宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

11 / 72
11.

 勝った――はずだった。

 ナターシャを倒した瞬間、確かに歓声は爆発したし、観客席は揺れていた。

 名前も呼ばれた。

 ミューディは叫んでいたし、セリアはいつもよりほんの僅かだけ声が柔らかかった。

 だが。

 それらは、まるで“砂の上に書いた文字”みたいに、すぐに消えた。

 次の試合があるからだ。

 

 整備スペース。

 ジーヘッドの外装は焼け、煤け、ところどころに歪みが残っている。

 完全に無傷とは言えない。

 だが、それでもまだ“動く”。

 いや――むしろ、“動きたがっている”ようにすら見える。

 

「……ほんとにお前、兵器だな」

 

 ジョンは機体の装甲を軽く叩く。

 ゴン、と鈍い音。

 その内側にあるものは、未だに底が見えない。

 

「次、ディゼーリン」

 

 セリアの声が、いつも通り無機質に響く。

 だが、ジョンはその言葉を聞いた瞬間、眉をしかめた。

 

「……あの気取ったやつか」

「そう」

「めんどくせえな」

 

 心底そう思う。

 速い敵はまだいい。

 硬い敵も対処できる。

 だが、“上手い敵”は違う。

 

「彼は観察していた」

 

 セリアが淡々と言う。

 

「あなたの戦闘。挙動。癖。判断」

「だろうな」

 

 ジョンは肩を回す。

 ナターシャ戦の疲労が、まだ抜けていない。

 

「つまり?」

「対策済みの可能性が高い」

「最悪だな」

 

 ミューディが工具箱に腰掛けたまま口を開く。

 

「あいつさ、“無駄なこと一切しないタイプ”なんだよね」

「それ一番嫌なやつじゃねえか」

「しかも、自分が正しいって確信してるタイプ」

「……あー」

 

 ジョンは天井を見上げる。

 

「面倒くせえやつのフルコンボだな」

 

 セリアが補足する。

 

「エリザベスは高機動・高精度射撃型」

「ホバーだっけか」

「ええ。接地摩擦が少ないため、移動予測が困難」

「予測される側なのに、こっちが予測できないってか」

「そういうこと」

 

 ジョンは少し黙った。

 思考する。

 だが、答えは出ない。

 

「……まあ」

 

 やがて、小さく笑う。

 

「どうせ考えても勝てねえな」

「珍しく正しい」

「褒めてる?」

「半分」

 

 セリアの声がわずかに軽くなる。

 

「だったら」

 

 ジョンはレバーを軽く握る。

 

「読ませない」

「具体的には」

「……ノリ」

「最低」

「知ってる」

 

 だが――それでも。

 ジョンの目には、妙な光があった。

 

 

 ***

 

 

 闘技場。

 空気が明らかに違う。

 準決勝。つまり、残りわずか。

 観客の視線は鋭く、期待は過剰で、空気はどこか張り詰めている。

 

『準決勝――開始!!』

『技巧派エリザベスVS暴走機体ジーヘッド!!』

 

 “暴走機体”。

 間違ってはいない。

 

 フィールド中央。

 エリザベスは、まるで地面に触れていなかった。

 浮いている。わずかに。

 だがそれだけで十分だった。

 接地していないということは、摩擦がないということ。

 摩擦がないということは――“止まらない”。

 

「やあ」

 

 通信が入る。

 ディゼーリン。

 相変わらず落ち着いた声。

 

「ここまで来るとは思わなかったよ」

「そりゃどうも」

 

 ジョンは短く返す。

 

「運も実力のうち、と言うだろう?」

「都合のいい言葉だな」

「だが私は運を信じない」

 

 一拍。

 

「積み上げたものだけを信じる」

「……つまり?」

「君は、ここで終わる」

 

 穏やかな声。

 だが、その中身は完全に断定だった。

 

「美しく勝つ。それが私の流儀だ」

「めんどくせえ」

 

 ジョンは即座に通信を切った。

 

「戦闘集中」

 

 セリアが言う。

 

「分かってる」

 

 

『スタート!!』

 

 

 ――静かに始まり、そして一瞬で加速する。

 ズドォン!!

 開幕射撃。

 だが。速い。

 異様に速い。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンが咄嗟に回避する。

 ジーヘッドが横に跳ねる。

 ギリギリで回避。

 だが。

 

「……来るぞ」

 

 セリアが言う。

 直後。

 ズドォン!!

 “次”の弾。

 

「なっ!?」

 

 回避した先に、弾が来る。

 完全な予測射撃。

 ガンッ!!

 装甲に直撃。

 衝撃がコックピットに伝わる。

 

「ぐっ……!」

「損傷軽微」

「でも当たってる!!」

 

 問題はそこじゃない。

 動きを読まれている。

 完全に。

 

「なるほど」

 

 ディゼーリンの声。

 少しだけ楽しそう。

 

「右回避、やや遅延。反応は良いが癖がある」

「……うるせえな」

 

 ジョンは吐き捨てる。

 

「分析されてる」

 

 セリアが言う。

 

「回避行動、ほぼ予測されている」

「やりにくすぎるだろ」

 

 だが攻撃は続く。

 ズドォン!!

 ズドォン!!

 連続射撃。

 しかも角度が違う。

 射線が重なる。

 

「うおっ、うおっ!?」

 

 回避。

 だが完全ではない。

 かすめる。当たる。削られる。

 エリザベスは滑る。

 音もなく。抵抗もなく。位置を変える。

 まるで氷の上を舞うように。

 

「……なんだあれ」

 

 ジョンが呟く。

 

「動きが綺麗すぎる」

「無駄がない」

 

 セリアが言う。

 

「すべてが最適化されている」

「機械みてえだな」

「ある意味、そう」

 

 再び射撃。

 フェイント。角度のズレ。

 そして本命。

 ガンッ!!

 

「くそっ!!」

 

 また当たる。

 完全に主導権を握られている。

 

「どうする」

 

 セリアが問う。短く。

 核心を突く。

 ジョンは息を吐く。

 思考を回す。

 だが――追いつかない。

 相手は考えて動いている。

 こちらはそれを追いかけているだけ。

 このままでは、削られて終わる。

 

「……だったら」

 

 ジョンは小さく呟く。

 

「やめるか」

「なにを」

「考えるの」

 

 一瞬、セリアが黙る。

 

「非合理」

「知ってる」

 

 だが。

 ジョンは笑った。

 

「でもよ」

 

 レバーを握る。

 

「読まれるってことは、“予想できる動き”してるってことだろ?」

「そう」

「だったら」

 

 アクセルを踏み込む。

 

「予想できねえ動きすりゃいい」

 

 ドゴォンッ!!

 ジーヘッドが急加速する。

 制御無視。

 ピーキー性能、全開。

 挙動が荒れる。

 軌道がブレる。

 だが――読めない。

 

「……ほう」

 

 ディゼーリンの声が、初めてわずかに変わる。

 

「その動きは――非合理だ」

「だろ?」

 

 ジョンが笑う。

 

「でもな」

 

 ジーヘッドがさらに加速する。

 

「当たらなきゃ意味ねえだろ?」

 

 戦いの流れが、変わり始める。

 非合理。それが、今のジーヘッドだった。

 

 ドゴォンッ!!

 

 砂を爆発させながら、機体が前へと跳ねる。

 通常ならありえない入力。

 通常なら選ばない軌道。

 通常なら“やらない動き”。

 だが――だからこそ。

 

「……読めない」

 

 ディゼーリンが呟く。

 その声に、初めてわずかな濁りが混じった。

 ジーヘッドは直進しない。左右に振れる。

 急加速と急減速を繰り返す。

 旋回が早すぎて、軌道が破綻しかける。

 だが、破綻しない。ギリギリで踏みとどまる。

 セリアの補正が、その“暴走一歩手前”を繋ぎ止めている。

 

「出力、危険域」

「そのまま維持!」

「了解」

 

 短いやり取り。

 だが、内容は危険そのものだった。

 エリザベスが滑る。

 だが――ズレる。

 ほんのわずかに。

 それまで完璧だった位置取りに、誤差が生まれる。

 

「予測困難……!」

 

 ディゼーリンの思考が、わずかに遅れる。

 それが致命的。

 ズドォン!!

 レールガン発射。

 だが、今度は違う。

 “予測射撃”ではない。“様子見”の射撃。

 試すための一発。

 

「遅い!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 ジーヘッドが横に跳ねる。

 そのまま前へ。

 さらに距離を詰める。

 

「接近してくるか」

 

 ディゼーリンの声が低くなる。

 

「なるほど。合理的ではないが――」

 

 一瞬の間。

 

「効果的だ」

 

 距離が縮まる。

 中距離から、近距離へ。

 エリザベスの強みが、わずかに削がれる領域。

 

「距離、百!」

「そのまま押す!」

 

 ジョンは止まらない。止まれない。

 止まった瞬間、読み切られる。

 ズドォン!!

 エリザベスの射撃。

 だが、今度は浅い。

 かすめるだけ。

 

「当たらない……?」

 

 ディゼーリンの声に、確かな違和感。

 今まで“当たるのが当然”だった射撃。

 それが外れる。

 それだけで、リズムが崩れる。

 

「いいぞ……!」

 

 ジョンの声が低くなる。

 集中している。

 思考を削ぎ落とし、反射だけで動いている。

 

「あと少し!」

「距離、五十!」

 

 エリザベスが後退する。

 滑るように。

 距離を取ろうとする。

 だが。

 

「逃がすかよ!」

 

 ジーヘッドが加速する。

 ドゴォンッ!!

 異常な推進。

 砂を巻き上げ、強引に距離を詰める。

 

「強引すぎる……!」

 

 ディゼーリンの声。

 そこには初めて、“焦り”があった。

 

「だが――」

 

 砲塔が回る。

 

「終わりだ」

 

 至近距離。必中の距離。

 照準が合う。

 

「セリア!!」

「分かってる!!」

 

 その瞬間。

 ジーヘッドが“沈む”。

 履帯が地面を抉る。

 重心が落ちる。姿勢が崩れる。

 だが、それが――回避になる。

 ズドォン!!

 レールガンが頭上をかすめる。

 

「なっ――」

 

 ディゼーリンの声が止まる。

 

「今だ!!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 レバー全開。砲塔旋回。

 距離、ほぼゼロ。

 照準不要。

 

「ぶち抜けええええ!!」

 

 ズドォンッ!!

 発射。至近距離。回避不能。

 レールガンの直撃。

 エリザベスの側面を貫く。

 

 バギィィィン!!

 

 装甲が裂ける。

 内部機構が露出する。

 火花。煙。 そして。

 ガクン、と。

 機体が沈む。

 静止。

 動かない。

 

『エリザベス、行動不能!!』

『勝者――ジョン・サトウ!!』

 

 歓声が爆発する。

 だが。ジョンの耳には、ほとんど入っていなかった。

 

「……はあ……っ」

 

 荒い呼吸。

 全身が震えている。

 集中の反動。

 

「勝利確認」

 

 セリアの声。

 いつも通り。

 だが、その裏にわずかな安堵。

 エリザベスのハッチが開く。

 ディゼーリンが降りてくる。

 砂の上に立ち、静かにジーヘッドを見る。

 

「……見事だ」

 

 その声は、先ほどまでとは違った。

 飾りがない。

 

「非合理が、合理を上回るとはね」

「たまたまだ」

 

 ジョンは肩で息をしながら言う。

 ディゼーリンは小さく笑った。

 

「違う」

 

 一歩、近づく。

 

「“選択”だ」

 

 その言葉には、確かな重みがあった。

 

「私は美しさに拘りすぎた」

 

 空を見上げる。

 

「君は、勝つことに拘った」

 

 視線を戻す。

 

「だから負けた」

 

 ジョンは何も言わない。

 ただ、息を整える。

 

 そのとき。

 視線を感じる。

 上。

 観客席の最上段。

 

 ドン・ジーツー。

 

 彼は、明確に笑っていた。

 楽しんでいる。

 待っている。

 “最後の獲物”として。

 

「……決勝だな」

 

 ジョンが呟く。

 

「ええ」

 

 セリアが答える。

 短く。

 だが確かに。

 次の相手は――“要塞”。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。