宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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13.

 夕焼けが、工場の屋根を赤く染めていた。

 ウエスターシティの外れにあるミューディの整備工場は、昼間の熱をまだ残していて、コンクリートの床からじんわりと熱気が立ち上っている。

 あちこちに積まれた部品の山、壁に立てかけられた古い工具、天井を走るクレーンのレール――どれも使い込まれていて、ここがただの作業場ではなく、“長く続いてきた場所”だということを静かに語っていた。

 

 その中心に、ジーヘッドは据えられている。

 外装はほとんど外され、骨格のようなフレームが剥き出しになり、無数のケーブルと補助アームが絡みつくように接続されている姿は、

 戦うための機械というよりも、解体と再構築の途中にある巨大な存在だった。

 時折、火花が散る。

 金属が擦れる音、ボルトを締める鈍い振動、圧縮空気の抜ける音。

 それらが混ざり合い、工場特有のリズムを刻んでいた。

 

「……ほんと、よく壊れずに帰ってきたわね」

 

 ミューディが脚立に乗ったまま、ジーヘッドの関節部を覗き込みながら呟く。

 汗で少しだけ張り付いたドレッドヘアを鬱陶しそうに払いながら、レンチを回す手は止まらない。

 

「これ、あと一発まともにもらってたら、普通に動かなくなってたわよ」

「でも動いた」

 

 工場の壁にもたれながら、ジョンが気のない調子で返す。

 疲れは隠しきれていないが、声にはまだ余裕があった。

 

「動いたから勝った」

「はいはい、結果論ね」

 

 ミューディは肩をすくめる。

 だが、その口元はわずかに緩んでいる。

 

「でも、そのツケは全部ここに来てるんだから。今から死ぬ気で直すのはあたしなんだけど?」

「頼りにしてる」

「軽い!」

 

 即座にツッコミが飛ぶ。

 

 だがそのまま、ミューディはふっと息を吐いた。

 

「……まあいいわ」

 

 レンチを一度離し、ジーヘッドのフレームを軽く叩く。

 

「明日までに、ちゃんと“勝てる状態”にしてやる」

 

 その言葉には、冗談めいた響きはなかった。

 ただ真っ直ぐで、職人としての意地が乗っている。

 ジョンは小さく頷いた。

 

「それで十分だ」

 

 そのやり取りのすぐそばで。

 セリアはジーヘッドの背部に接続されていた。

 細いケーブルがいくつも伸び、彼女の首筋や腕に取り付けられた端子と繋がっている。目は閉じられ、姿勢は微動だにせず、呼吸すら感じ取れないほど静かだった。

 まるで、機体の一部。

 

『……接続状態、安定。構造補正、進行中』

 

 発せられた声は、やはりいつもより淡々としている。

 感情の起伏が削ぎ落とされたような、均一な響き。

 ジョンはそれをしばらく見ていたが、やがて視線を外した。

 

「……違和感あるな」

 

 ぽつりと呟く。

 ミューディが工具を動かしながら答える。

 

「接続してる時はああなるの。機体の演算に引っ張られるっていうか、意識のリソースそっちに回してるから」

「便利なんだろうけどな」

「便利よ。めちゃくちゃ」

 

 カン、と工具を置く音。

 

「でも、“人っぽさ”は減る」

 

 その言葉に、ジョンは小さく鼻を鳴らした。

 

「減りすぎだろ」

「でしょ」

 

 ミューディは苦笑する。

 やがて、セリアの接続が解除される。

 ケーブルが外れ、彼女の身体がわずかに揺れた。

 数秒の間。

 まるで深い水の中から浮上するように、ゆっくりと目が開く。

 

「……終わりました」

 

 声は、元に戻っていた。

 先ほどまでの無機質さは薄れ、ちゃんと“彼女の声”になっている。

 

「おかえり」

 

 ジョンが軽く言う。

 セリアは一瞬きょとんとしたあと、小さく頷いた。

 

「ただいま……でいいのかしら」

「いいんじゃない?」

 

 ミューディが肩越しに笑う。

 

「ほら、ちょうどいいタイミング。休憩にしましょ」

 

 工場の外では、すでに炭火が起こされていた。

 簡易的なグリルの上で、赤くなった炭がじわじわと熱を放っている。夜の空気は少しだけ涼しくなり、その中で立ち上る煙がゆっくりと流れていく。

 

「前祝いってやつ」

 

 ミューディが肉の乗った皿を運びながら言う。

 

「決勝前夜なんだから、これくらいはやらないと」

「負ける気はないってか」

「当然」

 

 即答だった。

 網の上に肉が置かれる。

 じゅう、と音が鳴り、脂が落ちて小さく炎が上がる。

 香ばしい匂いが広がる。

 戦場とはまるで違う、穏やかで、どこか懐かしい空気。

 

「はい、焼けたわよ」

 

 ミューディがトングで肉をひっくり返しながら言う。

 ジョンはそれを受け取り、一口かじる。

 

「……うまいな」

「でしょ」

 

 得意げに笑う。

 その横で、セリアは炎をじっと見つめていた。

 ゆらゆらと揺れる火。

 その光が、彼女の瞳に映る。

 少しして。

 

「ねえ」

 

 不意に、セリアが口を開いた。

 さっきまでよりもずっと自然な、いつもの調子で。

 

「接続してるときの私、あれちょっと嫌かも」

 

 あっさりした言い方だった。

 ジョンが視線を向ける。

 

「嫌?」

「うん。なんていうか……無機質すぎるのよね」

 

 自分で言いながら、少しだけ眉をひそめる。

 

「ちゃんと動いてるのはわかるんだけど、あとで思い返すと、“あれ私だった?”ってなる感じ」

「へえ」

 

 ミューディが面白そうに反応する。

 

「自覚あるんだ」

「あるわよ、それくらい」

 

 セリアは肩をすくめる。

 

「効率はいいのはわかるんだけどね。あそこまで感情切り落とされると、ちょっと味気ないっていうか」

 

 少し考えるように、炎を見つめる。

 

「もう少しこう……普通のまま繋がれたらいいのに、って思うのよ」

 

 重くはない。

 ただの違和感。

 でも、確かにそこにある感覚。

 ジョンはしばらく黙って、それを聞いていた。

 炭火がぱち、と弾ける。

 夜の気配が、ゆっくりと濃くなっていく。

 

 炭火の赤が、夜の中で静かに揺れていた。

 昼間の熱気が嘘のように引き、工場の外にはひんやりとした風が流れている。遠くからはウエスターシティの喧騒が微かに届き、ここだけが少し切り離されたような、不思議な静けさに包まれていた。

 網の上では、肉の焼ける音が続いている。

 じゅう、と脂が落ち、炎が小さく跳ねる。

 その光を見つめながら、セリアはまだ少しだけ考え込んでいるようだった。

 

「……でも、まあ」

 

 ふっと肩の力を抜くように言う。

 

「必要なのはわかってるのよね。あの状態のほうが、ジーヘッドの反応も良くなるし」

「そりゃな」

 

 ジョンは頷く。

 

「お前が“人間らしいまま”だったら、あの精度は出ないだろ」

「やっぱりそうよね」

 

 少しだけ残念そうに笑う。

 けれど、その表情は重くはない。

 

「だからまあ、完全に嫌ってわけじゃないの。ただ――」

 

 炭火をつつきながら、小さく言う。

 

「ちょっと味気ないだけ」

「贅沢だな」

「でしょ?」

 

 セリアは軽く笑った。

 そのやり取りを聞いていたミューディが、トングをくるくる回しながら口を挟む。

 

「でもさ、それ言えるってことは大丈夫ってことじゃない?」

「どういうこと?」

「完全におかしくなってるなら、“違和感ある”って思えないでしょ」

 

 肉をひっくり返しながら、あっさりと言う。

 

「ちゃんと戻ってきてる証拠よ、それ」

「……まあ、それもそうか」

 

 セリアは少し考えてから頷いた。

 納得した、というよりは、「そういう見方もあるか」と受け入れた感じだった。

 そのまま、しばらくの間は他愛もない時間が流れる。

 焼けた肉をつまみ、簡単な飲み物を回し、明日のことをあえて話題にしない。

 戦いの直前だからこそ作られた、意識的な“余白”。

 やがて。

 ミューディが、ふと手を止めた。

 トングを網の端に置き、炎をじっと見つめる。

 

「……この工場さ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「元々は、あたしのじいちゃんのだったのよ」

 

 ジョンが視線を向ける。

 セリアも、静かに耳を傾ける。

 

「小さい頃からずっとここにいてさ。工具の音とか、油の匂いとか、全部当たり前だった」

 

 ミューディは少しだけ笑う。

 懐かしむような、でもどこか照れくさいような笑い方。

 

「じいちゃん、めちゃくちゃ厳しくてね。最初にレンチ持たせてもらったとき、“締め方が甘い”ってそれだけで怒鳴られてさ」

「お前が怒鳴られる側か」

「失礼ね」

 

 軽く睨むが、すぐに表情は戻る。

 

「でもさ、不思議と嫌じゃなかったのよ。ちゃんとやれば褒めてくれるし、“機械は嘘つかない”って口癖みたいに言ってて」

 

 炎がぱち、と弾ける。

 

「ちゃんと触ればちゃんと応えてくれる、って」

 

 ミューディは、ジーヘッドが見える工場の方へ視線を向けた。

 

「だから、この場所も……機械も、けっこう好きでさ」

 

 ほんの少し、声が落ちる。

 

「なのにさ、あいつ――ドン・ジーツーが来て、“ここはもう終わりだ”みたいな顔で言うわけよ」

 

 吐き捨てるように言う。

 その目には、はっきりとした苛立ちが浮かんでいた。

 

「土地ごと全部買い上げるとか言って、断ったら嫌がらせしてきて……ほんと最悪」

「だろうな」

 

 ジョンは短く返す。

 ミューディは肩をすくめる。

 

「正直さ、最初はもう無理かなって思ったのよ。あいつの資金力とか権力とか、どう考えてもこっちが勝てる相手じゃないし」

 

 そこで、一度言葉を切る。

 そして、少しだけ笑った。

 

「でもさ」

 

 視線がジョンに向く。

 

「あんたが来た」

 

 あっさりとした言い方だった。

 だが、その中に含まれる意味は軽くない。

 

「ボロボロの機体で大会出るとか言い出してさ。普通なら止めるでしょ」

「止めなかったな」

「面白そうだったし」

 

 即答だった。

 だが、次の言葉は少しだけ柔らかい。

 

「……あと、“やれるかも”って思ったのよ」

 

 炎の光が、ミューディの横顔を照らす。

 

「この工場、あたしが継いだものだけどさ。ここで終わらせたくないのよ」

 

 静かに言う。

 

「じいちゃんが残した場所だから、っていうのもあるけど……それだけじゃなくて」

 

 少し考えてから、言葉を選ぶ。

 

「ここで、まだ何か作れる気がするのよ」

 

 ジョンは黙ってそれを聞いていた。

 風が一度、強く吹く。

 炭火が揺れ、火の粉が小さく舞う。

 

「だからさ」

 

 ミューディは肩をすくめる。

 

「明日、勝ちなさいよ」

 

 あっさりした口調。

 けれど、それは命令でも願いでもなく、ただの“当然”みたいな言い方だった。

 

「賞金もいるでしょ?あたしも工場守れるし」

「ついでか」

「メインよ」

 

 即答。

 そして、にやっと笑う。

 ジョンは少しだけ息を吐いた。

 空を見上げる。

 夜はもう深く、星がいくつか瞬いている。

 

「……勝つさ」

 

 短く言う。

 それ以上の言葉はいらなかった。

 

「理由はいくつかあるけどな」

 

 少しだけ間を置く。

 

「借金とか、工場とか……」

 

 そして、視線を二人に向ける。

 

「まあ、それだけでもない」

 

 それで十分だった。

 セリアが小さく頷く。

 

「じゃあ、安心ね」

 

 軽い調子で言う。

 

「その言い方だと、負ける未来が見えないもの」

「プレッシャーかけるな」

「期待してるだけ」

 

 くすっと笑う。

 ミューディも、満足そうに頷いた。

 

「よし、それでいい」

 

 トングを持ち直す。

 

「じゃあ食べなさい。冷める前に」

 

 再び、肉が網の上で音を立てる。

 何気ない時間。

 けれど、それは確かに“明日の戦いに繋がる時間”だった。

 工場の奥では、ジーヘッドが静かに佇んでいる。

 修復途中のまま、それでも確実に“明日”へ向かっている。

 炎の光と、鋼の影。

 そのあいだで、三人は同じ時間を共有していた。

 やがて、火は少しずつ弱まり。

 夜はさらに深くなる。

 

 決戦は、もうすぐそこだった。

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