不倫が終わる理由に、解かれない謎があります。
謎のための伏線は、不倫が終わる日に再度、触れますが、謎のままです。


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四年間の気まぐれ

 メイから別れ話を持ち出された時は、正直言ってほっとした。

 

 もともと、俺の気まぐれで始まった不倫の関係だったから、かれこれ四年も経つし、どうやって別れようか、思案していた頃だ。

 

 年甲斐もなく、夜のラウンジへ行った時、隣の席に座っていたのが、メイだ。若く、明るかったから、それとなく目をやったら、メイから話しかけて来た。

 

「おじさまは、楽しまないの?」

 

「他人が楽しんでいるのを、見るのが楽しいんだ」

 

「自分で楽しんだ方が、いいのに」

 

 妙に人懐っこい。いや、人懐っこいというより、色っぽく、馴れ馴れしい。

 

「君こそ、独りで座って、そんなものを飲んでいるだけなんて」

 

「独りだから、つまらないの」

 

「俺は、君の相手にはなれないな」

 

「場所を変えても?」

 

 こちらを向いた時に、ミニのスカートの中が見えた。妻子持ちの身だが、一夜だけならと、誘いにのった。

 

 彼女は自分を「メイ」と名乗った。高校を卒業し、車の免許を取ったが、大学に行くのも疎ましいし、退屈な日々を過ごしているという。そこで、夜のラウンジで一人でいる俺に、何となく声を掛けたという。

 

「ふうん、そんなもんかなあ」

 

「そんなものよ」

 

「しかしなあ」

 

 どうにも、割り切れなかった。

 

 メイの、言葉遣いや仕草には、「よく訓練された」というより、「修行中」というような、違和感がある。「異世界」や「別な時代」から来たようにも思える。

 

 一夜のつもりだったが、何となく次に会う約束をした。こちらの正体は明かしてないので、律義に約束を守らなくてもいいのだが、何となく待ち合わせの場所に行ってしまった。メイは、当たり前のように待っていた。

 

 食事をした後、そのままホテルに行った。

 

「ふうん、そんなもんかなあ」

 

「そんなものよ」

 

 いつの間にか、前と同じ台詞を言っているのが、おかしかった。

 

「だから、俺みたいな、おじさまと、寝られるのか?」

 

「そうよ」

 

「だからって、俺みたいなおじさまと、寝られないだろう」

 

「漫才じゃないわ」

 

「漫才じゃないさ」

 

 出逢った頃から、独特の口調があるので、それなりの年齢であり、それなりの生い立ちだと思っていた。しかし、後で知って驚いたが、出逢った時は、メイは十八歳だった。

 

 まあ、本名も知らないので、年齢を偽っている可能性は、ある。詳しく問う関係ではない。

 

「浮世離れ」

 

 そうか。メイは、普通の日常の経験が無いのかも。

 

 外国人の中には、日本に対して、とんでもない誤解をしている人もいるらしい。忍者がいて、芸者と相撲レスラーが、自宅で並んでアニメを見ている。

 

 日本語を母語としていながら、日本の文化の知識が、アンバランス。そんなメイを見て、「浮世離れ」なんて言葉を、思い出した。

 

 ホテルの時間が終わろうとしている。

 

 身仕度をしながら、メイは唐突に

 

「おじさまは、O型でしょ」

 

 と言った。

 

「なぜ……」

 

「O型でしょ、O型」

 

「何を、突然」

 

「あたし、B型なの。O型とB型って、最高に相性が合うんですって」

 

「ふうん、そんなもんかなあ」

 

「またァ」

 

 自分の血液型を知らない若者も、多いらしいが、メイは血液型相性占いに一喜一憂するのか。

 

 女房もB型だ。まんざら、悪い気はしない。

 

 不倫とは、結構金がかかるもんだ。食事代やホテル代、デート中の買い物、避妊具まで、俺の自腹。

 

「女と車は、乗らないでも金がかかる」

 

 と言った友人がいたが、乗ったら乗ったで金がかかるな。それに、尻が軽いのは良くないとか、放っておくと機嫌を悪くするところも同じだと。

 

 元々、車の所有には興味が無いので、友人の言葉遊びは、わからない。

 

 いつも、次の約束はしない。待ち合わせの場所で、偶然に会えればという。

 

 待ちぼうけもあるが、会える時もある。確率は高くはないが、うんざりする程の低さでもない。気まぐれとはいえ、四年間も続くのは、メイは俺の私生活を、どう思っていたのだろう。

 

 連絡手段は、無い。次に会える日を言い合うこともあったが、どちらかが未定なら、「じゃあ、そのうち」で終わる。

 

 互いのプライベートに触れないのは、ミステリアスとは違い、禁忌とスリルも違う。互いを、メタバースのアバターとしているようだ。

 

「確率は何パーセント?」

 

 待ち合わせ場所に、俺が先にいた時、メイが聞いてきた。

 

「確率? 何の?」

 

「おじさまが、先に待っていて、こうして会える確率」

 

「ああ……」

 

 答えたくなかった。いつの間にか、お互いに私生活を探らないようになっていた。

 

 そのうち、私生活が変わったら、相手に連絡もせずに、関係が終わるのだろう。待ちぼうけする側、させる側、どちらも嫌だな。

 

 メイは続ける。

 

「会える確率。成功する確率、失敗する確率。雨が降る確率」

 

「雨の確率か」

 

 何の話をしているのか。どこか、話の進み方がおかしい。それを、メイの魅力のひとつだと思うのも、我ながらおかしい。

 

「あっちとこっちで、確率五〇パーセントなら、どっちかで雨が降るってことよね」

 

 ふと、何かに気付いたように、指を顔に当てた。

 

「五〇パーセントじゃなくても、同じ確率なら、どっちが当たりなのか、わからない」

 

「ははっ。雨の確率の話なのか?」

 

 失笑してしまった。何が「わからない」なのか。

 

 不倫で身を潰したくはなかった。デートでは、細心の注意をはらい、誰にも見付からないようにした。家計に影響が及ばないように、すべて小遣いで済ませた。

 

 不倫費用のために、趣味の費用を削っているのだが、メイを愛しているからではない。愛しているのは女房の方で、家庭を壊さないために、自分の贅沢を節約しているだけ。

 

 とはいっても、不倫そのものが贅沢だし、家庭を大切にしようと努めることが、メイとの関係を長引かせているのだが。

 

 メイとの別れを考えたのは、単純に飽きたから。気まぐれが四年も続けば、快感も気だるくなって、当然だ。それとは逆に、出費はかさむばかりだ。それが、少し勿体無く感じ始めた。

 

 心地好ければ現状維持を望むのだが、現状維持は叶わぬ夢、十八歳だったメイが二十二歳になったのだ。若さは急激に薄れて行く。様々な意味で。

 

 いや、年齢もメイの自称だ。日本人の好みの定番を用いたのか。

 

 いつものように、レストランに入った。店の名はタンオーヌ。ここには、メイと幾度か来たことがある。

 

「確率が同じなら、わからない……」

 

 急に話し出すのは、いつものメイだが、今日のメイは、言いあぐねているようだ。

 

 なだらかな音楽が聴こえた。おそらく、クラシック音楽のアレンジだろうが、よくわからない。

 

 中央の大きな柱には、セザンヌの絵が掛かっている。しかし、柱の反対側は、意外にもロートレックだ。いや、ロートレックは小さな喫茶店に似合うというのは、俺だけの印象かも知れないから、意外だとは、決め付けられないだろう。

 

 席に着き、食事が来るまでの間、メイは頻りに風景の話しをした。店の風景、窓の外の風景、そして、二人の風景。

 

 不思議な時間が過ぎた。注文の品が届いた後は、逆に沈黙に近かった。

 

 少し退屈になったから、音楽の方に気を向けた。曲名は忘れたが、シューマンのアレンジが流れていた。

 

 俺がぼんやりとしているうちに、メイはすっかり食事を平らげていた。

 

「ねえ」

 

「ん」

 

「実は……」

 

 メイが喋るのを、疎ましく感じる。

 

「実は、あたし……、結婚するの」

 

「…………」

 

「だから……、フフフッ、別れましょ」

 

 メイは、頬から首筋にかけて、大人の色気を漂わせていた。いつもと違うのは、髪型だけだろうか。

 

「そうか」

 

「相手の人は、タクっていう名前で……」

 

 ギロっと睨んだら、メイは喋るのを辞めた。

 

 俺は、なぜ相手の男のことを話すメイを睨んだのか、自分でも解らなかった。

 

「ロートレックが好きだった頃もあったの。でも、この頃は、セザンヌの方に興味が出て来ちゃって」

 

 また、風景の話になった。

 

「結婚式は、いつなんだ?」

 

「来月の連休よ」

 

「来月? もうすぐじゃないか」

 

「事情があるのよ、あたしにも」

 

「(幸せにな)」とでも、言えばいいのだろうが、強過ぎる開放感に浸るのに、夢中だった。

 

 メイは立ち上がり、口元だけで笑って見せた。そして再び、今度は小声で「確率が同じなら……」と呟いて、驚いたことに、バッグから、避妊具を出した。これは、いつも俺が用意しているものと同じ。

 

 避妊具をテーブルに置き、そして一息吐いた(ついた)メイは、意を決したように言う。

 

「タクとあたしって、すっごく相性がいいのよ」

 

 これが、メイのさよならの言葉になった。そうか、相性が良いのか。

 

 今日のメイは、どこか芝居がかり、おかしかった。意を決した芝居の練習を繰り返したのだろうか。下手であり、いたいけだった。

 

 最後の言葉だけは、新生活への期待がそのままだったのか、置き土産の謎かけなのか。

 

 メイが踵を返す時、ねじった体の、最後までこっちに向いていたのは、……大人になった顔だった。嬉しそうに目を細めた笑顔。あの笑顔は、結婚相手にだけは、毎日のように見せているのだろう。

 

 小走りに去って行くメイの後ろ姿が見えなくなった時、ちょうどBGMも終わった。終わってから気付いた。曲名は「トロイメライ」、日本語で「夢」だったと。

 





AIに「容赦の無い辛口批評」をお願いしたところ、ラストのGBMを効果的にした動画(アニメより実写)なら「間違いなく感動」し、曲を知っている人なら「最後から3小節目のフェルマータを想像できる」そうです。
AIの推測では、「映像化したい」「映像化してほしい」共に、読者の半数以上だそうです。


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