現代ダンジョンで魔法少女になったら男に戻れなくなった   作:都森メメ

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第5話

 

 

 2回連続のスタンピード、あまりにも不幸で絶望的な事態、士気が崩壊する。

 

「も、もう無理だ!」

 

 前衛にいた戦士役の一人が隊列を抜け出して後方に逃げた。

 

「待て! 逃げたって意味がないのは知ってるだろ!!」

 

 モンスターの群れの移動速度は冒険者のそれをはるかに上回っている。仮に走って逃げだしてもすぐに追いつかれて轢き殺されるだけである。

 

 

 スタンピードに対する最善手はその場で戦いつづけること。

 

 

 これは冒険者資格を取得する際の教科書にもしっかりと明記されており、この場にいる中級冒険者たちからすれば常識といっても良い前提知識である。

 

 とはいえ、その知識があるからといって、目の前に襲い掛かってくる大量のモンスターの群れから逃げずに戦えるかは別問題だ。生存本能はときに理性を上回る。

 

 それが最善だとわかっていても、死ぬまで希望を捨てずに戦える人間など、ほとんどいない。

 

 

 

 一人が抜け出すと連鎖的にまた一人、さらに一人と戦線を離脱する冒険者が出てくる。

 

 

 盾役が一人抜けたのが大きかった、モンスターが一匹、一線の防衛ラインを抜けて、逃げる冒険者の背中を弾き飛ばしながら、後方にいた回復・支援魔法を使う女性冒険者に狙いを定めた。

 

 

『グルァァァァアア!!』

「え、あっ────!」

 

 

 自分が狙われていると気づいた瞬間の彼女の絶望的な表情に同情したわけではないが、とっさに防御魔法を展開していた。

 

『通さない──────ドーナツシールド』

 

 自分を含めた攻撃系魔法を使う冒険者のいる高台からは当然射程圏内だったので、ドーナツシールドは無事に間に合った。

 

 尻もちをついて震えている女性冒険者の前には巨大な光るドーナツが浮いており、突破してきた一匹のモンスターの体当たりを止めている。

 

 

 その隙を逃すわけもなく、ショコラバーストをぶち込むと一撃で屠ることができた。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 守られたことに安堵した女性冒険者がこちらにお礼をいってくるが、返事をする余裕もなく、ワイバーンが3体ほどこちらに向かってきていた。

 これも自分の魔法で倒すことができたが、どうも先ほどからほかの冒険者たちの攻撃魔法の数が少なくなってきている。

 

 ちらりと周囲をうかがうと、魔力回復ポーションも使い果たし、ほとんど何もできなくなってしまった魔法職の冒険者の姿が目立った。

 

 

(さすがにもう限界か……)

 

 

 前衛職の防衛ラインはほぼほぼ崩壊、高台にいる魔法職も魔力切れを起こしているのが大半、どう考えてもまだ7割以上残っている二度目のスタンピードのモンスター群に対応できる余力があるとは思えなかった。

 

 

 

 インベントリから最後の魔力回復ポーションを取り出し、一気に嚥下する。ここから先、もはや自分にも魔力を回復する手段は残されていない。

 

 

 

 決断しなければならない。

 

 

 彼らを見捨てて飛行魔法で逃げるか、あるいは────

 

 

 

 戦闘の合間に、左手で握って魔力を込めていたスキル転写シートの内容がすべて判明した。

 

 レベルアップの感触は戦闘中に知覚していたのだが、今回はそれだけではない何かを手に入れた感触があったのだ。

 

 シートに浮き上がってきた文字を確認して、それが何だったのかはすぐに分かった。

 

 

 

 ──────────────────────────

【レベル】10

【固有スキル】『魔法少女』

 能力:以下の固有魔法の使用が可能になる。

 ショコラバースト(単体攻撃)

 マカロンウェーブ(全体攻撃)

 ……

 

 グラン・ノワール・フィナーレ

 説明:甘く、静かに、世界を終わらせるための魔法。

 放たれた黒い魔力は夜の帳のように広がり、触れたすべてを溶かし、崩し、無へと還していく。

 それはまるで、祝祭の最後を飾る“終幕”そのもの。

 

(※注意)

 この魔法は────

 ────────────────────────── 

 

 

 

 今度こそ、注意書きは見逃さなかった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 前線の防衛ラインは崩壊間近だった。

 数人が逃げ出して抜けた穴を、ほかの人員が補うにも限界があった。

 

 

 物理的にも、精神的にもこれ以上の戦闘継続は難しく、全員が死を想起せざるを得なかった。

 

 どれだけ頑張ったところで、いずれ倒しきれないモンスターに防衛を突破され蹂躙される。

 

 仮に走って逃げたとしてもすぐに追いつかれてすり潰される。

 

 

 どの選択肢をとっても最後に待ち受けるのは死である。

 

 絶望感と徒労感が前線で盾を構える冒険者たちに伝播していく。

 

 

 

『通さない──────ドーナツシールド』

 

 

 前衛職の冒険者たちを助ける目的だったのだろうか、盾役の前方にドーナツの形をした魔法盾が複数枚展開される。

 

 誰が発動した魔法なのかは明らかだった。

 全員の目線が魔法少女姿の冒険者に集中する。

 

 彼女はこくりと頷いて、視線に返事をするかのようにアイコンタクトを送る。

 

 

「よし、少し後退して、もう一度戦線を立て直しましょう……!」

 

 

 リーダー役の高橋は彼女からの助力を、前線を立て直せという意味だと判断し全体にそう指示を飛ばした。

 

 ほんの一息ではあるが、緊張を緩めることができたため、前衛職たちの士気がほんの僅かだけ戻る。

 

 とはいえ防御魔法の効果が切れればすぐに先ほどの地獄のような持久戦を再開しなければならない。

 

 ドーナツ型の魔法障壁を背に、50メートルほど後退した冒険者たちがあらためて前に向き直ると、先ほどまで自分たちがいた場所にはまだ一人残っていた。

 

 

 

 

 当然それは、明らかに目立つ姿の装備を纏った例の魔法少女の冒険者である。

 

 

「ありがとう! 前線は立て直した! 君も元の配置に戻ってくれ!」

 

 

 未成年と思しき少女が単身で防御魔法を維持するために残っているという自己犠牲の精神に心を打たれながら、高橋はそう叫んだ

 

 防御魔法を維持するため、たしかに彼女にはその意図もあったであろう。だか、それはあくまでここから先の行動への準備に過ぎない、というより、冒険者たちを巻き込まないようにする措置だったと気がついたのは、彼女が長文の詠唱を開始してしばらくのことだった。

 

 

 

 

 

『甘く、深く、すべてを包みなさい────』

 

 ふわりと、魔法少女が宙に浮きあがる。

 

 

 

『溶けて、崩れて、跡形もなく────』

 

 聴き心地のよい鈴の音のような声で魔法の詠唱がゆっくりと紡がれていく。

 彼女の詠唱が響くほどに、本来微発光して明るいはずのダンジョン内部が徐々に暗くなっていく。

 それはまるで、ここが最初から夜であったといわんばかりに、天井に砂糖をまぶしたかのような星空が展開されていく。

 

 

『この夜を終わらせるのは、私────』

 

 魔物の集団に夜という概念そのものが降り注ぐ、

 後方の冒険者たちに見上げられながら、彼女は杖を振り下ろした。

 

 

 

『グラン・ノワール・フィナーレ』

 

 

 とたん、闇に覆われたすべてのモンスターが水をかけられた砂糖菓子のように溶けて崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 しばらく宙に浮いたまま、残党がいないかを確認しているが、もう問題なさそうだ。

 浮遊をといて地面に着地する。

 

 

 先ほどまで戦っていた通路には戦闘の余波が壁や床に刻まれており、これが死闘だったことを改めて認識させられる。

 まあ、初使用だった「グラン・ノワール・フィナーレ」が最初から使えていたらもっと楽だったのに、とは自分でも思ってしまう。

 

 

 ……魔力の残りもそこまで余裕があるわけではない。

 ダンジョンを出るまでの隠ぺい魔法と自宅までの変装魔法の分くらいはあるだろうが、これ以上無駄遣いはしたくない。

 

 

 帰ろう。

 

 

 そう決断して後ろに下がっていた冒険者たちの方まで歩いていく。

 

 こちらを見る誰も彼もが先ほどの広域殲滅魔法の威力に充てられて放心してしまっていた。

 

 

「君は――いや、さっきの魔法は……?」

 

 冒険者のうちの誰かがそうつぶやいた。

 そう聞かれることは想定の内だった。

 あんなのが使えるなら、最初から使えと思われるのも無理はない。

 

 

(レベルが上がったおかげで使えるようになった魔法です)

『ついさっきレベルが上がって使えるようになった、それだけ』

 

 

 ……先ほどまでの思考と発話の内容というのか、ニュアンスが若干異なる。

 これは────────

 

 

『じゃあ、これで』

 

 

 あまり長く会話をしたくない事情がある。

 したくない、というかすべきではないというか。

 

 

「待ってくれ、君が倒した魔石の分配は──────」

 

 

 それはもっともな引き留め方だった。

 大量の魔物を倒したのだから、当然のごとくこの階層には大量の魔石が散らばっている。

 

 慣例に倣えば、最後の魔法で討伐した分の魔石に関してはすべてこちらに所有権がある。

 だが、インベントリもすでに満杯だし、男の姿の自分がこれを売却することで変に勘繰られることも避けたい。

 それに、装備がボロボロで買いなおす必要のある彼らにこそ、この魔石は必要であるようにに思えた。まあ、これを機に引退してしまう冒険者もいるかもしれないが……。

 

 

 という内容の思考の果てに、()の口から放たれた言葉は以下の通りだった。

 

 

『今日はお腹が一杯だから不要、あなた達にあげる────退職金代わりとでも思って』

 

 

 いや、なんでさっきの思考でこんな煽るような言動が出てくるんだ! 

 魔法の代償は認知していたつもりだが、これはさすがに……。

 ほら見ろ、冒険者の皆さんもちょっと困惑してるじゃないか。

 

「あ、ああ、それは……ありがとう」

 

 大人な対応をしてくれる方たちで良かった。

 いくらこの状況を覆した功績があるからといって、どんな言動も許されるわけじゃないんだぞ。

 

 

 上階層に向かう階段へ歩みを進めると、周囲の冒険者たちは左右に分かれ、私に道を譲ってくれた。

 左右からめちゃめちゃ視線を感じつつ歩いていると、一人の冒険者に目が留まってしまった。

 

 

 

 この人、一番最初に逃げた冒険者だ。

 

 

 でもそのあとすぐにモンスターに背中から轢かれたせいですごい怪我をしている。

 ……この負傷を抱えたままダンジョンの外まで戻れるか? 

 せっかくこの場を助けることができたのだから、死人が出るのは心苦しい。

 

 

 

『一番最初に逃げたのに、ひどい怪我』

「……うぅ」

 

 悔しそうなうめき声をあげているが、反論する余力もないらしい。

 重症だな。

 

 

『癒して────キャンディヒール』

 

 

 なけなしの魔力で回復魔法を彼に施す。

 詠唱を唱えるとピンク色のキャンディが杖から飛び出し、その冒険者の体に吸収される。

 瞬く間に彼の傷は全快した。

 

 これで義理は果たしきっただろう。

 

 

 もう帰る、さすがに帰る。

 これ以上ディスコミュニケーションを起こしたくはない。

 

 

 

 地下7階層へつながる階段の一段目に右足をかける。

 

 

「あ、あの、さっきは助けてくれてありがとうございました!」

 

 振り返るまでもなく声で誰かがわかった。

 先ほど襲われそうになっていたところを助けてあげた支援魔法を使う冒険者である。

 

 

「せ、せめてお名前だけでも教えてください!」

 

 

 ……まあ、名前くらいならいいか。

 

 

 

『マロン・ノワール、それじゃ』

 

 

 ギリギリ残っていた魔力で隠蔽魔法──シュガー・ヴェールを使い、足早に階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

【グラン・ノワール・フィナーレ】

 説明:甘く、静かに、世界を終わらせるための魔法。

 放たれた黒い魔力は夜の帳のように広がり、触れたすべてを溶かし、崩し、無へと還していく。

 それはまるで、祝祭の最後を飾る“終幕”そのもの。

 

 

 

 

(※注意)

 この魔法は使用者の精神および人格へ強い侵食作用を持つ。

 使用回数を重ねるごとに、口調・言動・思考傾向が『マロン・ノワール』としての人格様式へ緩やかに補正されていく。

 

 

 

 

 

 

 





高評価ありがとうございます。
katakura09様 yuki0002様


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