宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
朝の光が、乾いた大地を白く照らしていた。
ウエスターシティ郊外――タンクバトル・コロシアム。
前日とはまるで違う熱気が、すでに会場全体を覆っている。観客席は満員どころか、通路にまで人が溢れ、巨大スクリーンには「決勝戦」の文字が何度も映し出されていた。
その中心。
試合開始地点に、ジーヘッドは立っている。
整備を終えたその機体は、前日の損傷をほぼ修復されていた。外装は再び取り付けられ、焼け焦げていた部分も補修されている。だが、完全な新品ではない。
細部を見れば、急ごしらえの跡ははっきりと残っている。
それでも――戦うには十分だった。
「……動くな」
コクピットの中で、ジョンが小さく呟く。
操縦桿を軽く動かす。
応答は鋭い。
昨日よりも明らかに良い。
『当たり前でしょ』
通信回線越しに、ミューディの声が飛ぶ。
少しだけ誇らしげで、少しだけ眠そうな声。
『ほぼ徹夜で仕上げたんだから。それで動かなかったら泣くわよ』
「泣くのか」
『殴る』
「怖いな」
軽口。
だが、その奥にある緊張は隠しきれない。
『……いい?無理だけはしないで』
ミューディの声が少しだけ低くなる。
『相手、あれよ?』
言われるまでもない。
視線を上げる。
コロシアムの反対側。
そこに“それ”はあった。
ギガンテス。
巨大――という言葉では足りない。
三階建ての建物に匹敵するその巨体は、もはや戦車というより「要塞」だった。分厚い装甲、幾重にも重なった砲塔、無数に並ぶ兵装。
主砲――宇宙戦艦から流用されたビーム砲。
副武装――ガトリング、ロケット、ミサイル。
そのすべてが、“過剰”なまでに積み込まれている。
ただ存在するだけで、圧力になる。
それがゆっくりと動くだけで、大地が震える。
「……でかすぎだろ」
ジョンは思わず呟いた。
『サイズ差、約三・八倍。装甲厚、推定で本機の六倍以上』
セリアの声が冷静に響く。
『正面からの撃ち合いは非推奨』
「言われなくてもわかる」
問題は――じゃあどうするか、だ。
「決勝戦、開始!」
その瞬間。
空気が裂けた。
――轟音。
ギガンテスの主砲が、何の前触れもなく火を吹いた。
ビーム。
光の奔流が一直線に走る。
「いきなりかよッ!」
ジーヘッドのスラスターが最大出力で噴射する。
強引に横へ跳ぶ。
直後、さっきまでいた地面が“消えた”。
蒸発。
砂も岩も関係ない。
触れたものをそのまま焼き尽くし、一直線に抉り取る。
余波だけで機体が揺れる。
「冗談だろ……!」
距離があるのに、この威力。
まともに食らえば、即終了だ。
だが、攻撃はそれだけでは終わらない。
次の瞬間。
ガトリングが唸りを上げた。
そして――ミサイル。
「全部乗せかよッ!」
弾幕。
もはや“回避する”というより、“生き残る”ための動き。
ジーヘッドは全力で駆ける。
跳ぶ。
滑る。
だが、追いつかれる。
爆発が連続し、衝撃波が叩きつけられる。
「くっ……!」
装甲に直撃。
衝撃がコクピットに突き刺さる。
『ダメージ軽微。しかし蓄積は危険域へ』
「わかってる……!」
だが――近づけない。
圧倒的火力による面制圧。
進もうとすれば、そこに弾幕が敷かれる。
逃げれば、追ってくる。
まるで戦場そのものを支配されているような感覚。
『フハハハハ!』
スピーカー越しに、ドン・ジーツーの笑い声が響く。
低く、重く、耳障りな笑い。
『どうした小僧!それが限界か!?』
さらに主砲が向けられる。
狙われる。
撃たれる。
また回避。だが、次は――
「間に合わな――」
閃光。
避けきれない。衝撃。
ジーヘッドの右脚部が弾かれる。
バランスが崩れる。
地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
警告音が一気に増える。
『右脚部、出力低下。機動力低下』
「最悪だ……!」
起き上がろうとする。
だが、その隙を逃す相手ではない。
ギガンテスの砲塔が一斉にこちらを向く。
すべてが照準。
すべてが火力。
『逃げ場はないぞ』
低い声。
『貴様はここで終わりだ』
その言葉と同時に。
再び、全武装が火を吹いた。
空が埋まる。
弾と光で。
逃げ場はない。
覆い尽くされる。
ジョンは歯を食いしばる。
「……まだだろ」
低く呟く。
視線は、まだ死んでいない。
「こんなもんじゃ――終わらねえ」
ジーヘッドの駆動音が、再び唸りを上げる。
視界が白で埋まる。
爆発。 衝撃。
弾幕が空間そのものを押し潰すように降り注ぎ、ジーヘッドの装甲を容赦なく叩きつける。
逃げ場はない。回避の余地もない。
それでも――
「……まだだ!」
ジョンは叫んだ。
倒れたままでは終わる。
それだけはわかっている。
「セリア!」
『はい』
即座に返る声。
今度は、はっきりと“彼女の声”だった。
「脚、動かせるか!」
『出力低下中ですが、強制駆動なら可能です』
「やれ!」
次の瞬間。
ジーヘッドの右脚部が軋みを上げながら動く。
無理やり、立ち上がる。
爆風の中で。
弾幕の中で。
「……よし」
立てる。
なら、まだ終わってない。
『……無意味だな』
ドン・ジーツーの声が響く。
どこまでも余裕に満ちた声。
『貴様の機体では、我がギガンテスの装甲は抜けん。逃げ回るだけで終わりだ』
事実だった。
正面から撃っても、通らない。
さっきの一撃で、それはもう理解している。
だから――
「正面からはやらねえよ」
ジョンは低く呟いた。
視線を上げる。
ギガンテス。
巨大。圧倒的。だが――
「でかすぎるんだよ」
その一言に、すべてが詰まっていた。
巨大であることは強みだ。
だが同時に、それは“制御の粗さ”と“死角の多さ”を生む。
「セリア、敵機の関節部、駆動系、全部洗い出せ」
『解析中――完了。脚部付け根、第二関節。装甲接合部に構造的弱点あり』
来た。
ほんのわずかな“綻び”。
「そこだな」
だが問題は――どうやってそこに行くか。
次の瞬間。再び主砲が向く。
撃たれる。避ける。
だが今度は、ただ逃げるだけじゃない。
「前に出る!」
ジーヘッドが踏み込む。
弾幕の中へ。
『自殺行為だ!』
ドン・ジーツーの声が笑う。
だが、ジョンは止まらない。
爆発の合間を縫う。
ギリギリでかわす。
直撃は避ける。
それでも被弾はする。
装甲が削れる。
警告音が鳴る。
「関係ねえ!」
さらに踏み込む。
距離が縮まる。
中距離。
まだ遠い。
だが――確実に近づいている。
『迎撃強化』
セリアの声。
その直後、弾幕がさらに濃くなる。
だが同時に。
「セリア」
『はい』
「今、ちゃんといるな」
一瞬の沈黙。
そして。
「……ええ、いるわよ」
少しだけ笑った声。
昨日の夜と同じ、“人間らしい”響き。
それだけで十分だった。
「なら行ける」
ジョンはアクセルを踏み込む。
最後の加速。
スラスター全開。
機体が悲鳴を上げる。
距離――ゼロへ。
「入ったァッ!!」
ギガンテスの懐。
至近距離。
砲塔が追いつかない距離。
巨大すぎるがゆえの死角。
『なっ――!?』
初めて、ドン・ジーツーの声が揺れた。
「遅いんだよ!」
ジーヘッドが滑り込む。
脚部の付け根。
巨大な装甲の継ぎ目。
そこへ――
「叩き込む!」
作業用アームが振り抜かれる。
衝撃。
装甲が軋む。
完全には壊れない。
だが、歪む。
『損傷確認。しかし軽微――』
「まだだ!」
至近距離から主砲を構える。
レールガン。
逃げ場はない。
撃つ。閃光。
今度は違う。
装甲の“内側”へ食い込む。
貫通には至らない。
だが――
「ひびは入った」
その瞬間。
ギガンテスが強引に後退する。
踏み潰そうとする。
だが――
「逃がすかよ!」
ジーヘッドがしがみつく。
作業用アームで装甲に食い込み、強引に体勢を維持する。
巨体が揺れる。
バランスが崩れる。
『離れろォ!!』
全武装が至近距離で起動する。
だが、それは同時に――
「自分の足元も巻き込むだろ!」
爆発。
至近距離での自爆的攻撃。
衝撃が双方を揺らす。
だが、ジーヘッドは耐える。
そして。
「セリア!」
『ええ!』
今度は完全に“彼女”だった。
迷いのない声。
「出力、全部回せ!」
『了解!制限解除!』
ジーヘッドが唸る。
限界を超えた駆動。
全エネルギーを一点に。
「これで――終わりだ!!」
ゼロ距離。同じ場所へ。もう一度。
レールガン。閃光。
今度は、貫いた。
装甲を。フレームを。内部構造を。
一瞬の静寂。
そして――爆発。
内部から吹き上がる炎。
ギガンテスの巨体が、大きく傾く。
『ば……かな……』
ドン・ジーツーの声が途切れる。
そのまま。
巨体はゆっくりと。だが確実に。
崩れ落ちた。
大地が揺れる。
砂煙が舞い上がる。
すべてが静止する。
そして――爆発的な歓声。
コロシアムが揺れる。
勝敗は、明らかだった。
ジョンはしばらく動かなかった。
呼吸を整える。
ようやく、力を抜く。
「……終わったな」
『ええ』
セリアの声。
穏やかな響き。
「ちゃんと、いたな」
「ええ。最後までね」
少しだけ、誇らしげに。
そのとき、通信が入る。
『……やったじゃない!』
ミューディの声。
弾んでいる。
『あんた、ほんとに勝つとか……最高!』
「約束だからな」
ジョンは小さく笑った。
視線の先には、倒れたギガンテス。
そして、その向こうに広がる未来。
借金も。
工場も。
全部まとめて――
「これで、なんとかなるか」
ジーヘッドは静かに立っていた。
傷だらけのまま。
それでも、確かに勝者として。