宇宙船エンタープライズ号の5年の航海から、宇宙基地ディープスペース9のドミニオン戦争の記録から、宇宙船ヴォイジャー号の7万光年航路からさらに年月の過ぎた西暦2382、惑星連邦の宇宙艦隊アカデミーの卒業生たちが新たな惑星、世界、秩序を夢見て旅立つ。
これはその卒業生の一人の物語である。
地球、かつてアメリカと呼ばれた国のあった土地。この地のサンフランシスコに惑星連邦宇宙艦隊アカデミーが置かれている。深宇宙探査、外交、防衛を担う宇宙艦隊に配属される士官となるため多くの人間がこの場で切磋琢磨しあっている。そしてアカデミーで教練を終えた士官候補生たちは各々宇宙の様々な場所へと散らばり、艦隊や基地へと配属されていく。
そして地球の衛星軌道上に浮くスペースドックにも多くの卒業したての士官候補生__新任少尉たちが任地である宇宙船を待っていた。その中の一人のバルカン人*1の女性が窓からドック内に浮かぶ数々の宇宙船を見ていた。
もっとも彼女は純粋なバルカン人ではないが。地球人とバルカン人のハーフ、特殊な出生からバルカン人らしい理知さや感情制御を持たず地球人らしい外見も持たない。それでも彼女はあらゆる声をはねのけ宇宙艦隊の士官として見事この場に立っているのだ。
「ジル!ここにいたの?」
背後から声を掛けられて振り返ると、彼女__ジルと同期のよく顔の知った士官たちが立っていた。
地球人の女性エリザベス・バーリー、フェレンギ人*2の男性ヴィルラだ。2人を見て笑顔を見せるジル。
「いろいろ考え事をしててね。宇宙船を見てた方が落ち着くのよ」
「大丈夫?なにか飲み物とか……あっ、もしかして邪魔だった?」
「そんなことないから、むしろ考えすぎてたところだったから助かったわ」
おどおどするエリザベスにジルは笑って肩を叩く。そしてふたたびドック内にその嬉しそうな視線を戻す。
「でも、あこがれの宇宙艦隊よ?楽しみじゃない」
「ずっと言ってたな。元々植民惑星生まれだって」
ヴィルラに言われて頷く。植民惑星の生まれだった彼女はバルカン人の父を早くに亡くし、バルカン人として育てられてこなかった。その後、ロミュラン人*3との戦争によって惑星を攻撃された際に宇宙艦隊に助けられた。
その影響から彼女は宇宙艦隊に憧れ、ついに艦隊に入ることを許された。
そしてついに初めての配属艦となる船がドックに入ってきた。
大型の円盤状の第1船体、そこから伸びる”首”に繋がった筒状の第2船体には2基のワープナセルがパイロンで繋がっている。300mほどと今世紀の船にしてはやや小型な全長、細部の青の塗装……コンスティテューション級改宇宙船。
登録番号NCC-1788 U.S.S. ムツ
旧世紀の戦艦から名付けられたこの船がジルたちの最初の船となる。
この古い船を見てヴィルラがつぶやく。
「だが……建造されてから100年を超える船だぞ?よく動くな」
「半分くらいの年数はモスボール期間だから中はそんなに痛んでないんでしょ。それを言い出したらミランダ級*4とか何十年動いてるのかわからないのもいるんだし、マシなほうよ」
「ふ、古すぎて前線配置じゃないみたいだし……私は安心」
「平和なところで実績を積んで次のステップへ……ま、妥当な士官の道じゃないか」
ドックにムツが係留され、固定されるとスペースドック内にアナウンスが流れる。
『ムツ乗船士官は8番転送室に集合せよ、繰り返す……』
「時間ね、行きましょう」
ジルに付いてエリザベス、ヴィルラも移動する。ついに3人の艦隊士官としての生活がはじまる。
U.S.S.ムツはヴィルラの言う通り建造から100年を超える。しかしその半分の期間はモスボール保管で経った期間であり、実運用年数は45年ほどだ。
なぜムツが復帰することになったのか、それは度重なる戦争の影響だった。ロミュランとの戦争もさることながら、ボーグ*5によるウルフ359の戦い*6などの太陽系侵攻時の各戦闘、デルタ宙域の種族であるドミニオン*7らとの長きにわたる戦争となった”ドミニオン戦争”の影響によって艦隊は士官、宇宙船を多く欠き、絶望的なまでの戦力不足に陥っていた。そこで旧式艦だったムツにも復帰の白羽の矢が立つことになったのだ。
しかし、戦闘を主任務としていないこの艦級では戦闘運用に耐えれるとは考えられず、ムツは惑星連邦の同盟国であるクリンゴン帝国との中立地帯の哨戒と惑星連邦領域の宇宙海賊警戒に主に充てられている。
そしてこのムツの船長席に座るは艦隊のベテラン__ベイジョー人*8のベイス大佐である。ブリッジのターボリフトの扉が開き、ジルたち3人や他の新任少尉たちが出てくると彼は振り返り椅子から立ち上がる。
「ようこそ少尉諸君、任官したからにはもう候補生としては扱わないから覚悟するように。さぁ、配置につきたまえ」
艦長の言葉で新任少尉たちは各自持ち場につく。エリザベスは艦長席のすぐ後ろの戦術ステーションについてフェイザー砲や光子魚雷の操作を担当し、ヴィルラはターボリフト脇、船長席右手のサポートステーションについて化学分析を担当する。
そしてジルはというと……
「君がジル少尉だな、優秀な生徒だったと聞いているよ。席はあいにくないが、私の副官に任命する。しかと艦長業務を覚えるように」
「了解、光栄です」
ジルは艦長席の斜め後ろに立ち、正面のモニターに視線を移す。ドックの中が映し出されているモニターを確認しベイス大佐が指示を飛ばす。
「通常エンジン始動、インパルス1/4でドックを出るぞ」
「了解、インパルス1/4」
「ドック出港後は地球軌道にのってスイングバイ、重力圏を脱しつつワープ5だ。__
ドックの扉が開きムツがゆっくりと前進する。スペースドックの外にでると太陽の明かりに照らされて白色の船体が美しく輝く。ワープナセルか青く輝きを放ち、船体は一気に光速の214倍へと加速する。ムツの長い航海とジルたちの初任務が始まる。
とはいえこのワープスピードで飛行すれども一番近いクリンゴン帝国との中立地帯まで一週間以上かかる。その間、ジルは艦長の補佐役として事務の手伝いや艦内の業務などをベイス大佐から教わりながら処理していた。むろんエリザベスやヴィルラも各々自らの仕事に忠実に尽力している。
ジルは機関部門への確認のためにワープコアのある機関室へとやってきていた。巨大な直列式のワープコアが青く輝き、反物質反応を繰り返している。これがエネルギーを生み出しこの船を超光速で動かしているのだ。
しかしそれだけの機械なだけあって多くの機関部門の士官たちがワープコア調整のために動き回っている。士官たちの間をジルがすり抜けていると突然怒声が彼女の耳に飛び込んでくる。
「30分で終わると言っていただろう!もうどれだけ経ったと思ってるんだ、1時間だぞ!」
「すいません大尉!」
「この前は作業ミス、今度は自分で言った作業時間の遅れ!戦闘中にこんな遅延起こしてみろ、エンジンが動かなきゃこの船はボカンだぞ!」
「はい大尉!」
機関部門の責任者に新任少尉のボリア人*9が叱られていた。怒りながら遠ざかる責任者の背中をボリア人少尉が肩を落として見送った。ずいぶんと小さく委縮した彼の背中にジルは声をかける。
「きみ、大丈夫?」
「え?あぁ……大丈夫大丈夫、じゃあないかも。出港してから……その、ミス続きでずっと叱られてばっかで……」
曰く、作業を急ぐあまりミスを頻発する。曰く、ミスをしないようにした結果自分で定めた作業時間を大きく遅れてしまう。平時であれば問題ないだろうが、ワープ航行中にエンジンに何かしらの不具合が生じれば致命的な事故につながりかねない。どうしても叱られる”種”だ。
その話を聞いてジルも眉間を指で叩いて考える。そのときふと、アカデミー時代に読んだ話を思い出した。
「要は、作業時間に追われてミスるかミスしないように慎重にやって遅れるかって話よね」
「まぁ、そういうことだね……わかってるけどどうしてもミスりたくもないし遅れたくもないしで中途半端になってしまうんだ」
「じゃあかなり余裕をもって時間を伝えとけばいいのよ」
「ええ?でも早く作業を終わらせるのがエンジニアの仕事だよ?」
「作業時間が伝えた時間より早く終わる分には問題ないでしょう?
初代エンタープライズ号の機関士だったモンゴメリー・スコットは作業時間をわざと長く伝え、それより早く終わらせる
始めは納得してないといった表情の彼も次第になるほどと口にする。
「そっか……ありがとう、ええっと……」
「ジル、艦長副官をしてるわ」
「僕はルカ、よろしくジル」
そういって握手を交わすと再びお互いに自分の仕事へと戻っていく。
『副官補足日誌、宇宙歴62021.1……機関部門での事務業務から倉庫での物品確認、艦内各所をまわっての仕事は地味ではあるけれども、私としてはなんの不満もなく、むしろ満ち足りています。今はベイス大佐を含め当直士官が休憩のために艦橋を留守にしている今、クルーは全員が新任士官という状況だです。艦長席に座る私、戦術コンソールと通信コンソールの間を行ったり来たりして落ち着きのないエリザベス、科学コンソールで過去の報告書を読み耽っているヴィルラ、そして操舵手として船を操作しているシン・ティンと彼女に延々と喋り続けているナビゲーター席のステファノ・パヴァロッティ。皆新任士官ばかりだけれども目的地に向かうまでのわずかな航路、問題が出るようなことはないでしょう……』
__で、あの野郎俺のピッツァにケチつけやがったんだ。『ソースはケチャップじゃないしやたら小さいがこれがピザか?』って。ニューヨークピザやシカゴピザみたいなゲテモノと俺のピッツァを一緒にするなって話だ!俺のピッツァは正真正銘のイタリアンピッツァだし大体”ピッツァ”だ!ピザじゃねえ!」
「ええっと、それって酢豚にパイナップルを入れるみたいな感じの話?」
「そうだ、伝統料理に変なアレンジをしてこれが自分たちの料理ですって顔してやがる!俺たちの料理なのに自分たちが正解だと思いやがって腹立つぜ」
「……パヴァロッティ、熱意は通じるけれど航路確認を怠らないようにね?」
ナビゲーター席で熱弁するパヴァロッティを適当にあしらうシン、会話に熱心なのはいいが仕事ぶりのほうが心配だ。ジルが彼の背中に声をかける。
「ええもちろん航路はなんの異常も無し、これ以上ない平和なもんですよ」
「私としては物足りないくらいね」
両手を広げておどけるパヴァロッティと不満な顔をするシン。退屈な宇宙の広がる艦橋において仕事に没頭するほかやることはないが、その仕事すら終わらせてる今では会話に花を咲かせることが強いての退屈しのぎだ。
パヴァロッティはその会話の花冠の中にジルたちを巻き込もうとする。
「副官殿は料理は……といってもバルカン人らしい料理ってあるんすかね?」
「私は半分は地球人だし、ものの好みもなにもほとんど地球人よ。それに私だって母からミートスープの作り方とかは教えてもらったわよ、植民惑星流だけど」
「そりゃあまた、バルカン人ってもっと精進料理を好むもんかと思ってましたが」
「それは悪い偏見よ、少なくとも私は食べれるだけ食べる派よ。でなきゃ生きていけないもの」
それはジルなりの本音であった。自身のいた植民惑星はけっして裕福な場所ではなかった。援助物資が期限通りに届かないことは
過酷な経験が彼女の今を形成しているのであれば、その芯がどれほど強固なものかは想像だにできない。
一方で食事の話題で盛り上がる3人に珍しく人見知りなエリザベスが会話に入ってくる。
「私は、料理だったらパスタが好きかな……食べるの専門だけど、海鮮のとか」
「へぇ、いいねぇ!今度
「お、お嬢さんっ!?そんな……えへへ……」
「ちょっと、仕事中に人を口説かないでよ」
バチリとウインクまできめるパヴァロッティに顔を赤らめて頬を押さえるエリザベス。シンがたしなめるが、このキザ男をいいかげんに止めないと無秩序極まりない。
その時、ヴィルラがため息交じりに椅子ごと振り返る。
「皆、仕事の時間のようだぞ。司令部から通信が入ってる」
「ん、ありがとうヴィルラ。エリー……いえ、エリザベス、確認を」
「は、はい!」
ジルに言われてエリザベスが通信コンソールにとびかかる。やがて指令を聞いた彼女が報告を上げる。
「司令部より入電です、カサエ宙域を哨戒任務中のU.S.S.メイフラワーが座標Z23で通信途絶、これを捜索せよとのことです」
「カサエ宙域……最大ワープで1時間ってところかな、パヴァロッティ?」
「むしろおつりがでるぞ。
「よし__
「了解、楽しくなってきた!」
シンが操舵パネルを操作する。ムツのワープナセルが一層輝きさらに加速する。光速の約700倍、星々を置いてけぼりに任務地へと赴く。
カサエ宙域__いくつもの恒星系が複雑に絡み合い通信が非常に繋がりにくい宙域だが、それを補うように通信衛星がいくつも設けられている。これの整備と管理を行うのがメイフラワーの任務であった。しかしムツはすでに破壊された通信衛星を何個か発見していた。
「ヴィルラ、破壊された通信衛星からなにかわかったことはある?」
ジルから投げかけられる問いにただでさえ濃い眉間の皺をよりいっそう増やして答える。
「まともなスキャンもできてないから精度も悪くて何もわからないな。ただ一つ言えるのは、ディスラプターエネルギーの残滓が検出されてるという程度だ」
粒子エネルギー兵器が主力となっているこの時代において、陣営ごとにおおまかな使用傾向がみられる。惑星連邦はフェイザー、ロミュランはプラズマ、そしてクリンゴンはディスラプター__しかしディスラプターはクリンゴンのみが使うわけでもなく、オリオンの宇宙海賊や違法組織はとくにその手の兵器を多く流通させている。そのためまだ誰が犯人とまではいかない。
一方でもっと重要なものをムツのセンサーは捉えていた。
「ジル副官、前方に連邦艦の反応を確認した。支持を頼む」
「ありがとうヴィルラ。通常エンジン航行に切り替え、船をスクリーンに映して」
スクリーンに船が拡大表示される。円盤状の船体から伸びた4つのワープナセルはシャイアン級の特徴だ。白い船体に描かれたナンバー”NCC-78178”と艦名”U.S.S.メイフラワー”の文字が目の前に漂う宇宙船が目的の船であると示している。
「エリザベス、メイフラワーに通信はつながらない?」
「はい、こっちからの通信に応答しません」
「ふむ……あとは艦長にお任せ、ね。シン、できるかぎり接近をして」
「了解、ジル副官」
シンがコンソールを細かく操作しメイフラワーへとムツを近づける。そろそろ艦長のベイス大佐がブリッジに戻る頃だ、そのほか先任士官もじきに戻ってくるだろう。ようやく新任少尉たちは肩の荷が下りる__そう思っていた。
突如、メイフラワーからトラクタービームが照射され、強制的に停止させられたムツの艦内に大きな衝撃が生じる。
「なんで……!?」
全員の心境を代弁したエリザベスの悲鳴が響く。前にも後にも動けなくなり動揺する中、ターボリフトの扉が開いてベイス大佐が艦橋に飛び込んでくる。
「何があった!?」
「メイフラワーよりトラクタービームの照射を受けて行動不能です!メイフラワーに通信もつながらず原因は不明!」
「呼びかけ続けろ!」
しかし、ベイス大佐の指示にかぶせるようにさらに困難が降りかかる。
「艦長、左舷後方にクリンゴン船が!」
「なんだと!?」
遮蔽装置によって姿を隠していたクリンゴンの宇宙戦艦がムツの後に現れた。それと同時に艦内のあらゆるところから警報が鳴り響く。クリンゴン艦から兵士が転送され、船員を攻撃し始めているのだ。
「艦内に侵入者、クリンゴン兵が転送されています!第5から9……11と15デッキにも!」
「
「り、了解!」
艦橋後方の銃コンテナを操作しフェイザーピストルを取り出そうとベイス大佐に背を向けた時だった。
艦橋の真ん中、ベイス大佐の目の前に転送ビームが現れる。ムツのシールドが上がる隙間を縫った最後の転送が艦橋に行われたのだ。2人のクリンゴン人が手に持っていたバトラフ*11をベイス大佐に振り上げた。
「キャーッ!!」
「なにが__艦長!?」
エリザベルの悲鳴を聞いてジルが振り返った時、そこには胴を袈裟切りにされ床に倒れるベイス大佐の姿があった。それを見た瞬間、ジルは手に持っていたフェイザーでほぼ反射でクリンゴン人を撃っていた。クリンゴン人の片割れは最大出力のフェイザーが直撃し蒸発する。もう一人はジルから射線を切ると近くにいた者__シンを盾にしようと手を伸ばした。
小柄で華奢な彼女なら簡単に組み伏せれる、そう思ったのだろう。しかしシンは椅子の背もたれに手を掛けると飛び上がってクリンゴン人の手をひらりとかわした。
「ホッ__ハァッ!」
そのまま椅子を起点にクリンゴン人の顔面に膝を叩き込む。2m近くあろう巨体が大きく揺らぐ、その瞬間を見逃すジルではない。最大出力のフェイザーがクリンゴン人を捉え、蒸発させる。残滓の一つ残らずクリンゴンは艦橋から排除された。
「艦長……艦長!」
ジルが床に倒れるベイス大佐を揺らす、しかしすでに彼はこと切れていた。
目の前で誰かが死ぬ、それはジルにとって初めてのことではない。しかし彼女の精神と感情を揺さぶらないものではない。震える手でベイス大佐の目を閉じてやると消えそうな声を辛うじて絞り出す。
「……他の……他の上級士官は……?」
「……他士官とは、その、連絡が取れません……」
「どこの部署でもいい!誰かいないの!?」
悲鳴に近い質問が艦橋にいる全員に向けられる。
「……ジル、お前が艦長代理だよ」
答えることができない周りの代わりにヴィルラが回答する。
絶望と驚嘆を混ぜて溶いたような表情をするジルのまわりを静寂が飛び回る、だが船体が振動し傾くことで彼女の思考を再び動かせる。
「ヴィルラ、クリンゴンの艦籍と状況は?」
「クリンゴンのD7級巡洋艦、I.K.S.クックだ。最初の転送から動きはない」
「エリザベス、メイフラワーはまだ通信は復活しない?」
「は、はい。トラクタービームの照射もいぜん……」
事態は悪い状況のままだ。しかし打開策が途絶えているわけではない。
ジルは自分の策を伝える。
「パヴァロッティ、トラクタービームをメイフラワーに向けて照射して」
「え?こっちからか?」
「同パワーのトラクタービームでメイフラワーのビームを中和するんだ、そうすればこっちも自由になる」
「あっそうか……そうすれば逃げれるわけだ」
「そういうこと__みんな、準備を!」
全員がジルの指示を聞いてコンソールを操作する。しかしその表情が険しくなっていく。
「ダメです、ワープコアが出力異常をきたしています。このままだと出力を失います!」
「エネルギー出力低下、トラクタービーム使用不能!フェイザーも出力不足で使えません!」
「機関室と連絡はつながるか?」
「戦闘中で通じません!」
そういう間も出力はみるみる落ちていき、ワープスピードを出すことが困難な状態に陥る。迷っている時間はない。
ジルはもう1本、フェイザー銃を手に取ると操舵席のシンに投げ渡す。
「シン、生身での戦闘に自身は?」
「格闘技と拳法はやってました、フェイザー銃の点数は真ん中くらいでしたけど……」
「十分、機関室に向かうからついてきて。エリザベス、操舵席をお願い。それとできたら医療班を呼んで……艦長の遺体の回収をさせて」
「はい!」
ジルはシンとともにターボリフトに乗り込む。扉が閉まり2人が消えるとブリッジに残った3人も自身の仕事をこなすために動き出す。自分が生き残るために……
ターボリフトの中でジルとシンが並んで静かに目的地に着くのを待つ。
シンが横目にジルを見る。バルカン人らしく吊りあがった眉、鋭い目元、静かに冷静__というより冷徹そうに立っている姿を見ていると本人の言うような”ほとんど地球人”という印象は受けずらい。しかし彼女の手元、フェイザー銃を持つ手を見るとかすかにふるえていた。この緊急事態のなかで冷静さを保っていたのは地球人じゃないジルとヴィルラだけ__そう思っていたシンはとたんにこの半分異星人の女性が自分と等身大の存在に見えてきた。
「? どうしたのシン?」
「いえ、ジル副官も人なんだなって」
じっとこっちを見ていたシンの言葉に首をかしげるジル。意味を問いたかったが先にターボリフトの扉が開いた。その瞬間に
クリンゴン人、テラライト人、アンドーリア人、バルカン人、地球人……あらゆる人種が2つの勢力に分かれて銃で撃ち合い、中には弾切れになった銃をバットのように振り回し殺しあっていた。この状況ではとてもワープコアの状況なんてわかるわけがない。
ただし、ジルが見知った人の顔を見つけた。あのボリア人の青年、壁を盾にしてルカが銃撃から隠れながらコンソールを必死に弄っている。ジルはシンを連れて彼のもとに向かう。
「ルカ!」
「ジル!?うわわっ……!何が起きてるんだよ一体!?」
「端的に説明するとクリンゴンに攻撃されてる、脱出したくてもワープコアの出力が上がらないの。機関部門長は?」
「向こうで蒸発したよ、艦長はどうしたんだ?」
「死んだ!」
ジルの短い言葉にルカは絶望した顔をする。しかし感傷に浸らせるほどジルも時間がない。話を続ける。
「今は私が艦を指揮してる。だからお願い、ワープコアの状況をまず教えて」
「ジルが?……その、わかった?」
複数の感情に困惑もまざった中でも彼は正確に状況の説明を始める。
ムツのワープコアは侵入したクリンゴン人によって反物質混合比を変更されており、本来の性能を発揮できなくなっていた。すでに正常値の半分以下まで性能は下がっており、このままではシールドの維持も不可能になる。
しかし解決策はある。ワープコアのパワーコンジットをバイパスし合い反物質の流入量を調整することで強引に出力を正常値にまで押し上げる方法だ。それを試そうとしていたものの、今いる位置のコンソールではそれを操作することはできない。
隣で話を聞いてたシンは頭を抱える。
「じゃあ八方ふさがりってこと?」
「いや、コンソールなら……ほらあそこ」
ルカが指をさす先にはまさしく銃撃戦のど真ん中でクリンゴン人が占領しているワープコア目の前のコンソールだった。
シンが信じられないという顔でルカのほうを見る。
「あんなところに行く気?バカなの、死ぬの?」
「仕方ないだろアレがワープコアの操作パネルなんだから!」
ぎゃいぎゃい喚く2人と違いコンソール周辺を監視するジル。
「……ルカ、作業にどれだけかかる?」
「えと、3分……?」
「ほんとに?」
ジルが鋭い目を細めてルカを見る。彼がコンソールを操作する間、ジルとシンがルカを守りクリンゴン人と戦わないといけない。その時間内に終わらなければ3人は死にかねない。ジルもルカに厳しい視線を向けざるを得ないのだ。
「う……10分、10分くれ」
「わかった、シン行くぞ」
「ホントにいくの!?もう……わかった」
ジルとルカ、そして腹をくくったシンが壁から飛び出してコンソールに向かう。占領していたクリンゴン人は3人、ジルは最大出力設定のフェイザーを一番近くにいたクリンゴン人に当てる。当たれば即蒸発の出力、全開になっていたアドレナリンは本人の身体とともに一瞬にして霧散する。残った二人がディスラプターライフルを向けて乱射するが、シンが連射設定で牽制し狙わせないようにする。その間にチャージが終わったジルが2人目を狙う。しかし走りながら狙っているうえに相手も照準から逃れようと動き回るため外してしまう。
ここまでしては5人の間の距離は撃ち合うほどのものではなくなっていた。クリンゴン人は手に持っていたライフルの銃身を掴むと雄たけびを上げてジルに振り上げた。それを避けるとクリンゴン人の首の付け根あたりを片手でつかみ、強く握った。”バルカン神経掴み”を受けたクリンゴン人は意思とは反して失神しそのまま床に倒れる。
無防備になっているジルの背中を襲おうとしたクリンゴン人はシンが腕をつかんで合気道の要領で投げ飛ばす。
「ルカ、はやく行って!」
「わかった!」
コンソールにたどり着いたルカがパネルの捜査を始める。操作権を奪い返そうと先ほどジルが失神させたクリンゴン人が再び近づいてくるが、それをフェイザーで迎撃し蒸発させる。しかしここまで最大出力で撃ったためフェイザーがエネルギー切れを起こしてしまう。
まだクリンゴン人は数いる状況、ジルの判断は早かった。足元に落ちているバトラフを拾うと三日月状の刃をクリンゴン人たちに向ける。
「ジル、バトラフ使えるの?」
「昔に隣人のクリンゴンのおじさんに教えてもらってね」
幼少期、自身のいた惑星を守る自警団に務めていたクリンゴン人から教えてもらったことを思い出す。両手で持ったバトラフを水平に構える型__クリンゴン人が子供に教える最も初歩的な剣の型だ。突撃する
はじめはバトラフを持ったジルに警戒したクリンゴン人たちもジルの構えを見て嘲笑を浮かべる。2人のクリンゴン人がディスラプターライフルを捨てるとダクタフ*12を抜いてジルに近づく。彼らなりの最大の侮辱だ、ジルもそのことを感じ取るものの彼女のバルカン的な理性が働き感情を比較的落ち着いた状態に保つ。
1人がダクタフを逆手に持つとジルにむかって振り下ろしてくる。それをバトラフを突き出すかたちで受け止め、刃を滑らせて受け流す。そのまま横薙ぎにクリンゴン人を攻撃するが見た目では考えつかない軽い身のこなし後ろに飛び、彼はジルの攻撃を避ける。
大振りの攻撃で動きが止まったジルにもう一人が中腰に構えると彼女めがけて突進する。しかし横からシンにフェイザー銃を撃たれたことではじかれるように吹っ飛ぶとそのまま動かなくなる。
「ありがとう、シン」
「お礼ならあとで言って、まだ来るよ!」
シンの言う通り最初に追い払ったクリンゴン人が再びダクタフを握り襲い掛かってきていた。ジルは脇腹から袈裟切りに胸を切ろうという刃をバトラフを傾けることで防ぎ、そのまま押し込み切り伏せようとするがクリンゴン人のほうが技量は上だ。
ジルは侮蔑の笑みを浮かべるクリンゴン人に怒りを覚えるが、自分のするべきことを忘れるほど冷静さを失ってはいない。ルカを守れる位置に下がっていく。背後に視線をやるとルカがまだ作業を続けていた。一方でシンはフェイザーでルカを守っているが、まだ数の残っているクリンゴン人に牽制で乱射している分いつまでエネルギーがもつかわからない。
ただし残っているクリンゴン人もディスラプターがエネルギー切れなのかライフルを捨てて各々バトラフやダクタフを手に持っている。一方で通路の奥から増援の船員が駆けつけてくるのが見える。各々手にフェイザー銃やライフルを持ってきている。
「全員、畳みかけるのよ!敵の数は多くない、押し切って!」
後から来た船員らを鼓舞し指示を出す。増援はほとんどが新任少尉、下士官というさまだったが、逆に言えば副官として艦内を歩き回っていたジルのことを知る者ばかりだった。彼女の言葉であればと勇敢さを示そうと前に出る。
一方でシンの方にもダクタフを手に持ったクリンゴン人が一人接近する。フェイザーを撃とうとするものの戦闘でエネルギー切れを起こしてしまっていた。
「あぁっ、もう!」
怒り任せにフェイザーを投げつけるが、それでひるむクリンゴン人ではない。そのまま細身な彼女の身体を貫こうとする。シンは一瞬顔をこわばらせるが刃を持つ腕を掴むと合気道の要領で相手の力を利用して投げ飛ばす。自分の2/3ほどしかない身長の女に投げられて驚いた顔で床に倒れるが、それがすぐに怒りに変わり咆哮を上げてシンに刃を振りかざす。
ジルとしても彼女を助けに行きたいところだが目の前のクリンゴン人からの猛攻が続いていた。
ダクタフ__短剣はクリンゴン人にとってバトラフに比べればより殺しに向いた武器だ。それゆえにバトラフに対しバトラフで戦わないことは不敬である、がそこでダクタフを使うことが彼らにとってジルに対する最大の侮辱でもあり、彼女を確実に殺すという殺意の現れでもあった。
小回りの利くダクタフを自在に振り回すクリンゴン人に対して長らくバトラフに触れる機会の無かったジルは防戦一方という状況にあった。2mほどの筋骨隆々な体格のクリンゴン人から繰り出されるパワーとスピードに翻弄されてバトラフで防ぐことに集中することで手一杯であった。逆にジルが攻撃しようにも彼女の攻撃は大振りになって容易に避けられてしまい、当てることができない。それでも辛抱強く耐え続けていたのはジルの精神的な強さの現れだった。
そして一進一退の攻防にクリンゴン人が先にしびれを切らした。バトラフを振り回すジルから距離を置いたクリンゴン人が雄たけびを上げてダクタフを振り上げジルに突撃する。
「ぃいやあああぁぁぁ!!!」
ジルはバトラフを正面に構えるとクリンゴン人に向けて突き出した。ダクタフがジルに届くより先にリーチで勝るバトラフがクリンゴン人の身体に突き刺さる。半円の刃がクリンゴン人の身体に深く刺さりえぐったことで内臓を深く傷つけ、血を何百ccか吐いたあと絶命する。
刃からクリンゴン人を引き抜くとシンのほうを振り返る。
「シン、離れて!」
「わかった!ハアッ、ハーッ!」
ジルにいわれてシンはクリンゴン人の腹に掌底をたたきつけてひるませると顎めがけて脚を蹴り上げ、その勢いに乗ってバク転をすることで距離をとる。そこにすかさずジルがもっていたバトラフを投げた。刃先はクリンゴン人の胴体を貫通、彼はしばらくは立っていたもののそのまま仰向けに倒れた。
残るクリンゴン人たちに船員らがフェイザーで攻撃し押しつぶそうと殺到する。余裕の出来た今、ジルはルカのほうを振り返る。
「ルカ!ワープコアは!?」
「待って……もうすぐ、もうすぐ……来た!」
ルカの言葉と同時にワープコアが大きく唸り光りはじめる。船全体にエネルギーが戻り、明滅を繰り返していた船内灯は明かりを取り戻した。
ジルが左胸のコムバッジを叩いて
「ジルよりブリッジ、機関が回復したわ!確認した?」
『こちらブリッジ、パバロッティ。エネルギー回復を確認!』
「すぐにトラクタービームを照射、発進させて!」
『はいよ!』
ムツのワープエンジンが輝きを取り戻し青色に輝くと軌跡を残して一瞬で消える。
クリンゴンの攻撃から逃げることに成功した、しかし彼らの行動はこれで終わらない。ムツが消えた後、クリンゴンの戦艦クックとなぜかムツを攻撃したメイフラワーはともにこの宙域からワープで消えていった……
U.S.S.ムツ
艦隊登録番号:NCC-1788
艦級:コンスティテューションⅡ級
建造後100年を超える長寿船。23世紀当時の主力艦として運用された艦級の一隻であり、エンタープライズ、ヨークタウン(のちのエンタープライズA)、ディファイアント、ファラガット、コンゴウなど多くの姉妹艦がいるが、ほとんどが退役している。24世紀時点では強力な船とは言えなくなってしまったものの無力ではないため、多くの改造を受けながらもさまざまな後方支援任務に利用されている。
U.S.S.メイフラワー
艦隊登録番号:NCC-78178
艦級:シャイアン級
ムツとともにクリンゴン帝国との中立地帯巡視の任務に就いていた船。旧式化した船ではあるもののムツよりも型は新しく、4つのワープナセルを持ち強力。航海中に音信不通となる。