宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
勝った――はずだった。
ナターシャを倒した瞬間、確かに歓声は爆発したし、観客席は揺れていた。
名前も呼ばれた。
ミューディは叫んでいたし、セリアはいつもよりほんの僅かだけ声が柔らかかった。
だが。
それらは、まるで“砂の上に書いた文字”みたいに、すぐに消えた。
次の試合があるからだ。
整備スペース。
ジーヘッドの外装は焼け、煤け、ところどころに歪みが残っている。
完全に無傷とは言えない。
だが、それでもまだ“動く”。
いや――むしろ、“動きたがっている”ようにすら見える。
「……ほんとにお前、兵器だな」
ジョンは機体の装甲を軽く叩く。
ゴン、と鈍い音。
その内側にあるものは、未だに底が見えない。
「次、ディゼーリン」
セリアの声が、いつも通り無機質に響く。
だが、ジョンはその言葉を聞いた瞬間、眉をしかめた。
「……あの気取ったやつか」
「そう」
「めんどくせえな」
心底そう思う。
速い敵はまだいい。
硬い敵も対処できる。
だが、“上手い敵”は違う。
「彼は観察していた」
セリアが淡々と言う。
「あなたの戦闘。挙動。癖。判断」
「だろうな」
ジョンは肩を回す。
ナターシャ戦の疲労が、まだ抜けていない。
「つまり?」
「対策済みの可能性が高い」
「最悪だな」
ミューディが工具箱に腰掛けたまま口を開く。
「あいつさ、“無駄なこと一切しないタイプ”なんだよね」
「それ一番嫌なやつじゃねえか」
「しかも、自分が正しいって確信してるタイプ」
「……あー」
ジョンは天井を見上げる。
「面倒くせえやつのフルコンボだな」
セリアが補足する。
「エリザベスは高機動・高精度射撃型」
「ホバーだっけか」
「ええ。接地摩擦が少ないため、移動予測が困難」
「予測される側なのに、こっちが予測できないってか」
「そういうこと」
ジョンは少し黙った。
思考する。
だが、答えは出ない。
「……まあ」
やがて、小さく笑う。
「どうせ考えても勝てねえな」
「珍しく正しい」
「褒めてる?」
「半分」
セリアの声がわずかに軽くなる。
「だったら」
ジョンはレバーを軽く握る。
「読ませない」
「具体的には」
「……ノリ」
「最低」
「知ってる」
だが――それでも。
ジョンの目には、妙な光があった。
***
闘技場。
空気が明らかに違う。
準決勝。つまり、残りわずか。
観客の視線は鋭く、期待は過剰で、空気はどこか張り詰めている。
『準決勝――開始!!』
『技巧派エリザベスVS暴走機体ジーヘッド!!』
“暴走機体”。
間違ってはいない。
フィールド中央。
エリザベスは、まるで地面に触れていなかった。
浮いている。わずかに。
だがそれだけで十分だった。
接地していないということは、摩擦がないということ。
摩擦がないということは――“止まらない”。
「やあ」
通信が入る。
ディゼーリン。
相変わらず落ち着いた声。
「ここまで来るとは思わなかったよ」
「そりゃどうも」
ジョンは短く返す。
「運も実力のうち、と言うだろう?」
「都合のいい言葉だな」
「だが私は運を信じない」
一拍。
「積み上げたものだけを信じる」
「……つまり?」
「君は、ここで終わる」
穏やかな声。
だが、その中身は完全に断定だった。
「美しく勝つ。それが私の流儀だ」
「めんどくせえ」
ジョンは即座に通信を切った。
「戦闘集中」
セリアが言う。
「分かってる」
『スタート!!』
――静かに始まり、そして一瞬で加速する。
ズドォン!!
開幕射撃。
だが。速い。
異様に速い。
「うおっ!?」
ジョンが咄嗟に回避する。
ジーヘッドが横に跳ねる。
ギリギリで回避。
だが。
「……来るぞ」
セリアが言う。
直後。
ズドォン!!
“次”の弾。
「なっ!?」
回避した先に、弾が来る。
完全な予測射撃。
ガンッ!!
装甲に直撃。
衝撃がコックピットに伝わる。
「ぐっ……!」
「損傷軽微」
「でも当たってる!!」
問題はそこじゃない。
動きを読まれている。
完全に。
「なるほど」
ディゼーリンの声。
少しだけ楽しそう。
「右回避、やや遅延。反応は良いが癖がある」
「……うるせえな」
ジョンは吐き捨てる。
「分析されてる」
セリアが言う。
「回避行動、ほぼ予測されている」
「やりにくすぎるだろ」
だが攻撃は続く。
ズドォン!!
ズドォン!!
連続射撃。
しかも角度が違う。
射線が重なる。
「うおっ、うおっ!?」
回避。
だが完全ではない。
かすめる。当たる。削られる。
エリザベスは滑る。
音もなく。抵抗もなく。位置を変える。
まるで氷の上を舞うように。
「……なんだあれ」
ジョンが呟く。
「動きが綺麗すぎる」
「無駄がない」
セリアが言う。
「すべてが最適化されている」
「機械みてえだな」
「ある意味、そう」
再び射撃。
フェイント。角度のズレ。
そして本命。
ガンッ!!
「くそっ!!」
また当たる。
完全に主導権を握られている。
「どうする」
セリアが問う。短く。
核心を突く。
ジョンは息を吐く。
思考を回す。
だが――追いつかない。
相手は考えて動いている。
こちらはそれを追いかけているだけ。
このままでは、削られて終わる。
「……だったら」
ジョンは小さく呟く。
「やめるか」
「なにを」
「考えるの」
一瞬、セリアが黙る。
「非合理」
「知ってる」
だが。
ジョンは笑った。
「でもよ」
レバーを握る。
「読まれるってことは、“予想できる動き”してるってことだろ?」
「そう」
「だったら」
アクセルを踏み込む。
「予想できねえ動きすりゃいい」
ドゴォンッ!!
ジーヘッドが急加速する。
制御無視。
ピーキー性能、全開。
挙動が荒れる。
軌道がブレる。
だが――読めない。
「……ほう」
ディゼーリンの声が、初めてわずかに変わる。
「その動きは――非合理だ」
「だろ?」
ジョンが笑う。
「でもな」
ジーヘッドがさらに加速する。
「当たらなきゃ意味ねえだろ?」
戦いの流れが、変わり始める。
非合理。それが、今のジーヘッドだった。
ドゴォンッ!!
砂を爆発させながら、機体が前へと跳ねる。
通常ならありえない入力。
通常なら選ばない軌道。
通常なら“やらない動き”。
だが――だからこそ。
「……読めない」
ディゼーリンが呟く。
その声に、初めてわずかな濁りが混じった。
ジーヘッドは直進しない。左右に振れる。
急加速と急減速を繰り返す。
旋回が早すぎて、軌道が破綻しかける。
だが、破綻しない。ギリギリで踏みとどまる。
セリアの補正が、その“暴走一歩手前”を繋ぎ止めている。
「出力、危険域」
「そのまま維持!」
「了解」
短いやり取り。
だが、内容は危険そのものだった。
エリザベスが滑る。
だが――ズレる。
ほんのわずかに。
それまで完璧だった位置取りに、誤差が生まれる。
「予測困難……!」
ディゼーリンの思考が、わずかに遅れる。
それが致命的。
ズドォン!!
レールガン発射。
だが、今度は違う。
“予測射撃”ではない。“様子見”の射撃。
試すための一発。
「遅い!」
ジョンが叫ぶ。
ジーヘッドが横に跳ねる。
そのまま前へ。
さらに距離を詰める。
「接近してくるか」
ディゼーリンの声が低くなる。
「なるほど。合理的ではないが――」
一瞬の間。
「効果的だ」
距離が縮まる。
中距離から、近距離へ。
エリザベスの強みが、わずかに削がれる領域。
「距離、百!」
「そのまま押す!」
ジョンは止まらない。止まれない。
止まった瞬間、読み切られる。
ズドォン!!
エリザベスの射撃。
だが、今度は浅い。
かすめるだけ。
「当たらない……?」
ディゼーリンの声に、確かな違和感。
今まで“当たるのが当然”だった射撃。
それが外れる。
それだけで、リズムが崩れる。
「いいぞ……!」
ジョンの声が低くなる。
集中している。
思考を削ぎ落とし、反射だけで動いている。
「あと少し!」
「距離、五十!」
エリザベスが後退する。
滑るように。
距離を取ろうとする。
だが。
「逃がすかよ!」
ジーヘッドが加速する。
ドゴォンッ!!
異常な推進。
砂を巻き上げ、強引に距離を詰める。
「強引すぎる……!」
ディゼーリンの声。
そこには初めて、“焦り”があった。
「だが――」
砲塔が回る。
「終わりだ」
至近距離。必中の距離。
照準が合う。
「セリア!!」
「分かってる!!」
その瞬間。
ジーヘッドが“沈む”。
履帯が地面を抉る。
重心が落ちる。姿勢が崩れる。
だが、それが――回避になる。
ズドォン!!
レールガンが頭上をかすめる。
「なっ――」
ディゼーリンの声が止まる。
「今だ!!」
ジョンが叫ぶ。
レバー全開。砲塔旋回。
距離、ほぼゼロ。
照準不要。
「ぶち抜けええええ!!」
ズドォンッ!!
発射。至近距離。回避不能。
レールガンの直撃。
エリザベスの側面を貫く。
バギィィィン!!
装甲が裂ける。
内部機構が露出する。
火花。煙。 そして。
ガクン、と。
機体が沈む。
静止。
動かない。
『エリザベス、行動不能!!』
『勝者――ジョン・サトウ!!』
歓声が爆発する。
だが。ジョンの耳には、ほとんど入っていなかった。
「……はあ……っ」
荒い呼吸。
全身が震えている。
集中の反動。
「勝利確認」
セリアの声。
いつも通り。
だが、その裏にわずかな安堵。
エリザベスのハッチが開く。
ディゼーリンが降りてくる。
砂の上に立ち、静かにジーヘッドを見る。
「……見事だ」
その声は、先ほどまでとは違った。
飾りがない。
「非合理が、合理を上回るとはね」
「たまたまだ」
ジョンは肩で息をしながら言う。
ディゼーリンは小さく笑った。
「違う」
一歩、近づく。
「“選択”だ」
その言葉には、確かな重みがあった。
「私は美しさに拘りすぎた」
空を見上げる。
「君は、勝つことに拘った」
視線を戻す。
「だから負けた」
ジョンは何も言わない。
ただ、息を整える。
そのとき。
視線を感じる。
上。
観客席の最上段。
ドン・ジーツー。
彼は、明確に笑っていた。
楽しんでいる。
待っている。
“最後の獲物”として。
「……決勝だな」
ジョンが呟く。
「ええ」
セリアが答える。
短く。
だが確かに。
次の相手は――“要塞”。