ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか   作:親父

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遅くなってすいません


第6話 借り物

 ベートを沈めた翌日、ロキファミリアの団長であるフィン・ディムナは団員の不始末の謝罪と未知の脅威への調査を兼ねてヘスティアファミリアへと訪れていた。

 

 「……君が、エドワード・ニューゲートか」

 

 廃れた教会の入り口。逆光の中に立つフィンの顔にはいつもの穏やかさはなかったその「親指」が今までに無いほど疼いていたからだ。

 

 白ひげは入り口を塞ぐように座り込み、そのまま小さな勇者を見下ろしていた。

 

 「誰だお前ェは?昨日のワン公の親玉か?……一体何しに来やがった」

 

 「挨拶と謝罪をしに来ただけさ……僕はロキファミリアの団長であるフィン・ディムナだ。宜しく頼むよ。昨日はベートがすまなかったね。」

 

 「フン、構わねェよ。あの程度」

 

 「今日はそれだけを言いに来たつもりだったけど...」

 

 フィンは一歩も引かず、その青い目で白ひげを見ていた。

 

 彼が背負っているのは虐げられてきたパルゥム族の未来であり、ロキファミリアという巨大な派閥の責任だ。だからこそ理外の力をもつ「個」を放置することはできなかった。

 

 「君が好きなことをするのは君の勝手だ。だが、君が昨日ギルドで放った攻撃はギルドの権威を失墜させ、冒険者達のパワーバランスを崩してしまった。........それが何を意味するのか、わかっているのかい?」

 

 「秩序だァ?バランスだァ?……グララララ!!笑わせるんじゃねェよハナッタレが」

 

 白ひげの笑い声が、教会の埃を震わせる。

 

 「そんなもん気にして何になる?お前が何を背負ってるのかは知らねェがな、お前の言葉は自分の血も通ってねェ綺麗事だ。そんな借り物の言葉で、俺を止められると思うなよ」

 

 「……借り物の言葉だと?」

 

 フィンの中で何かが音を立てて軋んだ。これまでの人生、全てをかけて積み上げてきた「勇者」としての自分。それら全てを「借り物」という言葉で切り捨てられた衝撃。

 

 「お前が言ってんのはその小さな肩に背負い込んでる荷物を崩したくねェだけじゃねェのか?何をそんなに怖がってやがる?お前ェ、まだ自分の本音を一言も喋ってねェだろ?」

 

 「黙れッ!!」

 

 フィンが初めて、感情を露わに声を荒らげた。

 

 白ひげにとって、フィンはただの「不器用なガキ」に見えているに過ぎない。だが、その「無知ゆえの真実」こそが、フィンの自尊心を最も深く抉った。

 

 「……君は危険だ。その傲慢なまでの無知が、どれほど多くのものを壊すか理解していない。……これ以上、ボロを出したくない。今日は失礼するよ」

 

 フィンはそれ以上、言葉を継げなかった。

 

 これ以上語れば、さらに自分の本質を暴かれ、積み上げてきた仮面が剥がれ落ちてしまう――そんな、人生で初めての「底知れぬ恐怖」を感じたからだ。

 

 背を向けて立ち去るフィンの後ろ姿は、白ひげにはやはり、あまりに窮屈そうで、そして小さく見えていた。

 

 「……グラララ。まァ、あのワン公(ベート)よりは骨がありそうだが……まともに話し合うには、ありゃあ少しばかり『心』を使い古しすぎてやがるな」

 

 白ひげは、フィンの正体など欠片も興味がない様子で、ベルが持ってきたジャガ丸くんを頬張るのだった。

 

 ロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナが、不快感を隠そうともせずに廃教会を去ってから、堂内には再び元の静寂が戻っていた。

 

 「ニューゲートさん……本当に良かったんですか? あの人はオラリオでも指折りの……」

 

 ベルがオドオドしながら、散らばった瓦礫を片付ける手を止める。レベル1の自分からすれば、雲の上の存在である【勇者】。その人物を、新入りであるはずの白ひげは一言の容赦もなく突っぱねてしまったのだ。

 

 「グラララ! 構わねェさ、ベル。あいつがどこの誰だろうとおれの知ったこっちゃねェ。それにな、自分の言葉に命を乗せてねェ奴の理屈に、いちいち付き合ってやる義理はねェのさ」

 

 白ひげは、ベルが買ってきた酒瓶の木栓を親指一つで弾き飛ばし、豪快に喉を鳴らした。 

 

 「……美味くねェな。やっぱりこの世界の酒は水みてェだ」

 

 「文句を言わないの! ボクたちの今の財政じゃ、それが精一杯なんだから!」

 

 ヘスティアが腰に手を当てて怒鳴るが、その表情には安堵の色が混ざっていた。ロキ・ファミリアの団長が直々に動いたとなれば、最悪の場合は派閥間の抗争すら覚悟した。だが、フィンは白ひげの放った、ただの「言葉」に圧されて退いたのだ。神であるヘスティアにはわかる。あの小柄なパルゥムの青年は、白ひげという存在そのものに、決定的な拒絶感を抱いていた。

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 一方、ロキ・ファミリアの本拠地『黄昏の館』の執務室では、重苦しい空気が漂っていた。

 

 戻ってきたフィンは、いつも通りの完璧な足取りで自席についたが、その表情は氷のように冷たかった。

 

 「――お帰り、フィン。随分と不細工なツラして帰ってきたやないの」

 

 ソファに寝そべっていた主神ロキが、細い目をさらに細めてニヤリと笑う。その隣には、副団長である【九魔】リヴェリア・リヨス・アールヴも控えていた。

 

 「……ロキ、リヴェリア。ヘスティア・ファミリアの『新入り』……エドワード・ニューゲートとの接触を完了した」

 

 

 フィンはそう言うと、自身の右手をじっと見つめた。

 

 親指の疼きは収まっている。だが、白ひげに胸元を指差されたあの瞬間の、心臓を直接掴まれたような不快な感覚が、まだ消えずに残っていた。

 

 「ベートをワンパンで沈めたっちゅうやつや。どないやった? 仲良くできそうか?」

 

 「……最悪だ」

 

 フィンは即答した。その声には、いつもの理知的な余裕が一切なかった。

 

 「話が通じる相手じゃない。彼は、このオラリオのシステム、ギルドの権威、そして僕たちが積み上げてきた『冒険者』という概念そのものを、ハナから見下している。知識がないからじゃない。ただ、自分という『個』のルールだけを正義として動いているんだ」

 

 フィンにとって、白ひげはただの『天災』よりも性質(たち)が悪かった。

 

 自分たちがどれだけ血を流し、緻密な戦略を立て、種族や派閥のために命を削っていようとも、あの男はそれを「つまらねェ、借り物の生き方だ」と一蹴してみせる。生き方そのものを根底から否定されるような不快感。それこそが、フィンが抱いた「相性の悪さ」の正体だった。

 

 「ふん……。フィンがそこまで感情を露わにするとはな。珍しいこともあるものだ」

 

 リヴェリアが静かに呟く。

 

 「リヴェリア。ヘスティア・ファミリアへの監視を強化してくれ。特に、ニューゲートのダンジョンでの動向だ。彼は必ず、近いうちに中層、あるいは深層へ向かう。その強大すぎる私情が、街の秩序と衝突する前に……手を打たなければならない」

 

 「わかった。アイズにも、あまりあの男に近づかないよう釘を刺しておこう」

 

 「いや……」 

 

 フィンは首を振った。

 

 「アイズには、好きにさせるといい。……彼女が、あの男の『理外の力』に何を思うか、それもまた、僕たちのファミリアにとって必要なデータだ」

 

 そう語るフィンの言葉は、どこまでも冷徹で、戦略的だった。しかし、その胸の奥には、白ひげの言った「借り物の言葉」という無遠慮な言葉が、消えない燃えさしのように燻り続けていた。

 

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 その夜、オラリオの最高層『バベル』の一角、神々が夜な夜な酒を酌み交わすサロンでは、すでに昨日の大騒動が格好の肴(さかな)になっていた。

 

 「おいロキ! 聞いたぞ、お前のところの自慢の狼が、ヘスティアんとこの新入りに消し飛ばされたんだって?」

 

 豪快に笑いながらグラスを掲げたのは、酒の神ディオニュソスだ。周りの神々もクスクスと下卑た笑いを漏らす。

 

 「うるっさいわ、ディオニュソス! あんなんたまたまや! うちのベートが本気出せば、あんなレベル1なんか..!」

 

 ロキが顔を真っ赤にして地団駄を踏むが、その細い目の奥は全く笑っていない。フィンの報告を受け、ロキ自身もあの「白ひげ」という存在の不気味さに勘が働いていた。

 

 「でも、レベル5を一撃で沈めるレベル1なんて、神の恩恵(ファルナ)の歴史始まって以来のバグじゃない?」

 

 悪戯っぽく笑うのは、美の女神フレイヤだった。彼女は窓の外、月明かりに照らされるオラリオの街を見下ろし、妖しく目を輝かせる。

 

 「彼の魂の輝き……本当に面白いわ。レベルやスキルの枠組みに収まるような器じゃない。まるで、神の恩恵を受ける前から、すでに自分自身を完成させていた『怪物』。……あんな重厚な魂、初めて見るわ。オッタルでも、あの男を前にしたら怯むかもしれない」

 

 「そうなるとすれば新しい英雄となるかもしれないわね」

 

 「フレイヤ、冗談はやめろ」

 

 ロキが低い声で遮る。

 

 「あいつ、うちのフィンを『不自由でつまらん男』と抜かしおった。神の作ったオラリオのルールも、神自身の権威も、あいつの目には一ミリも映っとらんのや。あれは『英雄』やない。下界を引っかき回す、ただの混沌や」

 

 その言葉に、サロンの神々がにやりと笑う。

 

 彼らが何より愛するのは、退屈を壊すエンターテインメントだ。神の常識を平然と踏み躙る「怪物」の出現に、神々は期待で胸を躍らせていた。

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