宇宙船エンタープライズ号の5年の航海から、宇宙基地ディープスペース9のドミニオン戦争の記録から、宇宙船ヴォイジャー号の7万光年航路からさらに年月の過ぎた西暦2382、惑星連邦の宇宙艦隊アカデミーの卒業生たちが新たな惑星、世界、秩序を夢見て旅立つ。
これはその卒業生の一人の物語である。
ワープ航行するムツ船内、メイフラワーによる爆撃を受けた惑星での人命救助において艦長代理のジルは左腕を負傷していた。
船の指揮はエリザベスが代行しているため問題は無い。ジルは安心して治療を受けることができていた。しかし、問題は船のことではなく、救助した少年のほうにあった。
診察台に腰掛けるジルとドクターサンに艦橋からの連絡が届く。
「あの子を営倉に入れた?どうして?」
『起きた後に船内で暴れて手が付けられず、保安部が緊急出動しスタンさせるしかなかったみたい。クリンゴン語で叫んでたものの自動翻訳機を付けられず内容が聞き取れなかったらしくて……』
エリザベスの報告にジルは苦渋の顔をする。今、少年に必要なことはいかに彼を安心させて自分たちが敵でないかを示すことだった。ところがこうなってしまえばどれだけコミュニケーションをとってくれるか、心を開いてくれるのか、それが未知数となってしまった。
しかし、このまま営倉に放置するわけにはいかない。誤解を解くこと、彼から情報を聞くことは重要事項だ。
「サン大尉、動いてもいいかしら?」
「止めたって無駄だろう?いきなさい」
「……ありがとう、大尉」
再生治療もほどほどにジルは腕に包帯を巻いたまま上着を掴んで医務室を出ていく。ちなみに左腕は傷は塞いだものの治療中のため安静に、とのこと。しっかり治療を受けれるほど暇になるまでしばらくはこのままだろう。
営倉、といっても20世紀のように檻で囲まれてるわけでは無い。小さな個室の入り口をシールドで塞いでいるというパッと見れば簡素な見た目のものだ。しかしシールドに無理に触れれば感電に似た激痛が全身に走るうえ、物理的に破壊しようとしてもハンドフェイザーを最大出力で撃ってやっとの頑丈さだ。武器も持たないクリンゴンの少年では破ることはできない。
ジルが営倉の前にやってくると部屋のすみで膝を抱えて小さくなっている少年を見つける。
看守に指示をして入り口のシールドを解除させると個室の中へと脚を踏み入れる。少年がジルに気が付いて顔を上げる。悲しみや絶望で化粧をした表情をしていた彼だが、ジルを見た途端に闘志を見せて牙をむく。それでも飛び掛かりはしないのは助けられた時のことを覚えているからだろう。
ジルは少年に余計なストレスを与えさせないために同じクリンゴン語で会話を試みる。
《大丈夫、傷つけにきたわけじゃないわ》
姿勢を落として視線を合わせ、クリンゴン語で話しかけるジルの姿に少しは警戒心が和らいだのか威嚇は止める。しかし警戒心が完全になくなったわけではなく、部屋の隅でいまだ子猫のように姿勢を低くしている。
少年にすこし距離を置いて床に座るとなるべく落ち着いた声をかける
《あなた、名前は?》
《……》
《何もしない、私たちは敵じゃないわ》
《……》
警戒心が多少和らいでもなおジルのことを信じたわけではない。ジルの言葉を無視しそっぽをむく。これでは話を聞くこともできない。
この少年の心を開かせるにはどうすればいいのか、一度ジルは立ち上がって営倉を出て考える。こういう時に何か頼りになる知識はないものか……ジルは持ちうる限りの知恵と過去の記憶を掘り起こす。
ふと自分のお腹が鳴る音がする。そういえば襲撃を受けてからまともな食事をとっていない、ほとんど艦橋に籠り切りで軽食を挟む程度だった。
食堂に行ってなにか食事でも__と考えた時、母親の言葉が脳裏に浮かび上がってくる。
【いい、ジル?男の人はね、胃袋を掴むのよ。人間生きていれば美味しい食事には勝てないの……
……食事、そうだ」
ひとつ思いついたことを実行しようと考えて艦橋に通信を繋ぐ。コール音のしばらくのちにエリザベスの声が通じる。
『はい、こちら艦橋』
「エリザベス、そこにパヴァロッティはいる?」
『うん、いるけれど……』
「今から何品か料理をお願いできるかしら」
『……ちょっと待ってて』
通信機越しのエリザベスの声が遠ざかり、少しの会話のあとに狂ったような雄叫びが聞こえてくる。
『……10品でも20品でもいくらでも作るって』
「そんなにいらないわよ、そうね……2人前を営倉までお願い」
『営倉?』
「ええ、私とクリンゴンの子の2人分」
膝から崩れ落ちる音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
それからしばらくののち、通路の奥からカートを押したパヴァロッティが小走りで来るのが見えた。カートの上にはなんとも芳しい香りの料理たちがならんでいる。
「おまたせしました
「……いえ、
「俺をなんだと思ってるんだ!これでも料理家のはしくれ、どんな客が相手であれ料理に妥協はしねえよ!」
彼は心外という表情で憤る。料理家一族に生まれ、伝統料理を学んできたパヴァロッティの料理に妥協などという言葉は無い。まして地球に無い食材で新たな料理の幅を広げるという夢を実現する第一歩を無下にする気は彼の中にはなかった。
咳払いをして気を取り直すとやや
「
「並の女性ならこれで惚れそうね……さすがだわ」
「おほめにいただき光栄です、というか惚れてもいいんすよ?」
キザにウインクをしてみせるパヴァロッティ。そんな彼に苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
カートを受け取ったジルがふたたび少年のいる営倉に顔を出す。
少年はかわらず部屋の隅で膝を抱えて小さくなっている。ジルがシールドを下げて中に入ると顔を上げた。
《お腹空いたでしょ?一緒に食べましょう》
少年の前にパスタの皿とフォークを差し出すと、自分も少し離れたところに座ってアクアパッツァをつつく。
見た目こそ魚の色の移った毒々しい青色だが、その香りは魚の強く香ばしい出汁とオリーブオイルが混ざり合ったソースの香りが鼻腔をくすぐる。パッケリというショートパスタは旨味のたっぷり含まれたソースとよく絡みトマトとナスが彩りを加えている。
パッケリにフォークを通して口にはこぶ。もちもちとした食感の麺からピリ辛ながらも魚の旨味が口いっぱいに広がる。
レプリケーター料理の薄く雑な味の料理とは違う、人の心のこもった料理にジルの顔がほころぶ。それを見た少年もおそるおそるフォークを手に取ると料理を口に運ぶ。瞬間、舌から脳に向かって衝撃が走る。しかも何時間も何も口にしてなかった身体が食事に旨味を加算させている。フォークで刺して食べるなんて上品な食べ方も忘れ、皿を傾けて魚の身もトマトもナスもかたっぱしから口の中にかきこむ。溢れる涙をぬぐう暇すらない。
ジルは優しく彼の頭をなでていた。
あっというまに食事は平らげられた。食べ終わった後の皿はパヴァロッティが全て回収していき、再び営倉にはジルと少年だけの空間になった。しかし前のような距離はなく、2人隣り合って座っている。
互いに何も言わず、静かな時間が過ぎていく。しかしその空気を少年が先に破った。
《……スルツ》
「えっ……?」
《名前、聞いたろ》
「……そうね、そうだったわね。私はジル、よろしくスルツ》
ジルが手を差し伸べる。それを不思議そうな顔をしてみると、スルツも握り返してくれる。
《……変なバルカン人だ。クリンゴン語を喋るし、握手を求めてくる》
《ほとんど地球人みたいなものだから》
柔らかい笑顔をうかべるジルとそれにつられてスルツにも笑顔が浮かぶ。しかし彼の表情がすっとまじめなものに切り替わる。
《なんで俺たちの星を爆撃したんだ》
《……誤解よ。あれは強奪された連邦艦を利用したクリンゴンの攻撃だ》
《嘘だ!》
スルツがジルの肩を掴み壁に叩きつける。背中に受ける衝撃に視界が一瞬揺らぐが、怒りに染まったスルツの目から視線を逸らすことはしない。ここで逃げれば彼からの信頼を失う事になる。
《私たちも同じクリンゴン軍から攻撃を受けて指揮官が全員死亡したの、私もわけもわからないままここにいるのよ。けれどあなた達の惑星から救助要請が送られてきたから助けに来たの。だから爆撃してきた船は周りにいなかったでしょう?》
《っ……そう、だけど……》
《私たちも彼らから攻撃を受け続けてる、あなたを殺そうとした人たちとは別人よ。むしろあなたと同じ……あなたの力になりたいだけ》
極めて冷静に、論理的に彼を説得する。スルツもそのことを理解はできているようで肩を掴んでいる手から力が抜け、目が泳ぐ。
ジルは肩に置かれている手を握るとスルツに顔を寄せる。
《私たちは犯人を知りクリンゴンと私たちの潔白を証明したい、そのためにもあなたの協力が必要なの。お互いの名誉のためにお願い、力を貸して》
ジルの瞳にスルツの驚く顔が映る。バルカン人に協力する、そのことがスルツ中のクリンゴンの誇りと名誉に傷をつけるものであった。しかしクリンゴンのため、その言葉がスルツを動かした。
《……わかった、俺の知ってることを話そう》
《__! ありがとう、スルツ》
ジルの顔に安堵と喜びの笑顔が浮かぶ。その笑顔にスルツは心臓が一瞬跳ねたような気がした。
クリンゴン語は不定形な文法と独特の単語を用いる言語で習得にもかなりの根気がいる。地球人話者ですら数が少なく、ネイティブと会話ができるものは尚更稀だ。
ジルは幼い頃に持ち前のバルカン人らしい記憶力と学習能力で習得したが、ムツ艦内に他のクリンゴン語話者は存在しない。そこでスルツには自動翻訳機を兼ねたコムバッジを付けてもらうことにした(むろん、その方がジルとしても楽という理由もあるが)。
そして爆撃を受けた当時の状況を知ることがついにできた。
「それじゃあ、あなたの惑星に来ていた船はメイフラワーだけじゃなかったの?」
「ああ、そのメイフラワーって連邦艦と……アンドリア*1のクマリ級巡洋艦*2が来てた。こっちの防衛隊は小型旧式のバード・オブ・プレイだけだった。勝ち目はなく壊滅し……」
悔しさに歯軋りするスルツ。
聞き出せた詳細はこうだった。事前の情報もなく現れたUSSメイフラワー__そうとは名言されていないが、艦級と情報からそうだと断定される__とともにアンドリア所属の船も現れた。
聞き出せた詳細はこうだった。事前の情報もなく現れたUSSメイフラワー__そうとは名言されていないが、艦級と情報からそうだと断定される__とともにアンドリア所属の船も現れた。
本来はこの領域一帯を守衛する艦隊がいるものの数日前から留守であり、自警団が迎撃にあたった。しかし運用される船はD4級バード・オブ・プレイ*3であり、勝ち目は無かった。自警団は瞬く間に殲滅され、地上にフェイザーと光子魚雷が降り注いだ。地上は地獄と化し、あとはジルも知る惨劇である。
しかし引っかかる点が残る。
アンドリア艦が強奪された情報はおろか、この近辺にアンドリア艦が航行しているという話は一切なかった。なぜ、どうやって彼らがアンドリア艦を手に入れたのか。
しかしこれまで遭遇した船、報告のあった船を思い返す。旧式化し退役したD7級巡洋戦艦、欠陥により退役したD-12型バード・オブ・プレイ、それ以外の勢力はクリンゴンではなくオリオンとゴーンの船が主であった。さらにはアンドリアの旧型艦……ジルの中で一つの仮説が立てられる。
「犯人は旧式の船を買い集めて戦力を強めていた……?」
古くなり不要になった宇宙船は各勢力ともにある程度自由に売られており、スクラップ業者に渡されたり傭兵に利用されたり、あるいは辺境惑星の自治自警のために利用される。しかしそれらはむろん船籍削除やトランスポンダーの無効化をされたうえで売却される。だというのに接触してきた船はどれもクリンゴン艦隊の表示となっており、スルツのいうことを信じればアンドリア艦も船籍表示は連邦のものだったとされていただろう。
不可能なはず__だがもし、もし仮にこれが長い目で計画されていたことだとしたら?これらの船の出所が同じであれば、その仮説は立証できるのではないか?
ジルは速足に艦橋へと向かう。そのあとをスルツもついていった。
ターボリフトから降りるジルとスルツ。艦橋の面々は最初に降りてくるジルの姿を見て安堵の表情を見せ、あとから降りてくるスルツに困惑と疑念の表情を露わにする。
艦長席から立ち上がったエリザベスが全員の言葉を代弁する。
「ジル、その後ろのクリンゴンは……」
「救助者兼協力者よ、そんな顔をしないの」
「けど……」
エリザベスがちらっとヴィルラのほうを見る。ただでさえクリンゴンに対してヘイトの高いヴィルラだ、自分よりも年下とはいえにらみつけ不信感を露わにしている。一方でスルツもヴィルラに侮蔑の視線を向ける。
戦における勝利と名誉を重んじるクリンゴンと商売の儲けを重視するフェレンギの仲は最悪だ。たとえ面識のない2人相手であっても険悪な空気になるのは仕方がない。
しかしジルはそれを無視してヴィルラに指示を出す。
「ヴィルラ、今まで遭遇したクリンゴン艦の名前や艦籍は追える?」
「ん……あ、あぁ……問題ない、確認できるが」
「それがどこの会社に買い取られているかは見れる?」
「……商会ギルドのデータバンクに乗ってるかもしれない。確認してみよう」
ヴィルラはコンソールに向き合ってフェレンギの使う商人たちのネットワークに接続する。ディスプレイに表示されるのは過去クリンゴンで売却されてきた宇宙戦艦の数々。しかしすべてがクリンゴン語で表示されており、ヴィルラでは判別ができない。ジルもクリンゴン語の会話はできても読み書きはできない。
「ダメだジル、これじゃあどれがD7級巡洋戦艦かも__」
ヴィルラが首を振ったその時、同じ画面を見ていたスルツが画面を指差す。
「これ、ヴォルチャ級*4のリストだ。D7級はもっと上の方」
「……D-12型バード・オブ・プレイはどこかわかるか?」
「それだったら……あった、このリストだ」
ヴィルラが指示する船をスルツが確認し指差し、そこから企業を割り出していく。1隻、また1隻と見つけるうちに2人の表情が険しくなる。
やがて4隻分の照合を終えると2人はジルのほうを振り返る。
「ドンピシャだジル、お前の読み通りいままで遭遇した船はすべて同じ企業が購入している」
「それに、同じ企業の購入船の中にはアンドリアの船もいる。もしかすると俺の星に来た船はこいつかも……」
「証拠は一つ見つかったわね。細かい船の入出記録や実施された作業については?」
「さすがにそこまでは見れんな、それこそデータバンクのある本社にでも行かない限り……」
ヴィルラがそこまで言った時、ジルの目が鋭く細くなる。それをみたヴィルラがしまったという顔をする。
「……俺の想像でモノを言うのは嫌だが、妙なことは考えてないよな?」
「妙なことだなんて失礼ね。その会社、どこに本拠地を置いてるの?」
「第157貿易ステーション、現在地から最大ワープ速度で半日ほどの場所だが……」
「なるほど、やることは決まりね。シン、進路変更!第157貿易ステーションへ!」
嫌な予感の的中にため息をついて額に手を当てるヴィルラ、指示を聞いて楽しくなってきたと笑みを浮かべるシン、艦橋にいる各々思い思いの表情をする。
「いちおう聞いておくが、行ってどうするつもりだ?」
眉間にしわを寄せたヴィルラが椅子を回してジルのほうを向き、対して艦長席に座るジルがヴィルラを横目に見ながら応える。
「ステーションの端末からデータバンクにアクセスできるはず、そこからデータをできる限り抽出する。それさえあれば犯人も特定できる、この戦闘が茶番であることも証明できる」
「それを誰がするっていうんだ」
「それは私が「却下だ」
ジルの発言にかぶせてさえぎると、ジルの近くに歩み寄り彼女の左腕を掴んだ。瞬間、ジルの表情が痛みで歪んだ。
「けが人がやたら出かけるもんじゃない。それにお前は艦長だ、おとなしく艦長席に座っていろ」
「ッ……」
ヴィルラが手を放すとジルは力の入らない左腕を押さえる。彼女の背中にヴィルラがさらに言葉を投げる。
「教官からなんて言われてたかな?”尊大な責任感と卑屈な自己犠牲”だったか……お前の経験と信念を考えればわかる、だが部下はもっと活用しろ。なんのために俺がいるんだ」
「けれどこれは私の指示、ピカード提督の指示じゃない。だったら私が__」
「バカが、お前が行ったって足手まといだ」
食いかかるジルの額を指ではねる。ジルは「イタッ」と小さな声でのけぞり、額を押さえながら恨めしそうな顔でヴィルラをにらむ。
ヴィルラはそれでも肩をすくめてさらに言い放つ。
「それにお前、商会ギルドのデータサーバーなんて触れるのか?」
「う……」
いかにジルでもフェレンギ人の管理する商会ギルドサーバーにアクセスはできない。それに精通しているのはヴィルラくらいだ。これで強制的に誰が向かうか決まったようなものだ。
しかしさらにスルツが一歩前に出て名乗り出る。
「なら俺も行かせてくれ、あんたに助けられた恩を果たし俺たちの復讐を果たす」
「……わかった、ヴィルラの護衛として一緒に向かって」
ヴィルラが一瞬スルツのほうを見て、スルツもヴィルラに視線を送ると黙ってうなずく。自分を信じろ__そういう意思を感じたヴィルラは黙ってジルの方に視線を戻す。
「……あの……」
「? どうしたのエリー?」
ヴィルラとスルツの背後からおずおずとエリザベスが手を上げる。
「その、私も行っちゃだめかな?行く先に敵がいるかもしれないなら、一人でも人は多い方が良いと思うし……」
「それは俺も賛成だ。エリザベスの腕は信用できる」
エリザベスの提案にヴィルラも乗る。少しの間口元に指を置いて思考していたが、ジルもそれに了承する。
「それじゃあ3人は第157貿易ステーションに到着後、施設に転送し内部端末からデータを抽出して。施設に向かうのに必要な衣服があればレプリケーターを利用して」
「わかった、行くぞ2人とも」
3人が艦橋からでていき、ジルがモニターに向き直る。それぞれが自らの職務を全うするために準備を始める。すべては全員が生きて帰るため__
第157貿易ステーション、23世紀に惑星連邦によって建造された古い設備で元を言えば対クリンゴン戦争用に建造された基地だった。クリンゴンとの間にキトマー条約*5が結ばれたのちにクリンゴン帝国領内にい置き去りにされたこの基地は破棄され、民間に売却された。
それが現在ではフェレンギ同盟の商人によって民間港として利用されており、商人たちはここで商品の売買を行ったり、施設内に本拠地を構えて経営を行っている。その星人はフェレンギ、クリンゴンに限らずオリオン、ゴーン、ノーシカンなど多岐にわたる。
設備に潜入するためヴィルラはフェレンギ人商人らしい服装へと着替えた。スルツもクリンゴンの戦士らしい服装に袖を通している。
一方で地球人であるエリザベスがこのクリンゴン領域の貿易港にいるには不自然すぎる。そこでヴィルラの妾ということにして連れていく事になるが……
「い~や~!こんなの服じゃない、布だよ!!」
「だから、仕方ないだろ?フェレンギだと女性の地位は他の惑星と比べ物にならないほど低い、異星人はなおさらだから普通の服を着せると怪しまれるんだ」
「や!!フェレンギはどんな文化してるの!!最低!!」
「……それはその通りではあるが……」
エリザベスに渡された服は胸元の布地は心元無く背中がぱっくりと割れて丸見え、スカートも左右にスリットが深く腰当たりまで刻まれて動けば下半身が丸見えになりそうなドレス衣装だった。あんまりにも露出が多く扇情的な服を渡されてエリザベスは自室に籠り抵抗を続けている。扉の外でヴィルラが説得を試みるがまるで効果が無い。ヴィルラが隣のスルツを見るが彼も首を横に振るだけだ。
あまりの事態にシンが艦橋から降りてきた。
「一体なにしてんのあんたら」
「あー……いや、まぁ……多文化共生の問題だ」
「ハァ?」
心底何を言ってるんだという顔でヴィルラを一瞥したのちにシンはエリザベスの部屋に入ろうとする。しかし、内側からロックされており開けることができない。溜息をついて頭を掻きむしるとシンがイラつきながら端末にコマンドを伝える。
「セキュリティコマンド、コード1!保安主任シン・ティン!」
『コマンドを承認』
電子音とともに扉が開くとシンがまず入り、あとにヴィルラが入ろうとする。しかし、シンに頭を叩かれ追い出されてしまう。
「男子禁制だよ、出ていきな」
「む……」
なにか反論しようとしたものの、先に扉が閉まってしまい後に不満げな声だけが残った。
涙目になりながらベッドに座るエリザベス、傍らには投げ出されたドレス衣装が広がっている。
部屋に入ってきたシンのほうにひどく情けない表情を向けるエリザベス。それを見てシンは溜息をつきながら彼女の隣に座る。
「もう、いつまでそうしてるつもり?」
「だって……見てよコレ、こんなの着て人前に出たくないよ」
「まぁ……それには同情するわ」
そこの服を手に取って広げると服を見下ろし、自分の身体とエリザベスの身体を見比べ、もう一度服を見返す。
エリザベスと比べて__というよりジルを含めほとんどの同年代の女性と比べて__起伏の少ない身体をしているシンだ。正直に言えば同情より嫉妬が先にくる。
半分嫉妬、半分本心の言葉がまろび出る。
「エリザベスかジル艦長なら似合いそうなもんだけどね」
「うぇえ!?」
エリザベスが素っ頓狂な声を上げて顔を赤くする。
シンが服の肩紐をいじりながらジトっとした視線をエリザベスに向けて続ける。
「私はこういうのが似合う身体でも性格でもないし?エリザベスはずいぶん恵まれてるじゃん、こことかこことか」
「ちょっ……やっ、やめっ……」
エリザベスの身体をつっつきまわすシン。くすぐったさに身をよじりながらも性格のせいで強くは嫌と言えない、もっともこのくらいのスキンシップならエリザベス自身まったく嫌ではないのだが。
すこしは気分が和らいだエリザベスにシンが問題に切り込む。
「だから嫌か?その服は」
「ん……それもあるけど……」
ベッドの上で膝を抱えるエリザベス。
むろんこの露出の多い服への恥ずかしさも理由にはある。しかし同時に半分の自尊心が待ったをかけていた。
エリザベスの家庭は言ってしまえばかなり恵まれた出身だった。ルーツは古く18世紀には東ヨーロッパで貴族として栄えた家系であり代々軍人を輩出してきた一族だ。莫大な資金、膨大な土地、安定した生活、それでも宇宙を目指したのはジルの影響あってだった。ジルと出会ってからこの場にいるまでジルと互いの欠点を補い合いながらやってきたのだ。
しかしそれは言ってしまえば__彼女の内気な性格を込みにしても__長い教育の中で育まれた名家としての自尊心が消えることなくこの場まで来てしまったことの現れだった。
もっともそれはシンには理解し難いものだが。
「自尊心ね……あほくさ」
「なっ、なによ!」
珍しくエリザベスが声を荒げる。しかしその声はシンには響かない。
「アンタはね、追い詰められたことがないからそう悠長なのよ。私も、たぶんあのジル艦長も着ろと言われたら着るわよ。そうしなきゃいけないならなおさらね」
「……それは……そうかも、だけど……」
「ジル艦長もそうだと思うけど、私もそう__ヤバいとこ出身だから言っておくけど、こういう状況じゃ自尊心なんかで飯食ってはいけないよ。それどころか生きてもいけない。できることならなんでもしな、手段なんて選ぶな」
そこまで言われてしまってはエリザベスも黙るしかなくなってしまう。
しばらく目を伏せて考えていた__が、おもむろに立ち上がると自身の化粧品類を入れていた棚を開ける。シンやジルではまず使わないだろう量の化粧品、それもどれも最高級品だ。
あっけにとられたシンに背を向けたままエリザベスが決心を口にする。
「やるなら徹底的にやるよ、私も」
「……その気概だよ」
彼女の覚悟を見てシンがニヤリと笑う。女たちの戦いが始まろうとしていた。
一方で艦橋も忙しさを増していた。いかんせん貿易ステーションに係留されている船はフェレンギとクリンゴンの貨物船しかいない。そこに連邦艦がいることなどありえないことだ。
それをどうやってごまかすか、それが問題なのだ。
「連邦の使節船ってことで通せませんかね」
「どうやってその証明をするかよ、まして今は不法侵入中よ」
「それはそうっすね……」
ジル、パヴァロッティ、ルカが頭を捻り案を出し合っていた。しかしまともな案は何一つとして思い浮かばない。
シャトルと飛ばすにも載せているシャトルはすべて連邦用のシャトルであり、クリンゴン領にいるべきでないものだ。ましていざトラブルがあった際にシャトルでは逃げることが難しいだろうことは明らかだ。
思いつく限りのことはただ一つ、正面からステーションに取りつくことだけ。ではどうするか?
口元に指を置いて考え込むジル。
タイミングよくターボリフトから降りてきたヴィルラが怪訝な顔でジルたちの表情を観察する。それを見てジルが指を鳴らした。
「……何を考えたいま?」
「いえ、いいことを思いついたわ。ヴィルラ、
「ハァ?」
素っ頓狂な声を出しながらも促されて艦長席に座るヴィルラ。なるべく離れた位置に移動しながらジルが説明を始める。
「いい、この船は退役艦でスクラップ予定の船__という設定よ」
「お、おう……」
「……そんな顔しない、100年ものの旧型艦でしょ?退役してすぐのこの船を例の企業に売り込むためにあなたは来た、そういうことにして突破するの」
「それで、押し切ろうって?」
「まだ論理的でしょ?」
そう言われてしまえばそこまでだ。何度目になるかのため息をついて艦長席に座る。
その後ろからジルが声をかける。
「なるべくフェレンギの
「わかったわかった……」
頭に手を置き首を振る。今までも無茶を言われてきたがおそらく一番堪える無茶振りだ。
しかし感情は船より速い。即座に切り替えてスクリーン・モニターに向き直る。
操舵手を代わっていたルカが操艦をしつつも報告を読み上げる。
「まもなく第157貿易ステーションに到着です」
「よし、通常エンジンに切り替えて亜光速飛行へ。始めるわよ……」
ジルの指示でムツはワープスピードから戻り、光の線となっていた星々は元の輝きを取り戻す。そして巨大な__といっても地球艦隊基地に比べては小さいが__宇宙基地が正面に現れる。中心には連邦の宇宙基地らしいキノコ状の主構造に3つの円盤形状の設備がパイロンを介してつながっている。
ナビゲーション・コンソールを見ていたパヴァロッティが前から接近する船を警告する。
「艦長、正面から宇宙船!オリオン*6のブラックガード級*7、通信が入ってきてます!」
「スクリーン映して。ヴィルラ、お願いね」
そういうとジルは通信に移らないように端にはける。
ヴィルラは首を振って諦めた顔をし、スクリーンに目をやる。スクリーンが外の景色から通信へと切り替わり、宇宙基地の守衛をする船の艦長であるオリオン人女性が映し出される。
『そこの連邦艦、所属と入港目的を言え。ここはお前たちの来る場所ではない』
「おいおい撃たないでくれ、こちらはただの廃艦だ。商品を傷つけたら弁償してもらうぞ?」
『__商品?何を言ってるの?』
オリオン人女性の艦長が怪訝な表情をヴィルラに向ける。
ヴィルラも臆せず、やや大げさに腕を広げて自身の話(といってもほぼでっち上げた話だが)を進める。
「この船は惑星連邦から買い取った旧型です。それを買い集めているクリンゴンの商人がいると伺ってきたのですが……」
『アリアスの企業に?まさか……しかし船体には登録番号と名前が残っている。現役艦ではないのか?』
「こんな旧型、だれも使いたがりませんよ。戦争のために100年前の船を?まさか!」
本音か演技かわからない発言が飛び出て思わずジルが苦笑を浮かべる。
変わらず怪訝そうにヴィルラを見るオリオン人艦長だったが、納得はせずとも面倒ごとは避けたいのか艦長席に深く座り直すと片肘をついて通信を続ける。
『いいわ、あなた達とトラブルを起こす気はないもの。入港を許可する。ただし、ひとつ忠告しておく__アリアスには手を出すな』
「……ご忠告痛み入ります、あー……」
『ヴィエート、これでもクリンゴン防衛艦隊所属なのでお忘れなく』
「ありがとう、ヴィエート艦長。ヴィルラだ、地球で商売をしいているのでもしご入用の商品があればご用命を」
『その時があればね、ヴィルラ』
通信が切れるとヴィルラは深く息を吐いて艦長席に崩れ落ちる。
ジルは船を移動させる指示を出しながら彼の肩を叩いてねぎらう。
「お疲れ様、ヴィルラ」
「もう二度としないぞ、頼まれたって二度としない」
「わかってる、けれど仕事はまだこれからよ?」
「あー……クソっ、わかった……準備してくる」
艦長席を離れたヴィルラはスルツを連れて艦橋から逃げ出す。本音では仕事からも逃げたいと思ったが、それは深く心にしまっておくものだ。
ターボリフトを介して転送室に向かう2人。その中で話題に上がるのはエリザベスのことだ。シンが傍についていたが、彼女が任務についてくるかはかなり可能性が薄い。
しかし根本で気になったことをスルツが口走る。
「あのエリザベスという士官、役に立つのか?弱気で軟弱でどう見たって戦士じゃないけど」
「言ってやるな、性格はどうしようもないが腕は一流だ。総合戦闘試験ではジルよりも上の成績だったんだ。近接格闘術はシンに劣るが射撃の腕は首席級だぞ、いてくれるだけでも心強い」
「……考えられないな」
ターボリフトから降り、転送室に着く。そこには先にエリザベスがいた__が、その姿は想像していたものをはるかに超えてていた。
地球風に言えばイブニングドレスに近い衣装に合わせて赤のアイラインとリップが美しく妖美に彼女の儚げな表情を飾る。多様な花の成分を使ったヘアオイルによって艶やかに輝き、華やかな香りがヴィルラたちの鼻腔をくすぐる。
ドレスもまた彼女の美しさを際立たせる。ホルターネック仕様で袖は無く、胸元の露出も大きいドレスがエリザベスの白い肌をさらけ出し、スカートに深く刻まれたスリットからは太ももが見える。それがむしろ普段では幼げな印象をもつエリザベスを大人らしい色気をもった女性へと変貌させている。
「……考えられなかったよ」
「……俺もだ……」
スルツが、ヴィルラがあっけにとられて見惚れている。ブリッジから叱りの言葉が飛んでくるのはすぐのことだった。
I.K.S.ヴェノマス
艦種:ブラックガード級フリゲート
クリンゴン防衛艦隊所属のオリオン人、ヴィエートの座艦。この船自体はヴィエート個人の所有物でもある。もともと彼女はこの船を操る宇宙海賊の娘だったが、オリオン人の名誉回復と汚名返上のために母親からこの船を強奪、クリンゴンの軍門に下った。