宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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10.

 勝利の余韻は、思ったよりも薄かった。

 歓声は確かにあった。

 名前も呼ばれた。

 観客席からの視線も、明らかに変わった。

 だが――

 

「……次、ナターシャよ」

 

 セリアの一言で、すべてが現実に引き戻される。

 ジョンは工具を置き、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……あの無口なやつか」

「ええ」

 

 短い返答。

 それだけで十分だった。

 脳裏に浮かぶのは、あの機体。

 ツァーリアルバ。

 重い。硬い。動じない。

 そして――

 “壊れるイメージが湧かない”。

 

「一番やりたくねえ相手だな」

 

 ジョンはぼやく。

 ミューディが腕を組んだまま頷く。

 

「防御型の極致ってやつ」

「極致すぎるだろ」

「普通の戦車なら詰むよ」

「普通じゃないから出てきてるんだけどな俺ら」

 

 苦笑。

 だが笑っていられる余裕は、正直あまりない。

 

「ジーヘッドのレールガンなら?」

 

 ジョンが確認する。

 希望的観測を込めて。

 セリアは即座に切り捨てた。

 

「正面は厳しい」

「……マジで?」

「角度、距離、出力、すべて最適でようやく有効打」

「注文多すぎるだろ」

「現実的な評価」

 

 淡々としている。

 だがその分、重い。

 

「側面は?」

「それでも厚い」

「背面は?」

「狙える状況を作る必要がある」

「……つまり」

 

 ジョンは頭をかく。

 

「普通にやったら無理ってことか」

「そういうこと」

 

 セリアは一切の曖昧さを残さない。

 ミューディが口を開く。

 

「でもさ」

「ん?」

「逆に言えば、“普通じゃなきゃいける”ってことじゃん?」

「……」

 

 ジョンは少しだけ考えた。

 そして、苦笑する。

 

「それ、今の俺らだな」

「でしょ?」

 

 ミューディがニヤッと笑う。

 

「やるしかないでしょ」

「……まあな」

 

 ジョンは頷いた。

 逃げる選択肢は、最初からない。

 

 

 再び、闘技場。

 熱気は先ほどよりも明らかに濃い。

 観客はすでに、ただの観戦では満足していない。

 “何が起きるか”を期待している。

 

『第2回戦、準備完了!!』

 

 アナウンスが響く。

 

『前試合で衝撃の勝利を見せたジーヘッド!!』

『しかし対するは――鉄壁の女王、ナターシャ!!』

 

 歓声。

 そして、どよめき。

 “どうなるのか分からない”カード。

 それが観客を最も煽る。

 

 

 ジーヘッド、コックピット。

 ジョンは深く腰を落ち着ける。

 シートは相変わらず硬い。

 だが、もう気にならない。

 

「視界良好」

「センサー正常」

 

 セリアの報告。

 安定している。

 少なくとも、機体は。

 

「相手の位置」

「前方、約300メートル」

 

 モニターに映る影。

 ゆっくりと、確実に近づいてくる。

 巨大な塊。

 

「……やっぱでけえな」

 

 思わず呟く。

 それは戦車というより――

 “壁”だった。

 

 ツァーリアルバ。

 

 分厚い装甲が何層にも重なり、隙間を一切見せない。

 履帯は重く、だが確実に地面を噛み締める。

 そして中央。

 大型カノン砲。

 その砲口が、こちらを正確に捉えていた。

 ナターシャは動かない。

 無駄な動きが一切ない。

 

「……」

 

 ただ、見ている。

 狙っている。

 それだけで、十分な圧力だった。

 

「撃つ」

 

 短い一言。

 

『スタート!!』

 

 ドンッ!!

 爆音。

 開始と同時に砲撃。

 

「はやっ!?」

 

 ジョンが叫ぶ。

 視界の端で爆発。

 地面がえぐれ、砂と瓦礫が吹き飛ぶ。

 衝撃波が機体を叩く。

 

「回避!」

「やってる!!」

 

 レバー操作。

 ジーヘッドが横に跳ねる。

 ギリギリ。

 ほんのわずかで直撃を回避。

 

「開幕で撃ってくるか普通!?」

「合理的」

 

 セリアの返答は冷静だ。

 

「先手を取れるなら取る」

「理屈は分かるけどさ!」

 

 ジョンは即座に反撃に移る。

 

「撃つぞ!」

「了解」

 

 砲塔旋回。

 照準。

 発射。

 ズドォン!!

 レールガンの閃光が一直線に走る。

 命中。

 確実に当たった。

 

「よし!」

 

 ジョンが拳を握る。

 だが。

 煙が晴れる。

 そこにあったのは――

 

「……は?」

 

 変わらない姿。

 ほんのわずかな焦げ跡。

 それだけ。

 

「装甲健在」

 

 セリアが淡々と告げる。

 

「ダメージ、極小」

「極小ってレベルかこれ!?」

 

 ジョンは思わず声を荒げる。

 

「直撃だぞ今の!?」

「正面装甲は想定以上」

「いや想定外だろこれは!」

 

 ドンッ!!

 再び砲撃。

 

「うおっ!」

 

 回避。

 だが今度は近い。

 破片が装甲を叩く。

 衝撃が内部まで響く。

 

「距離詰めてきてる!」

「そうね」

 

 ナターシャは動かないと思っていた。

 だが違う。

 ゆっくりと、確実に前進している。

 

「動かなくても勝てる相手には動かない」

 

 セリアが言う。

 

「でも今は?」

「確実に仕留めに来てる」

「ありがたくねえな」

 

 再び発射。

 ズドォン!!

 角度を変える。

 側面狙い。

 だが。

 ガンッ!!

 弾かれる。

 衝撃が返ってくる。

 

「……おい」

 

 ジョンの声が低くなる。

 

「これ、本当に効くのか?」

「現時点では難しい」

「正直だな!!」

「無駄」

 

 ナターシャの声。

 短い。

 だが、はっきりと届く。

 

「撃っても壊れない」

 

 その言葉には、誇張がない。

 ただの事実。

 

「……」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 言い返せない。

 ドドドドド!!

 ガトリングが唸る。

 弾丸が装甲に叩きつけられる。

 火花。振動。

 

「くっ……!」

「損傷軽微」

「それは助かるけどさ!」

 

 問題はそこじゃない。

 削れない。

 どれだけ撃っても、変わらない。

 

「……最悪だなこれ」

「相性は悪い」

 

 セリアも認める。

 

「非常に」

 

 ナターシャがさらに一歩踏み出す。

 ズシン。

 重い音。

 確実に距離が縮まる。

 圧迫感が増す。

 

「詰めてきた!」

「距離を取る?」

 

 セリアが問う。

 ジョンは一瞬考え――

 

「いや」

 

 首を振る。

 

「意味ねえ」

「理由は」

「削れねえからだ」

 

 逃げても同じ。

 当たっても意味がないなら、状況は変わらない。

 

「……」

 

 セリアは何も言わない。

 ただ判断を待つ。

 ジョンは深く息を吐く。

 そして。

 

「……考えるしかねえな」

 

 それしかない。

 撃っても壊れない相手。

 真正面では勝てない敵。

 だが――

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 ――撃っても壊れない。

 その事実が、じわじわとジョンの中に沈み込んでいた。

 ガンッ!!

 再びレールガンが弾かれる。

 衝撃が、逆にこちらへと返ってくる。

 

「……くそ」

 

 短く吐き捨てる。

 焦りはある。

 だが、それ以上に――“理解”が進んでいた。

 

「セリア」

「なに」

「正面は無理、側面も無理、だよな」

「現状では」

「じゃあどこだ」

 

 一瞬の沈黙。

 セリアの思考が加速する。

 センサー、過去ログ、被弾データ、装甲反応。

 すべてを統合。

 

「……完全な無敵ではない」

「だろうな」

「可動部」

 

 短い答え。

 だが核心。

 

「履帯、関節、砲塔基部」

「なるほど」

 

 ジョンは息を吐く。

 

「“動くところ”は弱いってわけか」

「相対的に」

「十分だ」

 

 だが問題がある。

 

「当てられるか?」

「難しい」

「だろうな」

 

 小さい。狭い。

 しかも動いている。

 

「でも」

 

 ジョンは笑った。

 

「ゼロじゃねえ」

「同意」

 

 セリアも即答する。

 

 ナターシャは変わらない。

 無駄に動かない。

 ただ、前進し、撃つ。

 それだけ。

 

 ドンッ!!

 

 砲撃。地面が吹き飛ぶ。

 砂煙。衝撃。

 

「来るぞ!」

「分かってる!」

 

 回避。ギリギリ。

 だが、そのたびに距離が詰まる。

 確実に。ゆっくりと。

 

「……圧がやべえな」

 

 ジョンが呟く。

 逃げ場が削られていく感覚。

 

「心理的圧迫も戦術」

 

 セリアが分析する。

 

「相手の判断力を削る」

「効いてるな」

 

 ジョンは苦笑する。

 だが。それだけだ。

 まだ折れていない。

 

「無駄」

 

 ナターシャの声。

 また同じ言葉。

 

「抵抗は意味がない」

「……」

 

 ジョンは何も返さない。

 ただ、レバーを握る。

 そして。

 ゆっくりと動く。

 

「……逃げる?」

 

 セリアが問う。

 

「違う」

 

 ジョンは首を振る。

 

「寄る」

「リスクが高い」

「分かってる」

 

 だが、それしかない。

 

「遠距離じゃ削れねえ」

「近距離なら?」

「当てる」

 

 シンプルな答え。だが、それがすべて。

 ジーヘッドが前進する。

 ドンッ。ドンッ。

 重い足取り。

 だが、確実に距離を詰める。

 

『おっと!?ジーヘッド、前進!?』

『自ら射程に入っていく!!』

 

 観客がざわつく。

 無謀。そう見える動き。

 

 ドンッ!!

 砲撃。

 

「来た!」

「回避!」

 

 ギュンッ!!ジーヘッドが横に跳ねる。

 ピーキーな加速。砂を巻き上げる。

 そのまま前へ。さらに加速。

 

「もっと踏み込め!」

「出力上げる!」

 

 エンジンが唸る。

 機体が軋む。

 限界に近い動き。

 ナターシャの目が、わずかに細くなる。

 

「……来る」

 

 砲塔が動く。

 狙いを合わせる。

 だが。遅い。

 ほんのわずかに。

 それが命取りになる。

 

「今だ!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 急旋回。

 ドゴォンッ!!

 異常な速度で機体が回る。

 ピーキー制御。

 その全開。

 

「負荷過大!」

「いいから合わせろ!!」

 

 セリアが強引に同期を維持する。

 砲塔が振り切れる。

 照準が一瞬だけ合う。

 狙いは――

 

「履帯の付け根!」

 

 引き金。

 ズドォンッ!!

 レールガン発射。

 閃光。

 轟音。

 一直線の破壊。

 そして。

 

 バギィィン!!

 

 金属が裂ける音。

 今までとは違う反応。

 

「……当たった」

 

 ジョンが呟く。

 確信。

 ツァーリアルバの動きが、止まる。

 ほんの一瞬。

 だが――確実に止まった。

 

「損傷確認」

 

 セリアが言う。

 

「履帯、機能低下」

「効いた!」

 

 ジョンの声が弾む。

 ナターシャは、わずかに眉を動かした。

 それが唯一の変化。

 

「……」

 

 無言。だが、理解した。

 相手が“当ててきた”ことを。

 

「もう一発いくぞ!」

「了解!」

 

 だが、その瞬間。

 ドンッ!!

 至近距離砲撃。

 

「ぐあっ!!」

 

 衝撃。

 ジーヘッドが弾かれる。

 視界が揺れる。

 

「距離が近すぎる!」

「分かってる!」

 

 だが、止まらない。

 ジョンはレバーを握り続ける。

 

「終わらせる」

 

 ナターシャの声。

 砲塔がこちらを向く。

 次で決まる。そういう距離。

 

「……セリア」

「なに」

「もう一回だ」

「成功確率、低」

「ゼロじゃねえ」

「同意」

 

 一瞬の同期。

 そして。

 

「いくぞ!!」

 ドゴォンッ!!

 

 再び全開旋回。

 機体が悲鳴を上げる。

 だが止まらない。

 砲塔が振り切れる。

 照準が合う。

 今度は――

 

「砲塔基部!」

 

 引き金。

 ズドォンッ!!直撃。

 今度は確実に。

 装甲の継ぎ目。

 力の集中点。

 そこに叩き込む。

 

 バギィィィン!!

 

 破断音。

 金属が裂ける。

 砲塔が、わずかにズレる。

 そして。完全に止まった。

 

 沈黙。

 動かない。

 ツァーリアルバは、動かない。

 

『ツァーリアルバ、行動不能!!』

『勝者――ジョン・サトウ!!』

 

  歓声が爆発する。

 地面が揺れるほどの歓声。

 ジョンはシートに沈み込む。

 

「……勝った」

 

 呟く。実感が、ゆっくりと追いついてくる。

 

「勝利確認」

 

 セリアの声。

 いつも通り。

 だが、ほんの少しだけ――柔らかい。

 

 ツァーリアルバのハッチが開く。

 ナターシャが降りてくる。

 静かに。まっすぐに。そして。

 

「……見事」

 

 短く言った。

 

「弱点を突いた」

「まあな」

 

 ジョンは苦笑する。

 

「たまたまだ」

「違う」

 

 ナターシャは首を振る。

 

「観察」

 

 一言。それだけで十分だった。

 

 ジョンは視線を上げる。

 観客席の上。

 そこに――ドン・ジーツー。

 今度は、はっきりと笑っていた。

 楽しんでいる。

 獲物を見つけたように。

 

「……次だな」

 

 ジョンが呟く。

 

「ええ」

 

 セリアが答える。

 戦いは、まだ終わらない。

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