3月%日
店長にコインを見せたら驚かれた。結構良かったっぽい。
初めての仕事にしてはよくやれたらしいと喜んでいたら20万渡された。
今度は私が驚く番となった。サキュを使った分を差し引いて余った分の給料なのだと。
返済出来たのでその場を去ろうとしたが、今後もここで働かないかと言われた。
お金に興味はないが、昨日の夕焼け鬼ごっこがずっとなのは嫌なのでやる事にした。
アレを殺せるくらいには此処で鍛えるのが1番良いと考えた為だが、重要なのはそんなことではなく。
今日、初めて男の腹筋を見てエッチだと思った。
昨日は仕事で忙しかったが、私はサキュの特徴を手にしている。
なので何が出来るか確かめた。
新しく滑空と尻尾で日記を書くのは上手くやれた。
既存で強化されたのは噛む力、夜眼、バランス感覚。
明確に変わったのはタフネス、持続力、存在感。
昨日の1時間マラソンもそうだったが、思考が鮮明のまま息を切らさず走り切れた。
存在感の方は…これまで自覚はなかったが、どうやら私は元々影が薄かったらしい。普段の十倍里親と話した気がする。
想像していたスーパーパワーより地味だが、長期間の運動が得意となったのは便利である。
地味に器用になった気もするので、暫く絵に挑戦して上達の早さを検証しよう。
地図に可愛いランドマークとか描いてみたかったので期待は大きい。
血の匂いを嗅ぎ分けられそうな気配がするので、こっちも何かに使えそうだ。
家の掃除の手伝いを終わらせてスキル屋に行って、店長に昨日の追いかけ回された夕焼けの影に勝てる強さが欲しいと言った。
その後スキル採取の結果を報告しつつ聞いた話をまとめると、「経験を積め」となった。
なので今日はヌルイ店長監修の下、探索済みのダンジョンでスキル採取をした。
そんな要望通るのかと言う話は、その分裏手の機材準備を手伝う形で手を打った。
ダンジョンとはヌルイ店長が見つけた変な空間の事だ。
普段私が通ってた道のように変なやつが棲みつき、空間やら何やらがねじれた場所を異界とヌルイ店長は勝手に言っているらしい。
折角なので私もそう言う事にした。
個人的には異界の方が好ましいが。
「スキルは同じ変なのからは一度しか採れない。
逆を言えば、採って同時に弱ったのは同じ個体だな。
採った力は復活したりしないから、ユニークな奴から取れるスキルもユニークになる」
こんな話をダンジョンに入る前に頂いた。
つまりこの前の『停止観念』は全部で同一個体だった事になる。
どんな気持ちで私が蹴るまで隠れてたのだろうか。
見つけ次第力を採取していたが、道理で最初利用しても上手く行かなかった訳だ。
影の力をまだ吸い切れておらず、力をある程度吸った停止。
ぶつかり合えばどうなるか道理のまま。
手当たり次第だと後で大変な事になる。
覚えておこう。
店長に言われるまま、店の奥にあった石ころに触れると電柱が雑木林の如く無秩序かつ密集して生えた場所に出た。
初期状態は店長と共に同じ電柱に触れており、店長の服装から手袋越しでもこうなるようだ。
「私はここを電柱森林と呼んでてね。
魔物の落としたアイテムには記憶が宿るケースがある。
触れることでかつて生きていた時の光景が再現されるんだ」
らしい。店長は変な奴を魔物と呼称する。
かつて生きていた光景にしては現代的だが、それはこの世界の近いもので代用されているかららしい。
同じテクスチャが無いから近いのを選んでいるそうだ。
本来は石の竹の森で有ったとも。
仮にその理論が正しいとして。
誰が選んでいるかは不明だが、そこで竹ではなく電柱を選出した辺り、共通項は形ではなく材質と役割ではないだろうか。
「コンクリートで、安全にエネルギーを運ぶセーフティの何か」で、本来の形と電柱の適合率が高いもの。
逆説的だが、石の林という強引な当て嵌めよりは近くなるだろう。
私の推測だが仮に店長のファンタジー観に則るなら電気の代わりに魔力。
謂わばこの電柱林は「送魔網」と呼べるものの一部ではないだろうか。
そのように考えた所、数分間の地震と深い霧の発生の後、それらが収まった後に電柱森林は未知の物体へと変化した。
電柱はローマ神殿の柱のように変化し、送電線は消え、代わりに水晶に近い中心部が光るオブジェが柱の上に設置されていた。
地面は一部穴…中の廃品、構造から直感的に塹壕のような役割を持っていた節が見られる。
深さは1m80cmはあった。異世界とやらには砲撃があったようだ。
この際店長はひっくり返ったり、何が起きたと騒いでいたが、仮説だが誰が当て嵌めたか理解が進んだ気がする。
この領域は確かに本来の姿がある。
それを当て嵌めるのは侵入者であり、より本来の姿に近いイメージを優先して更新する。
本当の姿を見い出すなら洞察力の高い者が同行するか、大量の視点を取り入れてみるのが良いだろう。
奇しくも店長の言うダンジョンという言葉は合っている現象だ。
入る者によって姿を変える。探索し理解を深めるほど奥へと広がる。
不安定な空間として実態との剥離はしてない。
結局その日は簡単に周囲を探って終わりを迎えた。
店長も知らない現象が起きたのもあるが、店長の知らない変なのが出たのもある。
対象は毛深い人型で、頭部は兎に近く得物を持っていた。
得物の形状は槍に近く、同時に儀式的な模様や杖に近い要素もあった。
店長曰く元々居たのは普通の兎であったらしい。土地の変化に合わせて本来の姿を取り戻したのだろう。
予定では兎から力を採取する筈だったが撤退となった。
採取道具のルーペは対象の5m近くまで寄り、コインをルーペに嵌めてかざし続ける必要がある。
対象の生死は問わないらしいが、戦闘中に行うのは非推奨だろう。
優れた隠密能力があれば事前にやれるかも知れないが、人がコインを使えるのは三度まで。
未加工品なら一つこっきりらしい。私も店長も既に枠は埋まってる為この策は出来ない。
その後は店の用意を手伝い退勤となる。
途中汗に耐えられず店長が上着を脱いでいたが、想像と異なり腹筋が薄らと割れていた。
美男子系の容姿であるが、当たり前と言えば当たり前だ。
この仕事で肉体労働が出来ない筈がない。
幸い夕焼けの影は部屋に居る限り私が見えてないようだ。
日暮れギリギリに窓を開けて照らされた途端追いかけっこが始まった為、窓による屈折程度で対象が見えなくなる可能性が高い。
今後力を着けるまで夕焼けの際は室内に居るべきだろう。
3月末日
そろそろ学校が再開するので準備しよう。
バイトの方は暫く調査に専念したいと言われたので、来ても仕事は与えないと言われている。
もう暫くは超常現象と関わらない生活が続くだろう。
4月○日
二年生となった。クラスはB。
久々に人の集団を共にして発覚した事実がある。
店長と比べると全員から美味しそうな香りがした。
気分としてはよく動いた後の食堂だろうか。朝食を食べたにも関わらず腹の虫が鳴り続けていた。
人の精を食う存在だとは聞いていたが、どうやら老いた者より若者の方がこの身体は好ましいらしい。
とはいえ私が使ったスキルは種族を変える物ではなく、その特徴を無作為な数だけ得るもの。
未加工品は身体的特徴の他に精神的な物も含む。
私はこの得る数は上振れたが、その中に精神的な物もあったのだろう。
完全に変化した訳ではなく、衝動はあっても吸う力はない。
原典は夢から取っていたが、仮に性行為や人肉食に及んだとしても満たされる類いの感情ではない。
そのような肉体的、超常的器官は確認出来なかった。
私は元々欲は薄い性格であったので耐えられたが、元々欲が大きい人はこれ以上の衝動を感じるのだろうか。
検証は出来ないが、この性欲と食欲が混ざった独特の感覚は学校生活では不便なものだ。
しかし他人の顔を覚えられるようになったのは利点だろう。どんな欲求であれ興味は強く記憶に結び付くらしい。
今後就職に役立つ事だろう。人として成長したと言えるから。
そのおかげか、いつも私に声を掛けていたらしい女子の顔と名前を覚えた。
鹿田櫛、サンドイッチの匂いがする同級生。顔は見ないと思い出せない。他の特徴は忘れた。
辛うじてなんかキラキラしてたのは覚えている。多分飾り付けが沢山あったのだろう。
これまでそのような事をされた記憶はないが、前は人に興味は無かったので確かめようがない。
だが相手の写真には私とのツーショットがあったのでそういう人が居たのは事実だろう。
私のそっくりさんがこの学校には居るらしい。
信じはしない。
私はここ最近まで、具体的には迷路を作る変なの1号2号せいで常に迷子になりながら帰っていた。
近所の奴は力を吸ったので道もスッキリしたが、そんな状況で他人と関わる時間はない。
そもそも疑問なのだが、他の人はどうやって迷子にならず過ごしてるのだろうか。
なので明日はサキュの特徴を出して過ごしてみよう。
一部だけ、頭部の羽だけ出せば誤魔化しも出来る。
認め難いがサキュの特徴を出さないと他人に気付かれにくいのが私だ。
存在感もあればアンケートも簡単に集まる事だろう。
最近夢の中で店長に連れられたダンジョンに似た場所を彷徨っている気がする。
何かあるかもなので枕元に色々置いてみる事にした。