【桜月 昼前】
[木ノ葉隠れの里 うちはの集落]
「・・・・・・ヒカクさん。うちはの滅亡は、もう止め
られないと思っているの?」
カガリが疲れ切ったヒカクさんに問いかけると
彼はしばらく黙り込んだあと、苦笑を浮かべなが
ら頷いた。
「止められぬ。あの九尾が再び解き放たれた、そ
の時には・・・・・・・・・・・・うちはが滅びるのだ」
その言葉を聞き、俺は確信した。
やはり、ヒカクさんは知っている。
九尾が封印されていることも――その封印を施
した場所さえも。
「その口ぶり・・・・・・うちはの高齢者たちは、九尾
が封印されている場所まで知っているというこ
とですか?」
「・・・・・・九尾はうずまきミト殿によって封印され
たことも、あの方が里のために人柱力となった
ことも・・・・・・・・・木ノ葉隠れの里に生きる、年
老いた者たちは皆、知っておる」
ヒカクさんは深く息を吐く。
その表情には、長い年月を抱え続けてきた後悔
が滲んでいた。
「ミト殿は・・・・・・・・・最愛の伴侶と死別したあとも
なお里のために生き続けねばならぬという業を
背負わせた」
ヒカクさんは、噛みしめるように言葉を続ける
「それもまた・・・・・・・・・うちはの罪よ」
ヒカクさんは、自分の手により里との溝を深め
た責任を感じている。
「・・・・・・ヒカクさん。答えてほしいことがありま
す」
俺は、疲れ切ったヒカクさんの顔を見つめなが
ら、静かに問いかけた。
「もし・・・・・・マダラが再び動き出したとしたら。
そのとき、うちは一族は――マダラにつくと考
えているんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヒカクさんは、しばらく黙っていた。
だが、やがて小さく首を横に振る。
「・・・・・・・・・ありえぬ」
「なぜ、そう言い切れるんですか」
「あの方につく理由など、今のうちはには残って
おらぬ」
ヒカクさんは、淡々と言葉を続ける。
「たしかにマダラ様が儂らのせいで、木ノ葉への
憎みをその身に抱え、死んでしまった。
だが・・・・・・だからといって、うちは一族まで同
じ道を歩むとは限らぬ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そもそも、今さら木ノ葉隠れを滅ぼしたところ
で・・・・・・・・・・・・うちはに何の意味がある?」
その言葉には、長い年月を生きてきた者だから
こその重みがあった。
「里を滅ぼせば、うちはの抱えている苦しみが消
えるのか? 失われた命が戻るのか?
・・・・・・・・・・・・・・・答えは否だ」
ヒカクさんは、静かに目を伏せる。
「だからこそ、儂は思うのだ。うちはが選ぶべき
道は、マダラ様の後を追うことではない」
そして――。
「己たちの過ちと向き合い、この里で生き続ける
ことだ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
胸の内に秘めた思いをぶちまけたヒカクさんは
そのまま口を閉ざした。
膝の上で組んだ手に、わずかに力がこもる。
指先が白くなるほど握りしめているのに、それ
をほどくこともできないようだった。
やがて――。
重く沈んだ息を吐き出し、ゆっくりと天井を見
上げる。
その横顔には、長いあいだ胸の奥に押し込めて
きた苦悩が滲んでいた。
「・・・・・・ゆえに、うちは一族は、もう滅びるしか
道はない」
「・・・・・・っ!?」
その言葉に、カガリの顔から血の気が引いた。
事前に知っていたことだが、見開かれた瞳が揺
れ、何かを否定しようと唇がかすかに震える。
俺も、思わず息を呑む。胸の奥を冷たい手で掴
まれたように、呼吸が浅くなった。
「・・・・・・・・・うちは一族は・・・・・・滅びる」
声が震えそうになるのを抑えながら、俺はヒカ
クさんを見つめ、問いかけた。
「やはり・・・・・・今の木ノ葉隠れにとって、うちは
一族は――」
一度、言葉を区切る。
喉の奥がひどく乾き、続きの言葉が重く引っか
かった。
「・・・・・・里の平穏を脅かす存在・・・・・・そう言いた
いんですか?」
ヒカクさんはすぐに答えなかった。
ただ、天井を見上げたまま、苦しげに目を細め
ていた。
眉間には深い皺が刻まれ、その表情は、認めた
くない現実を前にしてなお、どうにか抗おうとし
ているように見えた。
やがて――。
ヒカクさんは、カガリに視線を向け、優しい笑
みを浮かべた。
「・・・・・・カガリ」
そして、静かに口を開いた。
「・・・・・・はい」
「儂から、お前に一つだけ・・・・・・ささやかな願い
がある」
その声は、今まで聞いたことがないほど穏やか
だった。
「お前はもう・・・・・・うちはカガリではない」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
一瞬、カガリの表情が固まる。
ヒカクさんは、そんな彼女を真っ直ぐに見つめ
た。
「お前は――千手カガリだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カガリは何かを言おうと、わずかに口を開く。
けれど――。
言葉が出てこない。
何度か唇を動かしても、声にはならなかった。
そんなカガリを見つめながら、ヒカクさんは静
かに続ける。
「お前はうちはカガミと千手朔夜の娘。忌々しい
うちはの名を捨て、たくましく生きる千手一族
となれ」
「・・・・・・あ・・・・・・えっ・・・・・・そんな」
「先ほども言ったが、うちは一族は滅びる」
「・・・・・・・・・・・・っ!?」
「だからこそ、カガリ・・・・・・もう、うちはのため
だけに生きようとするな」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前を闇から救った律樹を支え、共に歩め」
ヒカクさんの声が、わずかに震える。
「そして・・・・・・・・・これからの人生はお前自身を
大切にしてくれる者たちのために、生きろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それが、儂からお前への・・・・・・最後の切なる
願いじゃ」
カガリは、何も答えなかった。
ただ、俯いたまま――。
ぽたり。
大粒の涙が、一滴。
その頬を伝って落ちた。
続けて、また一滴。
堪えようとしているのか、カガリは唇を強く噛
み締める。
それでも、涙だけは止まらなかった。
やがて彼女は、声を押し殺したまま、静かに涙
を流し続けた。
そんなカガリを見つめていたヒカクさんは――
やがて、ゆっくりと俺へと視線を向けた。
「・・・・・・・・・律樹」
「・・・・・・・・・・・・はい」
俺は、静かに返事を返し、ヒカクさんを見つめ
返す。
「お前は――木ノ葉隠れの、新たな芽だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「今はまだ、小さな芽に過ぎぬ」
ヒカクさんは、どこか遠くを見るような目をし
ていた。
「じゃが・・・・・・いずれは大地に根を張り、誰にも
倒されぬ巨木へと成長してほしい」
その言葉を、俺は黙って聞いていた。
「そして、その巨木から・・・・・・新たな木ノ実を蒔
け」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして、育てろ。次の世代を」
ヒカクさんは、静かに微笑んだ。
「儂らが生きた時代だけで、終わらせるな」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「うちはも・・・・・・千手も・・・・・・そして木ノ葉も」
一つ一つの言葉を噛み締めるように、ヒカクさ
んは続ける。
「お前たちが、次の世代へと繋いでいけ!」
俺はしばらく何も言えなかった。
けれど――。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「・・・・・・・・・はい」
それだけを返す。
ヒカクさんは、そんな俺を見て――。
ほんの少しだけ、安堵したように目を細めた。
「・・・・・・うむ」
そして再び、カガリへと視線を戻す。
そこには、かつて一族の未来を背負おうとして
いた少女ではなく――。
これから訪れる新たな時代を生きていく、一人
の女性を見つめるような眼差しがあった。
「・・・・・・・・・・・・・・・頼んだぞ、二人とも」
その声は、とても静かだった。
けれど――。
その言葉は、俺たちの胸に深く刻まれ、いつま
でも消えることはなかった。
その後、俺たちはヒカクさんの家を後にした。
最後まで俺たちを見送ってくれたヒカクさんの
姿が、いつまでも脳裏に焼きついていた。
――頼んだぞ、二人とも。
あの静かな声に込められた想いを、俺はまだ完
全には理解できていなかったのかもしれない。
それでも、今なら分かる。
あの人は、俺たちに何かを託そうとしていたの
だ。
うちは一族が歩んできた過去。
そして、これから先へと続いていく未来を――
その想いを胸に刻みながら、俺はカガリととも
に歩き続けた。
そして――。
翌日。
ヒカクさんの家は、焼失した。
まるで、そこに残されていた過去も、一族が歩
んできた歴史も――そのすべてを焼き尽くすかの
ように。
ーto be continuedー
次回 木の葉警務隊