$-3 ・ヌルイのスキル屋 食堂 朝
「突然なお願いではありますが、皆々様に私の弁論の協力をして頂きたいのです」
その日の朝、学生内で不和の種が燻る朝のバイキングで、ヌルイちゃんは突然そんなことを言って来ました。
「実はこれまで個人的に当店の書籍から調べ物をしてまして、先日漸く、古文書から現状を打開出来そうな文を見つけたのです。
『神の愛を証明せよ。神は
意味はダンジョンは或る神の肉片だ。だからなぜ神がダンジョンにその身を転じたか証明せよ。
そうすればダンジョンは消えて、あるべき場所にあるべきものが戻る。つまり…」
「私達は、私達の世界に帰れる…!」
誰が言ったかその言葉を皮切りに、学生達にどよめきと歓喜、静かな興奮の声が広がります。
それは紛れもなく吉報でした。
先日にショッキングな死体を見たからでしょうか。ここから解放されるという希望は、昔の本に書かれた一文という、なんとも頼りないものを信じ込ませるのに充分なストレスだったようで、生徒達はひっきりなしにお互いの顔を見やっています。
「しかし、私だけでは5つの
運良く北の
そこで、あなた達の協力が必要なんです」
マズい話です。折角楽しいことが出来そうだったのに、思いの外ヌルイちゃんが優秀だったのか台無しになろうとしています。
大人しく従うべきか、騒ぎを起こして延長すべきか……先日頭だけが人形となった男子を見ている分、私は酷く悩むことになりました。
「静かに……そう大袈裟な事はしません。
あなた方の大半には署名と…出来ればハンコか血判をしてもらうだけ。
ついて来て欲しいのはスキルを買ったお客様に限ります。そうでないと死人が出るでしょうから」
ドキリと心臓が跳ねます。
ここに至ってスキル持ちというだけで強制的な同行が発生する?
妨害するチャンスですが、時と場所によって容疑者が非常に絞られる。
何より外は力を持っていても危険な領域。不死の怪物相手から逃げ回る必要があります。
そんな状況……。
「フッヒ……ヒヒヒ!」
"リスクと快楽の天秤が、釣り合ってしまう"。
「大丈夫…焦るな…選択は私が出来る…!」
武者震いする身体を、恐ろしくて堪らないと見えるように抱き抱えて蹲ります。
「うおっ…大丈夫か?」
「フ…フ…フッ……!!」
心配する声が聞こえますが、もうそんな事を一々気にしてられません。
場合によって人狼…デスゲームの犯人探しと同じ状況を起こせる。
人狩り愛好家なら誰しも一度は夢に見るシチュが目の前にあるんです…!
上手くやれば再現できる水浦くんの状況よりも、ずっとレア…! やらなきゃ損…!
命を賭ける価値…有り…!!
「……私は行きます!! みんなの為に、自分の為に!」
思わずそう言ってヌルイちゃんの手を掴み、それに釣られたのか他の方々も口々に参加を希望しました。そんな状況に私は興奮の余り震えながら、彼女の手をより強く握り直しました。
「そうですか」
……ッ!。
…大丈夫、バレてるわけがない。
興奮してても私の演技は変わりませんし、どこからどう見ても勇気を出したか弱い女の子。
「ご協力頂きありがとうございます」
それなのに……どうしてヌルイちゃんは少しも"その余裕を崩さない"んですか?
あなた、中身は子供なんでしょう? 例え人外でも子供でしょう?
こんな緊急時を一夜一緒に過ごしたのに頬が少しも緩まないなんて……それが異世界の価値観なんですか?
「……はい。私達はヌルイちゃんに全力で協力します…なので、ちゃんと守って…下さいね」
「勿論です」
それなら構いません。文明が違うならそういうこともあるでしょう。
ですが、もし仮に全て偽りなら……彼女は最大限警戒すべき相手だ。
$-3 ・南のループ 昼
「No.5 『メビウス道』洞察開始」
そうしてスキルを手にした私達は彼女に抱え、ひとっ飛びで南のダンジョンへと突入しました。
別にヌルイちゃんが全員を一度に抱えるような力持ちという訳ではありません。
バサッバサッ。
「ひゃー! ホントに飛んで来れちゃった!」
「翼があるからってマジで飛ばれるとビビるよな。物理どうなってんの?」
「今更…なんじゃないですかね。異世界の理屈で動いてるんでしょうし」
「ま、スキル使っておいて今更か」
「よっ。お前もサンキュ!」
キュー!
「ではホテルの業務を」
なんて、鳴き声が一つ。
ヌルイちゃんには悪魔らしいと言えばいいのか、手を鳴らすだけで呼び出せる使い魔が居ます。
その数全部で
これがまたすごいんですよね、本物の異世界生物! 三つ目のコウモリとか猫みたいな耳の角が生えた子とか、空飛ぶ人魚だって居たんです!
多頭飼いなんてヌルイちゃんってば金持ち〜! なんて思いましたが、飛んでる時に聴いた所に寄れば、全員スキルの応用で作った物に過ぎないそうで。
オリジナルは居るらしいんですが、これは仮初。全員考える力とかは無いんだそうです。
ふーん、つまんないの。
本物かと思っちゃって損しました。
「それで何をすんだ? ここは前に俺ら遠征隊が粗方調べて、もうなにもないだろ」
「"〜の為、略奪対象は神という存在に宿った能力と定義出来、収奪は可能である。"
第一記録 終了……採取成功。本体は鏡文字か」
先ほどから虫眼鏡をあちこちにかざしてブツブツと言っていたヌルイちゃんは、そこで区切りがいいと判断したのか顔が軽く私達の方に向きました。
「力を奪ったのです。土地ではなく生物だと判明したので」
「略奪チート! 高級でも一店舗がそんなの持ってる異世界コエェー! え、でもその言い方だと生き物以外無理なん?」
「ご明察。出て来なければこのまま存在を消滅させると脅してる最中です」
「……ん? 割とエグい脅し文句が聞こえたな」
その時でした。
突如として気持ち悪い揺れ方の地震が起きて、私達は忽ち立って居られなくなったんです。
唯一無事なのは空飛ぶヌルイちゃんだけで、みんな周りが見えなくなっているようでした。
あ、1人殺せる。殺そ。
「なんだ⁉︎」
「立ってられない…!」
「ぐ……こっちに! 捕まって下さい!」
「すまん助か──ッ!?」
あ、手が滑ったー。
か弱い女の子ですからね。男の人を持ち上げられないのはしょうがないよねー?
おっと不幸にも地面が崩壊したー。別に私は床の構造を脆くする為にスキルは使ってませんけど、あれー地震で崩れちゃったかなー?
「──ァァアア!!?……ハッ⁉︎ ハッ‼︎ ハッ‼︎ たす、助かった!」
「スキルの略奪には段階があり、完全に奪うまでにスキルは弱体化…変化を続けます」
「ヌルイちゃ…ヌルイさん!」
「地震はその影響でしょう。ループなんて空間に影響を与える力です。失礼、この為にMs.赤地坂を呼びましたが……事前に言わずに任せられる程では無かったようで」
あーヌルイちゃん助けちゃった。こんなちっちゃい子にお姫様抱っこして恥ずかしくないの?
でも思った以上に旋回と急加速出来るな……普通に落ちる人拾えるんだ。
多少評価は落ちたみたいですけど……警戒されてたか? やっぱ中身大人が子供の振り疑惑濃いですね。
「Ms.赤地坂、皆様に安定した地面を。それが出来るだけの見本はサービスにお付けしました」
「す、すみません! 今すぐやります!」
急かされて何もしないのも不自然なので、私は「
「はー…怖かった…」
「わ、わわわわ私立ってられない地震とか初め…ヒィィ…! ビビビビクリし……」
「痣涙、落ち着け。それヌルイさんの尻尾だから」
「第二記録 開始」
ヌルイちゃんが籠に移動させてもまだ不安なのか、みんなが不安そうに手すりに捕まるのに対し、ヌルイちゃんは平然とした顔であちこち飛び回り、記録とやらの続きを始めます。
ズッ…。
「うわ! 壁が…! ヌルイちゃん、これ私達荒野に居る間にやることって出来なかったんですか!?」
「私が常に守れる状態にあるとも限りません。これは私に余裕がある内に行うMs.赤地坂の訓練でもあり、証言の用意です」
「証言ってどういう…うわ、逆さまになって滞空してる…! 飛んだ事ないから分かんないけど遊んでるのだけは分かる!」
私が何もしなくても落ちて来た瓦礫や押し迫る壁があっても、一瞥もせずにスルリと潜り抜けていきます。曲芸染みてるなぁ…! こんな状況じゃ無かったら硬貨の一枚でも投げてたのに!
「チラ…」
うん……恐らく、観察を深めるほど能力が奪える力。
なんかのゲームでありましたね、図鑑を埋めるとそのエネミーの素材から装備や武器が創れるゲーム。そういう仕組みのアレなんでしょう。
稀にチラりとヌルイちゃんを見ては、地味にムズくてイライラする瓦礫避けが終わって、ヌルイちゃんの手元には四段階まで進んだ記録が残されました。
一体この空間のどこをどう見てたのか聴いてる余裕はありませんでしたけど、廊下はもう殆どが私達の見知ってる姿へと変わってる所を見るに、9割は奪えたんでしょうね。
でなければ私の苦労の割に合いません。
「……逆転利用。考えてはいましたが本当に出来るとは」
「逆転…なんの話ですか?」
「この世界では嘘も重ねれば事実になる。その確認が取れただけです」
「それって」
───ズン…。
一体どういう事なのか。
ヌルイちゃんの思わせぶりな発言を追求しようとしましたが、それはタイミング悪く現れた存在によって遮られてしまいます。
何事かと揺れた方を見れば、そこにはなんとも形容し難い……人の鼻の皮膚みたいな物に包まれた、肉ぶくれの激しいゾウの姿をした怪物が。
廊下をミシミシと軋ませながら、私達の方に興奮した様子で這いずろうとしていたんです。
今まで相対してきた連中とは明確に違う。明らかにコチラを殺しに来ていて……。
それは間違いなく殺意によって成されるもので…。
「──う」
『ご機嫌よう、【
『…⁉︎……!』
誰かが悍ましさに耐えきれず叫ぼうとした寸前にヌルイちゃんは前に出て、何処の国とも分からない言語で話し掛けると、怪物は先ほどまでの殺意が消え失せて戸惑いの眼に変わりました。
『ああ、帝国訛りが気に入らないのなら失敬。ですが警戒心は解かずに結構。しっかり敵ですから』
『…‼︎ ………⁉︎』
『なに、そんな筈は? はは、失礼。可笑しな話だ。自らの神を疑うとは。
結論から言えば、"過去と現在を渡れる神が、過去の信徒を連れ出さない訳がない"というだけの話。
ちょっと信仰が甘いんじゃないかね? 君、顔付きからして「デネン」の子孫か? はは、驚いてるな。その間抜け面は何年経っても引き継がれてるらしい。1917年の戦争開幕、景気良くぶっ放されたアレで死んだ人間でも案外分かるものだ!』
『……‼︎………!』
『…ですが、あなた方しか乗れない筈の船に、私のような親善PR用外務官でしかない存在を乗せたのは其方の神様だ。
国家同士が友好的になるならと
分かるぞ。
私はこの世界の事情は一市民の範疇でしか知らないが、移民はいつだって非難と差別に囲まれる。国民にいい顔する為に年柄年中、家庭や腹を痛めて産んだ我が子の前でだって演技を続けた身として、獣の国に訪れた帝国民が少しでも差別されないように努力して来たからこそ言える。
君達は間違えた。
もう二度と、彼らがあなた達を受け入れる事はない。
既に君の、私の神は…この世界を風船みたいにパーンと弾かせるような、死なば諸共の行いを!!
例え不本意であったとしても、やってしまった……宣戦布告もせずに攻撃したんだ。
分かるか? 分かってくれ、君が彼の子供か孫かは知らないが、私よりも後の世を生きたなら、私よりも賢明である筈だ。
現に、私は数多の殺戮の末に奇跡的にこの世界に適合し、この世界の無垢な子供の身体を与えられたが、その為にこの世界の人が何百万が死んだ……かなり、応えたさ。
水と油さ。神は間違え、決して相慣れない世界に私達を降ろそうとしている。
だから、獣でなく人であるなら……どうかここで死んでくれ。
君を守っている神の愛と共に、立ち去るんだ。
頼むよ、人が死ぬのは……見たくないんだ』
『──────…』
『…そう、か。ならば正々堂々だ。首に一筋入れる。それで決着だ』
怒涛に捲し立て、人の内側に入ろうとする雰囲気だけは感じ取れました。
今まで見た事もないほどヌルイちゃんは感情的に喋って、表情を変え、手振り身振りで怪物に言葉を重ねてて。
何を言ったのかは分かりません。
だだ、それでも怪物は悩んだ末に武器を手にして、代わりに被っていた鼻の皮膚を脱いでヌルイちゃんの前に……ゾウの獣人、その本体が現れたんです。
「かなり嘘で通しましたが、交渉は成功です。お互い先に首を刈った者が勝ち。私が礼をしたら全力で不意打ちしてください。勿論これは反則なので、バレない自信がある方のみご参加を」
「なんて言ったんですか?」
「少しばかり向こうの事情を知る機会がありまして。経歴詐称を始めに諸々を。素直な方でしたよ」
伝えたのはそれだけ。
明らかにあの言葉の数に合わないもので、騙してその条件を勝ち取ったと自ら自白したんです。
私達はお互いの顔を見て本当のことを伝えるか、伝えられるかと考えて…結局自分の命を優先して彼女の勝ち取った条件を飲み込んだんです。
『──……』
『ええ、ええ。さようなら』
私による壁から生やした斬撃に、ヌルイちゃんがタイミング良く腕を腹立て、それで終わりでした。
今までの怪物達が何だったのかと笑えるくらいアッサリで。
「では荒野へ…なに、出口がある?
その前に残りの
本に寄れば、でなければ現実に怪物が溢れてしまうそうです。正しいか確かめる術は有りませんがやるに越したことはないでしょう。
──では、空の旅をお楽しみ下さい」
このダンジョンも今までの絶望は何だったのかと言えるほどサッパリと崩れていったんです。
……どこか罰の悪そうな顔をした、みんなの後味の悪さとは反比例して。
それから私達がダンジョンから現実に帰還したのは数時間後。
荒野が夕焼けと共にグラウンドへと戻っていきました。
……やれやれ、結局遊ぶ余裕も無く終わっちゃいましたか。残念と言えば残念ですねぇ。
でもワクワク出来たし、ヨシとしましょうか…?
「お客様、お帰りのお時間です。
ご存知でしょうが、店から出れば何が有ろうと当店に責任は御座いません。
これから雨に濡れるとしても、傘を売れるのは今だけです……なに、もうお金がない? 食事代と宿代に?……宜しい、借金してでも買いたい人は居ないということで。
そうだ、Ms.痣涙シェフはコチラを。退職金代わりの当店専用のレインコートと傘、お土産にこの「印」を──…」
「はわ、は、わわわ、わわわわ…!!」
そういえば直前は特にヌルイちゃんは忙しなかったな。
なんでだろう、何故かあの姿が引っかかって、意識に残る。
なにか、ヌルイちゃんに意識が行って忘れてることがあるような…?
……そう。
$ 校庭 朝
「──あ、雨だ」
私達は……私はすっかり忘れていた。
「──く讐の始まりダァァァあアああアア!!!!」
このダンジョンは、誰が発端だったのかを。