宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ジャングルの奥から響いた咆哮は、いつまでも耳に残っていた。
低く。
重く。
腹の底を震わせるような声。
それがただの“鳴き声”ではないことを、本能が理解してしまう。
「……帰りたい」
セリアが真顔で言った。
「同感だ」
ジョンも即答する。
だが、帰り道はデスマンティスの群れに塞がれている。
しかも、ラクーン号と完全に分断されてしまった。
つまり現状――。
「詰んでない?」
「まだ詰んではない」
「“まだ”って言ったわね今」
ジョンは周囲を見回す。
巨大植物に侵食された通路。
壁を突き破る根。
天井から垂れ下がる蔓。
もはや研究施設というより、遺跡に近い。
「とりあえず、安全な場所探すぞ」
「安全な場所があるように見える?」
「見えない」
「でしょうね」
セリアは深いため息をつく。
だが、立ち止まっていても仕方ない。
二人は慎重にジャングル内部へ進み始めた。
床は湿っていた。
どこからか水が流れ込み、小さな水路のようになっている。
靴がぬかるみに沈む感触。
湿気が肌にまとわりつく。
「宇宙コロニーの中とは思えねえ……」
ジョンが低く呟く。
空調設備はまだ部分的に生きているらしく、空には人工太陽の光がぼんやりと差し込んでいた。
だが、その光さえ植物に覆われ、地表まで届きにくくなっている。
薄暗い。
そして、静かすぎる。
時折、遠くから聞こえる奇妙な鳴き声だけが不気味に響いていた。
「ねえ」
セリアが小声で言う。
「さっきの巨大な影、見た?」
「ああ」
「絶対ロクなものじゃないわよね」
「だろうな」
ジョンはレーザーピストルを握り直す。
こんな小火器で対抗できる相手とは思えない。
その時だった。
――ガサッ。
近くの茂みが揺れた。
二人が同時に動きを止める。
「……!」
ジョンが銃口を向ける。
静寂。
湿った空気。
葉の擦れる音。
そして。
茂みの奥から、“顔”が出てきた。
「うわっ!?」
セリアが思わず声を上げる。
巨大な瞳。
トカゲのような顔。
だが、次の瞬間。
「……ちっちゃ」
思わずジョンが呟く。
出てきたのは、小型の怪獣だった。
二足歩行。
赤茶色の鱗。
頭部には小さな角。
見た目は、以前聞いた“恐竜”に近い。
だがサイズは5メートルほど。
巨大ではあるが、さっき感じた“怪物感”とは少し違う。
「…………」
その怪獣は、じーっと二人を見ていた。
敵意は――ない。
むしろ。
「……なんか犬みたいな顔してない?」
セリアが小声で言う。
「言われてみれば」
怪獣は首を傾げる。
そして。
――フシュン。
鼻息を吹いた。
「……」
「……」
妙な沈黙。
すると次の瞬間。
怪獣が突然、後ろを向いた。
そして全力で逃げ出す。
「え?」
ジョンが反応するより早く――。
――ドォォォン!!
大地が揺れた。
木々が大きくしなる。
空気が震える。
そして。
ジャングルの奥から、“それ”が現れた。
「……っ」
二人の顔から血の気が引く。
巨大。
あまりにも巨大だった。
赤黒い鱗。
異常発達した筋肉。
頭部から伸びる二本の巨大な角。
そして、建物すら見下ろす圧倒的な体躯。
怪獣。
まさしく怪獣だった。
「おいおいおいおい……!」
ジョンが後退する。
全長四十メートル以上。
さっきの小型個体とは比べものにならない。
その怪獣は地面を踏みしめながら、ゆっくりと周囲を見回している。
まるで縄張りを確認する猛獣みたいに。
「見つかったら終わりじゃない!?」
「静かにしろ!」
二人は巨大な根の陰へ身を隠す。
呼吸すら止める。
怪獣が動くたびに地面が揺れる。
熱気。
獣臭。
圧倒的な存在感。
その時。
空気が変わった。
怪獣が顔を上げる。
次の瞬間――。
――ギシャァァァァッ!!
上空から巨大な影が降ってきた。
「なっ!?」
翼。
いや、腕だ。
コウモリのような巨大怪獣が、滑空しながら突っ込んできたのだ。
巨大な爪が赤黒い怪獣へ叩きつけられる。
轟音。
木々が吹き飛ぶ。
「うそでしょ……」
セリアが呆然と呟く。
怪獣同士が、戦っている。
赤黒い怪獣が咆哮する。
次の瞬間、その口から火炎が噴き出した。
爆炎。
ジャングルが燃え上がる。
コウモリ怪獣が強風を巻き起こしながら後退する。
衝撃波で周囲の木々がなぎ倒される。
「やばいやばいやばい!」
ジョンは思わず叫びそうになる。
戦っているスケールが違いすぎる。
まるで自然災害だった。
だが、その時。
「おいおいおいおいおい!!」
突然、別方向から人間の声が響いた。
二人が振り向く。
そこには――。
「何突っ立っとるんじゃ馬鹿者!!死ぬぞ!!」
ボロボロの白衣を着た老人がいた。
頭は禿げ上がり、髭は伸び放題。
なのに妙に元気そうな顔で、二人へ向かって全力で手を振っている。
「こっちじゃ!!早う来い!!」
次の瞬間。
怪獣同士の衝突で吹き飛んだ巨木が、二人のすぐ横へ落下した。
「うおおっ!?」
「走って!!」
ジョンとセリアは反射的に駆け出す。
老人は慣れた動きでジャングルの中を走り抜けていく。
「なんなんだよこのコロニーはぁぁぁぁっ!!」
ジョンの叫びが、怪獣達の咆哮にかき消された。
ジャングルの中を、三人は必死に駆け抜けていた。
背後では怪獣達の激突音が響き続けている。
――ドゴォォン!!
空気を震わせる衝撃。
木々が倒れ、熱風が吹き抜ける。
「うおっ!?」
ジョンは思わず頭を押さえる。
振り返る余裕すらない。
老人はそんな状況にもかかわらず、驚くほど軽快な足取りで前を走っていた。
「止まるなよ!!止まったら潰されるぞい!!」
「いやアンタ元気すぎるだろ!!」
ジョンが叫ぶ。
六十代後半には見えない走力だった。
ジャングルに慣れきっている。
「毎日走っとるからのう!!」
「毎日走る環境がおかしいんだって!!」
セリアも息を切らしながら続く。
「はぁっ……はぁっ……もうやだこの星……!」
「コロニーよ!」
「どっちでもいいだろもう!!」
その時。
――ギャオォォォォォッ!!
背後で再び咆哮。
直後、猛烈な熱風が吹き抜けた。
ジョンが思わず振り返る。
木々の隙間。
その向こうで、赤黒い巨大怪獣が火炎を吐いていた。
灼熱の炎がジャングルを薙ぎ払い、巨大樹木を次々と焼き倒していく。
「うわぁ……」
セリアが顔を引きつらせる。
「火ぃ吐いた……」
「怪獣ってほんとに火吐くんだな……」
「そこ感心するとこ!?」
だが次の瞬間。
上空から突風。
コウモリ怪獣が巨大な翼を叩きつけるように振るい、炎を吹き散らした。
猛烈な風圧。
木々がしなる。
ジョン達は危うく吹き飛ばされそうになる。
「ぬおおっ!?」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
老人だけは慣れた様子で木の根にしがみついていた。
「伏せろい!!」
二人も慌てて身を伏せる。
暴風が通り過ぎていく。
やがて少し距離が開いたのか、衝撃が弱まっていった。
三人は荒い息を吐きながら立ち上がる。
「……何なんだよあれ」
ジョンが呆然と呟く。
老人は汗を拭いながら振り返った。
「あれか?」
「あれ以外あるか!?」
「ソドムとカサンドラーじゃよ」
「……は?」
ジョンとセリアが同時に固まる。
「そ、ソド……?」
「何ですそれ」
セリアが聞き返す。
老人は当然のように答えた。
「あの怪獣達じゃよ。ワシが名づけた」
「名づけた!?」
「いや待て待て待て!」
ジョンが思わずツッコむ。
「勝手に名前つけてる場合か!?あんなのに!?」
「いやあ、不便じゃろ。“赤いの”とか“飛ぶの”とか毎回言うの」
「その生活環境がまずおかしいんだって!」
老人は気にした様子もなく続ける。
「赤い方がソドム。南側を縄張りにしとる」
「縄張りって」
「飛ぶ方がカサンドラー。北側担当じゃな」
「担当って何」
セリアが頭を抱える。
まるで近所の厄介住民みたいな説明だった。
「ソドムとカサンドラーは縄張り争いをしておるのじゃ」
老人は木々の向こうを見ながら言う。
「定期的にぶつかっとる」
その瞬間。
遠くで再び爆発音。
火柱が上がる。
「定期的に!?」
「嫌すぎるんだけどその定期イベント!」
「まあ慣れるぞい」
「慣れたくねえよ!!」
ジョンは全力で叫んだ。
老人は豪快に笑う。
「はっはっは!最初は皆そう言う!」
「“皆”って他にもいるの!?」
「おるぞ」
老人はあっさり頷く。
「生き残りじゃ」
ジョンとセリアの表情が変わる。
「……他にも?」
「うむ」
老人は再び歩き出す。
「ここで生き延びとる連中がおる。まあ変人ばっかじゃがな!」
「アンタに言われたくないだろそれ……」
ジョンが小声で呟く。
「聞こえとるぞい」
「地獄耳か」
三人はジャングルの中を進む。
少しずつ、景色が変わっていった。
巨大樹木の根元。
その内部をくり抜くようにして、人工的な構造物が見え始める。
金属板。ライト。配線。
人の手が加わった痕跡。
「……拠点?」
セリアが呟く。
「そうじゃ」
老人はニヤリと笑った。
「ワシらの秘密基地じゃよ」
巨大樹木の内部には、簡易的な居住空間が作られていた。
廃材を組み合わせた壁。
発電機。
貯水タンク。
焚き火の跡。
完全にサバイバル生活の空間だ。
「……マジで生きてたのか」
ジョンが呆然とする。
すると奥から声がした。
「モラゴ博士ー!?」
太った男が慌てて飛び出してくる。
汗だくの巨漢。
丸眼鏡。
リュックを背負い、いかにもオタクっぽい雰囲気だった。
「またソドムとカサンドラーが暴れてるでござるか!?」
「おう、今日は派手じゃぞ!」
「やめてほしいでござるぅぅぅ!!」
男は頭を抱える。
その後ろから、小柄な少女が顔を出した。
「おかえりなのです」
黒髪ロング。
ワンピース姿。
見た目は十歳くらいの少女だ。
だが、どこか機械的な整い方をしている。
「おや、新しい人なのです?」
「拾った」
老人――モラゴが親指でジョン達を示す。
「デスマンティスに食われそうになっとった」
「うわぁ……」
少女が同情するような声を出す。
「災難なのです」
「ほんとにな……」
ジョンは疲れ切った顔で呟いた。
すると。
――ギャオォォォォォッ!!
遠くで再び怪獣の咆哮が響く。
拠点全体が微かに揺れる。
ジョンとセリアは顔を引きつらせた。
だが。
他の連中は、わりと普通の顔をしていた。
まるで“日常の音”みたいに。
「……なあ」
ジョンが乾いた声で聞く。
「もしかしてここ、思った以上にヤバい場所なんじゃないか?」
その問いに。
モラゴは満面の笑みで答えた。
「今さら気づいたんか?」
ジョンは無言で天を仰いだ。