異説聖戦の系譜   作:鰻天ぷら

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第71話

帝都バーハラの南、シアルフィ城。

セリスの父シグルドが生まれ育ち、そして悲劇の始まりとなった因縁の地に、セリスとリーフが率いる解放軍の本隊が迫っていた。

 

城の最上階、重厚な石造りのテラスに、一人の男が立っている。

グランベル帝国皇帝、アルヴィス。

 

彼は、己の私室から『ファラフレイム』が持ち出されたこと――庶子サイアスが自分の不器用な遺志を受け取り、解放軍と共に世界を救うための反逆を開始したことを、すでに悟っていた。

 

だが、彼は逃げない。

 

ディアドラを奪い、シグルドを謀殺し、世界を暗黒神に売り渡した彼には、もはや生き延びる資格も、救済される権利もない。彼に許された最後の『仕事』は、新しき光の器(セリス)に自分という巨悪を討たせ、その剣に世界を背負う覚悟を刻み込ませることだけであった。

 

***

 

同じ頃、シアルフィ城の暗い地下道。

白髪の司祭パルマークは、周囲の気配を極度に警戒しながら、何十人もの怯える孤児たちを連れて秘密の逃走路を急いでいた。

 

(皇帝陛下は、ご自身の命と引き換えに、この子供たちを私に託された……)

 

パルマークの胸の奥底で、熱いものが込み上げる。

 

そして彼の懐には、サイアスから密かに託された古い布包み――セリスに届けるべき『希望の品』が、ずっしりと重く抱えられていた。

 

独裁者として憎まれながらも、最期まで帝国の泥を一人で被ろうとするかつての主君の仇。パルマークは、はるか頭上のテラスにいるであろう孤独な皇帝の背中に向けて、暗闇の中で深く、深く頭を下げ、歩みを早めた。

 

***

 

数刻後。

シアルフィ城の城門を突破し、中庭へと雪崩れ込んできたセリスの前に、紅蓮の皇帝が立ちはだかった。

 

「……アルヴィス!!」

 

セリスの手に握られた銀の剣が、激しい怒りと憎悪に震える。

愛する父と母を惨殺し、世界を地獄に突き落とした元凶。どれほどこの瞬間を待ち望んだか。どれほど、この男を切り刻んでやりたいと願ったか。

 

「……よくぞここまで来たな、セリスよ。だが、貴様らごときの光で、この帝国の闇は晴らせんぞ!」

 

アルヴィスの手から、凄まじい熱量を持った炎の魔法『ボルガノン』が放たれる。ファラフレイムを失ってなお、彼の魔力は常人を遥かに凌駕する圧倒的な暴力を伴っていた。

 

「くっ……!」

 

セリスは炎の直撃を避けながら、泥に塗れた石畳を蹴って肉薄する。

激突。炎と銀の刃が交差するたびに、激しい衝撃波が周囲の空気を焼き焦がす。

 

「どうした、セリス! その程度の剣で、この私を討てると思っているのか! 貴様の親(シグルド)の無念は、その程度か!!」

 

アルヴィスの口から放たれる悪逆非道な嘲笑。だが、その瞳の奥には、彼自身も気づいていない、底知れぬほどの『自己への絶望と、死への渇望』が渦巻いていた。

 

「はあああぁぁぁぁッ!!」

 

セリスの渾身の一撃が、ボルガノンの炎を切り裂き、アルヴィスの胸当てを深く抉った。

 

「が、はっ……!」

 

鮮血が舞い、アルヴィスの巨体がゆっくりと石畳の上に崩れ落ちる。

 

「……父上……母上……!」

 

セリスは、肩で息をしながら、倒れ伏した仇の姿を見下ろした。

これで、復讐は終わった。この男が死ねば、世界は救われるはずだった。

 

「……終わったのですね、セリス様」

 

静まり返った中庭に、パルマーク司祭がゆっくりと歩み寄ってきた。彼の腕の中には、古い布で大切に包まれた二つの品が抱えられている。

 

「セリス様。これを……『さるお方』より、お預かりしております。そして、地下の子供たちも無事に」

 

布が解かれ、中から現れたのは、美しく澄んだ光を放つ『聖なるサークレット』と、シグルドの魂そのものである聖剣『ティルフィング』であった。

 

「これは……母上の……そして、父上の……!」

 

セリスは震える手で、ティルフィングの柄を握りしめた。

その瞬間、彼の脳裏に、静かで、慈愛に満ちた声が響き渡った。

 

(……セリス・・・、セリス・・・・)

「だ、誰だ? ぼくの名前を呼ぶのは?」

 

(……セリス・・・・・大きくなって・・・)

「も、もしかして母上!? 母上なのですか?」

 

セリスの視界が白く染まり、そこには、かつてアルヴィスに囚われながらも、最期まで愛する者たちを護ろうとした母・ディアドラの幻影が立っていた。

 

(・・・こんなに立派に育って・・・レヴィン様に感謝しなくては・・・・・)

(・・・セリス、仲間を、お友達を大切にね・・・いつでも感謝のきもちを忘れないように・・・・)

 

「・・・は、はい・・・・母上! 私はついにアルヴィス皇帝を倒しました! 父上の無念をはらしたのです!」

 

セリスは、必死にすがりつくように叫んだ。

だが、ディアドラの霊は、ひどく悲しそうな瞳で彼を見つめた。

 

(そう・・・・、じゃあユリウスとユリアは・・・・)

「ユリウスとユリア!? 母上は、どうして二人を……ごぞんじなのですか?」

 

ディアドラの姿が薄れ、代わりに、炎に焼かれたはずの父、聖騎士シグルドの堂々たる姿が現れた。

 

(セリス)

「あなたは? まさか・・・父上!?」

 

(セリス、思い上がってはならぬ。……アルヴィスが倒れたのは、おまえの力ではない・・・)

 

シグルドの声は、決して復讐を讃えるものではなかった。

 

「えっ、父上・・・それはいったい!?」

(セリスよ、人の悲しみを知れ。真実は一つだけではない。……それがわからなければ、この戦いは無意味となろう・・・)

 

「ち、父上! 待って下さい!」

 

セリスが手を伸ばすが、シグルドとディアドラの霊は、ティルフィングの光の中へと静かに溶けて消えていった。

 

「……真実は、一つではない……」

 

セリスは、血に濡れた剣を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。

 

パルマークから託された品々。そして父の言葉。

 

皇帝アルヴィスは、自分を倒すための武器を隠し、自らの手で子供たちを逃がし、無抵抗に近い形で自ら死を選んだ。彼もまた、ユリウスという暗黒の狂気を生み出してしまった絶望の中で、もがき苦しんでいた一人の人間だった。

 

復讐の達成感や喜びなど、欠片もない。

アルヴィスを殺したことで、彼が背負っていた『世界を地獄にした罪と、それを終わらせる責任』という途方もない重圧が、そっくりそのままセリスの肩にのしかかってきたのだ。

 

「……行きましょう、セリス様」

 

傍らに立つリーフが、自らの光の剣を握り直し、静かに声をかけた。

 

「アルヴィス皇帝が残した願いも、君の父上が言った真実の重さも……あなた一人で背負う必要はない。私も一緒に背負います」

「ええ……。行きましょう、リーフ王子」

 

セリスは、己の内に渦巻く憎悪と悲しみをすべて噛み殺し、ティルフィングを天高く掲げた。

 

ただの復讐者であった少年は、今この瞬間、他者の業すらも背負って世界を導く【真の聖王】として覚醒したのである。

 

解放軍の士気は、最高潮に達している。

彼らの次なる目的地は、すべての因縁が交差する帝都バーハラ。

サイアスの仕掛けた宮廷クーデターの火種が、いよいよロプト帝国の心臓部を焼き尽くす時が来ていた。

 

 

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