オレは二人が幸せな未来が視たいんや! 作:ラスアス最高
【 もしもの時用 最新版 】
どこから書いていいか分からない。いや、マジで分からん。遺書ってテンプレある? 前世で検索したことないんだけど。
まあいいや。
こういうのは、何もないときに書くからこそ、もしも用になるんだなって去年のオレが言ってた。去年のオレ、わりと賢い。今年のオレはもう少し賢い。たぶん。たぶんって書いてる時点で怪しいけど、そこは信じてほしい。
というわけで、最新版でーす。まず語るべきは、あるゲームについてかな。
『 The Last of Us 』
オレの人生を変えたゲーム。正確に言うと、前世の人生を変えたゲーム。もっと正確に言うと、今世の人生までがっつり変えたゲーム。
いや、変えたっていうか、巻き込まれたっていうか、気づいたら画面の中にいたっていうか。そこらへんの詳しい話は去年書いたからソコ見といて。
ちなみに、たぶん長い。あと、だいぶキモい。読みながら引かないでほしい。無理か。去年のオレ、たしかテンションが終わってた。良い意味で。
いや、良い意味って何だ?
……まあ、とにかく。
ジョエルとエリーが生きてるなら、勝ち。二人が同じ町で、喧嘩でも何でもできるなら大勝利。ディーナとジェシーとトミーも生きてたら、もう実質トロコン。
だから、これを誰かが読んでるなら。オレはたぶん、ちょっと失敗してる。でも大丈夫。大丈夫なはず。たぶん、なんとかしたはずだから。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
雪が降っていた。
ジャクソンの冬は、いつだって白い。屋根の上も、柵の外も、馬小屋の横に積まれた薪の山も、朝になると何もかも同じ色に沈む。世界の汚れを隠すみたいに、音まで吸い込んで、町全体を黙らせる。
その日もそうだった。白くて、静かで、息をすると肺の奥が痛かった。
わたしは墓の前に立っていた。隣にはディーナがいる。少し離れたところにジェシーがいて、マリアがいて、トミーがいて、何人かの巡回組が肩を並べていた。
ジョエルは、誰かに支えられるのを拒んで立っていた。
右脚は包帯と添え木で固定されている。顔には青黒い痣が残り、額には縫った跡があった。立っているだけで苦しいはずなのに、ジョエルは動かなかった。そこから一歩でも下がれば、自分の代わりに地面の下へ入ったジョンに顔向けできない。そんなふうに見えた。
棺は小さくない。けれど、大きくも見えなかった。
ジョンは十九歳だった。わたしと同い年で、うるさくて、軽くて、変な言葉をよく使って、妙に勘が鋭くて、巡回になると誰よりも頼りになるくせに、怪我をしても笑っている馬鹿だった。
その馬鹿が、箱の中にいる。わたしはそれを、まだうまく飲み込めていなかった。
神父はいなかった。この世界で、誰がどの神に祈るのかなんて、もう誰にも分からない。ジャクソンでは、葬儀のときに誰かが短く言葉を述べる。それで終わりだ。町は忙しい。悲しみは長く場所を取れない。
でも、その日は誰も急かさなかった。
マリアが少しだけ話した。ジョンは身寄りがなかったこと。けれど、この町の一員だったこと。巡回組として働き、何度も仲間を助けたこと。若く、無茶で、明るく、周りを困らせるのが妙に上手かったこと。
聞きながら、わたしは地面を見ていた。ジョンの墓穴の縁に、雪が積もっている。
白い。
あの日も雪だった。
吹雪の中、わたしはロッジへ向かった。遅かった。何もかも遅かった。扉を開けたとき、最初に血の匂いがした。銃声の残響。倒れた感染者。割れた家具。床に散ったガラス。壁に飛んだ血。
ジョエルがいた。生きていた。トミーもいた。生きていた。
そして、ジョンがいた。
ジョンは笑っていた。満面の笑みだった。信じられないくらい、馬鹿みたいに、満足そうに。
その顔を見て、最初に思った。
なんで笑ってるの。
次に思った。
起きろ。
最後に思った。
置いていくな。
どれも声にならなかった。喉が凍ったみたいだった。
「エリー」
隣でディーナが小さく呼んだ。わたしは瞬きをした。葬式は終わろうとしていた。
棺の上に土がかけられていく。雪と土が混じって、白と黒がまだらになる。誰かが花を置いた。誰かが黙って踵を返した。
ジョエルは最後まで動かなかった。
わたしはジョエルを見なかった。見たら、何かを言ってしまいそうだった。生きていてよかった。なんでジョンが死んだんだ。どっちも本当で、どっちも言えなかった。
ジョンの家は、町の端の方にあった。
家というより、小さな部屋だ。元は物置か作業小屋だったものを直して、寝られるようにした場所。ジョンはそこを気に入っていた。
「秘密基地っぽいじゃん」
前にそう言っていた。わたしは「寒いだけでしょ」と返した。ジョンは笑って、「雰囲気込みで勝ち」と言った。
勝ち。
ジョンはよく、その言葉を使った。飯がうまければ勝ち。弾が二発残れば勝ち。巡回で誰も噛まれなければ勝ち。ディーナの悪戯がマリアにバレなければ勝ち。ジェシーを雪玉で仕留められたら大勝利。ジョエルが機嫌悪そうにしながらもギターを弾いてくれた日は、なぜか完全勝利らしかった。
今思えば、あいつの勝利条件はいつもおかしかった。
わたしとディーナとジェシーは、マリアに頼まれてジョンの部屋を片付けに来ていた。身内がいないから。それが理由だった。
たったそれだけの言葉が、胸の奥で変に引っかかる。身内がいない。なら、わたしたちは何だったんだ。
鍵はかかっていなかった。
ジェシーが扉を開けた瞬間、冷たい空気と一緒に、ジョンの匂いがした気がした。古い木材、油、乾いた布、少しだけ薬品。あと、なぜかいつも持っていたミントの匂い。
部屋は散らかっているようで、妙に規則性があった。壁には地図。ジャクソン周辺の巡回路が赤と青で書き込まれている。棚には包帯、アルコール、縫合針、弾薬の空箱。机の上には分解しかけの銃と、途中まで削られた木片。ベッドの横にはブーツ。椅子の背には上着。
机の横には、雑な字で書かれた古い巡回表が貼られていた。
ジェシーとジョン。周りがいつの間にか、二人をまとめてJJコンビなんて呼び始めた頃のものだ。
ジェシーは毎回嫌そうな顔をしていた。ジョンはその顔を見るたびに、余計に気に入ったみたいに笑っていた。
リーダーシップのジェシー。若手実力派のジョン。
誰が言い出したのかは知らない。でも、いつの間にか町の中で定着していた。巡回に出る時も、物資運びの時も、何か面倒な仕事がある時も、誰かが冗談みたいに言った。
JJコンビに任せとけ。
ジョンはそのたびに親指を立てた。ジェシーはその横で、だいたいため息をついていた。
それがもう見られない。そのことが、急に胸を殴った。
まるで、ジョンが少し外に出ているだけみたいだった。今にも扉が開いて、「うわ、勝手に入ってる。エリー、家宅侵入って知ってる?」とか言いそうだった。
胸の奥がきつくなって、わたしは机から目を逸らした。
「……どこからやる?」
ディーナが言った。声は普段より少し低かった。
「服とか、使えるものは倉庫に回すってマリアが言ってた」
ジェシーが答える。
「武器と弾薬は巡回組。私物は……」
そこで言葉が止まった。私物。ジョンの私物。持っていく家族はいない。残す相手も、分からない。
「とりあえず、分けよう」
ディーナが言った。
「使えるもの。残すもの。分からないもの」
「分からないものが一番多そう」
ジェシーがぼそっと言った。ディーナが少しだけ笑いそうになって、すぐに口を結んだ。
わたしは黙って棚に近づいた。包帯が並んでいた。やたら多い。
「なんでこんなに持ってるわけ」
返事はない。当たり前だ。でも、頭の中でジョンの声がした。備えあれば憂いなし。あと怪我しても包帯巻けばだいたいなんとかなる。
「なんとかならなかったじゃん」
小さく言った。
ディーナがこちらを見た。わたしは棚の包帯を箱に入れた。乱暴に入れたつもりはなかったのに、箱の底で乾いた音が鳴った。
机の引き出しを開けたのはジェシーだった。
「……なんだこれ」
その声に、わたしとディーナは振り返った。
ジェシーは封筒の束を持っていた。五つ。どれも似たような茶色い封筒で、表にジョンの字がある。
もしもの時用 一年目。
もしもの時用 二年目。
もしもの時用 三年目。
もしもの時用 四年目。
もしもの時用 最新版。
息を忘れた。
「……あいつ」
ディーナが呟いた。
「毎年書いてたの?」
ジェシーは封筒を見下ろしたまま、眉を寄せた。
「らしいな」
「なんで」
自分の声が、思っていたより低かった。ジェシーは答えなかった。答えられるはずがない。
封筒の端は、きれいに揃えられていた。雑なジョンにしては、妙に丁寧だった。毎年更新していた。まるで、いつか必要になることを知っていたみたいに。
わたしは最新版と書かれた封筒を見た。開けたくなかった。でも、開けないままにはできなかった。
「読む?」
ディーナが聞いた。
わたしは頷いた。
指先が冷えていた。封筒を開けると、中には折り畳まれた紙が数枚入っていた。ジョンの字は、見慣れたものだった。少し大きくて、ところどころ勢いが余っている。真面目に書いているのに、どこかふざけて見える字。
紙を広げた。最初の一文を見た瞬間、喉が詰まった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
どこから書いていいか分からない。いや、マジで分からん。遺書ってテンプレある? 前世で検索したことないんだけど。
まあいいや。
こういうのは、何もないときに書くからこそ、もしも用になるんだなって去年のオレが言ってた。去年のオレ、わりと賢い。今年のオレはもう少し賢い。たぶん。たぶんって書いてる時点で怪しいけど、そこは信じてほしい。
というわけで、最新版。
まず語るべきは、あるゲームについてかな。
『 The Last of Us 』
オレの人生を変えたゲーム。正確に言うと、前世の人生を変えたゲーム。もっと正確に言うと、今世の人生までがっつり変えたゲーム。
いや、変えたっていうか、巻き込まれたっていうか、気づいたら画面の中にいたっていうか。そこらへんの詳しい話は去年書いたからソコ見といて。
ちなみに、たぶん長い。あと、だいぶキモい。読みながら引かないでほしい。無理か。去年のオレ、たしかテンションが終わってた。良い意味で。いや、良い意味って何?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……何これ」
ディーナが言った。冗談みたいな声だった。けれど、笑ってはいなかった。
わたしは紙を握る手に力を込めた。
The Last of Us。
聞いたことのない言葉。ゲーム。前世。
ジョンは時々、変なことを言った。選択肢ミスった、とか。今のイベント、絶対フラグだった、とか。弾薬管理は命、とか。聞き耳がどうとか。赤ゲージでも動けるならセーフ、とか。
わたしはそれを、ジョンの変な癖だと思っていた。ジョンはそういう奴だった。変な言葉を使って、変なタイミングで笑って、でも肝心なときには誰より頼りになる。
だから、深く考えなかった。
考えなかったことが、急に腹立たしくなった。なんで言わなかった。なんでちゃんと聞かなかった。どっちの怒りなのか、分からなかった。
「続き」
ジェシーが言った。
わたしは続きを読んだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最初に謝っておく。
たぶんオレは、みんなに言ってないことが多い。隠し事が多いのはよくない。これは分かってる。分かってるけど、最初に全部話そうとして大失敗したじゃん? 覚えてる人は覚えてると思う。
ジョエルには銃を向けられたし、エリーには「気持ち悪い」みたいな顔されたし、トミーには普通に監視された。マリアにはたぶん、脳内の危険人物リストに太字で登録された。いやまあ、あれはオレが悪い。
だって急に知らん奴が名前知ってて、過去知ってて、未来っぽいこと話してきたら、そりゃ怖い。完全に選択肢をミスった。
あの時のオレへ。
落ち着け。
まず信用を稼げ。
話はそれからだ。
あと、初手でソルトレイクって単語を出すな。馬鹿か?
以上、四年後のオレより。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
奥歯を噛んだ。覚えている。忘れるわけがない。
ジャクソンに来て間もない頃のジョンは、もっと変だった。初対面で、ジョエルの名前を呼んだ。わたしの名前も知っていた。ファイアフライのことを口にした。ソルトレイクという言葉を出した。
ジョエルの空気が一瞬で変わった。わたしはその背中に隠されるように立たされた。トミーもマリアも警戒していた。
ジョンは両手を上げて、必死に言った。
助けたいだけなんだ。
でも、その言葉は全然届かなかった。
あの頃のわたしは、ジョンを気味悪がっていた。同い年くらいのくせに、こっちのことを知った顔で見てくる。妙に優しい。妙に遠慮する。妙に必死。
何なの、こいつ。
そう思っていた。
それがいつから変わったのか、すぐには思い出せなかった。たぶん、ひとつの出来事じゃない。巡回で感染者の群れを避けた日。ジョンがディーナとくだらない賭けをして、罰ゲームで変な歌を歌った日。ジェシーと二人で真面目な作戦会議をしていると思ったら、ただの食料配分ゲームをしていた日。ジョエルにギターを教わるわたしを、離れたところからにやにや見ていた日。
少しずつだった。
ジョンは信用を稼いだ。本当に、行動で。その行動の中に、いつも自分を雑に扱う癖が混じっていたことに、誰も気づかなかったわけじゃない。気づいていた。でも、止めきれなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この町が好きだ。
最新版なので、ちゃんと書いておく。
ジャクソンが好きだ。朝に煙突から煙が出るところとか、馬小屋の匂いとか、誰かが焼いたパンをたまに分けてくれるところとか、子どもが走って大人に怒られてるところとか、夜になるとたまに音楽が聞こえるところとか。
ゲームでは見えなかった部分が、めちゃくちゃある。
ジョエルが不機嫌そうな顔で皿を拭いてるところ。エリーが眠そうな顔で朝飯を食ってるところ。ディーナが悪巧みしてる時の顔。ジェシーが真面目ぶってるくせに、わりとノリがいいところ。トミーが兄弟喧嘩するときだけちょっと子どもっぽくなるところ。マリアが怒ると普通に怖いところ。
そういうの、全部好きだ。好きになっちゃったんだから、しょうがない。
だから守る。
ここ重要。テストに出ます。
いや、出ないけど。出るとしたら配点デカいです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……馬鹿」
声が震えた。
ディーナが何も言わず、わたしの肩に触れた。振り払わなかった。
紙の上のジョンは、あまりにもジョンだった。軽い。ふざけている。でも、どうしようもなく本気だった。
この町が好きだと書いている。みんなが好きだと書いている。だから守ると書いている。その中に、自分が守られる側であるという発想がない。
わたしは続きを読んだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
エリーへ。
たぶん、これを読んでる時点で怒ってると思う。まず謝ります。ごめん。でも、あんまり怒りすぎないでほしい。いや、無理か。エリーだし。
エリーは怒っていい。
むしろ怒ってくれた方が、なんか安心する。怒ってるエリーは生きてるエリーなので。うん。書き方が悪いなこれ。怒るな。いや怒っていい。どっちだよ。
ただ、ジョエルとはちゃんと話してほしい。これ何回も言った気がするけど、もう一回書く。
喧嘩してもいい。許せなくてもいい。でも、生きてるうちに怒った方がいい。死んだら、文句も届かない。これはマジ。
あと、ディーナに変な意地張るなよ。お前、意外と分かりやすいからな。いや、これはオレが言うことじゃないか。でも書く。書いたもん勝ち。
エリー、ちゃんと生きろよ。
これは命令じゃなくて、お願い。
あと、たまには飯をちゃんと食え。朝飯をコーヒーだけで済ませるな。ジョエルが心配するし、オレも心配する。心配係が増えると面倒だろ。だから食え。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そこで読むのを止めた。紙の文字が滲んだ。
泣いていない。そう思った。泣いていない。まだ。けれど、文字が揺れて読めなかった。
「貸して」
ディーナが静かに言った。
わたしは首を横に振った。
これは自分が読むべきだと思った。ジョンが勝手に書いた、勝手な言葉だ。勝手に死んだ奴の、勝手なお願いだ。だから、自分が読まなきゃいけない。
そう思った。思ってしまった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ディーナへ。
エリーを頼む。
って書くと、なんかすげえ雑に押し付けてるみたいになるな。違う。エリーは荷物じゃないし、ディーナも便利な支え棒じゃない。怒られそう。主にディーナに。
でも、たぶんディーナが一番近くにいる。だから頼む。
あと、ごめん。たぶんオレ、ディーナとはもっとバカできた。
倉庫の上から雪玉落とす作戦、あれ来年やろうと思ってた。ターゲットはジェシー。理由は反応が良さそうだから。真面目な顔で「誰だ」って言うタイプ。絶対おもしろい。
もしできそうなら、代わりにやっといて。
でもマリアにはバレないように。バレたら普通に怒られる。怒られた場合は、全部ジョンのせいですって言っていい。死人に口なし。いや、この使い方はたぶん違う。
あと、エリーのこと。正直、オレはよく分かってない。
ディーナがエリーを見る時の顔も、エリーがディーナを見る時の顔も、たまに分からんふりした方がいい気がしてた。そこにオレが混ざってたのか、ただ横で騒いでただけなのかも、分からん。
でも、ディーナ。エリーの隣にいてくれてありがとう。
これは本当に。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……最低」
ディーナが言った。
今度は本当に少しだけ笑った。笑って、すぐに顔を歪めた。
「最低だよ、ジョン」
その声に、胸が痛んだ。
ディーナとジョンはよく一緒に馬鹿をしていた。わたしが呆れる側で、ジェシーが巻き込まれる側。ディーナとジョンは悪友だった。二人でくだらないことを思いついて、実行して、怒られる。
その様子を見るのが好きだった。少しだけ、嫌でもあった。
ディーナが笑っているとき、その隣にジョンがいるのが自然すぎて。ジョンがわたしの隣にいるとき、ディーナが少しだけ見ているのにも気づいていた。
何だったのか、もう分からない。分からないまま、ジョンは死んだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジェシーへ。
お前はたぶん、この中で一番怒ってる。いや、エリーの方が怒ってるかもしれない。でも、種類が違う気がする。
ジェシーはたぶん、オレのことを「また変なことしてる」って顔で見てる。分かる。よく見てたもんな、その顔。あの顔、便利だよな。言葉にしなくても「馬鹿か?」が伝わる。省エネ。
正直、お前にはかなり助けられた。巡回でも、普段でも。
リーダーシップのジェシー。若手実力派のジョン。
頭文字が同じだからって、周りからJJコンビとか呼ばれ始めた時は笑った。いや、何その雑な命名。
でもオレは結構気に入ってた。だってちょっと強そうじゃん。JJコンビ。いや、語感だけなら完全に軽いバンド名だけど。
ジェシーは毎回「やめろ」って顔してたよな。悪い。あれ、たぶんオレが気に入ってたせいで定着した。
でも、嫌いじゃなかっただろ?
……いや、そこは分からん。オレの願望かも。
もしオレがなんかやらかしてたら、みんなに説明してほしい。オレはたぶん、説明が下手だ。あと、真面目な話を軽くする癖がある。軽くしないと重すぎて持てない時ってあるじゃん。まあ、お前なら分かるだろ。たぶん。
だから代わりに頼む。
オレは、みんなが思ってるよりちゃんと考えてた。でも、みんなが思ってるより馬鹿でもあった。
このへん、いい感じに訳しといて。
翻訳担当ジェシー。任せた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジェシーは黙っていた。
いつものジェシーなら、何か言ったはずだった。何だよその雑な頼み方、とか。自分で説明しろ、とか。JJコンビは認めてない、とか。
でも、何も言わなかった。ただ、机の端を見ていた。
わたしはジェシーを見た。ジェシーは目を逸らさなかった。
その顔を見て、思った。ジェシーは分かっていたのかもしれない。ジョンの軽さが、ただの軽さではないこと。ジョンが自分を何かの数に入れていないこと。
ジェシーはずっと近くにいた。巡回では、二人で組むことも多かった。だから周りがJJコンビなんて呼んだ。ジョンは笑って受け入れた。ジェシーは嫌がるふりをして、それでも結局、ジョンの隣に立っていた。
ジョンがどんな判断をするのか、誰より見ていた。それでも、止められなかった。
そのことが、今ジェシーの顔に出ていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジョエルへ。
まず、ごめん。
たぶんめちゃくちゃ怒ってると思う。いや、怒ってないかもしれない。ジョエルは怒る時、顔が怖いから分かりやすいけど、本当に怒ってる時ほど静かになるタイプだと思ってる。
なので、これを読んで静かだったら、逆に怖い。できれば何か言ってください。いや、言わないか。ジョエルだし。
えっと。
あなたには、たくさん言いたいことがある。でも、だいたい去年書いた。ソコ見てください。最新版で同じこと書くと、長くなるので。あと、去年の方がたぶん感情が重い。読む時は座って読んだ方がいいと思います。腰とか脚とか大事にして。
ただ、一個だけ。
生きててくれ。
エリーと話してくれ。
それで、できればギターを続けてくれ。
オレ、ジョエルのギター好きだった。
あと、エリーのことになると露骨に父親面するの、わりと面白かったです。娘はやらんぞって顔、何回かしてた。
いや、オレ別にそういうつもりで近づいてたわけじゃないからな?
……ないよな?
ないと思う。たぶん。
いや、うん。今そこ考えるのやめよう。遺書でやる話じゃない。たぶん。
まあ、そのへんは置いといて。
ジョエル。あなたとエリーが生きているなら、オレは勝ちです。
あの二人が同じ町にいて、ちゃんと話せる未来があるなら、それだけで勝ちです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
息を吸った。吸ったのに、足りなかった。
あなたとエリーが生きているなら、オレは勝ちです。
その一文が、頭の中で何度も鳴った。
ジョエルは生きている。わたしも生きている。だから、ジョンの中では勝ちなのだ。そう書いてある。はっきりと。
紙を破りたくなった。
馬鹿。
勝ちじゃない。
全然勝ちじゃない。
ジョエルは生きている。トミーも生きている。ディーナも、ジェシーもいる。アビーも、あの場にいた何人かも死んだ。そしてジョンも死んだ。
その結果、何が残った。
ジョエルは立っているだけで痛む身体になった。トミーは悪夢で眠れない。ディーナは笑おうとして途中で止まる。ジェシーは軽口を飲み込む。わたしは、あの満面の笑みが頭から離れない。
ジョンだけが、勝ったつもりでいる。
死んだくせに。
勝手に。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最後に。
これを読んでるってことは、たぶんオレは失敗してる。でも、成功もしてるはず。そうじゃなきゃ、これを読む余裕なんてないと思うし。
ジョエルとエリーが生きてるなら、勝ち。二人が同じ町で、喧嘩でも何でもできるなら大勝利。ディーナとジェシーとトミーも生きてたら、もう実質トロコン。
みんな強いし、なんとかなる。
たぶん、オレがいなくても大丈夫。
いや、こう書くと怒られそうだな。特にジェシー。あとエリー。ディーナも怒るか。ジョエルは静かに怒る。トミーはため息つく。マリアは普通に怖い。
……怒る人、多くない?
でも大丈夫。大丈夫だと思う。
だから、これだけは書いとく。
オレのために死ぬなよ〜。
いやマジで。それやられたら、オレの頑張りが全部バグるから。
あと、復讐とかマジでめんどくさいからやめろ。
誰も得しない。ほんとに誰も得しない。殺した方も、殺された方も、追いかけた方も、待ってる方も、全部ぐちゃぐちゃになる。だから絶対すんなよ。
オレのために死ぬな。オレのために殺すな。オレのために人生をバグらせるな。
そんなことされたら、オレのジョエル生存ルートが台無しになる。
いや、正確にはジョエルとエリー生存ルートか。二人が生きて、話して、怒って、喧嘩して、仲直りするかどうかでまた揉めて、でも同じ町で明日を迎えるルート。
それが見たい。
オレが見れなくても、それがいい。
だから頼む。
復讐ルートには行くな。
あれはクソ長い負けイベントです。
経験者は語る。いや経験はしてないけど。まあ細かいことはいい。
とにかく行くな。
ジョンより。
追伸。
倉庫の上からジェシーに雪玉落とす作戦は、タイミング次第ではやっていいです。ただし復讐ではなく、悪戯として。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
読み終わったあと、誰も何も言わなかった。
部屋の中で、ストーブの火が小さく鳴った。外では雪が降っている。わたしは遺書を握ったまま、動けなかった。
オレがいなくても大丈夫。
その一文が、どんな刃物よりも深く刺さっていた。
大丈夫なわけがない。そう言いたかった。でも相手はもういない。怒鳴ることも、殴ることも、馬鹿と言うこともできない。
ジョンが笑っていた顔を思い出した。満面の笑み。あれは、謝罪ではなかった。後悔でもなかった。満足だった。
ジョンは本当に、うまくいったと思っていた。ジョエルが生きているから。わたしが生きているから。自分以外が生きているから。
それで全部、勝ちだと思っていた。
「……ふざけんなよ」
声は小さかった。けれど、部屋の中では十分だった。
「ふざけんなよ、ジョン」
ディーナが隣に座った。何も言わず、ただそばにいた。ジェシーは机の上に残された封筒を見ていた。
一年目。二年目。三年目。四年目。
まだ開けていない、ジョンのもしもの時用。そこには、もっと多くのことが書かれているのかもしれない。ゲーム。前世。未来。ジョエルとエリー。アビー。ロッジ。ジョンが何を知っていて、何を間違えて、何を勝手に背負ったのか。
でも、今は読めなかった。最新版だけで、もう息ができない。
「あいつは馬鹿だよ」
ジェシーが言った。
顔を上げる。ジェシーは泣いていなかった。でも、目が赤かった。
「あいつ、最後まで分かってなかった」
ディーナが唇を噛んだ。
「何を」
「俺たちの気持ち」
ジェシーは、机の上の遺書を見た。
「ジョンはさ、周りのことはよく見てた。エリーが怒ってる時も、ディーナが何か企んでる時も、トミーが無理してる時も、ジョエルが黙ってる時も。そういうの、あいつは変に気づくんだ」
わたしは黙って聞いていた。
「でも、自分がどう見られてるかは、全然分かってなかった」
ジェシーの声が、少しだけ掠れた。
「あいつ、自分のことをさ」
そこで一度、言葉が止まった。ジェシーは笑おうとした。失敗した。
「いなくなっても困らない、替えの利くやつだと思ってやがったんだ」
手の中で、紙がくしゃりと音を立てた。
「馬鹿だろ」
ジェシーは言った。
「ジョエルとエリーが生きてれば勝ち。俺とディーナとトミーが生きてればトロコン。そんな感じだろ、これ」
誰も否定しなかった。
「でも、そこにジョンが入ってない」
ストーブの火が、また小さく鳴った。
「あいつ、自分を数に入れてなかった」
ディーナが目を伏せた。わたしは遺書を見た。ジョンの字。軽い言葉。ふざけた言い回し。その奥にあった、どうしようもなく歪んだ計算。
みんなが生きているなら勝ち。自分は、そこに含まれない。
「JJコンビ、か」
ジェシーが小さく言った。
「俺は最後まで認めてなかったんだけどな」
そう言いながら、ジェシーは笑わなかった。
認めてなかった。その言葉は、たぶん嘘じゃない。でも全部でもない。ジョンならきっと、そこを笑って突いた。いやいや、ジェシーさん顔に出てますよ、とか言って、殴られる前に逃げた。
そんな声が、部屋のどこにもない。
「……なんで」
呟いた。誰に聞いたのか、自分でも分からなかった。ジェシーにも、ディーナにも、死んだジョンにも、自分にも。
「なんで、そんなこと思ってんだよ」
答えはなかった。
机の上には、まだ開けられていない封筒が四つ残っていた。もしもの時用。もしもなんて、もう来てしまったのに。
ジョンはそれを、きっと笑って書いていた。何もない日に。いつかのために。自分がいなくなった後のために。それなのに、最後まで分かっていなかった。自分がいなくなったら、誰がどんな顔をするのか。誰が泣くのか。誰が怒るのか。誰が、自分の名前を呼べなくなるのか。
わたしは遺書を胸に押し当てた。
紙は薄かった。信じられないくらい薄かった。こんなものに、ジョンの最後の言葉が乗っている。こんなものだけ残して、あいつは笑って死んだ。
外の雪は、まだ止まない。白い雪が、窓の向こうで静かに落ちている。
目を閉じると、またあの顔が浮かんだ。血まみれで、息もほとんどなくて、それでも心底嬉しそうに笑っていたジョン。
完全にうまくいった。
そう言いたげな顔。
奥歯を噛み締めた。
「勝手に勝ったことにすんなよ」
その声は、震えていた。
ディーナが背中に手を回した。ジェシーは黙って、机の上の封筒を一つずつ揃えた。
最新版。四年目。三年目。二年目。一年目。
ジョンが残した、五年分のもしもの時用。その一番上に、最新版の遺書が置かれる。軽くて、馬鹿で、どうしようもなくジョンらしい、最後の言葉。
オレのために死ぬなよ〜。
わたしは、もう一度だけその文字を見た。そして、小さく息を吐いた。
「ほんと、馬鹿」
誰も笑わなかった。
けれど、その言葉だけは、きっとジョンに届いてもいいと思った。