現代ダンジョンで魔法少女になったら男に戻れなくなった   作:都森メメ

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第1話

 

 

 10年勤めた会社が潰れた。

 失業保険で生きる毎日にも、さすがに飽きてきた。

 とはいえもう一度就職活動をする気力も湧かない。

 だからというわけではないが、気まぐれでダンジョン講習を受けてみた。

 

 冒険者資格はあっさりと取得できてしまった。

 

 資格が付与された以上、ダンジョンに潜らないのももったいないと思ったので、近くで潜りやすいダンジョンで腕試しすることにする。

 

 選んだ場所は日本で最初に民間に公開された『アキバダンジョン』、もっとも初心者向けといわれるそのダンジョンの門を意気揚々とくぐった初日の稼ぎは4,400円だった。

 

「時給換算だと最低賃金余裕で割ってるなこれ」

 

 朝から夕方まで、実働で8時間弱働いた結果がこの稼ぎである。余裕で最低賃金を割る激安報酬だ。冒険者になるために必要だった初期投資を回収できるのがいつになるのかも見当すらつかない。

 

 

「まあ一日中走り回って倒せたのがアーマーラット8匹だし、仕方ないか」

 

 地下深くにのびるアキバダンジョン、それに蓋をするかのように建造された『日本ダンジョン協会』のアキバ支部の建物から外にでて、先ほど受けとったばかり4,400円を自分の財布の中にしまう。

 

 

 帰りの電車に乗る際、改札を抜けようとしたところでICカードに残高がなかったことに気づき、とりあえず1,000円だけチャージした。もう会社の定期券はないのである。

 冒険者を続けるにしても、こんな金額の稼ぎでは話にならない。

 

 まずはレベル1に到達して自身のステータスが把握できるようになるまで頑張ってみるか。そう決意を新たにし、電車に乗って帰路についた。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 次の日も、その次の日もダンジョンに潜ってアーマーラットを狩り続けた。背中に鎧のようなプレートを背負っている体長40センチほどのネズミの姿をした魔獣だが、その名前のとおり防御力は高いものの人間を殺すほどの力はもっていない。

 

 振り下ろした剣は、甲羅に弾かれて鈍い音を立てた。

 その隙に、ラットはすり抜けるように逃げていく。

 

「待てコラ!」

 

 アキバダンジョンの第1層に現れる魔獣は9割方こいつである。死の危険が薄いからこそ、積極的にアーマーラットを追いかけて狩ろうとするが、奴らは自分が負けそうになるとすばしっこく逃げてしまうため、中々討伐数を稼げない。

 

 

 初日はアーマーラット8匹討伐で4,400円。

 

 2日目は10匹討伐で5,500円、3日目は12匹討伐で6,600円、といった調子で収入は少しずつ増えてはいるが、ケガをしたら一発で治療費として持っていかれてしまうので無理はできない。

 

 就職活動が面倒くさいという消極的な理由でダンジョンに冒険者として潜りはじめたとはいえ、大きな怪我をして引退するなんて結末はできれば避けたい。

 

 

「そもそもアーマーラットの魔石の買取額が安いんだよな」

 

 アーマーラットの肉体は倒すと魔力の霧となって消えてしまう。そのあとに残る魔力が結晶化したものを『魔石』と呼ぶが、アーマーラットのそれは1つあたり550円にしかならない。

 

 ダンジョンを探し回ってようやく見つけても一撃で倒せなければすぐに逃げられてしまう。重たい初心者用の直剣を振り回したあげくラットに逃げられたときの徒労感は半端じゃない。

 

 

「早くレベル1になりてぇ……!」

 

 ある程度の数の魔獣を倒して、自分の肉体に魔力を染み渡らせることにより、人間は『レベル』という異能を手にすることができる。ちなみに今の自分はそのレベルのある状態にすらたどり着けていない状態であり、言わばレベル0、というと少しだけ格好良く聞こえるが、ぶっちゃけただの下積み冒険者である。

 

 

 自分のレベルアップを待ち遠しく思っていると、20メートルほど先の曲がり角にラットの姿を見つけたので、それに向かって走りだした。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 冒険者生活も気づけばすでに一ヶ月を過ぎようとしている。

 

 

 本来は就職活動にあてるべき貴重な失業保険の期間をほぼドブに捨てるような行いではあるが、そもそも冒険者をやっていなかったとしても遊ぶ友達や彼女もいないので、きっとあまり変わらなかっただろう。心配してくれる両親はすでに鬼籍に入っており、だからこそ冒険者などという危険な職業に手を出したりもしている。

 

 今のところ相手にしているのが弱い魔物だけとはいえ、少し間違えると大けがを負ってしまうのが冒険者だ。気を引き締めて掛からなければならない。

 そんな風に、ダンジョンに潜るか、家でゴロゴロしながらスマホをするかという2つのコマンドだけをひたすら繰り返しているうち、とうとう自分の『レベルが上がった』ことを知覚した。

 

 

 

「おお……これがレベルアップか……」

 

 一ヶ月ネズミを追いかけ回した甲斐はあった。

 

 とくに脳内に何かのアナウンスが流れることも無いが、それでも何となく自分が生物として一段高い場所に上がることができたような感じがする。今までダンジョン内で感じることのできなかった魔力の波長も皮膚感覚で知覚することができる。

 

 

 つい今しがた直剣を突き刺していたラットはすでに魔石と化していたので、それを拾ってリュックに詰める、そのついでに中から1枚の紙を取り出した。

 

 

『スキル転写シート』という名前の使い捨ての魔道具だが、これに自分の魔力を流し込むことで、レベルや保有するスキルなどがはっきりとわかるようになる。

 

 自分が先ほど感じたものが間違いなくレベルアップの感触であることを信じながら、紙に触れた親指からゆっくりと魔力を流し込む。

 

 

「お、転写できた」

 

 

 魔力を流してから20秒程度で転写シートにうっすらと文字が浮かび上がってきた。魔力を正しく扱えているというこの時点でレベルアップしたことは確実だが、転写シートもそれを支持してくれているようだった。

 

 

 

【レベル】1

 

 

「よし、これで次の階層にも進めるかな」

 

 

 おそらくこの一ヶ月で倒したラットの数は400体くらいだろうか。

 ネットに出回っている情報と比べるとレベルアップに思ったよりも多くの討伐を必要としていたのだが、それよりも今は念願のレベル1にたどり着けた喜びで飛び上がりそうな気持ちだった。

 

 

「────────ん?」

 

 

 ガッツポーズで握りしめていたスキル転写シートにもう一度目を向けると、レベル表記の下部にさらに文字が浮かびあがってくる。

 

 

「まさか【固有スキル】か!?」

 

 

 その予想は当たっていた。

 レベル表記の1つ下に【固有スキル】『魔法──』というカテゴリが徐々に浮かびあがってきたのである。

 

「おお! 『魔法系』か……! 勝ちだろこれ……!」

 

 

 後天的に修得できる『剣術』や『火魔法』などのスキルとは異なり、固有スキルはその人が生まれながらに持っていたスキルだとされている。まさか自分がこれに該当しているとは夢にも思わなかった。

 

 ダンジョンが世界中に現れてから10年ほどが経過しており、これまで様々な固有スキルの存在が確認されている。

 固有スキルを持っている冒険者はどこへいっても引く手数多である。公表するだけであらゆる冒険者パーティーから勧誘を受けることになるだろう。

 

 日本ダンジョン協会によるレポートによれば、固有スキルを持つ冒険者の平均年収は、そうでない冒険者と比較すると日本円にして約500万円ほどの差があるらしい。

 

 

 固有スキルの発現率は0.001%以下とも言われており、自分が10万人に1人の固有スキル持ちであることにひどく優越感を覚えてしまう。

 

 

 しかも『魔法系』だ! 

 過去にもこの固有スキルを持った冒険者は現れているが、ほとんど全員が第一線で活躍するほどの冒険者となっている。

 

 未到達階層を冒険する未来の自分に想いを馳せながら、もう一度この喜びを噛み締めたいと思ってスキルシートに目を向ける。

 

 

 

「────は?」

 

 

 

【レベル】1

 

【固有スキル】『魔法少女』

 能力:以下の固有魔法の使用が可能になる。

 ショコラバースト(単体攻撃)

 マカロンウェーブ(全体攻撃)

 ドーナツシールド(防御)

 etc.

 

 

 まだすべての文字の転写が終わったわけではないが、どうやら自分の固有スキルは『魔法使い』ではなく『魔法少女』だったらしい。

 

 

 

 当方、アラサー男性なんですけど、これはどう解釈すれば……? 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 スキル転写シートを両手で掴みながら思考を巡らせる。

 

 男の自分になぜ『魔法少女』というスキルが発現したのか? 

 そもそも少女どころか女ですらない自分がこのスキルを使えるのか? 

 というか過去の記録でこんな固有スキルは聞いたことがない、下手をすれば自分が世界初の『魔法少女』スキルの発現者かもしれない。

 

 

「いや、こんなん人に知られたらなんて思われるか」

 

 

 ダンジョン協会の職員へのスキル申告や登録は任意であるが、これを積極的に開示する気にはまったくなれない。

 

 

「まあ固有スキルなんて内緒にしておけばいいだけだしな。……使えない可能性もあるけど試しに発動してみるか」

 

 

 協会の窓口職員から生暖かい目で見られる自分、という想像から逃げるように固有スキルについて再考することにした。

 

 

「魔法少女ってことは、やっぱり変身したりするのか?」

 

 だいたいそういう時って何らかの合言葉的なものがあるような気がするが……、そう思案したところで直感的にこのスキルの発動方法を理解することができた。

 

 さっきのレベルアップしたときの感覚といい、ダンジョン絡みでの第六感的な気づきはどういう原理なのだろう。

 

 何にせよ、『魔法少女』スキルを発動するのにとくに呪文や合言葉は不要だったらしい。

 

 

「よし、『魔法少女』発動」

 

 

 念のため周囲に誰もいないことを確認してから、発動しろ発動しろ発動しろと目を瞑りながら脳内で繰り返していると、気づけば視界のすべてが虹色の光で覆われていた。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 光で満たされた空間の中で、重力から解放されたかのように自然と浮かびあがる。己の身体に目を向けると、先ほどまで着ていた服や背負っていたリュック、掴んでいた直剣が消えている。

 

 けれども全裸というわけではなく、虹色の光がリボンのような形状を取って自分の身体に巻き付いていた。

 

 

 肉体の輪郭が徐々に変化していく。

 

「おおおおお……!!」

 

 光るリボンが巻き付いた胸から下の身体はやがて女の輪郭を取って安定した。

 

 

 ポンッ! ✩

 

 

 と弾けるような音がした右腕をみれば、フリルがあしらわれた魔法少女の衣装が装着されていた。それはすぐに右腕以外の部位でも同様のことが起こり、後頭部に何かが装着されたような感触もあった。

 

 

 全身の着替えが完了すると、最後に自分の目の前に魔法少女的なステッキが差し出されるように中に浮いていた。

 

 取り逃がさないように両手でそれを掴んだ瞬間、視界が一気に開けて、元々いたアキバダンジョン第1層のありふれた景色が見える。

 

 

 直後、自分の身体がオートメーションの機械のように自動的に動いてしまった。

 

 

『ふわりと漂う、甘い気配……マロン・ノワール。今夜もすべては、私の思惑どおりに』

 

 

 周りに誰もいないのに自分の口は勝手にそんな口上を述べて、ステッキを虚空に向けるようにしてポーズを取ってしまった。

 

 

 5秒ほどが経って、ようやく自分の意思で動くことができるようになった。

 スマホのインカメで今の自分の姿を確認してみる。

 

 うん

 

「めっちゃ可愛いわこの娘」

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 改めて変身が完了した服装を見下ろす。

 

 色味的には全体をとおして黒と栗色がよく使用されており、服装の形状としてはエプロンドレス、というよりメイド服の秋服バージョンを魔法少女系に加工したとしたらこんな感じかな、というような可愛らしい衣装となっている。

 

 

 ステッキはモンブランの意匠をかたどっており、先ほどの口上まで含めて、今の自分はお菓子系魔法少女というコンセプトに則っていることが理解できる。

 

 

「というか、さっきまで持ってた鉄の剣とかもとの装備はどこに行ったんだ? ん、ああ、異空間に保管できてるのか」

 

 

 スキルについての理解が少しずつ行われているせいで、自然と自問自答のような形で疑問が解消されていく。

 

 魔法少女の固有魔法の一つに、異空間にものを収納するというものがある。

 

『スウィーツ・インベントリ』

 

 そう唱えると先ほどまで手元にあった直剣や鎧を異空間から取り出すことに成功した。いやこれすごいな、ダンジョンから出土する魔法のアイテムバッグがデフォルトでついてるってことだぞ。容量次第だけどあれって最低でも百万以上するけど、……ああ、どうやらたいした容量は無いみたいだ。

 

 

 とはいえもとの服や装備が消えてなくて良かった。

 さすがに全裸で電車に乗って帰宅するわけにもいかないし。

 

 

 その後、スウィーツ・インベントリィ以外の魔法も試しに壁打ちをしてみたり、たまたま寄ってきたアーマーラットの群れにぶち込んだりして、自分の魔法の強さを理解した。

 

 

 めっちゃ強いわ、これ。

 ダンジョンの壁は爆発で一部が吹き飛んでおり、魔法の直撃を受けたアーマーラットは木っ端微塵になってしまった。倒すよりも吹っ飛んだ魔石を探すほうが大変だったくらいだ。

 さっきまでチマチマ鉄の剣で戦っていたのが馬鹿らしくなるほどである。

 

 このままの勢いで2階層まで行ってしまうのも一つの手だが、さすがに今の精神状態でダンジョンのまだ行ったことのない階層に挑むのは危険な気がした。

 

 レベルアップしたばかりで魔力の使い方に慣れていないので、とりあえず検証はこのくらいにして今日は引き上げることにする。

 

 

「えーと、『変身解除』」

 

 

 スキルの使用方法が自然と頭に浮かんでくることにも慣れてきた。

 

 変身解除と唱えると、魔法のステッキと秋バージョンのメイド服のような魔法少女ドレスは異空間に収納され、かわりに変身前に着ていた初心者用の冒険者装備一式へと着替えが瞬時に行われた。

 

 

「着替えが一瞬なのは楽だな、あれ?」

 

 

 やけに服がぶかぶかだ、と思った次の瞬間にはズボンが下着ごとずり落ちてしまった。

 

 下着まですべて脱げてしまった自分の下半身を見る。

 本来ならそこにあるはずのものがない。

 というかチラッとあまり見えてはいけないはずのものが見えてしまった気がする。

 

 

「…………」

 

 

 スキルの効果についての理解が新たに更新された、けれどそれを認めたくなかった自分は、異空間から『スキル転写シート』を取り出して文書をすべて読むことにした。

 

 

 

 固有スキル『魔法少女』

 その項目の最終行にはこのような注意書きが記されていた。

 

 

(※注意)ただし一度魔法少女になると二度と男に戻ることはできない。

 

 

 

 ………………。

 

 理解はした、理解はしている。

 だけど叫ぶくらいは許してほしい、感情が追いついていないんだ。

 

 

 

 

 

「一行目に書いとけやぁ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

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