。父さんのその変装と盗みの腕がなきゃ、力押しで神殿の警備に気づかれていたところだ」

 

ファバルが弓を背に負いながら、油断なく周囲を警戒する。

 

「お前さんの『暗闇での針の穴を通すような狙撃』があったからこそさ。……それにしても」

 

デューは、気絶している魔道士の懐から、教団の内部文書を抜き取り、月明かりに透かした。

 

「ロプト教団の連中、ただ狂ってるだけじゃない。子供狩りの輸送ルート、各地の駐留軍との連携、兵糧の備蓄……帝国のシステムと完全に一体化してやがる。これを正面からひっくり返すのは、骨が折れるぜ」

「僕たちがここ数ヶ月、書類を偽造して子供の移送を遅らせて、こうして護送部隊を闇討ちしてくれたおかげで、随分と助かっている命がある。……子どもを犠牲にして成り立つ国なんて、絶対に長続きさせるわけにはいかない」

 

ファバルの瞳には、静かだが確かな怒りの炎が灯っていた。

 

「ああ。……俺たちの『本隊(セリスたち)』が、イザークで兵を挙げるまでの辛抱だ。集めたこの教団の内部構造と戦力のデータは、必ずあいつらの役に立つ」

 

デューは、かつて自分が愛し、そして今も記憶を失ったまま別の空の下で生きている女(エーヴェル/ブリギッド)の面影を、目の前のファバルの横顔に重ね合わせ、頼もしげに目を細めた。

 

「さあ、急ごうぜ。夜明け前に、この子たちをオアシスの地下水脈に隠さなきゃならない。ファバル、殿(しんがり)は頼んだぜ」

「ああ。任せてよ」

 

巨大な悪意が渦巻くイード砂漠の中心で。

かつての義賊と、孤独を知る凄腕の狙撃手による、命がけの暗躍劇。

彼らが命を賭して遅延させ、切り開いた僅かな『隙』は、やがて北の大地イザークで立ち上がる『光の皇子』のための、決定的な布石となろうとしていた。

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