【桜月 夜中】
[木の葉隠れの里 会議室]
「ふん、このタヌキが!」
綱手が怒声を上げた。
「へ理屈ばかり並べて正当化するなんて、相変わ
らずセコい奴だね」
「・・・・・・・・・・・・」
ダンゾウは何も答えず、ただ綱手を見据える。
「アンタのやり口くらい、こっちはとっくにお見
通しなんだよ」
「ほう・・・・・・」
ダンゾウは口元をわずかに緩め、余裕の態度を
崩さない。
「どうせ暗部に入ったばかりのカガリを、根も葉
もない噂で追い詰めるつもりなんだろ?」
「さて、何のことやら」
「とぼけるんじゃないよ!」
綱手は机を叩き、鋭い視線をダンゾウへ向ける
「カガリを『里の厄介者』『うちはの危険分子』
だと吹聴して孤立させる。そして、行き場を失
ったところを取り込む・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
ダンゾウは否定も肯定もせず、沈黙を貫いた。
「そんな手口、アンタの常套手段じゃないか」
綱手は一呼吸置くと、意外な言葉を叩きつけた
「そもそも、ダンゾウ。アンタは大叔父様の弟子
失格だよ」
その声は怒りに震えていた。
「大叔父様は、お爺さまとは違う。里を守るため
なら、厳しい規律を課すこともあった」
綱手はゆっくりと顔を上げる。
「でも、それは仲間を守るための掟だった」
鋭い視線がダンゾウを射抜く。
「だが、アンタはそこが大叔父様とは決定的に
違う」
綱手は一歩も引かず、言葉を続けた。
「掟を口実に人の恐怖を利用し、心を追い詰め
居場所を奪って、自分の手駒にしようとする」
その声は会議室中に響き渡る。
「そんな卑劣なやり方を、大叔父様が認めると思
ってるのか!」
「・・・・・・・・・」
ダンゾウは何も答えない。
綱手の言葉に、会議室の空気は凍りついた。
「アンタが火影になれなかった理由を、少しは自
分で考えな!」
「・・・・・・・・・・・・」
ダンゾウは無言のまま綱手を睨み返す。
今にも衝突しかねない緊張が会議室を支配した
――その時。
「もう、その辺でよい」
三代目が静かに口を開いた。
穏やかな声だった。
しかし、その一言だけで場の空気は一変する。
「綱手、ダンゾウ。これ以上の言い争いに意味は
ない」
二人は黙って三代目へ視線を向けた。
三代目はゆっくりと立ち上がり、会議室を見渡
す。
「これより、本日の議題について結論を告げる」
その一言に、室内は水を打ったように静まり返
った。
「うちはカガリの件は、綱手に一任する」
その宣言に、綱手は静かに目を見開いた。
「監督、教育、そして生活の世話も含め、綱手が
全て責任を持て」
「・・・・・・はい」
口元に笑みを浮かべた綱手は、力強く頷いた。
三代目はその様子を見届けると、さらに言葉を
続ける。
「そして、カガリは千手家で保護し、律樹、縄樹
と共に暮らすことを許可する」
火影室に三代目の声が厳かに響き渡る。
「必要に応じて、儂が信頼する暗部を派遣し、支
援と監視を行わせる」
そう告げると、三代目はゆっくりとダンゾウへ
視線を向けた。
「ダンゾウ。この件に『根』は一切関与させん」
「・・・・・・承知した」
ダンゾウは不満を滲ませながらも、短く答える。
三代目は小さく息を吐き、ようやく肩の力を抜い
た。
「これが儂の結論だ」
「カガリの未来は、人を信じる道に託す」
その宣言に、会議室は静かに決着を迎えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〜火影邸 執務室〜
「三代目、申し訳ございませんでした」
会議の後、三代目に呼ばれた私は火影室を訪れ
開口一番に頭を下げた。
「まったく、お前は相変わらずだな」
「はははっ。こういう性分なんで」
猿飛先生は額に手を当て、深いため息をつく。
「はぁ・・・・・・。だが、助かったよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
先生は何とか場を収められたことに、胸をなで
下ろしていた。
「まさか、あのうちはヒカクが暗部入りを認める
とは思わなんだ」
「先生は、うちはの者たちが反対すると踏んでい
たんですか?」
先生は愛用のパイプに火をつけ、一服してから
静かに頷く。
「まあのう。儂を信用してくれるのはありがたい
が・・・・・・ひとたび暗部へ入れば、儂でも守り切
れなくなる」
「ダンゾウの魔の手が伸びる、と」
「・・・・・・おそらくな」
「当然といえば当然か・・・・・・。くそっ、もっと
強く言うべきだった」
「・・・・・・頼むから、もうやめてくれ」
火影室に重苦しい空気が流れる。
やがて私は表情を引き締め、静かに口を開いた
「・・・・・・猿飛先生」
「何だ、綱手?」
私は真っ直ぐ先生を見つめる。
「先生は、カガリの危険性をどこまで把握してい
たんですか?」
先生は目を閉じ、しばらく考え込んだ末、ゆっ
くりと答えた。
「・・・・・・儂は、カガリの成長を甘く見ていた」
「いや、うちはの潜在能力が他の一族とは桁違い
なのは分かります。
ですが、今回の件は例外中の例外ですよ!」
私の言葉に、先生は静かに顔を上げる。
「カガリはまだ幼い少女だ」
先生は重々しく続けた。
「それにもかかわらず、たった一度の強烈な精神
的衝撃で右眼だけを万華鏡写輪眼へと開眼した
そして、不完全とはいえスサノオまで発現させ
たのだ」
「そうですね。さらに、あれほどの暴走まで引き
起こしました」
私は静かに頷く。
「ああ。儂の想像を遥かに超えておった」
先生は苦々しく目を伏せる。
「・・・・・・実はな、綱手。お前にもまだ話しておら
んことがある」
「話していないこと?」
なんだ、先生が悲しい顔に変わった?
「カガリの出生に関してだ」
私は目を見開き、聞き返した。
「カガリの出生?」
「ああ。カガリの母親は、千手一族のくノ一
――千手朔夜なのじゃ」
「・・・・・・なっ!?」
私は思わず息を呑み、先生は話を続けた。
「朔夜とカガミが出会ったのはアカデミーだ。
当初は互いに反発しておったよ。
だが、忍者になってからは幾度も命を預け合う
うちに惹かれ合い、やがて恋愛結婚した」
先生はどこか懐かしそうに目を細める。
「当時としては珍しく、一族の利益ではなく、本
人たちの意思だけで結ばれた夫婦だった」
「・・・・・・千手とうちはが・・・・・・恋愛結婚を」
「うむ。両一族から反対の声も少なくなかったが
それでも二人は決して手を離さなかった」
先生の表情が少し曇る。
「そして、その二人の間に生まれた子が
――カガリじゃ」
私は動揺し、静かに目を伏せた。
「あの子には、千手とうちは、両方の血が流れて
いるのですか?」
私はふと疑問がよぎり、それを口にした。
「その話は、ダンゾウを含め、猿飛先生たちの世
代ではご存知なんですか?」
「まあな。二人の結婚式には、ダンゾウも参列し
ておった」
「・・・・・・え?」
「朔夜はな、もともとダンゾウの許嫁だった」
先生の意外な言葉に、私は目を見開き、言葉を
失う。
「だがな、カガミと朔夜のために、ダンゾウは自
ら婚約を破棄した」
「う、嘘でしょう・・・・・・?」
信じられないという表情で、私は先生を見つめ
ていた。
「あのダンゾウが、自分から婚約を破棄したなん
て・・・・・・信じられません」
私はゆっくりと首を何度も横に振った。
「あり得ません」
そして、先生をまっすぐ見据える。
「あいつは富も名声も力も、手に入るものは何で
も欲しがる男ですよ」
私の瞳が大きく揺れる。
「そんな男が、自分から手放すなんて・・・・・・」
先生は小さく苦笑した。
「お前がそう思うのも無理はない」
窓の外へ視線を向け、どこか懐かしそうに目を
細める。
「だがな。若い頃のダンゾウは、今とは少し違っ
ておった」
静かに遠い昔を思い返す。
「あやつの朔夜に対する想う気持ちも、本物だっ
たよ」
空に流れる雲を眺めながら、先生はどこか哀愁
を漂わせる。
「だからこそ、自分の立場を利用して、朔夜を縛
るような真似だけはしたくなかったのだろう」
先生はゆっくりと言葉を続けた。
「『これからの時代は、家同士が決めた婚姻では
なく、自ら選んだ相手と歩むべきだ』――
あやつはそう言って、自ら婚約を解消した」
私はなおも信じられない様子で呟く。
「・・・・・・あのダンゾウが?」
「ああ」
先生は静かに頷いた。
「人は歳月と経験によって変わるものよ。それは
儂も、ダンゾウも、そしてお前もな。それだけ
は皆同じかもしれぬ」
その声には、長年の友を知る者だけが抱く複雑
な寂しさが滲んでいた。
「・・・・・・いつから、こうなってしまったのか・・・」
私は恩師の悲しい横顔を見て、いたたまれなく
なり、視線を斜めに向けた。
ーto be continuedー
次回 千手家