オレは二人が幸せな未来が視たいんや!   作:ラスアス最高

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第1話

 

【 もしもの時用 最新版 】

 

 どこから書いていいか分からない。いや、マジで分からん。遺書ってテンプレある? 前世で検索したことないんだけど。

 

 まあいいや。

 

 こういうのは、何もないときに書くからこそ、もしも用になるんだなって去年のオレが言ってた。去年のオレ、わりと賢い。今年のオレはもう少し賢い。たぶん。たぶんって書いてる時点で怪しいけど、そこは信じてほしい。

 

 というわけで、最新版でーす。まず語るべきは、あるゲームについてかな。

 

 『 The Last of Us 』

 

 オレの人生を変えたゲーム。正確に言うと、前世の人生を変えたゲーム。もっと正確に言うと、今世の人生までがっつり変えたゲーム。

 

 いや、変えたっていうか、巻き込まれたっていうか、気づいたら画面の中にいたっていうか。そこらへんの詳しい話は去年書いたからソコ見といて。

 

 ちなみに、たぶん長い。あと、だいぶキモい。読みながら引かないでほしい。無理か。去年のオレ、たしかテンションが終わってた。良い意味で。

 

 いや、良い意味って何だ?

 

 ……まあ、とにかく。

 

 ジョエルとエリーが生きてるなら、勝ち。二人が同じ町で、喧嘩でも何でもできるなら大勝利。ディーナとジェシーとトミーも生きてたら、もう実質トロコン。

 

 だから、これを誰かが読んでるなら。オレはたぶん、ちょっと失敗してる。でも大丈夫。大丈夫なはず。たぶん、なんとかしたはずだから。

 

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 雪が降っていた。

 

 ジャクソンの冬は、いつだって白い。屋根の上も、柵の外も、馬小屋の横に積まれた薪の山も、朝になると何もかも同じ色に沈む。世界の汚れを隠すみたいに、音まで吸い込んで、町全体を黙らせる。

 

 その日もそうだった。白くて、静かで、息をすると肺の奥が痛かった。

 

 わたしは墓の前に立っていた。隣にはディーナがいる。少し離れたところにジェシーがいて、マリアがいて、トミーがいて、何人かの巡回組が肩を並べていた。

 

 ジョエルは、誰かに支えられるのを拒んで立っていた。

 

 右脚は包帯と添え木で固定されている。顔には青黒い痣が残り、額には縫った跡があった。立っているだけで苦しいはずなのに、ジョエルは動かなかった。そこから一歩でも下がれば、自分の代わりに地面の下へ入ったジョンに顔向けできない。そんなふうに見えた。

 

 棺は小さくない。けれど、大きくも見えなかった。

 

 ジョンは十九歳だった。わたしと同い年で、うるさくて、軽くて、変な言葉をよく使って、妙に勘が鋭くて、巡回になると誰よりも頼りになるくせに、怪我をしても笑っている馬鹿だった。

 

 その馬鹿が、箱の中にいる。わたしはそれを、まだうまく飲み込めていなかった。

 

 神父はいなかった。この世界で、誰がどの神に祈るのかなんて、もう誰にも分からない。ジャクソンでは、葬儀のときに誰かが短く言葉を述べる。それで終わりだ。町は忙しい。悲しみは長く場所を取れない。

 

 でも、その日は誰も急かさなかった。

 

 マリアが少しだけ話した。ジョンは身寄りがなかったこと。けれど、この町の一員だったこと。巡回組として働き、何度も仲間を助けたこと。若く、無茶で、明るく、周りを困らせるのが妙に上手かったこと。

 

 聞きながら、わたしは地面を見ていた。ジョンの墓穴の縁に、雪が積もっている。

 

 白い。

 

 あの日も雪だった。

 

 吹雪の中、わたしはロッジへ向かった。遅かった。何もかも遅かった。扉を開けたとき、最初に血の匂いがした。銃声の残響。倒れた感染者。割れた家具。床に散ったガラス。壁に飛んだ血。

 

 ジョエルがいた。生きていた。トミーもいた。生きていた。

 

 そして、ジョンがいた。

 

 ジョンは笑っていた。満面の笑みだった。信じられないくらい、馬鹿みたいに、満足そうに。

 

 その顔を見て、最初に思った。

 

 なんで笑ってるの。

 

 次に思った。

 

 起きろ。

 

 最後に思った。

 

 置いていくな。

 

 どれも声にならなかった。喉が凍ったみたいだった。

 

 「エリー」

 

 隣でディーナが小さく呼んだ。わたしは瞬きをした。葬式は終わろうとしていた。

 

 棺の上に土がかけられていく。雪と土が混じって、白と黒がまだらになる。誰かが花を置いた。誰かが黙って踵を返した。

 

 ジョエルは最後まで動かなかった。

 

 わたしはジョエルを見なかった。見たら、何かを言ってしまいそうだった。生きていてよかった。なんでジョンが死んだんだ。どっちも本当で、どっちも言えなかった。

 

 ジョンの家は、町の端の方にあった。

 

 家というより、小さな部屋だ。元は物置か作業小屋だったものを直して、寝られるようにした場所。ジョンはそこを気に入っていた。

 

 「秘密基地っぽいじゃん」

 

 前にそう言っていた。わたしは「寒いだけでしょ」と返した。ジョンは笑って、「雰囲気込みで勝ち」と言った。

 

 勝ち。

 

 ジョンはよく、その言葉を使った。飯がうまければ勝ち。弾が二発残れば勝ち。巡回で誰も噛まれなければ勝ち。ディーナの悪戯がマリアにバレなければ勝ち。ジェシーを雪玉で仕留められたら大勝利。ジョエルが機嫌悪そうにしながらもギターを弾いてくれた日は、なぜか完全勝利らしかった。

 

 今思えば、あいつの勝利条件はいつもおかしかった。

 

 わたしとディーナとジェシーは、マリアに頼まれてジョンの部屋を片付けに来ていた。身内がいないから。それが理由だった。

 

 たったそれだけの言葉が、胸の奥で変に引っかかる。身内がいない。なら、わたしたちは何だったんだ。

 

 鍵はかかっていなかった。

 

 ジェシーが扉を開けた瞬間、冷たい空気と一緒に、ジョンの匂いがした気がした。古い木材、油、乾いた布、少しだけ薬品。あと、なぜかいつも持っていたミントの匂い。

 

 部屋は散らかっているようで、妙に規則性があった。壁には地図。ジャクソン周辺の巡回路が赤と青で書き込まれている。棚には包帯、アルコール、縫合針、弾薬の空箱。机の上には分解しかけの銃と、途中まで削られた木片。ベッドの横にはブーツ。椅子の背には上着。

 

 机の横には、雑な字で書かれた古い巡回表が貼られていた。

 

 ジェシーとジョン。周りがいつの間にか、二人をまとめてJJコンビなんて呼び始めた頃のものだ。

 

 ジェシーは毎回嫌そうな顔をしていた。ジョンはその顔を見るたびに、余計に気に入ったみたいに笑っていた。

 

 リーダーシップのジェシー。若手実力派のジョン。

 

 誰が言い出したのかは知らない。でも、いつの間にか町の中で定着していた。巡回に出る時も、物資運びの時も、何か面倒な仕事がある時も、誰かが冗談みたいに言った。

 

 JJコンビに任せとけ。

 

 ジョンはそのたびに親指を立てた。ジェシーはその横で、だいたいため息をついていた。

 

 それがもう見られない。そのことが、急に胸を殴った。

 

 まるで、ジョンが少し外に出ているだけみたいだった。今にも扉が開いて、「うわ、勝手に入ってる。エリー、家宅侵入って知ってる?」とか言いそうだった。

 

 胸の奥がきつくなって、わたしは机から目を逸らした。

 

 「……どこからやる?」

 

 ディーナが言った。声は普段より少し低かった。

 

 「服とか、使えるものは倉庫に回すってマリアが言ってた」

 

 ジェシーが答える。

 

 「武器と弾薬は巡回組。私物は……」

 

 そこで言葉が止まった。私物。ジョンの私物。持っていく家族はいない。残す相手も、分からない。

 

 「とりあえず、分けよう」

 

 ディーナが言った。

 

 「使えるもの。残すもの。分からないもの」

 

 「分からないものが一番多そう」

 

 ジェシーがぼそっと言った。ディーナが少しだけ笑いそうになって、すぐに口を結んだ。

 

 わたしは黙って棚に近づいた。包帯が並んでいた。やたら多い。

 

 「なんでこんなに持ってるわけ」

 

 返事はない。当たり前だ。でも、頭の中でジョンの声がした。備えあれば憂いなし。あと怪我しても包帯巻けばだいたいなんとかなる。

 

 「なんとかならなかったじゃん」

 

 小さく言った。

 

 ディーナがこちらを見た。わたしは棚の包帯を箱に入れた。乱暴に入れたつもりはなかったのに、箱の底で乾いた音が鳴った。

 

 机の引き出しを開けたのはジェシーだった。

 

 「……なんだこれ」

 

 その声に、わたしとディーナは振り返った。

 

 ジェシーは封筒の束を持っていた。五つ。どれも似たような茶色い封筒で、表にジョンの字がある。

 

 もしもの時用 一年目。

 

 もしもの時用 二年目。

 

 もしもの時用 三年目。

 

 もしもの時用 四年目。

 

 もしもの時用 最新版。

 

 息を忘れた。

 

 「……あいつ」

 

 ディーナが呟いた。

 

 「毎年書いてたの?」

 

 ジェシーは封筒を見下ろしたまま、眉を寄せた。

 

 「らしいな」

 

 「なんで」

 

 自分の声が、思っていたより低かった。ジェシーは答えなかった。答えられるはずがない。

 

 封筒の端は、きれいに揃えられていた。雑なジョンにしては、妙に丁寧だった。毎年更新していた。まるで、いつか必要になることを知っていたみたいに。

 

 わたしは最新版と書かれた封筒を見た。開けたくなかった。でも、開けないままにはできなかった。

 

 「読む?」

 

 ディーナが聞いた。

 

 わたしは頷いた。

 

 指先が冷えていた。封筒を開けると、中には折り畳まれた紙が数枚入っていた。ジョンの字は、見慣れたものだった。少し大きくて、ところどころ勢いが余っている。真面目に書いているのに、どこかふざけて見える字。

 

 紙を広げた。最初の一文を見た瞬間、喉が詰まった。

 

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 どこから書いていいか分からない。いや、マジで分からん。遺書ってテンプレある? 前世で検索したことないんだけど。

 

 まあいいや。

 

 こういうのは、何もないときに書くからこそ、もしも用になるんだなって去年のオレが言ってた。去年のオレ、わりと賢い。今年のオレはもう少し賢い。たぶん。たぶんって書いてる時点で怪しいけど、そこは信じてほしい。

 

 というわけで、最新版。

 

 まず語るべきは、あるゲームについてかな。

 

 『 The Last of Us 』

 

 オレの人生を変えたゲーム。正確に言うと、前世の人生を変えたゲーム。もっと正確に言うと、今世の人生までがっつり変えたゲーム。

 

 いや、変えたっていうか、巻き込まれたっていうか、気づいたら画面の中にいたっていうか。そこらへんの詳しい話は去年書いたからソコ見といて。

 

 ちなみに、たぶん長い。あと、だいぶキモい。読みながら引かないでほしい。無理か。去年のオレ、たしかテンションが終わってた。良い意味で。いや、良い意味って何?

 

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 「……何これ」

 

 ディーナが言った。冗談みたいな声だった。けれど、笑ってはいなかった。

 

 わたしは紙を握る手に力を込めた。

 

 The Last of Us。

 

 聞いたことのない言葉。ゲーム。前世。

 

 ジョンは時々、変なことを言った。選択肢ミスった、とか。今のイベント、絶対フラグだった、とか。弾薬管理は命、とか。聞き耳がどうとか。赤ゲージでも動けるならセーフ、とか。

 

 わたしはそれを、ジョンの変な癖だと思っていた。ジョンはそういう奴だった。変な言葉を使って、変なタイミングで笑って、でも肝心なときには誰より頼りになる。

 

 だから、深く考えなかった。

 

 考えなかったことが、急に腹立たしくなった。なんで言わなかった。なんでちゃんと聞かなかった。どっちの怒りなのか、分からなかった。

 

 「続き」

 

 ジェシーが言った。

 

 わたしは続きを読んだ。

 

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 最初に謝っておく。

 

 たぶんオレは、みんなに言ってないことが多い。隠し事が多いのはよくない。これは分かってる。分かってるけど、最初に全部話そうとして大失敗したじゃん? 覚えてる人は覚えてると思う。

 

 ジョエルには銃を向けられたし、エリーには「気持ち悪い」みたいな顔されたし、トミーには普通に監視された。マリアにはたぶん、脳内の危険人物リストに太字で登録された。いやまあ、あれはオレが悪い。

 

 だって急に知らん奴が名前知ってて、過去知ってて、未来っぽいこと話してきたら、そりゃ怖い。完全に選択肢をミスった。

 

 あの時のオレへ。

 

 落ち着け。

 

 まず信用を稼げ。

 

 話はそれからだ。

 

 あと、初手でソルトレイクって単語を出すな。馬鹿か?

 

 以上、四年後のオレより。

 

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 奥歯を噛んだ。覚えている。忘れるわけがない。

 

 ジャクソンに来て間もない頃のジョンは、もっと変だった。初対面で、ジョエルの名前を呼んだ。わたしの名前も知っていた。ファイアフライのことを口にした。ソルトレイクという言葉を出した。

 

 ジョエルの空気が一瞬で変わった。わたしはその背中に隠されるように立たされた。トミーもマリアも警戒していた。

 

 ジョンは両手を上げて、必死に言った。

 

 助けたいだけなんだ。

 

 でも、その言葉は全然届かなかった。

 

 あの頃のわたしは、ジョンを気味悪がっていた。同い年くらいのくせに、こっちのことを知った顔で見てくる。妙に優しい。妙に遠慮する。妙に必死。

 

 何なの、こいつ。

 

 そう思っていた。

 

 それがいつから変わったのか、すぐには思い出せなかった。たぶん、ひとつの出来事じゃない。巡回で感染者の群れを避けた日。ジョンがディーナとくだらない賭けをして、罰ゲームで変な歌を歌った日。ジェシーと二人で真面目な作戦会議をしていると思ったら、ただの食料配分ゲームをしていた日。ジョエルにギターを教わるわたしを、離れたところからにやにや見ていた日。

 

 少しずつだった。

 

 ジョンは信用を稼いだ。本当に、行動で。その行動の中に、いつも自分を雑に扱う癖が混じっていたことに、誰も気づかなかったわけじゃない。気づいていた。でも、止めきれなかった。

 

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 この町が好きだ。

 

 最新版なので、ちゃんと書いておく。

 

 ジャクソンが好きだ。朝に煙突から煙が出るところとか、馬小屋の匂いとか、誰かが焼いたパンをたまに分けてくれるところとか、子どもが走って大人に怒られてるところとか、夜になるとたまに音楽が聞こえるところとか。

 

 ゲームでは見えなかった部分が、めちゃくちゃある。

 

 ジョエルが不機嫌そうな顔で皿を拭いてるところ。エリーが眠そうな顔で朝飯を食ってるところ。ディーナが悪巧みしてる時の顔。ジェシーが真面目ぶってるくせに、わりとノリがいいところ。トミーが兄弟喧嘩するときだけちょっと子どもっぽくなるところ。マリアが怒ると普通に怖いところ。

 

 そういうの、全部好きだ。好きになっちゃったんだから、しょうがない。

 

 だから守る。

 

 ここ重要。テストに出ます。

 

 いや、出ないけど。出るとしたら配点デカいです。

 

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 「……馬鹿」

 

 声が震えた。

 

 ディーナが何も言わず、わたしの肩に触れた。振り払わなかった。

 

 紙の上のジョンは、あまりにもジョンだった。軽い。ふざけている。でも、どうしようもなく本気だった。

 

 この町が好きだと書いている。みんなが好きだと書いている。だから守ると書いている。その中に、自分が守られる側であるという発想がない。

 

 わたしは続きを読んだ。

 

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 エリーへ。

 

 たぶん、これを読んでる時点で怒ってると思う。まず謝ります。ごめん。でも、あんまり怒りすぎないでほしい。いや、無理か。エリーだし。

 

 エリーは怒っていい。

 

 むしろ怒ってくれた方が、なんか安心する。怒ってるエリーは生きてるエリーなので。うん。書き方が悪いなこれ。怒るな。いや怒っていい。どっちだよ。

 

 ただ、ジョエルとはちゃんと話してほしい。これ何回も言った気がするけど、もう一回書く。

 

 喧嘩してもいい。許せなくてもいい。でも、生きてるうちに怒った方がいい。死んだら、文句も届かない。これはマジ。

 

 あと、ディーナに変な意地張るなよ。お前、意外と分かりやすいからな。いや、これはオレが言うことじゃないか。でも書く。書いたもん勝ち。

 

 エリー、ちゃんと生きろよ。

 

 これは命令じゃなくて、お願い。

 

 あと、たまには飯をちゃんと食え。朝飯をコーヒーだけで済ませるな。ジョエルが心配するし、オレも心配する。心配係が増えると面倒だろ。だから食え。

 

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 そこで読むのを止めた。紙の文字が滲んだ。

 

 泣いていない。そう思った。泣いていない。まだ。けれど、文字が揺れて読めなかった。

 

 「貸して」

 

 ディーナが静かに言った。

 

 わたしは首を横に振った。

 

 これは自分が読むべきだと思った。ジョンが勝手に書いた、勝手な言葉だ。勝手に死んだ奴の、勝手なお願いだ。だから、自分が読まなきゃいけない。

 

 そう思った。思ってしまった。

 

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 ディーナへ。

 

 エリーを頼む。

 

 って書くと、なんかすげえ雑に押し付けてるみたいになるな。違う。エリーは荷物じゃないし、ディーナも便利な支え棒じゃない。怒られそう。主にディーナに。

 

 でも、たぶんディーナが一番近くにいる。だから頼む。

 

 あと、ごめん。たぶんオレ、ディーナとはもっとバカできた。

 

 倉庫の上から雪玉落とす作戦、あれ来年やろうと思ってた。ターゲットはジェシー。理由は反応が良さそうだから。真面目な顔で「誰だ」って言うタイプ。絶対おもしろい。

 

 もしできそうなら、代わりにやっといて。

 

 でもマリアにはバレないように。バレたら普通に怒られる。怒られた場合は、全部ジョンのせいですって言っていい。死人に口なし。いや、この使い方はたぶん違う。

 

 あと、エリーのこと。正直、オレはよく分かってない。

 

 ディーナがエリーを見る時の顔も、エリーがディーナを見る時の顔も、たまに分からんふりした方がいい気がしてた。そこにオレが混ざってたのか、ただ横で騒いでただけなのかも、分からん。

 

 でも、ディーナ。エリーの隣にいてくれてありがとう。

 

 これは本当に。

 

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 「……最低」

 

 ディーナが言った。

 

 今度は本当に少しだけ笑った。笑って、すぐに顔を歪めた。

 

 「最低だよ、ジョン」

 

 その声に、胸が痛んだ。

 

 ディーナとジョンはよく一緒に馬鹿をしていた。わたしが呆れる側で、ジェシーが巻き込まれる側。ディーナとジョンは悪友だった。二人でくだらないことを思いついて、実行して、怒られる。

 

 その様子を見るのが好きだった。少しだけ、嫌でもあった。

 

 ディーナが笑っているとき、その隣にジョンがいるのが自然すぎて。ジョンがわたしの隣にいるとき、ディーナが少しだけ見ているのにも気づいていた。

 

 何だったのか、もう分からない。分からないまま、ジョンは死んだ。

 

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 ジェシーへ。

 

 お前はたぶん、この中で一番怒ってる。いや、エリーの方が怒ってるかもしれない。でも、種類が違う気がする。

 

 ジェシーはたぶん、オレのことを「また変なことしてる」って顔で見てる。分かる。よく見てたもんな、その顔。あの顔、便利だよな。言葉にしなくても「馬鹿か?」が伝わる。省エネ。

 

 正直、お前にはかなり助けられた。巡回でも、普段でも。

 

 リーダーシップのジェシー。若手実力派のジョン。

 

 頭文字が同じだからって、周りからJJコンビとか呼ばれ始めた時は笑った。いや、何その雑な命名。

 

 でもオレは結構気に入ってた。だってちょっと強そうじゃん。JJコンビ。いや、語感だけなら完全に軽いバンド名だけど。

 

 ジェシーは毎回「やめろ」って顔してたよな。悪い。あれ、たぶんオレが気に入ってたせいで定着した。

 

 でも、嫌いじゃなかっただろ?

 

 ……いや、そこは分からん。オレの願望かも。

 

 もしオレがなんかやらかしてたら、みんなに説明してほしい。オレはたぶん、説明が下手だ。あと、真面目な話を軽くする癖がある。軽くしないと重すぎて持てない時ってあるじゃん。まあ、お前なら分かるだろ。たぶん。

 

 だから代わりに頼む。

 

 オレは、みんなが思ってるよりちゃんと考えてた。でも、みんなが思ってるより馬鹿でもあった。

 

 このへん、いい感じに訳しといて。

 

 翻訳担当ジェシー。任せた。

 

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 ジェシーは黙っていた。

 

 いつものジェシーなら、何か言ったはずだった。何だよその雑な頼み方、とか。自分で説明しろ、とか。JJコンビは認めてない、とか。

 

 でも、何も言わなかった。ただ、机の端を見ていた。

 

 わたしはジェシーを見た。ジェシーは目を逸らさなかった。

 

 その顔を見て、思った。ジェシーは分かっていたのかもしれない。ジョンの軽さが、ただの軽さではないこと。ジョンが自分を何かの数に入れていないこと。

 

 ジェシーはずっと近くにいた。巡回では、二人で組むことも多かった。だから周りがJJコンビなんて呼んだ。ジョンは笑って受け入れた。ジェシーは嫌がるふりをして、それでも結局、ジョンの隣に立っていた。

 

 ジョンがどんな判断をするのか、誰より見ていた。それでも、止められなかった。

 

 そのことが、今ジェシーの顔に出ていた。

 

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 ジョエルへ。

 

 まず、ごめん。

 

 たぶんめちゃくちゃ怒ってると思う。いや、怒ってないかもしれない。ジョエルは怒る時、顔が怖いから分かりやすいけど、本当に怒ってる時ほど静かになるタイプだと思ってる。

 

 なので、これを読んで静かだったら、逆に怖い。できれば何か言ってください。いや、言わないか。ジョエルだし。

 

 えっと。

 

 あなたには、たくさん言いたいことがある。でも、だいたい去年書いた。ソコ見てください。最新版で同じこと書くと、長くなるので。あと、去年の方がたぶん感情が重い。読む時は座って読んだ方がいいと思います。腰とか脚とか大事にして。

 

 ただ、一個だけ。

 

 生きててくれ。

 

 エリーと話してくれ。

 

 それで、できればギターを続けてくれ。

 

 オレ、ジョエルのギター好きだった。

 

 あと、エリーのことになると露骨に父親面するの、わりと面白かったです。娘はやらんぞって顔、何回かしてた。

 

 いや、オレ別にそういうつもりで近づいてたわけじゃないからな?

 

 ……ないよな?

 

 ないと思う。たぶん。

 

 いや、うん。今そこ考えるのやめよう。遺書でやる話じゃない。たぶん。

 

 まあ、そのへんは置いといて。

 

 ジョエル。あなたとエリーが生きているなら、オレは勝ちです。

 

 あの二人が同じ町にいて、ちゃんと話せる未来があるなら、それだけで勝ちです。

 

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 息を吸った。吸ったのに、足りなかった。

 

 あなたとエリーが生きているなら、オレは勝ちです。

 

 その一文が、頭の中で何度も鳴った。

 

 ジョエルは生きている。わたしも生きている。だから、ジョンの中では勝ちなのだ。そう書いてある。はっきりと。

 

 紙を破りたくなった。

 

 馬鹿。

 

 勝ちじゃない。

 

 全然勝ちじゃない。

 

 ジョエルは生きている。トミーも生きている。ディーナも、ジェシーもいる。アビーも、あの場にいた何人かも死んだ。そしてジョンも死んだ。

 

 その結果、何が残った。

 

 ジョエルは立っているだけで痛む身体になった。トミーは悪夢で眠れない。ディーナは笑おうとして途中で止まる。ジェシーは軽口を飲み込む。わたしは、あの満面の笑みが頭から離れない。

 

 ジョンだけが、勝ったつもりでいる。

 

 死んだくせに。

 

 勝手に。

 

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 最後に。

 

 これを読んでるってことは、たぶんオレは失敗してる。でも、成功もしてるはず。そうじゃなきゃ、これを読む余裕なんてないと思うし。

 

 ジョエルとエリーが生きてるなら、勝ち。二人が同じ町で、喧嘩でも何でもできるなら大勝利。ディーナとジェシーとトミーも生きてたら、もう実質トロコン。

 

 みんな強いし、なんとかなる。

 

 たぶん、オレがいなくても大丈夫。

 

 いや、こう書くと怒られそうだな。特にジェシー。あとエリー。ディーナも怒るか。ジョエルは静かに怒る。トミーはため息つく。マリアは普通に怖い。

 

 ……怒る人、多くない?

 

 でも大丈夫。大丈夫だと思う。

 

 だから、これだけは書いとく。

 

 オレのために死ぬなよ〜。

 

 いやマジで。それやられたら、オレの頑張りが全部バグるから。

 

 あと、復讐とかマジでめんどくさいからやめろ。

 

 誰も得しない。ほんとに誰も得しない。殺した方も、殺された方も、追いかけた方も、待ってる方も、全部ぐちゃぐちゃになる。だから絶対すんなよ。

 

 オレのために死ぬな。オレのために殺すな。オレのために人生をバグらせるな。

 

 そんなことされたら、オレのジョエル生存ルートが台無しになる。

 

 いや、正確にはジョエルとエリー生存ルートか。二人が生きて、話して、怒って、喧嘩して、仲直りするかどうかでまた揉めて、でも同じ町で明日を迎えるルート。

 

 それが見たい。

 

 オレが見れなくても、それがいい。

 

 だから頼む。

 

 復讐ルートには行くな。

 

 あれはクソ長い負けイベントです。

 

 経験者は語る。いや経験はしてないけど。まあ細かいことはいい。

 

 とにかく行くな。

 

 ジョンより。

 

 追伸。

 

 倉庫の上からジェシーに雪玉落とす作戦は、タイミング次第ではやっていいです。ただし復讐ではなく、悪戯として。

 

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 読み終わったあと、誰も何も言わなかった。

 

 部屋の中で、ストーブの火が小さく鳴った。外では雪が降っている。わたしは遺書を握ったまま、動けなかった。

 

 オレがいなくても大丈夫。

 

 その一文が、どんな刃物よりも深く刺さっていた。

 

 大丈夫なわけがない。そう言いたかった。でも相手はもういない。怒鳴ることも、殴ることも、馬鹿と言うこともできない。

 

 ジョンが笑っていた顔を思い出した。満面の笑み。あれは、謝罪ではなかった。後悔でもなかった。満足だった。

 

 ジョンは本当に、うまくいったと思っていた。ジョエルが生きているから。わたしが生きているから。自分以外が生きているから。

 

 それで全部、勝ちだと思っていた。

 

 「……ふざけんなよ」

 

 声は小さかった。けれど、部屋の中では十分だった。

 

 「ふざけんなよ、ジョン」

 

 ディーナが隣に座った。何も言わず、ただそばにいた。ジェシーは机の上に残された封筒を見ていた。

 

 一年目。二年目。三年目。四年目。

 

 まだ開けていない、ジョンのもしもの時用。そこには、もっと多くのことが書かれているのかもしれない。ゲーム。前世。未来。ジョエルとエリー。アビー。ロッジ。ジョンが何を知っていて、何を間違えて、何を勝手に背負ったのか。

 

 でも、今は読めなかった。最新版だけで、もう息ができない。

 

 「あいつは馬鹿だよ」

 

 ジェシーが言った。

 

 顔を上げる。ジェシーは泣いていなかった。でも、目が赤かった。

 

 「あいつ、最後まで分かってなかった」

 

 ディーナが唇を噛んだ。

 

 「何を」

 

 「俺たちの気持ち」

 

 ジェシーは、机の上の遺書を見た。

 

 「ジョンはさ、周りのことはよく見てた。エリーが怒ってる時も、ディーナが何か企んでる時も、トミーが無理してる時も、ジョエルが黙ってる時も。そういうの、あいつは変に気づくんだ」

 

 わたしは黙って聞いていた。

 

 「でも、自分がどう見られてるかは、全然分かってなかった」

 

 ジェシーの声が、少しだけ掠れた。

 

 「あいつ、自分のことをさ」

 

 そこで一度、言葉が止まった。ジェシーは笑おうとした。失敗した。

 

 「いなくなっても困らない、替えの利くやつだと思ってやがったんだ」

 

 手の中で、紙がくしゃりと音を立てた。

 

 「馬鹿だろ」

 

 ジェシーは言った。

 

 「ジョエルとエリーが生きてれば勝ち。俺とディーナとトミーが生きてればトロコン。そんな感じだろ、これ」

 

 誰も否定しなかった。

 

 「でも、そこにジョンが入ってない」

 

 ストーブの火が、また小さく鳴った。

 

 「あいつ、自分を数に入れてなかった」

 

 ディーナが目を伏せた。わたしは遺書を見た。ジョンの字。軽い言葉。ふざけた言い回し。その奥にあった、どうしようもなく歪んだ計算。

 

 みんなが生きているなら勝ち。自分は、そこに含まれない。

 

 「JJコンビ、か」

 

 ジェシーが小さく言った。

 

 「俺は最後まで認めてなかったんだけどな」

 

 そう言いながら、ジェシーは笑わなかった。

 

 認めてなかった。その言葉は、たぶん嘘じゃない。でも全部でもない。ジョンならきっと、そこを笑って突いた。いやいや、ジェシーさん顔に出てますよ、とか言って、殴られる前に逃げた。

 

 そんな声が、部屋のどこにもない。

 

 「……なんで」

 

 呟いた。誰に聞いたのか、自分でも分からなかった。ジェシーにも、ディーナにも、死んだジョンにも、自分にも。

 

 「なんで、そんなこと思ってんだよ」

 

 答えはなかった。

 

 机の上には、まだ開けられていない封筒が四つ残っていた。もしもの時用。もしもなんて、もう来てしまったのに。

 

 ジョンはそれを、きっと笑って書いていた。何もない日に。いつかのために。自分がいなくなった後のために。それなのに、最後まで分かっていなかった。自分がいなくなったら、誰がどんな顔をするのか。誰が泣くのか。誰が怒るのか。誰が、自分の名前を呼べなくなるのか。

 

 わたしは遺書を胸に押し当てた。

 

 紙は薄かった。信じられないくらい薄かった。こんなものに、ジョンの最後の言葉が乗っている。こんなものだけ残して、あいつは笑って死んだ。

 

 外の雪は、まだ止まない。白い雪が、窓の向こうで静かに落ちている。

 

 目を閉じると、またあの顔が浮かんだ。血まみれで、息もほとんどなくて、それでも心底嬉しそうに笑っていたジョン。

 

 完全にうまくいった。

 

 そう言いたげな顔。

 

 奥歯を噛み締めた。

 

 「勝手に勝ったことにすんなよ」

 

 その声は、震えていた。

 

 ディーナが背中に手を回した。ジェシーは黙って、机の上の封筒を一つずつ揃えた。

 

 最新版。四年目。三年目。二年目。一年目。

 

 ジョンが残した、五年分のもしもの時用。その一番上に、最新版の遺書が置かれる。軽くて、馬鹿で、どうしようもなくジョンらしい、最後の言葉。

 

 オレのために死ぬなよ〜。

 

 わたしは、もう一度だけその文字を見た。そして、小さく息を吐いた。

 

 「ほんと、馬鹿」

 

 誰も笑わなかった。

 

 けれど、その言葉だけは、きっとジョンに届いてもいいと思った。

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