「ごめんください、誰か居ませんか?」
あの小さな変人がやってきたのは何でもない昼下がりの午後の事だった。
私が開店準備をしていた時に聞こえる筈のない声に、慌てて表に向かったのを覚えている。
「…? 気のせいか?」
しかし店の前を見渡しても誰も居ない。
不思議を思いながら中に戻ると、そこにはさっきまで居なかった筈の
「え えっえ、え誰ですかあなた⁉︎」
最初、私はそれが人間だとこれっぽっちも思いませんでした。
格好こそ現代的な普通の服でも、紅い目に悪魔の翼を広げて、ゆらりと怪しげに尻尾をゆらつせているんです。
その後話し合って間違って商品を使った人と分かっても、暫く信用なんて出来ませんでした。
だって、彼女が使ったっていうスキルはDクラス。
分かってる範囲では「他種族の特徴をランダムで獲得」という、普通ならキメラになる品物。
それが全て悪魔のものに偏って、その上7〜9個も獲得する……どれだけ運が良ければそうなるか検討も付きません。
「寧ろ、偏る何かを持っている方が自然とさえ言えるんですよ⁉︎」
「興味がおありのようですね。調べたいなら私を雇ってみますか? 商品の方も使っちゃいましたし」
「や、それは……けど興味ありますし…うーん…」
結局私は彼女を雇ってみる事にしました。
代金分働かせてはどうかという彼女の主張もそうですが、1番の理由はその只者では無さそうな神秘性に惹かれたから。
私達とは別世界を生きている雰囲気が最大の決め手でした。
「採ってきました。確認をお願いします」
そして……その直感は直ぐに証明されました。
彼女がいつも通っているという「道」に居た魔物から採ったという3つのスキルによって。
スキルとは、私が個人的に名付けた不思議な力の総称。
段階的な強さがあり、私が唯一持つスキル、『
26段階。丁度A〜Zで分けられるこの力の大半は何かに役立てる事はなく、Gから辛うじて何かの役に立てるんです。
私のスキルはG以下を合体させて使い物に出来ますが、そうでなければG以下はゴミでしかない。
自然に産まれるスキルの大半はそうやって何かに役立つ事もなく消えていきます。
「スキル採取はそういうのを集める物なんですか?」
「逆ですね。私の加工以外で存在するGクラス以上を採ってくるのがスキル採取です」
この世界にはいつから有ったのか、時として不思議な空間と存在がいる。
どちらが先かは不明ですが、そういう場所にいる存在は決まってスキルを持っていて、偶然にも私はそれを採取する為のアイテムを造る材料がありました。
それが「
レンズに映った魔物に宿る力を分解しレンズに集め固める収集装置。
ルーペに似た形状の、彼女がコインと呼ぶものは全てこの鏡であり、使用者が相手を理解するほど多くの力を集められるマジックアイテムなんです。
本来は私が集めた些細なスキルを保管する用途で使っていたもので……採取出来ると気付き作ったのは最近も最近。
ちゃんと使える事だけ試したっきり倉庫の奥で埃を被っていたもの。
そんな事をしなくとも私のスキルで集めて形を作ってやればよかったので、用途が無かったんですよね。
「これは…「空間を湾曲させる」スキルに「人避け」のスキル! クラスで言えばC、上から3番目の上等品!
こっちに至っては「影」其の物‼︎ 半分概念に片足突っ込んだBクラス!加工の腕が鳴りますね‼︎」
渡されたものはどれも相当なスキルでした。
空間、認識、影。創作で大抵強者が使うものは現実でも強く、彼女はそんな物を涼しい顔で渡して来たんです。
「ごきげんよう、Mr.ヌルイ」
「待って下さい‼︎ 此処でもっと働いてみませんか⁉︎」
その上騒いでる私を気にも止めず一言だけ告げて去ろうとするものですから、私は慌てて過剰な分だけ余ってたスキルを金銭に
確信しました。彼女は間違いなく
「あなたには才能がある‼︎
悪い話じゃない筈だ、だってこんなものを手に入れるには相当危険な橋を渡る必要がある!
今後付き纏われるだろう因縁の一つや二つ、身に覚えは⁉︎」
「あるけど、困ってるだけ」
「だったらここで経験を積みましょう‼︎ 私にはあなたを鍛える用意がある!」
私はこのスキルを生まれ持ってこの世を生きて来ました。
粉塵の様に舞う力を集めるレンズを創り、それを加工しより大きな力にも、金銭にも変えられる。
自分の為だけに使えば何も不自由なく暮らせるだけの力があるのにスキルを売るなんて危険な事をするのは、自分に似た存在を探し、見つける為でした。
孤独だったから、私は周波数の海に当てもなくモールス信号を送る遭難者の様に、スキルを目印としてばら撒こうとした。
自分と同じように不思議な力を持つ
私が与えたスキルじゃない、元から
「……どうでしょう、悪い取引ではないと思いますが」
そんな、私の熱烈な
「そんなに強く手を握らずとも私は零れませんよ、Mr.ヌルイ。
では、お言葉に甘えて」
小焼け色の雲の世界を歩むあなたの足を止めるのに値しました。
私とあなたの出逢いは、その様にして始まったんです。
でも……私がMrでないと言う機会を逃したのは、この時の私の唯一の失敗だったと思いますね。
「ご存知の方も多いでしょうし、名は言わずともいいでしょう。私です。
今年もよろしくお願いしますね、青若きミスター、ミズの皆々様」
そう微笑みながら軽く礼をして、音一つ立てずに礼儀正しく着席する様子を見て、きっと教室に居た全員の思考は一致した事だろう。
……と。
「あの子知ってる?」
「知らない。他の教室に居たのかも」
「えーでも何処かで見たら忘れないと思うんだけどなぁ…あの"赤い眼"」
「だよねぇ?」
私は鹿田櫛。少しだけ他人に興味がある普通の女の子!
特技は人の名前と顔と性格を沢山覚えられること!
そんな私が新学期早々1番気になってるのは、新しく学ぶ授業でも無ければ、音楽芸術の選択科目でもなく、いや最近流行りの服でも無く……友達がSNSで猫を飼ったと呟いたことでもなく!
「絶対無から生えた! あんな子が居たら私が友達になってない訳がない!」
「あー見た目がもうクッシのドストライクだもんね」
「それなぁ」
最近の成長著しい女の子と比べるとちっちゃくて、吸い込まれるような赤い…いや紅い眼で、八重歯がチラリと見えて、鴉の濡羽色のアンダーポニテの、何処か雰囲気が淡くて、その上お嬢様みたいだけど自然体な話し方の不思議ちゃん。
「ちな、そんな子見て今どんな気分なの?」
「推しが現実に出て来た気分‼︎ マジシネマ!」
「なんだっけ確か、夜灯橋チェマだっけ。推しVって言ってた」
「そう‼︎ クリソツ! ワンチャン中の人!」
「かわいいよねぇ」
自慢ではけど、私は同級生全員と話した自負がある。
更に言えば、割とオタク趣味であるという自認もある。
そんな私があんな運命感じる子に話しかけない訳がなくて、運悪く今日に至るまで見掛けなかったなんて事が事実だとすれば間違いなく運命と神様に恨み言のポストをせざるを得ないだろう。
「あーあ、一年前から友達だったらなぁ。そしたら4人でもっと楽しい一年を送れたろうに!」
「出た、クッシのもしもし
「1日引き摺りそうだねぇ、これは」
「う〜〜!」
どうしてどうして、なんでなんで。
そうやって引き摺って、立ち直った頃にはすっかり出遅れてるのが私の悲しき性分である。
良くない、全くもってして良くない悪癖だ。
そのせいで抽選も映画の席予約も先着5千人の応募にも全部出遅れて、いつも治したいと後からまた後悔する。
治したくてもキッカケがなく、いつも泣く泣く後列に並んでいた。
しかしそれでいいのか? キッカケとは自分で作る物では無いか?
なので私は決めていた。高校二年からは後悔してても直ぐに動こうと!
「決めた! 私変わるよ!」
「お?」
「今すぐ話しかける!」
「おぉ」
「見ててね…うし…スッー…でも1番の機は逃したし…」
「おら行くぞー」
「わ"あ"あ"アア…!」
「散歩先が動物病院だと知った犬」
「初動に依存し過ぎだろ。01気質が過ぎんだよっと!」
ズリズリと引き摺られ、私は彼女の前に連行され放り出された。
酷い、まだなんの用意もしてないのに!
「………」
「ええと……こ、こんにちはァ?」
ダメだ、声が上擦って初手を失敗した。
なんだぁ⁉︎ 傷が深い! もうダメだ私は此処で死ぬ! 応援を頼む!
「チラ……」
「サイゼの方行く?」
「や、モール。新しい子もいるなら択が多めがよき」
ダメだ既に私が成功する前提で話進めてる! 期待が重いよ!
ええいままよ!
「こんにちは! 私は鹿田櫛!
ほら、自己紹介。去年別クラスだったから名前しらなくてさ〜!
良ければ名前を教えて欲しいなぁって!」
「?」
あ〜キョトンとした顔も可愛い〜小動物みたい!
というか見れば見るほど推しとクリソツで死ぬ!
あ〜天国の扉が見える〜ゥ!!!1!!1
そんな荒れ狂う内心を私はなんとか抑えて改めて自己紹介すると、彼女は目の前に人が居るのに初めて気付いたような反応をして席を立った。
「ごきげんよう、Ms.鹿田。私は「みかん」
話しかけているのに気付かなくてごめんなさい。
人の匂いが多くて視る余裕が無かったの」
「……みかんちゃんだね、よろしく!」
マズい、想像の100倍カワイイに全振りした名前出て来た。
おかげで3秒もフリーズしちまったよ油断ならねぇ。
「あれ、上の名前は?」
「名前で呼び合うのはお嫌いだったようで」
「滅相もありません!」
メディック! 茶目っ気がすごい! すぐ来れますか!
「でも意外だね。私は背が低いから知られてると思ってた」
「それは…理由は兎も角私もそう思う」
「失礼、質問をおひとつ。私を見て1番特徴的なのは?」
ん? 畏まって変な質問…だけどここは率直な意見を一つ。
「紅い眼」
「"これでも"?」
途端、彼女は"消えた"。
目の前には誰も座ってない席があって、さっきまで楽しく話していたみかんちゃんは何処にも居ない。
「え、あれ…? みかんちゃん、どこに行ったの?」
「何処にでも」
「わっ⁉︎」
気付けば、彼女はさっきと同じ所に立ってて……さっきと違って、"灰色の眼"で悪魔の羽みたいな髪飾りを左右対称に付けていることだった。
あ、良く見れば八重歯も隠れてる。残念、可愛かったのに。
「えっなにカラコンだったり⁉︎ えっその髪飾りは何処から⁉︎」
「私の眼は体調と光の角度次第で赤く見えたりする。普段は灰色なんだ。
今日はいつもより気分が良くて調子が良かったみたい」
なんだぁ?その不思議体質。
人間びっくりショーで優勝出来ちゃうじゃん。
「そうなの⁉︎」
「そう……あ。
そろそろ帰る時間だね。楽しかったよ、Ms.鹿田。
家族以外に気付かれたのは久々だった」
「え、あ、ホントだ! え、あれ、時間ってこんなに早く過ぎたっけ⁉︎」
時計を見れば既に時間は18時を回ろうとしていた。
見れば私を待っていた友達二人は既に帰っている。
これはまぁしゃーないか。18時だし。いやでも早くない?
スマホ…やっぱり18時だなぁ? えぇでもマジで? 私話しかけたの16時前だったじゃん。
絶対2時間も使う会話してないよ?
「時間は値切り上手だから仕方ないよ。
必要な事をやれば、それ以外は自分の分にしちゃうんだ」
「えぇ…? でもまだ10分も…」
私のスマホを横から覗き込んだみかんちゃんが言う。
不思議な表現は素敵だけど覗きはやめて。
私壁紙を推しにしてるからみかんちゃんが観ると事態がややこしくなる。
慌てて電源切ったけど……バレてないよね、ね?
「巻き込んだのはごめんね。私はどうやら変なのに好かれてるみたいだから。
今日みたいに変なことに巻き込まれたくないなら、距離を取った方がいい」
戸惑う私を置いてけぼりにして、彼女はそう言って教室から出て行った。
「あ、待って!」
慌てて追ったけど、どうにも彼女はかくれんぼが大の得意らしい。
さっき見せたように気配は消えていて、何処を歩いているのか検討も付かなかった。
「……や、こんなに好奇心刺激しておいてそれは…無くない?」
思わずぼやいたのはそんな言葉。
特別な非日常の片鱗を見せておいて取り上げる彼女のイジワルな誘い受けに対する、ご無体だと縋る情けない言葉であった。