宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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15.

 決勝戦から三日後――。

 ウエスターシティの朝は、どこか浮ついていた。

 まだ日が高くなりきる前だというのに、通りには人の流れが絶えず、あちこちで足を止める者たちが空を見上げている。正確には、“空”ではなく、その上に張り出された巨大なスクリーンだ。

 建物の壁面、広場の中央、カフェの軒先。

 街中のあらゆる場所に設置された映像端末が、同じ映像を繰り返し流している。

 砂煙を巻き上げながら疾走する一機の機体。

 弾幕をかいくぐり、巨大な影へと突っ込んでいくその姿。

 そして――閃光。

 爆発。

 崩れ落ちる“陸の要塞”。

 ジーヘッドがギガンテスを撃破する瞬間だった。

 映像は何度もスロー再生され、角度を変え、解説が入り、また最初から流される。そのたびに、通りのあちこちから歓声やどよめきが上がった。

 

「……まだやってるのね」

 

 ミューディは少し呆れたように言いながら、足を止める。

 腕を組み、スクリーンを見上げるその横顔は、どこかくすぐったそうでもあった。

 

「三日も経ってるのに、飽きないのかしら」

 

 隣でセリアも同じ映像を見上げる。

 風に髪が揺れ、光を受けてわずかにきらめく。

 

「印象に残る映像なんでしょ」

 

 軽く肩をすくめるように言う。

 

「絵になるし、派手だし。そりゃ何回も流されるわよ」

「他人事みたいに言うけど、あれあんたも関わってるのよ?」

「まあね」

 

 セリアは少しだけ笑った。

 

「でも、ああいう見せ方されると、ちょっと別の話みたいじゃない?」

 

 確かに。

 スクリーンの中の戦いは、現実よりも少しだけ“かっこよく”編集されている。

 恐怖も、焦りも、痛みも。

 そういうものは削ぎ落とされて、ただ“勝利の瞬間”だけが強調されていた。

 

「……まあ、そうね」

 

 ミューディも小さく頷く。

 あの場にいたからこそわかる。

 あれはあんな綺麗なものじゃなかった。

 もっと泥臭くて、ギリギリで、危なっかしい戦いだった。

 そのとき、映像が切り替わる。

 スタジオの明るい照明。

 司会者が勢いよく手を叩く。

 

『それではここで!優勝者ジョン選手と戦った猛者たちの声をお届けします!』

 

 軽快な音楽。

 画面がスライドする。

 最初に現れたのは――ディゼーリン。

 白銀の戦車エリザベスを背に、まるで舞台の上に立つ役者のように整った姿勢で立っている。

 

『敗北とは、受け入れるべき一つの結果に過ぎない』

 

 相変わらずの調子。

 芝居がかった口調だが、不思議と嫌味はない。

 

『彼は、戦場という舞台を“支配する”術を心得ていた。私が求めるのが美だとすれば――彼は勝利そのものを選び取る男だ』

 

 ほんのわずかに視線が細くなる。

 

『あれは洗練とは違う。だが、確実に“完成された戦い方”だ』

 

 そして、口元がわずかに上がる。

 

『次に会う時は、もう少し面白い舞台にしてもらおう』

 

 映像が切り替わる。

 今度はナターシャ。

 無駄のない立ち姿。

 軍服のような衣装に身を包み、視線はまっすぐカメラを射抜いている。

 

『……強い』

 

 一言。

 短いが、それだけで空気が締まる。

 

『判断が早い。迷いがない。無駄がない』

 

 言葉を刻むように続ける。

 

『ああいう相手は、戦っていて気持ちがいい』

 

 ほんの一瞬、目線が横に流れる。

 

『次は――こっちが落とす』

 

 それだけ言って、映像は終わる。

 そして、次の瞬間。

 

『いや〜無理無理!あれはほんと無理!』

 

 空気が一気に軽くなる。

 ドゥドゥだった。

 両手を広げ、大げさな身振りで笑いながら話している。

 

『速さで全部いけると思ったんだけどさ、気づいたら全部読まれてるの!逃げた先にもういるの!意味わかんないって!』

 

 スタジオの笑い声が混ざる。

 

『でもさ、めちゃくちゃ楽しかった!ああいう戦い、そうそうないよ!』

 

 楽しそうに肩をすくめる。

 

『今度会ったらさ、飯でも行こうって伝えといて!ワイン持ってくから!』

 

 最後まで陽気なまま、映像はフェードアウトした。

 通りのあちこちで、小さな笑いが起きる。

 

「……なんか、ずいぶん好かれてるじゃない」

 

 ミューディが腕を組んだまま言う。

 

「本人、あんまり愛想いいタイプでもないのに」

「戦い方が印象強いんじゃない?」

 

 セリアは軽く言う。

 

「あと、ああいうのって“またやりたい相手”になりやすいのよね」

「へえ」

「全部ギリギリで勝ってる感じするでしょ。だから、“次は勝てるかも”って思わせるのよ」

「……なるほどね」

 

 ミューディは少しだけ納得したように頷いた。

 そのとき、再び画面が切り替わる。

 スタジオの空気が一変する。

 明るい演出が消え、代わりに落ち着いた照明と、真剣な表情のキャスターが映し出される。

 

『続いてのニュースです』

 

 その声に、通りのざわめきが少しだけ静まる。

 

『今回のタンクバトル大会スポンサーの一人であったドン・ジーツー氏ですが――』

 

 映像が差し込まれる。

 警備車両。

 武装した警官。

 そして、その中央で拘束される男。

 ドン・ジーツー。

 かつての余裕に満ちた態度は消え、顔は歪み、何かを叫んでいるが音声はカットされている。

 

『悪質な地上げ行為および裏金による違法取引の疑いが発覚し、本日未明、銀河連合警察により逮捕されました』

 

 周囲がざわつく。

 足を止める人が増える。

 

『押収された資料からは長年にわたる不正の痕跡が確認されており、現在も余罪について捜査が進められています』

 

 映像には、押収品の山、資料、関係施設。

 逃げ場のない証拠。

 それは完全な終わりを意味していた。

 

「……あっけないわね」

 

 ミューディがぽつりと呟く。

 怒りというより、拍子抜けに近い声だった。

 

「散々引っかき回して、最後はこれ?」

「まあ、こういうのってそんなもんじゃない?」

 

 セリアは肩をすくめる。

 

「大きい顔してるやつほど、崩れるときは一気よ」

「……それもそうか」

 

 ミューディは小さく息を吐く。

 ほんの少しだけ、肩の力が抜けたようだった。

 そのまま二人は、工場へと向かう。

 見慣れたはずの道。

 だが――角を曲がった瞬間、ミューディは足を止めた。

 

「……ちょっと待って」

 

 目の前の光景に、思わず声が漏れる。

 工場の前。

 そこには、見慣れない車両が何台も並んでいた。

 整備待ちの機体。

 運搬用のトラック。

 そして、人。

 明らかに、いつもより多い。

 

「……なにこれ」

 

 呆然と呟く。

 シャッターの上には、誰かが勝手につけたのだろう新しく取り付けられた看板。

 以前よりも大きく、目立つ文字。

 “タンクバトル大会優勝機体整備工場”。

 

「いや、ちょっと……」

 

 ミューディは額を押さえる。

 

「こんなことになる?」

 

 そのとき、工場の中から声が飛んできた。

 

「あっ、ミューディさん!新しい依頼が――」

「待って待って待って!!」

 

 慌てて両手を振る。

 だが、中からはすでに工具の音が響き、誰かが機体を運び込み、作業が始まっている。

 活気。

 喧騒。

 忙しさ。

 それは、かつての静かな工場とはまるで違う光景だった。

 セリアはその様子を見渡し、少しだけ口元を緩める。

 

「……繁盛してるわね」

「しすぎでしょこれ!」

 

 ミューディは叫ぶ。

 だが、その顔には――はっきりとした高揚が浮かんでいた。

 そして、工場の奥。

 その中心に。

 ジーヘッドは静かに立っていた。

 戦いの傷をわずかに残したまま。

 それでも、確かに。

 “勝者の象徴”として、そこに在り続けている。

 

 ………工場の中は、朝から熱を帯びていた。

 金属を叩く乾いた音。工具の回転音。誰かが名前を呼び、別の誰かが返事をする。油と焼けた鉄の匂いが空気に混ざり、そこに人の気配が絶え間なく流れ込んでくる。

 ――忙しい。

 ただそれだけのことなのに、その空気は不思議と重くはなかった。

 

「……ほんとに増えてる」

 

 ミューディは呆れたように言いながらも、どこか誇らしげに工場の中を見渡す。

 見慣れない機体。新しい依頼。手伝いに来た整備士たち。

 かつての“ギリギリで回していた場所”は、今や明らかに規模が変わっていた。

 

「三日でここまで変わる?」

「変わるときは一気に変わるものよ」

 

 セリアが軽く言う。

 ジーヘッドの装甲に手を添えながら、その表面の傷をなぞる。

 

「きっかけが大きければ、なおさらね」

「まあ……きっかけはデカすぎるけど」

 

 ミューディは肩をすくめる。

 そのとき、奥から声がした。

 

「おー、やっぱりここか」

 

 聞き慣れた声。

 振り返ると、入口のところにジョンが立っていた。

 相変わらずの気の抜けた立ち方。

 だがその表情には、戦いの最中にはなかった“余裕”が戻っている。

 

「……あんた、ほんと気配なく来るわね」

「騒がしいからな。紛れやすい」

「意味わかんないわよ」

 

 ミューディは呆れながらも、どこか安心したように笑う。

 ジョンは工場の中を一通り見渡した。

 新しい機体。増えた人。動き続ける現場。

 

「……すごいことになってるな」

「でしょ」

 

 ミューディは腕を組む。

 

「完全に予想外よ。嬉しいけど、ちょっと追いついてない」

「そのうち慣れる」

「慣れる前に倒れそうなんだけど」

「倒れるなよ」

「簡単に言うわね……」

 

 軽口。

 だが、そのやり取りの空気は自然だった。

 少しして、ジョンの視線がジーヘッドに向く。

 工場の中央。静かに佇む機体。

 戦いの痕跡を残しながら、それでも確かにここにある。

 

「……で」

 

 ミューディが口を開く。

 

「どうするの、それ」

 

 視線の先は同じ。

 ジーヘッド。

 

「持ってくのか、売るのか、それとも――」

「置いていく」

 

 ジョンはあっさりと言った。

 一拍の沈黙。

 

「……は?」

 

 ミューディが素で聞き返す。

 

「ちょっと待って、それどういう判断?」

「言葉通りだ」

 

 ジョンは肩をすくめる。

 

「こいつはここにあったほうがいい」

「いやいやいやいや」

 

 ミューディは両手を広げる。

 

「優勝機体よ!?大会の象徴よ!?そんな簡単に置いてくって話じゃないでしょ!」

「簡単に言ってるわけじゃない」

 

 淡々と返す。

 

「ちゃんと考えた」

「どこがよ……」

 

 呆れた声。

 

 だが、ジョンは続ける。

「俺が持ってても、使う機会は限られる」

「それはまあ……」

「でもここなら違う」

 

 工場の中を見る。

 

「研究もできるし、整備の基準にもなる。看板にもなる」

「……否定できないのが腹立つわね」

 

 ミューディは眉を寄せる。

 

「それに」

 

 ジョンは少しだけ笑った。

 

「ここで動いてたほうが、こいつもいいだろ」

 

 その一言で、ミューディは言葉を止めた。

 ジーヘッドを見る。

 そして、工場を見る。

 しばらく考えてから、深く息を吐く。

 

「……わかった」

 

 ゆっくりと言う。

 

「預かる」

 

 その声は、もう迷っていなかった。

 

「ちゃんと使うし、ちゃんと守る」

「頼む」

 

 短い返答。

 それで十分だった。

 セリアがくすっと笑う。

 

「ほんと、あっさり手放すのね」

「そうでもない」

「そう?」

 

 少し首を傾げる。

 

「普通は手放さないと思うけど」

「普通じゃないからな」

「それもそうね」

 納得したように笑う。

 そして、軽く腕を組む。

 ミューディは改めて工場を見渡す。

 騒がしい。忙しい。

 けれど――ここは、確かに自分の場所だった。

 

「……守るわよ」

 

 ぽつりと呟く。

 誰に聞かせるでもなく。

 だが、その声ははっきりしていた。

 

「じいちゃんの工場」

 

 工具の音が響く。

 機械が動く。

 人が行き交う。

 

「ここは、あたしが守り続ける」

 

 それは誓いだった。

 過去から受け取ったものを、未来へ繋ぐための。

 その言葉を背に、ジョンは踵を返す。

 

「……行くの?」

 

 ミューディが声をかける。

 

「やることは終わった」

「また無茶するんでしょ」

「多分な」

「その時は来なさいよ」

 

 少しだけ間を置いて。

 

「整備くらいはしてあげる」

 

 ジョンは軽く笑う。

 

「高くつきそうだ」

「当然」

 

 即答。

 セリアが一歩前に出る。

 

「またね」

 

 軽く手を振る。

 

「今度はもうちょっと楽な戦いで会いましょ」

「そんなのあるか?」

「さあね」 

 

 くすっと笑う。

 それが別れだった。

 

 

 ***

 

 

 数時間後。

 宇宙港。

 ラクーン号の前で、ジョンは小さく息を吐いた。

 見慣れた船体。傷はあるが、まだ十分に飛べる。

 

「……帰るか」

「そうね」

 

 セリアが隣に立つ。

 とっくににジーヘッドとの接続は切れている。

 表情も、声も、いつも通りだった。

 二人は船内へ入る。

 ハッチが閉まる音。

 エンジンの低い振動。

 静かな空間。

 

「なんかさ」

 

 セリアがふと口を開く。

 

「ちょっと賑やかだった分、静かね」

「そうだな」

 

 ジョンは操縦席に座る。

 

「嫌?」

「別に」

 

 肩をすくめる。

 

「これはこれで、落ち着くし」

 

 計器が点灯する。

 システムが立ち上がる。

 

「次、どこ行くの?」

「決めてない」

「またそれ?」

「いつも通りだ」

「ほんと適当ね」

 

 少し笑う。

 

「まあ、いいけど」

 

 ラクーン号がゆっくりと浮かび上がる。

 重力から解放される感覚。

 視界の向こうに、ウエスターシティが小さくなっていく。

 そのどこかに、あの工場がある。

 

「……あそこ、うまくいくと思う?」

 

 セリアがぽつりと聞く。

 

「いくさ」

 

 ジョンは即答した。

 

「やるやつがやるならな」

「そっか」

 

 セリアは小さく頷く。

 外には宇宙が広がる。

 静かで、広くて、どこまでも続いている。

 

「じゃあ、あたしたちもやるしかないわね」

「何をだ」

「次の面倒ごと」

「もう決まってるのか」

「そのうち来るでしょ」

 

 くすっと笑う。

 ラクーン号は加速する。

 星の間へと、滑るように進んでいく。

 

 戦いは終わった。

 だが――物語は、まだ続く。

 火と鋼の記憶を残したまま。

 新しい場所へ。

 新しい戦いへ。

 二人の日常は、何も変わらないようでいて、少しだけ変わっていた。

 それでも。

 進むことだけは、変わらない。

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