宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
勝利の余韻は、思ったよりも薄かった。
歓声は確かにあった。
名前も呼ばれた。
観客席からの視線も、明らかに変わった。
だが――
「……次、ナターシャよ」
セリアの一言で、すべてが現実に引き戻される。
ジョンは工具を置き、ゆっくりと息を吐いた。
「……あの無口なやつか」
「ええ」
短い返答。
それだけで十分だった。
脳裏に浮かぶのは、あの機体。
ツァーリアルバ。
重い。硬い。動じない。
そして――
“壊れるイメージが湧かない”。
「一番やりたくねえ相手だな」
ジョンはぼやく。
ミューディが腕を組んだまま頷く。
「防御型の極致ってやつ」
「極致すぎるだろ」
「普通の戦車なら詰むよ」
「普通じゃないから出てきてるんだけどな俺ら」
苦笑。
だが笑っていられる余裕は、正直あまりない。
「ジーヘッドのレールガンなら?」
ジョンが確認する。
希望的観測を込めて。
セリアは即座に切り捨てた。
「正面は厳しい」
「……マジで?」
「角度、距離、出力、すべて最適でようやく有効打」
「注文多すぎるだろ」
「現実的な評価」
淡々としている。
だがその分、重い。
「側面は?」
「それでも厚い」
「背面は?」
「狙える状況を作る必要がある」
「……つまり」
ジョンは頭をかく。
「普通にやったら無理ってことか」
「そういうこと」
セリアは一切の曖昧さを残さない。
ミューディが口を開く。
「でもさ」
「ん?」
「逆に言えば、“普通じゃなきゃいける”ってことじゃん?」
「……」
ジョンは少しだけ考えた。
そして、苦笑する。
「それ、今の俺らだな」
「でしょ?」
ミューディがニヤッと笑う。
「やるしかないでしょ」
「……まあな」
ジョンは頷いた。
逃げる選択肢は、最初からない。
再び、闘技場。
熱気は先ほどよりも明らかに濃い。
観客はすでに、ただの観戦では満足していない。
“何が起きるか”を期待している。
『第2回戦、準備完了!!』
アナウンスが響く。
『前試合で衝撃の勝利を見せたジーヘッド!!』
『しかし対するは――鉄壁の女王、ナターシャ!!』
歓声。
そして、どよめき。
“どうなるのか分からない”カード。
それが観客を最も煽る。
ジーヘッド、コックピット。
ジョンは深く腰を落ち着ける。
シートは相変わらず硬い。
だが、もう気にならない。
「視界良好」
「センサー正常」
セリアの報告。
安定している。
少なくとも、機体は。
「相手の位置」
「前方、約300メートル」
モニターに映る影。
ゆっくりと、確実に近づいてくる。
巨大な塊。
「……やっぱでけえな」
思わず呟く。
それは戦車というより――
“壁”だった。
ツァーリアルバ。
分厚い装甲が何層にも重なり、隙間を一切見せない。
履帯は重く、だが確実に地面を噛み締める。
そして中央。
大型カノン砲。
その砲口が、こちらを正確に捉えていた。
ナターシャは動かない。
無駄な動きが一切ない。
「……」
ただ、見ている。
狙っている。
それだけで、十分な圧力だった。
「撃つ」
短い一言。
『スタート!!』
ドンッ!!
爆音。
開始と同時に砲撃。
「はやっ!?」
ジョンが叫ぶ。
視界の端で爆発。
地面がえぐれ、砂と瓦礫が吹き飛ぶ。
衝撃波が機体を叩く。
「回避!」
「やってる!!」
レバー操作。
ジーヘッドが横に跳ねる。
ギリギリ。
ほんのわずかで直撃を回避。
「開幕で撃ってくるか普通!?」
「合理的」
セリアの返答は冷静だ。
「先手を取れるなら取る」
「理屈は分かるけどさ!」
ジョンは即座に反撃に移る。
「撃つぞ!」
「了解」
砲塔旋回。
照準。
発射。
ズドォン!!
レールガンの閃光が一直線に走る。
命中。
確実に当たった。
「よし!」
ジョンが拳を握る。
だが。
煙が晴れる。
そこにあったのは――
「……は?」
変わらない姿。
ほんのわずかな焦げ跡。
それだけ。
「装甲健在」
セリアが淡々と告げる。
「ダメージ、極小」
「極小ってレベルかこれ!?」
ジョンは思わず声を荒げる。
「直撃だぞ今の!?」
「正面装甲は想定以上」
「いや想定外だろこれは!」
ドンッ!!
再び砲撃。
「うおっ!」
回避。
だが今度は近い。
破片が装甲を叩く。
衝撃が内部まで響く。
「距離詰めてきてる!」
「そうね」
ナターシャは動かないと思っていた。
だが違う。
ゆっくりと、確実に前進している。
「動かなくても勝てる相手には動かない」
セリアが言う。
「でも今は?」
「確実に仕留めに来てる」
「ありがたくねえな」
再び発射。
ズドォン!!
角度を変える。
側面狙い。
だが。
ガンッ!!
弾かれる。
衝撃が返ってくる。
「……おい」
ジョンの声が低くなる。
「これ、本当に効くのか?」
「現時点では難しい」
「正直だな!!」
「無駄」
ナターシャの声。
短い。
だが、はっきりと届く。
「撃っても壊れない」
その言葉には、誇張がない。
ただの事実。
「……」
ジョンは歯を食いしばる。
言い返せない。
ドドドドド!!
ガトリングが唸る。
弾丸が装甲に叩きつけられる。
火花。振動。
「くっ……!」
「損傷軽微」
「それは助かるけどさ!」
問題はそこじゃない。
削れない。
どれだけ撃っても、変わらない。
「……最悪だなこれ」
「相性は悪い」
セリアも認める。
「非常に」
ナターシャがさらに一歩踏み出す。
ズシン。
重い音。
確実に距離が縮まる。
圧迫感が増す。
「詰めてきた!」
「距離を取る?」
セリアが問う。
ジョンは一瞬考え――
「いや」
首を振る。
「意味ねえ」
「理由は」
「削れねえからだ」
逃げても同じ。
当たっても意味がないなら、状況は変わらない。
「……」
セリアは何も言わない。
ただ判断を待つ。
ジョンは深く息を吐く。
そして。
「……考えるしかねえな」
それしかない。
撃っても壊れない相手。
真正面では勝てない敵。
だが――
戦いは、まだ終わっていない。
――撃っても壊れない。
その事実が、じわじわとジョンの中に沈み込んでいた。
ガンッ!!
再びレールガンが弾かれる。
衝撃が、逆にこちらへと返ってくる。
「……くそ」
短く吐き捨てる。
焦りはある。
だが、それ以上に――“理解”が進んでいた。
「セリア」
「なに」
「正面は無理、側面も無理、だよな」
「現状では」
「じゃあどこだ」
一瞬の沈黙。
セリアの思考が加速する。
センサー、過去ログ、被弾データ、装甲反応。
すべてを統合。
「……完全な無敵ではない」
「だろうな」
「可動部」
短い答え。
だが核心。
「履帯、関節、砲塔基部」
「なるほど」
ジョンは息を吐く。
「“動くところ”は弱いってわけか」
「相対的に」
「十分だ」
だが問題がある。
「当てられるか?」
「難しい」
「だろうな」
小さい。狭い。
しかも動いている。
「でも」
ジョンは笑った。
「ゼロじゃねえ」
「同意」
セリアも即答する。
ナターシャは変わらない。
無駄に動かない。
ただ、前進し、撃つ。
それだけ。
ドンッ!!
砲撃。地面が吹き飛ぶ。
砂煙。衝撃。
「来るぞ!」
「分かってる!」
回避。ギリギリ。
だが、そのたびに距離が詰まる。
確実に。ゆっくりと。
「……圧がやべえな」
ジョンが呟く。
逃げ場が削られていく感覚。
「心理的圧迫も戦術」
セリアが分析する。
「相手の判断力を削る」
「効いてるな」
ジョンは苦笑する。
だが。それだけだ。
まだ折れていない。
「無駄」
ナターシャの声。
また同じ言葉。
「抵抗は意味がない」
「……」
ジョンは何も返さない。
ただ、レバーを握る。
そして。
ゆっくりと動く。
「……逃げる?」
セリアが問う。
「違う」
ジョンは首を振る。
「寄る」
「リスクが高い」
「分かってる」
だが、それしかない。
「遠距離じゃ削れねえ」
「近距離なら?」
「当てる」
シンプルな答え。だが、それがすべて。
ジーヘッドが前進する。
ドンッ。ドンッ。
重い足取り。
だが、確実に距離を詰める。
『おっと!?ジーヘッド、前進!?』
『自ら射程に入っていく!!』
観客がざわつく。
無謀。そう見える動き。
ドンッ!!
砲撃。
「来た!」
「回避!」
ギュンッ!!ジーヘッドが横に跳ねる。
ピーキーな加速。砂を巻き上げる。
そのまま前へ。さらに加速。
「もっと踏み込め!」
「出力上げる!」
エンジンが唸る。
機体が軋む。
限界に近い動き。
ナターシャの目が、わずかに細くなる。
「……来る」
砲塔が動く。
狙いを合わせる。
だが。遅い。
ほんのわずかに。
それが命取りになる。
「今だ!」
ジョンが叫ぶ。
急旋回。
ドゴォンッ!!
異常な速度で機体が回る。
ピーキー制御。
その全開。
「負荷過大!」
「いいから合わせろ!!」
セリアが強引に同期を維持する。
砲塔が振り切れる。
照準が一瞬だけ合う。
狙いは――
「履帯の付け根!」
引き金。
ズドォンッ!!
レールガン発射。
閃光。
轟音。
一直線の破壊。
そして。
バギィィン!!
金属が裂ける音。
今までとは違う反応。
「……当たった」
ジョンが呟く。
確信。
ツァーリアルバの動きが、止まる。
ほんの一瞬。
だが――確実に止まった。
「損傷確認」
セリアが言う。
「履帯、機能低下」
「効いた!」
ジョンの声が弾む。
ナターシャは、わずかに眉を動かした。
それが唯一の変化。
「……」
無言。だが、理解した。
相手が“当ててきた”ことを。
「もう一発いくぞ!」
「了解!」
だが、その瞬間。
ドンッ!!
至近距離砲撃。
「ぐあっ!!」
衝撃。
ジーヘッドが弾かれる。
視界が揺れる。
「距離が近すぎる!」
「分かってる!」
だが、止まらない。
ジョンはレバーを握り続ける。
「終わらせる」
ナターシャの声。
砲塔がこちらを向く。
次で決まる。そういう距離。
「……セリア」
「なに」
「もう一回だ」
「成功確率、低」
「ゼロじゃねえ」
「同意」
一瞬の同期。
そして。
「いくぞ!!」
ドゴォンッ!!
再び全開旋回。
機体が悲鳴を上げる。
だが止まらない。
砲塔が振り切れる。
照準が合う。
今度は――
「砲塔基部!」
引き金。
ズドォンッ!!直撃。
今度は確実に。
装甲の継ぎ目。
力の集中点。
そこに叩き込む。
バギィィィン!!
破断音。
金属が裂ける。
砲塔が、わずかにズレる。
そして。完全に止まった。
沈黙。
動かない。
ツァーリアルバは、動かない。
『ツァーリアルバ、行動不能!!』
『勝者――ジョン・サトウ!!』
歓声が爆発する。
地面が揺れるほどの歓声。
ジョンはシートに沈み込む。
「……勝った」
呟く。実感が、ゆっくりと追いついてくる。
「勝利確認」
セリアの声。
いつも通り。
だが、ほんの少しだけ――柔らかい。
ツァーリアルバのハッチが開く。
ナターシャが降りてくる。
静かに。まっすぐに。そして。
「……見事」
短く言った。
「弱点を突いた」
「まあな」
ジョンは苦笑する。
「たまたまだ」
「違う」
ナターシャは首を振る。
「観察」
一言。それだけで十分だった。
ジョンは視線を上げる。
観客席の上。
そこに――ドン・ジーツー。
今度は、はっきりと笑っていた。
楽しんでいる。
獲物を見つけたように。
「……次だな」
ジョンが呟く。
「ええ」
セリアが答える。
戦いは、まだ終わらない。