終末世界のスパダリ異形、愛憎入り交じるヤンデレを量産中 〜死闘の末に人類敵を取り込んだ。曇った仲間が怒りを向けるそのバケモノ、俺です〜 作:ゲンコツダイナソー!
ということで。
さっさと地面のでかい割れ目にもぐりこんで、渓谷側の空中まで吹き抜けてるから落ちないように気をつけつつ、深い場所にあった空洞に身を潜めた俺たちだが。
「……すまんな、嫁入り前の娘なのに。こうも狭くちゃあ」
「いえ。なにも問題ありませんわ」
「そうか……?」
めちゃくちゃ密着しちゃってるからな。俺もレイミヤも身軽な装備なのが災いして、互いの体の感触まではっきり分かっちまう。
……にしてもこいつ、もっと肉食った方がいいんじゃないか? 軍人は体力が資本だ。もしここから生きて帰れたなら、こいつの飯も小隊長仕様にして――
「――なにか? いま、失礼なことを考えていませんでした? わたくし……勘は鋭いんですの」
うおお怖え。睨まんでくれよ、心配してるだけじゃんか。
「……わたくしの体がその……っ少しばかりほっそりしているのは、実家のせいですの」
「実家? キャンベル家の?」
「ええ、間違いなく。きっと。それ以外に考えられませんの」
ず、ずいぶん早口だな。で、そりゃまたどういう事情で?
「……――うちでは、ろくに魔力も持たず生まれた子に、満足な食事を与えるようなことはありません」
! それは……。
「カナタ様にも思い当たる節がおありでは? 幼いころから栄養が足りていないと、体の生育も不十分になると。……そういうことですの」
あん? どういうことだ。俺の身体がちっさいと、そう言いたいのかッ?
そう眉をひそめて睨んでやると。敵から隠れてせまく暗い穴倉なんかにいる有様なのに。本当に珍しいことに……――レイミヤはほんの薄くだけ笑みを浮かべて。
「――いっしょ、ですの。わたくしたち」
……。
レイミヤの言葉は聞きながら、意識は外へ。
「……わたくし、実家では本当にひどい扱いを受けていました。人を人とも思わぬ、戦闘人形を作るかのような過酷な教育。特に、低評価の烙印を押されたわたくしは、物心つく前からほとんど折檻のようなひどい訓練を受けておりましたわ」
次第に近づいてくる、巨大で濃密な魔力。
「家族であって家族でない。わたくし、家の者と温かい会話を交わした記憶はついぞありませんでしたわ。飛んでくるのは罵倒か、訓練相手の低位【無形】か」
気づいてるよな、レイミヤも。やつの動きは次第に鈍くなり、しかし確実に近づいてる。……まるで焦らしてなぶるみたいな、趣味の悪い動きだ。
「生傷も絶えない。下手をすればどこかで死んでいてもおかしくなかった毎日。ろくに休息もなく、いつも気が抜けない。……そんな日常から抜け出せるなら、戦場に出ていたほうがきっとずいぶんマシだと。軍へ入るよう命令された時は、そう思って喜んだものですわ」
ずる、ずる、と。足音が聞こえてきやがった……。
「ですから。カナタ様の小隊へ配属されると聞いた時も、特に感情はなかったですの。実家よりはマシな環境でしょうし、エースと聞いていたあなた様から少しでも技術を奪って、家に連れ戻されたときに備えようと。……そんなつまらない考えは――――いい意味で、裏切られましたわね」
おい、レイミヤ。そろそろ口を閉じろよ。やつが。
「スラムの出身とお聞きした時は、会話もできないモンスターのような方を想像しておりましたわ。世間知らずを恥じるところですが……実際に会ったあなた様は、これまでわたくしが接した誰よりも温かくって……」
俺は静かに、腰の二剣を抜く。長剣と短剣が一振りずつ、長く苦楽を共にしてきた愛剣だ。近づいてくる音に備える。
「わたくしの知らない世界をいつも教えてくださる……。初めて他人に守ってもらった。寒い日の野営では不器用に体を温めてもらって。休みに露店で買った串を、いっしょに歩きながら頬張って。あなた様にとっては取るに足らぬことだったかもしれませんが、わたくしにはかけがえのない…………何があっても、この温かな本当の家族を手放さぬように、と誓った……」
そう、静かに言って。レイミヤはやっと、そのかつてない饒舌な口を閉じて、頭上を見上げる。
そこにいるのは――
「――全力で魔力を振り絞って、目くらましも兼ねた攻撃をしかけますわ。どうかカナタ様はその隙に、二剣で彼の敵を」
「ああ……。ったく、気色悪い姿してやがる」
――黒々とした魔力が凝り集まって、どろどろと不定形な体を成している。泥のように流動する体で不格好な四足獣を象って、狭い亀裂を歪みながら這い進んでくる。
目もないバケモノのくせして……やっぱり、その意識が向いてるのは俺だな?
「……カナタ様。どうかもう少し、引き付けて」
隣のレイミヤの手中で、頭上のそれとは比べ物にならない小さな魔力が。それでも、いまやかつての魔力を失った人類にとって、それはほんの小さな希望の種であることに変わりはない。
そうして。
ゆっくりと迫る致死の敵に対して。
レイミヤはついに臨界へ達した魔力の塊を勢いよく突き出して。
「――《閃光》……!」
唱えた呪文の通りに、一瞬鋭い光が辺りを照らす。そして同時に、頭上に向かって突き進む一筋の光線。
「カナタ様!」
レイミヤの呼びかけに応えるように、俺はその光線の後を追って地面を蹴る。狭い亀裂の中で、俺を挟む壁を蹴りながら滑らかな動きで【無形】へと迫って。
そして。
――弾けた光線の向こうで、のっぺりとした黒い顔が俺を見る。
直後。
俺は決めた。
二振りの剣を、思い切り【無形】の顔面に突き刺してやる。
「ァァァァ……」
かすかな鳴き声……悲鳴? それとも痒みに呻いただけか? まあとにかく、こんな攻撃が一切効いちゃいないことだけは分かる。
「――カナタ様、敵は……!?」
悪いな、レイミヤ。俺はこれでお前より十年は長く戦場にいるんだ。……こんなので、この【無形】を倒せないことくらい分かってた。
だったらどうすりゃいい? そんなの決まってる。
「ッよ、と……!」
俺は突き刺した剣を固く握ったまま、壁を蹴って空中を移動しようとする。上でも下でもないその行先は――――この割れ目を横に進んだ先に繋がる、崖側の空中。
「……もう、それくらいしか思いつかなかったからよ」
無理だ、こいつは。俺の長い軍人人生の中でもトップクラス。どんな攻撃もいなされるみたいで効いてる気がしない。
そんでもって、このバケモノの狙いはおそらく俺だけときたら……こうするしかないよなあ。
「……? カナタ様? っカナタ様、何を……!」
気づいたか? でももう、そっからじゃ間に合わんだろ。俺があと数回足突っ張って空中に身を踊り出す方が早い。
「まさか……っ、【無形】ごと下へ!? おやめくださいまし、カナタ様!」
ハハ。初めてじゃないか? お前がそんな大声出すの。良かったぜ、最後にお前の初めてが見られて。
そら、このバケモノ……俺に食いつくのに必死で、不自然なくらい抵抗しないが。一緒に行こうぜ、地獄へ――!
「カナタ、様! どうか、どうか止まってっ! あぁ、お願いですの、どうか……!」
どんどん近づく、崖の光。
思い起こされるな、スラムを出て軍に拾われてからの日々が。
……親も友もいない、ただの野良犬みたいだった俺に、他者の繋がりってやつを教えてくれた場所だった。家族ってやつが、生まれて初めてできたと思える場所だった。
繋がった端から死んじまうやつが多いもんだから、必死に強くなって少しはみんなを守れるようになってきたが。
なあ……レイミヤ。お前も最初は、いつも一人で死にに行くみたいに突っ込んで。なんど俺が助けてやったか。それなのにちっとも懐かないもんだから、俺も頭抱えた時期があったんだぜ。
でも、それでも。一緒にいて、ほんとに救われてたのはきっと……――俺の方、だったから。
まあ――
「――最後の恩返し、てやつだ。……遠慮なく、受け取ってくれよな!」
そう叫んだ時には。
俺の体はすでに、真っ黒なバケモノと一緒に空中へ投げ出されていて。
最後に一目だけ…………大好きな家族の顔でも見たかったもんだ、なんて思った直後。
「――――カナタ様っっっ……!!!」
必死の形相で髪を振り乱して、岩壁の切れ目から俺に手を伸ばすレイミヤ。
……ああ。なあ、レイミヤ。お前にはほんとに悪いが、俺はいま幸せだぜ。
だって、だってだ。天涯孤独で、虫けらみたいに厭われてた俺が。
「――最期に……涙を流して惜しんでくれる家族が、俺にもできたんだ」
「ぁ。……ぁ、、ァアッああああ!?」
そうして…………届かぬ手を見て、絶望に縁どられた表情のレイミヤを残し。
俺は、奈落へと落ちていく。