宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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12.

 乾ききった大地が、まるで長年の戦いの記憶を刻み込むように、無数の履帯痕で抉られている。その巨大な戦闘コロシアムは、単なる競技場というよりも、もはや戦場そのものだった。

 観客席はすでに満員を超え、立ち見の群衆が柵にしがみつくようにして下を見下ろしている。興奮と熱気が渦巻き、砂煙と油の匂いが混ざり合い、空気そのものが重く、熱を帯びていた。

 轟音。

 遠くで別の機体が移動する音すら、雷鳴のように響く。

 その中心――試合開始地点に、ジーヘッドは静かに立っていた。

 その巨体は決して新品ではない。装甲には前戦で刻まれた無数の傷が走り、左肩の外装は焼け焦げ、部分的に内部フレームが露出している。それでもなお、その姿には「戦い続けてきた機体」だけが持つ、鈍く重い迫力があった。

 コクピットの中で、ジョンは深く息を吐く。

 狭い空間に満ちる機械油の匂い。振動が背中越しに伝わり、機体と自分の境界が曖昧になっていく感覚。

 

「……コンディション、最悪ってわけじゃないな」

 

 モニターに映る各種ステータスは、決して楽観できるものではないが、致命的な故障もない。戦える状態ではある。

 だが、それは「勝てる」ことを意味しない。

 

『最悪に近い、の間違いでしょ』

 

 通信回線越しに、ミューディの声が飛び込んできた。

 軽口のようでいて、その奥には張り詰めた緊張が滲んでいる。

 

『あんたさ、ナターシャ戦で無茶しすぎ。フレーム歪んでるし、アクチュエーターも負荷かかりっぱなし。普通なら出場停止レベルよ』

「でも動く」

『動くのと勝てるのは別問題』

 

 即座に返される冷静な指摘。

 ジョンは苦笑する。

 

「お前、ほんと容赦ないな」

『当然でしょ。あたしの工場がかかってんのよ』

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 だが、すぐに続く。

 

『……でも』

 

 わずかにトーンが落ちる。

 

『負ける気、ないんでしょ?』

 

 ジョンは視線を前方に向ける。

 広大な砂地。その向こうに広がるのは、次の戦い。

 

「ああ」

 

 短く、だが迷いなく答えた。

 

「負けない」

 

 それは誓いではなく、確認だった。

 自分自身に対する。

 借金。ラクーン号。ミューディの工場。ここまで積み上げてきたもの。

 全部まとめて、背負っている。

 だから――退けない。

 

『……ならいいわ』

 

 ミューディの声が、わずかに柔らかくなる。

 

『セリア、ちゃんとサポートしなさいよ』

『了解。戦闘補助アルゴリズム、最適化完了』

 

 機械的でありながら、どこか人間味を帯びた声がコクピットに響く。

 その直後。

 場内の照明が一段と強くなり、巨大スクリーンに対戦カードが映し出された。

 

 ――ジョン VS ディゼーリン。

 

 歓声が爆発する。

 

「対戦相手、入場!」

 

 アナウンスが響いた瞬間。

 空気が変わった。

 砂塵の向こう――陽炎のように揺らめく視界の奥から、ゆっくりと一つの影が現れる。

 それは、あまりにも異質だった。

 重厚な履帯音も、地面を抉る振動もない。

 ただ、滑る。

 静かに、優雅に。

 

 白銀の機体――エリザベス。

 

 地面からわずかに浮き、ホバー機構によって砂の上を“滑る”ように進むその姿は、戦車というよりも、まるで舞台に現れた役者のようだった。

 陽光を受けて輝く装甲。無駄のない流線形。砲身すら、美しく洗練されている。

 そして、その機体がジーヘッドの正面で静止した瞬間。

 外部スピーカーから声が響いた。

 

『戦いとは、粗野な力のぶつけ合いではない』

 

 ゆったりと、芝居がかった口調。

 

『それは意思であり、思想であり――そして、芸術だ』

 

 ジョンは小さく息を吐いた。

 

「……長いな」

『焦る必要はないさ。美は、急いで味わうものではないからね』

 

 ディゼーリンの声はどこまでも余裕に満ちていた。

 その余裕が、逆に不気味だった。

 油断ではない。

 確信だ。

 自分が勝つという、揺るぎない前提。

 

「……セリア」

『敵機体、解析中。ホバー機動、高速移動能力、長距離精密射撃に特化』

「だろうな」

 

 見ればわかる。

 問題は――その性能がどれほどのレベルかだ。

 そして。

 

「試合、開始!」

 

 次の瞬間。

 世界が裂けた。

 ――閃光。

 音よりも速く、光が走る。

 

「っ――!」

 

 反射的に操縦桿を引く。

 ジーヘッドの脚部スラスターが悲鳴を上げるように噴射し、巨体を強引に横へ弾き飛ばす。

 直後。

 背後の岩塊が、消えた。

 爆発ですらない。

 貫通。

 レールガンの一撃が、分厚い岩を紙のように穿ち、粉砕し、空気中に霧のように散らしていた。

 

「……速すぎるだろ」

 

 思わず呟く。

 照準、発射、着弾。

 そのすべてが、人間の感覚より一歩先を行っている。

 

『初撃回避確認。しかし次はどうかな?』

 

 再び、閃光。

 今度は予測していた。

 だが――

 

「読んでる……!?」

 

 回避先に撃ち込まれる。

 強引に姿勢を崩して転がることで、直撃だけは避けるが、衝撃波と破片が機体を叩く。

 装甲が軋む。

 センサーがノイズを吐く。

 

『ダメージ軽微。戦闘継続可能』

「軽微で済ませるな……!」

 

 だが状況は明白だった。

 距離を取られている限り、こちらは一方的に撃たれる。

 しかも、相手はただ速いだけじゃない。

 ――読んでいる。

 こちらの動きを。

 癖を。

 回避のタイミングを。

 

「チッ……」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 このままでは削り殺される。

 だが、無闇に突っ込めば、それもまた読まれる。

 視界の端で、エリザベスが滑るように移動する。

 砂をほとんど巻き上げない静かな動き。

 まるで地面の上を“滑空”しているような感覚。

 

『どうした?来ないのかい?』

 

 余裕の声。

 

『距離とは優位だ。そして私は、その優位を最大限に活かす術を知っている』

 

 直後、再び放たれる一撃。

 今度は完全に回避しきれない。

 ジーヘッドの左肩に直撃。

 装甲が弾け飛び、内部フレームが露出する。

 火花。

 警告音。

 衝撃がコクピットに突き刺さる。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が揺れる。

 

『左肩部損傷。機能低下』

 

 だが――止まれない。

 止まった瞬間、次が来る。

 

「……なるほどな」

 

 荒い息を吐きながら、ジョンは呟く。

 相手は完成されている。

 機体も、操縦も、戦術も。

 だからこそ――

 

「真正面からやると、こうなるわけだ」

 

 完全に、押されている。

 距離も取れない。

 近づけない。

 撃ち合えば負ける。

 まるで盤面を完全に支配されたような感覚。

 だが、その中で――

 ジョンの目が、ゆっくりと細くなる。

 

「……いいね」

 

 小さく笑った。

 

「面白くなってきた」

 

 その言葉とは裏腹に、状況は最悪に近い。

 だが、それでも。

 まだ終わっていない。

 終わらせるつもりもない。

 砂煙の向こうで、エリザベスが再び砲身を向ける。

 次の一撃が来る。

 その瞬間――ジョンは、わずかに操縦桿の握り方を変えた。

 

 警告音が鳴り止まない。

 コクピットの中で赤いランプが点滅し、損傷箇所の表示が視界の端で踊り続けている。左肩部は半壊、外装は剥がれ、内部フレームは露出。関節出力もじわじわと低下していた。

 それでも――機体はまだ動く。

 いや、動かす。

 ジョンは操縦桿を握り直した。

 ほんのわずかに、指の力を変える。

 それだけで、機体の応答が変わる。

 無理に性能で張り合うのはやめる。正面からの撃ち合いも捨てる。今やるべきは――相手の“完成された戦術”を崩すこと。

 

『……ほう?』

 

 ディゼーリンの声が、わずかに興味を帯びる。

 

『その表情……ようやく理解したか。君がどれほど劣っているかを』

「逆だ」

 

 ジョンは低く呟く。

 

「どう崩すか、考えただけだ」

 

 次の瞬間、エリザベスの砲身が閃く。

 ――来る。

 今度は避ける。

 いや、避け方を変える。

 

「セリア、演算パターン変更。回避優先じゃない、“誘導”だ」

『意図を確認。敵射撃の着弾点を制御?』

「そうだ。撃たせる位置を選ばせる」

 

 一見すると矛盾した命令。

 だが、セリアは迷わない。

 

『了解。補助演算開始』

 

 次の一撃。

 ジョンは“半歩だけ”遅れて動いた。

 完全回避ではない。

 かすめる位置。

 レールガンの光がジーヘッドの脇を掠め、地面に突き刺さる。

 爆ぜる砂。

 轟音。

 そして――砂煙。

 

「いいぞ……!」

 

 さらにもう一撃。

 同じように、わざと“外させる”。

 地面へ。

 岩へ。

 構造物へ。

 結果として、フィールドは急速に荒れていく。

 粉砕された岩石、舞い上がる砂塵、視界を覆う微粒子。

 最初は偶然のように見えるそれが、次第に明確な“環境変化”へと変わっていく。

 

『……なるほど』

 

 ディゼーリンの声が低くなる。

 

『視界の撹乱か。しかし、それで私の照準が狂うとでも?』

「狂うさ」

 

 ジョンは吐き捨てる。

 

「人間ならな」

 

 そして――踏み込む。

 ジーヘッドの脚部スラスターが唸りを上げ、砂煙の中へ突っ込む。

 視界はほぼゼロ。

 センサーもノイズまみれ。

 だが、それは相手も同じ。

 

『センサー補正、低下。敵機位置、推定モードへ移行』

「それでいい」

 

 さらに一歩。

 さらに一歩。

 距離を詰める。

 エリザベスは後退する。

 だが、ホバー機動は“滑る”特性上、急激な方向転換にわずかなタイムラグがある。

 その“わずか”を、ジョンは見逃さない。

 

「捕まえた……!」

 

 砂煙の向こうに、白銀の影が浮かび上がる。

 その瞬間、エリザベスのガトリングが火を吹いた。

 弾幕。

 だが――遅い。

 

「もう見えてる!」

 

 ジーヘッドは腕を振り上げる。

 作業用アーム。

 本来は戦闘用ではない。

 だが、この距離なら関係ない。

 振り下ろす。

 直撃――の直前。

 エリザベスが滑るように回避する。

 紙一重。

 だが、その動きは――鈍い。

 

「やっぱりな……!」

 

 砂。

 視界不良。

 そして急制動。

 ホバー機構の強みが、そのまま弱点に変わる瞬間。

 

『……美しくないな』

 

 ディゼーリンの声が、初めて苛立ちを帯びた。

 

『戦場を濁すなど――』

「勝つためだ」

 

 即答。

 躊躇はない。

 次の瞬間、ジョンはさらに踏み込んだ。

 距離、ほぼゼロ。

 レールガンの間合いではない。

 格闘距離。

 

「ここなら――!」

 

 至近距離から主砲を構える。

 回避は間に合わない。

 撃つ。

 閃光。

 エリザベスの側面装甲が弾け飛ぶ。

 バランスが崩れる。

 ホバーが乱れる。

 機体が大きく傾ぐ。

 

『くっ……!』

 

 初めて、余裕のない声。

 だが、まだ終わらない。

 エリザベスは強引に姿勢を立て直し、至近距離でレールガンを構えた。

 互いに、ゼロ距離。

 どちらが早いか。

 刹那の勝負。

 その瞬間。

 ジョンは――撃たなかった。

 

「な――?」

 

 代わりに。

 ジーヘッドの腕が、横から叩き込まれる。

 作業用アーム。

 金属の塊が、全力でエリザベスの砲身を打ち据える。

 歪む。

 逸れる。

 放たれたレールガンは、明後日の方向へと飛び去った。

 

「チェックメイトだ」

 

 静かに告げる。

 そして。

 ゼロ距離から、もう一度。

 今度こそ、確実に。

 引き金を引いた。

 閃光が、すべてを飲み込む。

 衝撃。爆発。

 白銀の装甲が砕け、内部構造が露出し、ついには機体全体が大きく沈み込む。

 エリザベスは、動かない。

 完全停止。

 勝敗は明らかだった。

 一瞬の静寂。

 そして――爆発的な歓声。

 観客席が揺れる。

 地鳴りのような拍手と叫びが、コロシアム全体を包み込む。

 だが、ジョンはそれに応えない。

 ただ、ゆっくりと息を吐く。

 

「……ギリギリだな」

『機体損傷率、上昇。これ以上の連戦は推奨されません』

「だろうな」

 

 苦笑する。

 だが、止まる理由にはならない。

 通信が入る。

 

『……やるじゃない』

 

 ミューディの声。

 普段より少しだけ、柔らかい。

 

『正直、ちょっとヒヤヒヤしたけど』

「ちょっとか?」

『だいぶ。でも勝ったからいい』

 

 短く笑う気配。

 その直後。

 観客席の最上段。

 巨大な影が、ゆっくりと動いた。

 ドン・ジーツーの戦車――ギガンテス。

 山のような巨体が、まるでこちらを見下ろすように砲塔を向けている。

 その存在感は、他のどの機体とも比較にならない。

 圧倒的。

 絶対的。

 まるで「次に越えるべき壁」を象徴しているかのようだった。

 

「……あれか」

 

 ジョンは小さく呟く。

 その声には、疲労と――わずかな高揚が混じっていた。

 

「本命は」

 

 ジーヘッドの駆動音が低く唸る。

 まだ終わりじゃない。

 むしろ、ここからだ。

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