エゴにまみれた危険な悪魔   作:名無しの位階1の虫ケラ六年生

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第三十話 気づき

 

 

今日はあの日と同じ、雲一つない快晴。

空を見て憂鬱になることも感傷に浸ることも許してはくれない

ただ、清々しく晴れやかな空は私を明るく照らしている

一つの影すらも許さないほどに、燦々と

 

あの日からずっと、

 

 

「な、んで…」

 

メイは世界が止まったかのように立ち止まった。

口から震えて溢れでたものは、疑問と困惑と焦りそして恐怖。

音もなく、目から頬を伝って地面に涙が落ちた。それは断続的に止まる気配がない。

メイの身体は手足の先から凍るようにだんだんと冷たくなっていた。だというのに、心は沸騰したかのように熱を持っている。

メイの耳にはドクドクと鳴り止まない心臓の音が聞こえていた。よく見れば、涙ではない不自然な水が顔にあった。汗だ。顔から汗が滝のように流れでている。

どう見ても異常、だ。

 

「っ……あ、あぁ」

 

メイは小さく呻き、その場に膝を折った

 

まるで、懺悔するように

 

目の前の少女をみた、すると綺麗な黒い瞳に吸い込まれる

 

「あははなんでだろうね?」

 

少女は軽い様子で口を開いた。

 

「なんか、こうやって会うのも久しぶりだねー。私のこと…覚えてる?」

 

久しぶりに再会した友達に話すように、そんな気軽な笑みで、あの日から変わらない声で

それは、記憶にある姿となんら変わらないもので、気持ち悪いほど吐き気がした

 

「いやぁ……あなた、は」

 

嗚咽を堪えながら震える足を必死に動かそうとして、まるで少女から逃げるように必死にへたり込みながらもメイは後ずさった

 

一歩また一歩と近づいてくる少女とひと回りかふた周り大きいメイが無様に逃げる様ははたからみれば困惑する光景だろう

いつものメイならば、笑いでも出るかもしれないが今はそんな余裕すら無かった。目の前の相手が悪かった

 

メイよりも歩幅の短い少女は、なんとも簡単にその距離を詰めた

 

「ふはっ、……メイったら、おかしいの」

 

少女はメイの姿がおかしいのかクスリと笑った後少し悲しい顔をした。ゆるりとした動作でしゃがみ込み、メイの瞳を覗き込む。

 

「…私のこと嫌いになった?」

「そんなわけない!!」

 

「ふふ、そっか…」

 

「っ、」

 

方角のせいなのか少女が逆光になっているからか、影のかかった少女が酷く恐ろしく見えた。

 

「嬉しい、な。私もメイのこと大好きだよ」

 

まるで責められているように感じた

 

「私のこといっつも助けてくれたよね。私、嬉しかった」

 

メイはこの少女をよく知っていた。

笑った顔も、たまにみせる悲しそうな顔も、知らないわけがなかった。

 

一度たりとも少女を忘れたことなんてない。

 

少女はメイと同い年であった

 

メイが物心ついた頃から隣にいたかけがえのないお友達で初めてできた特別な存在。いろいろなことを教えたし、教えてもらった。たくさんの事を少女から学んだ。

 

「メイはぁ大きくなったねぇ!……置いてかれちゃったなぁ」

 

そして、そんな少女は数年前の姿のままだった。記憶のまま、あの時のまま、そっくりな姿だった。

 

少女の時が止まってしまった姿からメイは幻覚を見ているのだと思った

 

何年前だというのか、こんなに幼いままなわけがない、あり得ない、幻だ。こんなのおかしい。これは普通じゃない

 

この状況を作り出しているのは幻覚を見せる魔術だと判断できる賢さをメイは持っていた。事実、同学年の収穫祭に参加している生徒の中でそういう家系魔術を持った生徒がいたはずだ。

そうだ、その生徒の策略だ。幻覚魔術は直接攻撃ではない罠に嵌められたのだと。メイには正しい知識があった。メイに正しい理解力があった。

それなのに、それなのに

 

「ぁぁ、ぅうああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

頭では理解していても心が追いついてこないのだ

 

あまりにもこの少女は、メイを揺さぶるものだった

 

冷静になどなれるわけがない。落ち着けるわけがない

あまりにも目の前の少女は、メイの記憶の中の思い出と酷似しすぎていた。優しくて吸い込まれる目も、サラサラとした黒く濡れた髪も、整った顔も、無邪気な笑い方も、可憐な声も、全てが

 

「なんで、なんでぇ!!なんでなんでなでなんでええええ!!!!」

 

メイの心を揺さぶって離さない

 

目の前の少女は時が止まっている

 

 

だって、

 

 

 

 

彼女はもう、死んでいるから

 

 

「人殺し」

 

耳元で天使が囁く

 

「あ、ぁぁあ……あっ、ぁぅうぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

メイは気が狂いそうだった。心が壊れてしまいそうだった。いや、すでにもう、あの日からメイの心は壊れている

 

メイは忘れたことはなかった。

 

少女の笑う表情を

絶望に染まった表情を

 

少女の匂いを

血の匂いを

 

少女の綺麗な白い肌を

赤く染まった肌を

 

少女の身体の温もりを

冷たくなっていく身体を

 

少女と寄り添っていた日々を

最期を腕の中で看取ったあの日を

 

眩暈と

吐き気と

 

血の味が

 

生温かい血の味が忘れられない

 

感情が溢れる

血が溢れる

 

理性が壊れて

メイは自分を保てない

 

少女が息を引き取ったとき悲しくて悲しくて悲しくて

 

 

笑みが溢れた

 

 

「、ッ、あ」

 

 

私は最低な友達だ

 

 

「あぅぁう、ご、ごめっごめんなさない、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。生きててっぇあっ、あぁごめッぇなさぃッ、ごめッなさいごめなさいごめんなさいごめんなさい、ゆるしでゆるじでぇ!!ゆるざないでゆるざないでごめんなざぃ!ご、ごめんなざい!!ごめんなざッごめんなざぃごめんなざい!!!ごめんなざごめんなさぃごめんなさ」

 

メイの口からは謝罪の言葉が溢れ出てくる。

嗚咽混じりに少女に縋り付き、少女の顔を見る。

 

そこからは、笑顔が抜け落ちていた

 

「ヒュッ」

 

メイの口から悲鳴とも違う変な音が出た。恐怖の音だ。

 

メイは顔をぐちゃぐちゃにして、今にも死にそうなくらいに顔を青くした。唇は小刻みに震えている、よく見ると「ごめんなさい」と言っているようだった。

恐怖でもう声も出なくなってしまったらしい

 

「私…そんなこと言って欲しいなんて、言ってないよ?」

 

少女はゾッとするような低い声でそう言った。

黒い瞳はなにも反射させないほどに、底が深い暗さを感じさせる

 

「もう、謝らないで……わかった?」

 

そして反転してニコリと笑った

それが、怖かった

 

「それに私怒ってないよ!だって私たちお友達だもんねッ!!」

 

「へ」

 

縋り付くメイの頭に少女は手を置いた

 

「辛かったよね苦しかったよね。許すよ、私はメイのこと全く恨んだことなんてない」

 

「……へ、?」

 

メイの顔についた液体に嫌な顔ひとつせずに、優しく頭を包み込むように撫でる。その表情はとても愛に満ちていた

 

少女は抱きしめて耳元で愛の言葉を囁く

 

「私と…一緒に死のう?」

 

「あ、ぁッッぁぁあああああ!!!!」

 

これは、救いだ

メイが何年も求めていた救済である

 

メイにとってこれは、少女から差し伸べられた救いの言葉だった

 

ずっと死にたいと思っていた。少女がいない世界に意味なんてないと思っていた。後悔で毎日上手く呼吸ができなかった。胸にぽっかりと穴が空いた。

しにたかったしんでしまいたかった

少女と一緒になりたい。一緒にいたい。側に行きたい。置いてかないで。つれていって。

 

しぬのは私だったらよかったのに。

 

あいたいよ、ひとりでいきるのはつらいよぉ

 

いっしょに、いて

 

「はは、ぁ、あ……ぁぁ」

 

あぁ、だからこそこれは、幻でしかないのだ

 

頭にズキリと痛みが走った。

 

ああ、思い出した。

 

「……そんなことあなたは言わない絶対に言わない。だって、」

 

生きて、と

 

「あなたは私に生きろと言った」

 

少女は最期に腕の中でメイに呪いの言葉を残した

自分の分まで生きろ、と。

メイの大好きな声で、大好きな笑顔でそう言ったのだ

 

それは、メイを長年苦しめることになる呪いであった。

 

 

「私に救いなど無い」

 

メイは震える足で立ち上がった

それは前に進みだす一歩になる

 

「汚すな」

 

俯いていた顔を上げたメイの瞳は鋭く表情は確かな芯を持ち、先程までの醜態は見る影もなくなっていた

そんなメイに少女はぱちりと目を何度か瞬かせた後、再度笑った。それは、とても神秘的な微笑みだった。

 

あの時と同じだ。

メイは、気が狂いそうだった。いや、もうすでにメイは狂っている。

 

「メイ……私の分まで生きて、ね。私たちずっと一緒だよ」

 

「はい」

 

「ふふ、……」

 

あぁ、やはりこれは幻覚(トラウマ)だ。

 

 

少女が消えていく

 

幻覚が解けていく

 

心にかかっていた鎖が解けていく

 

思いが溶けていく

 

生きる理由を思い出した

 

私は

 

…一輩、先輩!!しっかりしてくださいっ幻覚魔術っすよ!!」

 

「私、は」

 

メイはだんだんと意識が現実へと引き戻されていった。頭がガクガクとし視界は不良。立ち尽くしているメイの肩をケイが激しく揺さぶっていたためだ。

 

「意識戻したっすね!!」

 

ぼんやりとしたメイの視界がクリアになってから真っ先に捉えたのはオレンジの元気な髪色が特徴的なケイであった。

相変わらずのケイの元気さに、メイは頭が痛くなってくる。これは先程までの痛みとは別の痛みだ。こちらは憎めないところがあるのでそう言う意味ではやっかいかもしれない。

 

「ポニテの男が先輩に精神魔術使ったぽいす!俺はそういうの耐性あるらしいんでかからないんすけど!!俺がいなかったら先輩はどうなってたことやら…褒めてくれてもいいすよ!!!」

 

「そう、ですか」

 

「先輩耐性が足りないんじゃないっすか〜?鍛錬あるのみっすよ!!」

 

メイの様子を気にすることもなく、ケイは何故かテンション高めに話を続ける。少し馬鹿にした態度も忘れない。まるで、精神魔術を解いたのは自分の手柄だと言っているようだった。いや、手柄だと思っていた。

このオレンジ頭は、なんと肩を揺らしただけで精神魔術は解けると思っているらしかった。

 

「いやー焦ったっすよ!ポニテ男に縋り付く先輩、絵面ヤバかったす」

 

メイが見ていた幻覚は幻であり、どうやら現実はかなり違っていたらしい。

メイは想像して少し嫌な気分になった。自分はよく知りもしない男に縋り付いて涙やら汗やら鼻水やらといった液体を擦り付けていたのかと思うと、かなり嫌だった

 

「ケイ、坊ちゃんにはこのことを絶対に内緒にしておいてください」

 

「あ、はい?まあ確かに、自分のメイドに手を出されたって言って怒りそうっすからね」

 

ケイは阿保だった

メイはそれでいいやと追求をやめた。諦めである。それにマルスは本当に怒りそうなのも事実であった。あれは特殊な性癖の持ち主である。メイはマルスが「メイの泣いた顔は俺だけのものだぞ」と気持ち悪い笑みで言ってきたことを思い出してゾッとした。

嫌なものを思い出したので、話をマルスから変えることにした

 

「それで、ポニテもとい、オロバスはどこへ行きましたか」

 

メイは膨大な情報量である生徒名簿をその頭の中に入れていた。アミィ・キリヲが起こした事件以降より一層情報把握に徹底していた。

メイは主人であるマルスを守る、いや快適に過ごせるように日々努力をしてきた成果が、ここ収穫祭で発揮されることとなった。

とうのマルスは今頃城に篭っているのだろうが……誰がみてもメイの貢献身には涙を禁じ得ないだろう

 

「あ、それならなんか「ッ魔術が解けたッくそっ」みたいなセリフを残して逃げていったっす!あっちの方に!」

 

「……ケイ、」

 

メイはケイの阿保さ加減に呆れ顔をするしかなかった。

まさか、敵をみすみす逃すとは思いもしなかった。

 

「はいっす!」

 

ケイはその事に気づいていないときた。

 

「…あれはおそらく、問題児クラスを標的にして狙っていますよ。」

 

「?それがどうしたっすか?」

 

「、はい?」

 

「それに問題があるっすか?」

 

ここまでくるともはや心配になってくるレベルだが、ケイは心底不思議そうにメイを見るだけだった。

 

「?ぁ、ぁあ…つまり、そういう事ですか。はい。言い方が悪かったですね、オロバスは坊ちゃんを狙う可能性があるということです」

 

「ッ…!!」

 

メイの言葉に自分がやらかしたことの重大さに気づいたようである。ケイの顔がみるみる青ざめていく。手が震えだした。目から、光が消えた。

突然の変わりようにメイは戸惑う。

目の前の状況は、異常という他ないが、ここにマルスがいればアバドン家の護衛名物だなと笑うところだろう。

通称敵対者全ごろしモードだったか…このように、この状態もありふれたものでアバドン界隈では呼び名があるのだろうか。

 

「あ…ぁ…申し訳ありませんでした。アバドンにあだなす敵は排除、敵対者は排除、不穏分子は排除、排除排除排除。ころさないと」

 

一体これのどこがありふれていて、笑える要素があるというのだろうか

これがありふれた環境とは一体なんなのか。存在していていいはずがない

 

「ケイ」

 

メイが名前を呼ぶが正気に戻る様子がない。ハイライトの無い目は虚空を見つめて口から感情の篭ってない言葉が淀みなく出されるだけだ。

ただ淡々と、排除と

 

「今度こそは上手くやります失敗はしません、躊躇いなく排除します。ころします敵は殺さなければなりません。排除排除、排除します」

 

「ケイ」

 

メイは肩を揺さぶった。先程幻覚に囚われていたメイをケイが揺さぶったように激しく。

何かに囚われたケイを解放するために

 

「そこに感情はいりません。躊躇してはいけません。意味を求めてはいけません。欠陥品は交換が必要になります」

 

肩を思い切り揺らす、だがケイは正気に戻らない。

メイが幻覚の魔術を自力で解いたように、ケイもそうしなければならないからだ。心の中に引っかかっているもの、もしくは隠されているもの。

また、あるいは植え付けられたものを

 

自分で気づかなければならない

 

 

「ッ、アバドンに仕えるこの身は!」

 

「最上の喜びであり!一生を捧げ魂の忠誠を誓う!!ッぁ、…あ、おれ、は」

 

「……目が覚めましたか」

 

メイが咄嗟に叫んだフレーズは、アバドン家に仕えるものなら皆知っているものだ。これを言えばケイはきっと目を覚ますだろうとメイは確信していた。

ケイがどうなのかは知らないが、メイは幼少期からずっとこれを言い聞かされていた。子守唄のように、いつも

 

「す、すみませんっす。俺あんまり出来が良くなくて!教官にもよく言われてたんですけど、…こ、こんどは、!失敗しません!」

 

「ケイは、……いえ、拠点に戻りましょうか」

 

ケイはどこか欠落しているとメイは感じた。

それも今回が初めてでは無い、何度も引っかかりを覚えたことはあった。ケイという悪魔はとても感情的だ。嬉しいことは身体を一杯に使って表現するし、悲しい時には涙を流す。

マルスがケイにウァラクと友達になるなと言った際には涙を堪えていた。普段ウァラクと遊んでいる際には腹から声を出して笑っている。

普段の言動や行動全てが頭で考えたことよりも心で感じたことが優先されている。

 

「ケイ、あなたの好きなものはなんですか?」

 

突然なにを考えたのか、メイはケイに簡単な質問をした

特にその質問の意味は考えずにケイは答える。

 

「えーっと、みんな好きっす!って言いたいっすけど、…俺この頃好きなものたくさんできて、特にその…先輩とか、クラスメイトとか…ウァラクとは気が会うし!」

 

 

「坊ちゃんは入ってないんですね」

 

 

「おそれおおいっすよ!!……それに、それより、大切って感じです!!!!!」

 

大切

 

メイがケイに感じていたのはこれだ。

 

ケイにとって大切なものはマルスだけなのだ。

 

ケイはメイのことを尊敬する先輩だと思っているだろう。主人であるマルスのことをいつも第一に考えて行動する姿に憧れを抱いていた。いつかは自分もそうなりたいと思っている。

 

ただ、ケイにとってメイは大切なものではない

守るべきものではない

 

そう決められている

 

誰に?

 

 

「私は理不尽を壊す、必ず」

 

 

今、間違いなくメイ自身の意思で、心に確かな熱が宿った

 

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