異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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第37話

自由都市ターラ。

街を幾重にも取り囲むフリージ軍の巨大な包囲網は、長引く兵糧攻めによってターラ市民の心を確実に削り取っていた。だが、その包囲網を敷く帝国軍自身の足元もまた、見えざる牙によって静かに、だが致命的に食い破られつつあった。

 

「……またか! また後方の輜重部隊が襲われただと!?」

 

ターラ包囲網の総司令官であるケンプフは、豪華な本陣の天幕の中で、血相を変えた伝令に向かって軍配を投げつけた。

 

「は、はい! 今回やられたのは南の補給線です! 鬱蒼とした森の中から現れた賊の集団に、食料と矢の束をすべて奪われ、荷馬車には火を放たれたとのことで……」

「ええいっ、忌々しい!! マンスターのレイドリックは何をしている! 補給線を守るのがあの臆病者の役目だろうが!!」

 

ケンプフは苛立ちに任せて卓を蹴り上げた。

ダキアの森でリーフ軍と合流したパーン率いる『ダンディライオン』、そしてダグダやゴメスたち紫竜山の山賊部隊。トラキア半島の地の利を知り尽くした彼らは、正面切っての戦闘を避け、ひたすらに帝国軍の「胃袋」だけを狙ってゲリラ戦を仕掛けていたのだ。

 

「ヒャッハー! 帝国の間抜け共が、またぞろぞろと食い物を運んできやがったぜ!」

「おう、手筈通りだ! 荷馬車に火を点けたら、一目散に森へ逃げ込め!」

 

ターラから数里離れた街道沿い。

雨と泥に足を取られる重装甲の帝国歩兵にとって、身軽な山賊や義賊たちは文字通り『見えない悪魔』であった。彼らは帝国軍が陣形を整える前に森の中から矢の雨を降らせ、物資を奪い、反撃を受ける前に再び深い森の闇へと消えていく。

 

「ちくしょう! また賊どもにしてやられたぞ!」

「昨日の夜から、まともな飯を食ってない……。それに、西のダンドラム要塞が反乱軍に落とされたって噂も……」

 

兵站を断たれたことによる飢えと、見えない敵への恐怖。そして、後方の拠点(ノエル渓谷・ダンドラム)が陥落したという真実味を帯びた噂が、最前線でターラを包囲する兵士たちの士気を確実に、そして致命的に削り取っていた。

 

***

 

「……ケンプフ将軍。このままでは前線の士気が持ちません。それに、西のダンドラム要塞が陥落したという不穏な噂も兵の間に広がっており……」

 

本陣の天幕。恐る恐る進言する副官に対し、ケンプフは血走った目を向けた。

 

「黙れ! ダンドラムのオルトフやノエルのラルゴがどうなろうと知ったことか! 奴らが勝手にやられただけで、私の包囲網には何の影響もない!」

 

ケンプフは己の爪を噛みながら、狂ったようにターラの城壁を睨みつけた。

 

彼の目的はトラキアの平定でも、反乱軍の鎮圧でもない。己の出世と、左遷された『ラインハルト以上の評価』を本国(ブルーム)から得ることだけである。ここでターラを落とし損ねれば、彼の軍人としての名誉は完全に終わるのだ。

 

「いいか! 今すぐ包囲網の兵を三分の一ほど割いて、後方の森へ討伐隊を向かわせろ! 補給線を荒らすコバエどもを徹底的に叩き潰し、見せしめに木に吊るせ!!」

「し、しかし将軍! 包囲網の兵力をこれ以上分散させれば、手薄になった箇所からターラ内部の反乱軍に突破を許す危険が……」

 

「口答えするな!! これは貴族である私からの絶対の命令だ!!」

 

ケンプフのヒステリックな絶叫により、フリージ軍の分厚い包囲網から、数千の兵が後方の森へと引き抜かれていった。

それは軍事的に見れば、敵の陽動に引っかかり、自ら最大の強みである『層の厚さ』を放棄する愚行以外の何物でもない。

 

***

 

(……馬鹿な男だ。自ら首を差し出しやがった)

 

遠く離れた森の木の上から、その軍の移動を望遠鏡で確認したパーンは、ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。

 

「おい、リフィス。罠に掛かった間抜け共を、さらに森の奥深くへ誘い込んでこい。泣き顔がいい、お前のその情けない顔が一番の撒き餌になる」

 

「わ、わかったよパーンさん。 俺の神がかった逃げ足、特と拝んでくれよ!」

 

リフィスが半泣きの(演技の)まま、帝国軍の討伐隊に向かって態とらしく姿を晒し、森の中を駆け出す。

パーンたちの泥臭い嫌がらせは、ケンプフの傲慢さと焦燥を完璧に煽り、ターラ包囲網の『層』を決定的に薄くすることに成功したのである。

 

「……パーンの工作が成ったようだ」

 

深い森の奥で待機していたリーフ軍の本隊。

ドリアスからの報告を受け、リーフは静かに銀の剣の柄に手をかけた。ミランダを見捨てるという業を背負ってここまで来たのだ。ターラだけは、何としても救わねばならない。

 

「アウグスト。ターラ内部のコープルたちへ、合図を送れるか」

「ええ。すでに手筈は整っております。ケンプフの兵力が最も手薄になる『夜明け前』……内外からの同時奇襲で、あの道化の息の根を止めましょう」

 

闇に包まれたターラ包囲網に、いよいよ決戦の刻が迫りつつあった。

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