宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
決勝戦から三日後――。
ウエスターシティの朝は、どこか浮ついていた。
まだ日が高くなりきる前だというのに、通りには人の流れが絶えず、あちこちで足を止める者たちが空を見上げている。正確には、“空”ではなく、その上に張り出された巨大なスクリーンだ。
建物の壁面、広場の中央、カフェの軒先。
街中のあらゆる場所に設置された映像端末が、同じ映像を繰り返し流している。
砂煙を巻き上げながら疾走する一機の機体。
弾幕をかいくぐり、巨大な影へと突っ込んでいくその姿。
そして――閃光。
爆発。
崩れ落ちる“陸の要塞”。
ジーヘッドがギガンテスを撃破する瞬間だった。
映像は何度もスロー再生され、角度を変え、解説が入り、また最初から流される。そのたびに、通りのあちこちから歓声やどよめきが上がった。
「……まだやってるのね」
ミューディは少し呆れたように言いながら、足を止める。
腕を組み、スクリーンを見上げるその横顔は、どこかくすぐったそうでもあった。
「三日も経ってるのに、飽きないのかしら」
隣でセリアも同じ映像を見上げる。
風に髪が揺れ、光を受けてわずかにきらめく。
「印象に残る映像なんでしょ」
軽く肩をすくめるように言う。
「絵になるし、派手だし。そりゃ何回も流されるわよ」
「他人事みたいに言うけど、あれあんたも関わってるのよ?」
「まあね」
セリアは少しだけ笑った。
「でも、ああいう見せ方されると、ちょっと別の話みたいじゃない?」
確かに。
スクリーンの中の戦いは、現実よりも少しだけ“かっこよく”編集されている。
恐怖も、焦りも、痛みも。
そういうものは削ぎ落とされて、ただ“勝利の瞬間”だけが強調されていた。
「……まあ、そうね」
ミューディも小さく頷く。
あの場にいたからこそわかる。
あれはあんな綺麗なものじゃなかった。
もっと泥臭くて、ギリギリで、危なっかしい戦いだった。
そのとき、映像が切り替わる。
スタジオの明るい照明。
司会者が勢いよく手を叩く。
『それではここで!優勝者ジョン選手と戦った猛者たちの声をお届けします!』
軽快な音楽。
画面がスライドする。
最初に現れたのは――ディゼーリン。
白銀の戦車エリザベスを背に、まるで舞台の上に立つ役者のように整った姿勢で立っている。
『敗北とは、受け入れるべき一つの結果に過ぎない』
相変わらずの調子。
芝居がかった口調だが、不思議と嫌味はない。
『彼は、戦場という舞台を“支配する”術を心得ていた。私が求めるのが美だとすれば――彼は勝利そのものを選び取る男だ』
ほんのわずかに視線が細くなる。
『あれは洗練とは違う。だが、確実に“完成された戦い方”だ』
そして、口元がわずかに上がる。
『次に会う時は、もう少し面白い舞台にしてもらおう』
映像が切り替わる。
今度はナターシャ。
無駄のない立ち姿。
軍服のような衣装に身を包み、視線はまっすぐカメラを射抜いている。
『……強い』
一言。
短いが、それだけで空気が締まる。
『判断が早い。迷いがない。無駄がない』
言葉を刻むように続ける。
『ああいう相手は、戦っていて気持ちがいい』
ほんの一瞬、目線が横に流れる。
『次は――こっちが落とす』
それだけ言って、映像は終わる。
そして、次の瞬間。
『いや〜無理無理!あれはほんと無理!』
空気が一気に軽くなる。
ドゥドゥだった。
両手を広げ、大げさな身振りで笑いながら話している。
『速さで全部いけると思ったんだけどさ、気づいたら全部読まれてるの!逃げた先にもういるの!意味わかんないって!』
スタジオの笑い声が混ざる。
『でもさ、めちゃくちゃ楽しかった!ああいう戦い、そうそうないよ!』
楽しそうに肩をすくめる。
『今度会ったらさ、飯でも行こうって伝えといて!ワイン持ってくから!』
最後まで陽気なまま、映像はフェードアウトした。
通りのあちこちで、小さな笑いが起きる。
「……なんか、ずいぶん好かれてるじゃない」
ミューディが腕を組んだまま言う。
「本人、あんまり愛想いいタイプでもないのに」
「戦い方が印象強いんじゃない?」
セリアは軽く言う。
「あと、ああいうのって“またやりたい相手”になりやすいのよね」
「へえ」
「全部ギリギリで勝ってる感じするでしょ。だから、“次は勝てるかも”って思わせるのよ」
「……なるほどね」
ミューディは少しだけ納得したように頷いた。
そのとき、再び画面が切り替わる。
スタジオの空気が一変する。
明るい演出が消え、代わりに落ち着いた照明と、真剣な表情のキャスターが映し出される。
『続いてのニュースです』
その声に、通りのざわめきが少しだけ静まる。
『今回のタンクバトル大会スポンサーの一人であったドン・ジーツー氏ですが――』
映像が差し込まれる。
警備車両。
武装した警官。
そして、その中央で拘束される男。
ドン・ジーツー。
かつての余裕に満ちた態度は消え、顔は歪み、何かを叫んでいるが音声はカットされている。
『悪質な地上げ行為および裏金による違法取引の疑いが発覚し、本日未明、銀河連合警察により逮捕されました』
周囲がざわつく。
足を止める人が増える。
『押収された資料からは長年にわたる不正の痕跡が確認されており、現在も余罪について捜査が進められています』
映像には、押収品の山、資料、関係施設。
逃げ場のない証拠。
それは完全な終わりを意味していた。
「……あっけないわね」
ミューディがぽつりと呟く。
怒りというより、拍子抜けに近い声だった。
「散々引っかき回して、最後はこれ?」
「まあ、こういうのってそんなもんじゃない?」
セリアは肩をすくめる。
「大きい顔してるやつほど、崩れるときは一気よ」
「……それもそうか」
ミューディは小さく息を吐く。
ほんの少しだけ、肩の力が抜けたようだった。
そのまま二人は、工場へと向かう。
見慣れたはずの道。
だが――角を曲がった瞬間、ミューディは足を止めた。
「……ちょっと待って」
目の前の光景に、思わず声が漏れる。
工場の前。
そこには、見慣れない車両が何台も並んでいた。
整備待ちの機体。
運搬用のトラック。
そして、人。
明らかに、いつもより多い。
「……なにこれ」
呆然と呟く。
シャッターの上には、誰かが勝手につけたのだろう新しく取り付けられた看板。
以前よりも大きく、目立つ文字。
“タンクバトル大会優勝機体整備工場”。
「いや、ちょっと……」
ミューディは額を押さえる。
「こんなことになる?」
そのとき、工場の中から声が飛んできた。
「あっ、ミューディさん!新しい依頼が――」
「待って待って待って!!」
慌てて両手を振る。
だが、中からはすでに工具の音が響き、誰かが機体を運び込み、作業が始まっている。
活気。
喧騒。
忙しさ。
それは、かつての静かな工場とはまるで違う光景だった。
セリアはその様子を見渡し、少しだけ口元を緩める。
「……繁盛してるわね」
「しすぎでしょこれ!」
ミューディは叫ぶ。
だが、その顔には――はっきりとした高揚が浮かんでいた。
そして、工場の奥。
その中心に。
ジーヘッドは静かに立っていた。
戦いの傷をわずかに残したまま。
それでも、確かに。
“勝者の象徴”として、そこに在り続けている。
………工場の中は、朝から熱を帯びていた。
金属を叩く乾いた音。工具の回転音。誰かが名前を呼び、別の誰かが返事をする。油と焼けた鉄の匂いが空気に混ざり、そこに人の気配が絶え間なく流れ込んでくる。
――忙しい。
ただそれだけのことなのに、その空気は不思議と重くはなかった。
「……ほんとに増えてる」
ミューディは呆れたように言いながらも、どこか誇らしげに工場の中を見渡す。
見慣れない機体。新しい依頼。手伝いに来た整備士たち。
かつての“ギリギリで回していた場所”は、今や明らかに規模が変わっていた。
「三日でここまで変わる?」
「変わるときは一気に変わるものよ」
セリアが軽く言う。
ジーヘッドの装甲に手を添えながら、その表面の傷をなぞる。
「きっかけが大きければ、なおさらね」
「まあ……きっかけはデカすぎるけど」
ミューディは肩をすくめる。
そのとき、奥から声がした。
「おー、やっぱりここか」
聞き慣れた声。
振り返ると、入口のところにジョンが立っていた。
相変わらずの気の抜けた立ち方。
だがその表情には、戦いの最中にはなかった“余裕”が戻っている。
「……あんた、ほんと気配なく来るわね」
「騒がしいからな。紛れやすい」
「意味わかんないわよ」
ミューディは呆れながらも、どこか安心したように笑う。
ジョンは工場の中を一通り見渡した。
新しい機体。増えた人。動き続ける現場。
「……すごいことになってるな」
「でしょ」
ミューディは腕を組む。
「完全に予想外よ。嬉しいけど、ちょっと追いついてない」
「そのうち慣れる」
「慣れる前に倒れそうなんだけど」
「倒れるなよ」
「簡単に言うわね……」
軽口。
だが、そのやり取りの空気は自然だった。
少しして、ジョンの視線がジーヘッドに向く。
工場の中央。静かに佇む機体。
戦いの痕跡を残しながら、それでも確かにここにある。
「……で」
ミューディが口を開く。
「どうするの、それ」
視線の先は同じ。
ジーヘッド。
「持ってくのか、売るのか、それとも――」
「置いていく」
ジョンはあっさりと言った。
一拍の沈黙。
「……は?」
ミューディが素で聞き返す。
「ちょっと待って、それどういう判断?」
「言葉通りだ」
ジョンは肩をすくめる。
「こいつはここにあったほうがいい」
「いやいやいやいや」
ミューディは両手を広げる。
「優勝機体よ!?大会の象徴よ!?そんな簡単に置いてくって話じゃないでしょ!」
「簡単に言ってるわけじゃない」
淡々と返す。
「ちゃんと考えた」
「どこがよ……」
呆れた声。
だが、ジョンは続ける。
「俺が持ってても、使う機会は限られる」
「それはまあ……」
「でもここなら違う」
工場の中を見る。
「研究もできるし、整備の基準にもなる。看板にもなる」
「……否定できないのが腹立つわね」
ミューディは眉を寄せる。
「それに」
ジョンは少しだけ笑った。
「ここで動いてたほうが、こいつもいいだろ」
その一言で、ミューディは言葉を止めた。
ジーヘッドを見る。
そして、工場を見る。
しばらく考えてから、深く息を吐く。
「……わかった」
ゆっくりと言う。
「預かる」
その声は、もう迷っていなかった。
「ちゃんと使うし、ちゃんと守る」
「頼む」
短い返答。
それで十分だった。
セリアがくすっと笑う。
「ほんと、あっさり手放すのね」
「そうでもない」
「そう?」
少し首を傾げる。
「普通は手放さないと思うけど」
「普通じゃないからな」
「それもそうね」
納得したように笑う。
そして、軽く腕を組む。
ミューディは改めて工場を見渡す。
騒がしい。忙しい。
けれど――ここは、確かに自分の場所だった。
「……守るわよ」
ぽつりと呟く。
誰に聞かせるでもなく。
だが、その声ははっきりしていた。
「じいちゃんの工場」
工具の音が響く。
機械が動く。
人が行き交う。
「ここは、あたしが守り続ける」
それは誓いだった。
過去から受け取ったものを、未来へ繋ぐための。
その言葉を背に、ジョンは踵を返す。
「……行くの?」
ミューディが声をかける。
「やることは終わった」
「また無茶するんでしょ」
「多分な」
「その時は来なさいよ」
少しだけ間を置いて。
「整備くらいはしてあげる」
ジョンは軽く笑う。
「高くつきそうだ」
「当然」
即答。
セリアが一歩前に出る。
「またね」
軽く手を振る。
「今度はもうちょっと楽な戦いで会いましょ」
「そんなのあるか?」
「さあね」
くすっと笑う。
それが別れだった。
***
数時間後。
宇宙港。
ラクーン号の前で、ジョンは小さく息を吐いた。
見慣れた船体。傷はあるが、まだ十分に飛べる。
「……帰るか」
「そうね」
セリアが隣に立つ。
とっくににジーヘッドとの接続は切れている。
表情も、声も、いつも通りだった。
二人は船内へ入る。
ハッチが閉まる音。
エンジンの低い振動。
静かな空間。
「なんかさ」
セリアがふと口を開く。
「ちょっと賑やかだった分、静かね」
「そうだな」
ジョンは操縦席に座る。
「嫌?」
「別に」
肩をすくめる。
「これはこれで、落ち着くし」
計器が点灯する。
システムが立ち上がる。
「次、どこ行くの?」
「決めてない」
「またそれ?」
「いつも通りだ」
「ほんと適当ね」
少し笑う。
「まあ、いいけど」
ラクーン号がゆっくりと浮かび上がる。
重力から解放される感覚。
視界の向こうに、ウエスターシティが小さくなっていく。
そのどこかに、あの工場がある。
「……あそこ、うまくいくと思う?」
セリアがぽつりと聞く。
「いくさ」
ジョンは即答した。
「やるやつがやるならな」
「そっか」
セリアは小さく頷く。
外には宇宙が広がる。
静かで、広くて、どこまでも続いている。
「じゃあ、あたしたちもやるしかないわね」
「何をだ」
「次の面倒ごと」
「もう決まってるのか」
「そのうち来るでしょ」
くすっと笑う。
ラクーン号は加速する。
星の間へと、滑るように進んでいく。
戦いは終わった。
だが――物語は、まだ続く。
火と鋼の記憶を残したまま。
新しい場所へ。
新しい戦いへ。
二人の日常は、何も変わらないようでいて、少しだけ変わっていた。
それでも。
進むことだけは、変わらない。