宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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18.

 ジャングルの奥から響いた咆哮は、いつまでも耳に残っていた。

 低く。

 重く。

 腹の底を震わせるような声。

 それがただの“鳴き声”ではないことを、本能が理解してしまう。

 

「……帰りたい」

 

 セリアが真顔で言った。

 

「同感だ」

 

 ジョンも即答する。

 だが、帰り道はデスマンティスの群れに塞がれている。

 しかも、ラクーン号と完全に分断されてしまった。

 つまり現状――。

 

「詰んでない?」

「まだ詰んではない」

「“まだ”って言ったわね今」

 

 ジョンは周囲を見回す。

 巨大植物に侵食された通路。

 壁を突き破る根。

 天井から垂れ下がる蔓。

 もはや研究施設というより、遺跡に近い。

 

「とりあえず、安全な場所探すぞ」

「安全な場所があるように見える?」

「見えない」

「でしょうね」

 

 セリアは深いため息をつく。

 だが、立ち止まっていても仕方ない。

 二人は慎重にジャングル内部へ進み始めた。

 床は湿っていた。

 どこからか水が流れ込み、小さな水路のようになっている。

 靴がぬかるみに沈む感触。

 湿気が肌にまとわりつく。

 

「宇宙コロニーの中とは思えねえ……」

 

 ジョンが低く呟く。

 空調設備はまだ部分的に生きているらしく、空には人工太陽の光がぼんやりと差し込んでいた。

 だが、その光さえ植物に覆われ、地表まで届きにくくなっている。

 薄暗い。

 そして、静かすぎる。

 時折、遠くから聞こえる奇妙な鳴き声だけが不気味に響いていた。

 

「ねえ」

 

 セリアが小声で言う。

 

「さっきの巨大な影、見た?」

「ああ」

「絶対ロクなものじゃないわよね」

「だろうな」

 

 ジョンはレーザーピストルを握り直す。

 こんな小火器で対抗できる相手とは思えない。

 その時だった。

 ――ガサッ。

 近くの茂みが揺れた。

 二人が同時に動きを止める。

 

「……!」

 

 ジョンが銃口を向ける。

 静寂。

 湿った空気。

 葉の擦れる音。

 そして。

 茂みの奥から、“顔”が出てきた。

 

「うわっ!?」

 

 セリアが思わず声を上げる。

 巨大な瞳。

 トカゲのような顔。

 だが、次の瞬間。

 

「……ちっちゃ」

 

 思わずジョンが呟く。

 出てきたのは、小型の怪獣だった。

 二足歩行。

 赤茶色の鱗。

 頭部には小さな角。

 見た目は、以前聞いた“恐竜”に近い。

 だがサイズは5メートルほど。

 巨大ではあるが、さっき感じた“怪物感”とは少し違う。

 

「…………」

 

 その怪獣は、じーっと二人を見ていた。

 敵意は――ない。

 むしろ。

 

「……なんか犬みたいな顔してない?」

 

 セリアが小声で言う。

 

「言われてみれば」

 

 怪獣は首を傾げる。

 そして。

 ――フシュン。

 鼻息を吹いた。

 

「……」

「……」

 

 妙な沈黙。

 すると次の瞬間。

 怪獣が突然、後ろを向いた。

 そして全力で逃げ出す。

 

「え?」

 

 ジョンが反応するより早く――。

 

 ――ドォォォン!!

 

 大地が揺れた。

 木々が大きくしなる。

 空気が震える。

 そして。

 ジャングルの奥から、“それ”が現れた。

 

「……っ」

 

 二人の顔から血の気が引く。

 巨大。

 あまりにも巨大だった。

 赤黒い鱗。

 異常発達した筋肉。

 頭部から伸びる二本の巨大な角。

 そして、建物すら見下ろす圧倒的な体躯。

 怪獣。

 まさしく怪獣だった。

 

「おいおいおいおい……!」

 

 ジョンが後退する。

 全長四十メートル以上。

 さっきの小型個体とは比べものにならない。

 その怪獣は地面を踏みしめながら、ゆっくりと周囲を見回している。

 まるで縄張りを確認する猛獣みたいに。

 

「見つかったら終わりじゃない!?」

「静かにしろ!」

 

 二人は巨大な根の陰へ身を隠す。

 呼吸すら止める。

 怪獣が動くたびに地面が揺れる。

 熱気。

 獣臭。

 圧倒的な存在感。

 その時。

 空気が変わった。

 怪獣が顔を上げる。

 次の瞬間――。

 

 ――ギシャァァァァッ!!

 

 上空から巨大な影が降ってきた。

 

「なっ!?」

 

 翼。

 いや、腕だ。

 コウモリのような巨大怪獣が、滑空しながら突っ込んできたのだ。

 巨大な爪が赤黒い怪獣へ叩きつけられる。

 轟音。

 木々が吹き飛ぶ。

 

「うそでしょ……」

 

 セリアが呆然と呟く。

 怪獣同士が、戦っている。

 赤黒い怪獣が咆哮する。

 次の瞬間、その口から火炎が噴き出した。

 爆炎。

 ジャングルが燃え上がる。

 コウモリ怪獣が強風を巻き起こしながら後退する。

 衝撃波で周囲の木々がなぎ倒される。

 

「やばいやばいやばい!」

 

 ジョンは思わず叫びそうになる。

 戦っているスケールが違いすぎる。

 まるで自然災害だった。

 だが、その時。

 

「おいおいおいおいおい!!」

 

 突然、別方向から人間の声が響いた。

 二人が振り向く。

 そこには――。

 

「何突っ立っとるんじゃ馬鹿者!!死ぬぞ!!」

 

 ボロボロの白衣を着た老人がいた。

 頭は禿げ上がり、髭は伸び放題。

 なのに妙に元気そうな顔で、二人へ向かって全力で手を振っている。

 

「こっちじゃ!!早う来い!!」

 

 次の瞬間。

 怪獣同士の衝突で吹き飛んだ巨木が、二人のすぐ横へ落下した。

 

「うおおっ!?」

「走って!!」

 

 ジョンとセリアは反射的に駆け出す。

 老人は慣れた動きでジャングルの中を走り抜けていく。

 

「なんなんだよこのコロニーはぁぁぁぁっ!!」

 

 ジョンの叫びが、怪獣達の咆哮にかき消された。

 ジャングルの中を、三人は必死に駆け抜けていた。

 背後では怪獣達の激突音が響き続けている。

 

 ――ドゴォォン!!

 

 空気を震わせる衝撃。

 木々が倒れ、熱風が吹き抜ける。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンは思わず頭を押さえる。

 振り返る余裕すらない。

 老人はそんな状況にもかかわらず、驚くほど軽快な足取りで前を走っていた。

 

「止まるなよ!!止まったら潰されるぞい!!」

「いやアンタ元気すぎるだろ!!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 六十代後半には見えない走力だった。

 ジャングルに慣れきっている。

 

「毎日走っとるからのう!!」

「毎日走る環境がおかしいんだって!!」

 

 セリアも息を切らしながら続く。

 

「はぁっ……はぁっ……もうやだこの星……!」

「コロニーよ!」

「どっちでもいいだろもう!!」

 

 その時。

 

 ――ギャオォォォォォッ!!

 

 背後で再び咆哮。

 直後、猛烈な熱風が吹き抜けた。

 ジョンが思わず振り返る。

 木々の隙間。

 その向こうで、赤黒い巨大怪獣が火炎を吐いていた。

 灼熱の炎がジャングルを薙ぎ払い、巨大樹木を次々と焼き倒していく。

 

「うわぁ……」

 

 セリアが顔を引きつらせる。

 

「火ぃ吐いた……」

「怪獣ってほんとに火吐くんだな……」

「そこ感心するとこ!?」

 

 だが次の瞬間。

 上空から突風。

 コウモリ怪獣が巨大な翼を叩きつけるように振るい、炎を吹き散らした。

 猛烈な風圧。

 木々がしなる。

 ジョン達は危うく吹き飛ばされそうになる。

 

「ぬおおっ!?」

「ちょ、ちょっとぉ!?」

 

 老人だけは慣れた様子で木の根にしがみついていた。

 

「伏せろい!!」

 

 二人も慌てて身を伏せる。

 暴風が通り過ぎていく。

 やがて少し距離が開いたのか、衝撃が弱まっていった。

 三人は荒い息を吐きながら立ち上がる。

 

「……何なんだよあれ」

 

 ジョンが呆然と呟く。

 老人は汗を拭いながら振り返った。

 

「あれか?」

「あれ以外あるか!?」

「ソドムとカサンドラーじゃよ」

「……は?」

 

 ジョンとセリアが同時に固まる。

 

「そ、ソド……?」

「何ですそれ」

 

 セリアが聞き返す。

 老人は当然のように答えた。

 

「あの怪獣達じゃよ。ワシが名づけた」

「名づけた!?」

「いや待て待て待て!」

 

 ジョンが思わずツッコむ。

 

「勝手に名前つけてる場合か!?あんなのに!?」

「いやあ、不便じゃろ。“赤いの”とか“飛ぶの”とか毎回言うの」

「その生活環境がまずおかしいんだって!」

 

 老人は気にした様子もなく続ける。

 

「赤い方がソドム。南側を縄張りにしとる」

「縄張りって」

「飛ぶ方がカサンドラー。北側担当じゃな」

「担当って何」

 

 セリアが頭を抱える。

 まるで近所の厄介住民みたいな説明だった。

 

「ソドムとカサンドラーは縄張り争いをしておるのじゃ」

 

 老人は木々の向こうを見ながら言う。

 

「定期的にぶつかっとる」

 

 その瞬間。

 遠くで再び爆発音。

 火柱が上がる。

 

「定期的に!?」

「嫌すぎるんだけどその定期イベント!」

「まあ慣れるぞい」

「慣れたくねえよ!!」

 

 ジョンは全力で叫んだ。

 老人は豪快に笑う。

 

「はっはっは!最初は皆そう言う!」

「“皆”って他にもいるの!?」

「おるぞ」

 

 老人はあっさり頷く。

 

「生き残りじゃ」

 

 ジョンとセリアの表情が変わる。

 

「……他にも?」

「うむ」

 

 老人は再び歩き出す。

 

「ここで生き延びとる連中がおる。まあ変人ばっかじゃがな!」

「アンタに言われたくないだろそれ……」

 

 ジョンが小声で呟く。

 

「聞こえとるぞい」

「地獄耳か」

 

 三人はジャングルの中を進む。

 少しずつ、景色が変わっていった。

 巨大樹木の根元。

 その内部をくり抜くようにして、人工的な構造物が見え始める。

 金属板。ライト。配線。

 人の手が加わった痕跡。

 

「……拠点?」

 

 セリアが呟く。

 

「そうじゃ」

 

 老人はニヤリと笑った。

 

「ワシらの秘密基地じゃよ」

 

 巨大樹木の内部には、簡易的な居住空間が作られていた。

 廃材を組み合わせた壁。

 発電機。

 貯水タンク。

 焚き火の跡。

 完全にサバイバル生活の空間だ。

 

「……マジで生きてたのか」

 

 ジョンが呆然とする。

 すると奥から声がした。

 

「モラゴ博士ー!?」

 

 太った男が慌てて飛び出してくる。

 汗だくの巨漢。

 丸眼鏡。

 リュックを背負い、いかにもオタクっぽい雰囲気だった。

 

「またソドムとカサンドラーが暴れてるでござるか!?」

「おう、今日は派手じゃぞ!」

「やめてほしいでござるぅぅぅ!!」

 

 男は頭を抱える。

 その後ろから、小柄な少女が顔を出した。

 

「おかえりなのです」

 

 黒髪ロング。

 ワンピース姿。

 見た目は十歳くらいの少女だ。

 だが、どこか機械的な整い方をしている。

 

「おや、新しい人なのです?」

「拾った」

 

 老人――モラゴが親指でジョン達を示す。

 

「デスマンティスに食われそうになっとった」

「うわぁ……」

 

 少女が同情するような声を出す。

 

「災難なのです」

「ほんとにな……」

 

 ジョンは疲れ切った顔で呟いた。

 すると。

 

 ――ギャオォォォォォッ!!

 

 遠くで再び怪獣の咆哮が響く。

 拠点全体が微かに揺れる。

 ジョンとセリアは顔を引きつらせた。

 だが。

 他の連中は、わりと普通の顔をしていた。

 まるで“日常の音”みたいに。

 

「……なあ」

 

 ジョンが乾いた声で聞く。

 

「もしかしてここ、思った以上にヤバい場所なんじゃないか?」

 

 その問いに。

 モラゴは満面の笑みで答えた。

 

「今さら気づいたんか?」

 

 ジョンは無言で天を仰いだ。

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