宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
怪獣達の咆哮は、少しずつ遠ざかっていた。
それでも完全に聞こえなくなったわけではない。
時折、大地を揺らすような重低音がジャングルの奥から響いてくるたび、ジョンは無意識に肩を震わせてしまう。
「……落ち着かねえ」
木箱を椅子代わりにしながら、ジョンはぼやいた。
拠点内部は思った以上に“生活の場”になっていた。
発電機の低い駆動音。
吊り下げランタンの光。
簡易キッチン。
積み上げられた保存食。
廃材で組まれた棚。
完全に終末サバイバル生活である。
なのに、ここにいる連中は妙に慣れていた。
「まあまあ、最初は誰でもそうじゃ!」
モラゴが豪快に笑う。
ボロボロの白衣を翻しながら、どこか嬉しそうに両手を広げた。
「歓迎するぞ、新人さん達!」
「歓迎された結果が巨大怪獣と巨大カマキリなんだけど……」
セリアが疲れた顔で言う。
「はっはっは!生き残ったんじゃから問題なし!」
「基準が怖いわよ」
その時だった。
「おや、新しい生存者ですか」
落ち着いた声。
ジョンが振り向く。
そこにいたのは、整った顔立ちの男だった。
三十代後半くらい。
黒髪を後ろに流し、汚れた白衣を着ているが、どこか品の良さが残っている。
このコロニーの惨状の中では珍しく、比較的まともそうに見える人物だった。
「どうも」
男は穏やかに笑い、ジョンへ手を差し出す。
「スフラ・ドレイクです。ここではモラゴ博士の助手をしています」
「あ、ああ」
ジョンも反射的に握手を返した。
「ジョン・サトウだ」
「よろしく」
スフラの手は意外と硬かった。
研究者というより、現場仕事の人間みたいな感触だった。
「あなた達が来てくれて助かりました」
スフラは柔らかい口調で続ける。
「ここは危険ですから。外でデスマンティスに遭遇したんでしょう?」
「デスマン……?」
「あの巨大カマキリのことですよ」
「ああ、あれ名前あったのか……」
ジョンがげんなりする。
するとモラゴが横から割り込んだ。
「ワシがつけた!」
「博士、ちょっと黙っててください」
「なんでじゃ!?」
スフラは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、とにかく無事で何よりです」
落ち着いた物腰。
礼儀正しい態度。
モラゴが豪快タイプなら、こちらは常識人枠に見える。
少なくとも第一印象はそうだった。
「さて!」
モラゴが手を叩く。
「せっかく新人が来たんじゃ!自己紹介大会といこう!」
「自己紹介大会ってなんだよ……」
ジョンが嫌そうな顔をする。
「交流は大事じゃぞ!」
「この状況で?」
「こういう状況だからじゃ!」
妙に説得力があった。
遭難生活が長いせいか、モラゴはメンタルが妙に強い。
他の遭難者達も、ぞろぞろと集まってくる。
最初に前へ出てきたのは、あの時ジョン達を最初に出迎えた、丸眼鏡をかけた巨漢だった。
「ど、どうもでござる……」
汗を拭きながら頭を下げる。
「拙者、ネドリー・バースでござる」
リュックを背負ったオタク風の男。
かなり太っている。
だが目だけは妙にキラキラしていた。
「宇宙旅行中に遭難したでござるよ……」
「旅行?」
「新婚旅行みたいなものでござるな!」
ネドリーは照れくさそうに笑った。
すると、その後ろから小柄な少女がちょこちょこ歩いてくる。
「アリスなのです」
黒髪ロング。
ワンピース姿。
ぱっと見は十歳前後の少女にしか見えない。
だが、その瞳のわずかな人工的光沢と、整いすぎた顔立ちが普通ではないと告げていた。
「ネドリーさんのパートナーなのです!」
「……ああ」
ジョンが頷く。
そして数秒後。脳内で情報が繋がった。
少女型。人工的。パートナー。しかも新婚旅行。
「…………」
ジョンはゆっくりネドリーを見る。
ネドリーは照れながらアリスの頭を撫でていた。
アリスも嬉しそうだ。
「…………」
ジョンはそっと視線を逸らした。
「……まさか、いやまさかな……」
「何か言ったでござる?」
「いや、別に」
ジョンは追及しないことにした。
宇宙は広い。
色んな愛の形がある。
きっとそうだ。
すると次に、一人の女性が前へ出る。
短い金髪。
鋭い目つき。
腕を組み、不機嫌そうにこちらを見ていた。
「カレン・スケイルよ」
ぶっきらぼうな口調。
「抗議活動の帰りに遭難したの」
「抗議?」
「環境保護と人権問題」
ジョンはなんとなく察した。
面倒なタイプだ、と。
そして予感は即座に当たる。
「そっちは?」
スケイルがジョン達を見る。
「ジョン・サトウ」
「セリアよ」
セリアが軽く手を振る。
「ラクーン号って船でジャンク回収やってるの」
スケイルはそこで一瞬、セリアをじっと見た。
そして。
「……あなた、人間じゃないわね?」
空気が変わる。
セリアはあっさり答えた。
「セクサロイドよ」
その瞬間。
スケイルの顔が露骨に曇った。
「……は?」
嫌悪感。
まるで汚物でも見るような視線だった。
「ちょっと待って。セクサロイド?」
「そうだけど?」
「そんなもの連れ歩いてるの?」
ジョンの眉がぴくりと動く。
「そんなものって言い方はないだろ」
「あるわよ」
スケイルは即答した。
「人間を堕落させるための道具じゃない」
場の空気が冷える。
ネドリーが「あっ……」という顔をした。
モラゴは「始まったのう」という顔。
スフラだけは苦笑しながら静観している。
セリアはそこまで気にした様子もなかった。
「あー、そういうタイプね」
肩をすくめる。
「ウェイク・アップとかその辺?」
スケイルの目が鋭くなる。
「知ってるなら話は早いわ」
「有名だもの」
セリアは呆れ半分に笑った。
……ウェイク・アップ。そこそこ名の知れたフェミニスト系政治団体だ。無論、悪い意味で。
「セクサロイド廃絶運動の人達でしょ?」
「当然よ。あなた達みたいな存在は、人間社会を歪める」
「へえ」
セリアは淡々としている。
だがジョンは露骨に嫌そうな顔をした。
「初対面で喧嘩売るなって」
「私は事実を言ってるだけ」
「面倒くせえ……」
ジョンが額を押さえる。
すると、アリスが小さく首を傾げた。
「でも、アリスもセクサロイドなのです?」
スケイルの動きが止まった。
「……え?」
ネドリーが冷や汗を流す。
「あー……その……」
アリスはきょとんとしている。
「ネドリーさんとずっと一緒なのです!」
空気が凍った。
ジョンは再び目を逸らす。
「……やっぱりそうなんじゃねえか」
「何か言ったでござる!?」
ネドリーが真っ赤になる。
スケイルは本気で頭を抱えていた。
「……最悪」
「いやそんな顔されてもでござるよ!?」
「このコロニー地獄かしら……」
セリアが苦笑する。
するとモラゴが豪快に笑った。
「はっはっは!賑やかでいいじゃろ!」
「アンタだけだよ楽しそうなの!!」
ジョンのツッコミが、拠点内に響き渡る。
モラゴは笑っている。
ネドリーは汗だくで慌てている。
スケイルは露骨に嫌そうな顔をしている。
セリアは半分面白がっている。
そんな状況を前に、ジョンは頭痛がしてきていた。
「……なんなんだここ」
「遭難者コミュニティじゃよ!」
モラゴが豪快に笑う。
「もっとこう、殺伐としてると思ってたんだけどな……」
「最初の三日くらいは皆そうだったぞい」
「三日で適応したの!?」
「適応せんと死ぬからの!」
あまりにも力強い理論だった。
その時。
――ズシン。
重い振動。
拠点の外から巨大な足音が近づいてくる。
ジョンが反射的に身構えた。
「……っ!?」
ズシン。
ズシン。
地面が微かに揺れる。
セリアもショックガンを構えた。
「また怪獣!?」
「いや、大丈夫じゃ」
モラゴは妙に落ち着いていた。
そして次の瞬間。
ジャングルの葉をかき分けるように、“それ”が顔を出した。
「……うおっ」
ジョンが思わず声を漏らす。
赤茶色の鱗。
二本角。
恐竜のような顔。
昼間に見たソドムを、そのまま小型化したような怪獣だった。
もっとも、“小型”といっても二十メートル近いのだが。
感覚が完全に麻痺している。
怪獣は、のそのそと拠点へ近づいてきた。
そして。
「おお、ミニソドム!」
モラゴが嬉しそうに手を振る。
「帰ってきたか!」
怪獣――ミニソドムは、フシュンと鼻息を鳴らした。
どう見ても懐いている。
「……え?」
ジョンが固まる。
「なにこれ」
「ソドムの子供じゃよ」
モラゴは当然のように言った。
「ミニソドム」
「いや名前そのまんま!」
「わかりやすいじゃろ?」
「そういう問題か!?」
ミニソドムはモラゴへ顔を寄せる。
するとモラゴは慣れた様子で鼻先を撫で始めた。
「よしよし」
完全に大型犬への接し方だった。
ジョンは頭を抱える。
「なんでそんな懐いてるんだよ……」
「子供の頃から世話しとるからのう」
「子供の頃!?」
「卵から出てきた時はもっと小さかったぞい」
「ペット感覚で言うな!」
セリアは呆れつつも、興味深そうにミニソドムを見ていた。
「……この子は襲ってこないのね」
「友好的なのです!」
アリスが嬉しそうに言う。
「ミニソドムはいい子なのです!」
ミニソドムはフシュフシュと鼻を鳴らし、アリスの頭を軽くつついた。
完全に動物園の巨大マスコットみたいなノリだった。
「……感覚おかしくなるな」
ジョンが呟く。
数時間前まで、“怪獣”は即死級の化け物だった。
なのに今は、その子供が普通に拠点へ遊びに来ている。
宇宙って怖い。
「ジョン殿」
その時、ネドリーが小声で近づいてきた。
「ちょっとこちらへ」
「ん?」
ネドリーは周囲を確認しながら、ジョンを拠点の隅へ案内する。
そこには大量の端末やケーブル、メモ帳が積み上がっていた。
完全にオタクの作業スペースだった。
「これ、拙者が集めた資料でござる」
ネドリーが古いデータパッドを差し出す。
「資料?」
「このコロニーについてでござるよ」
ジョンは端末を見る。
内部マップ。
研究ログ。
施設管理データ。
断片的ではあるが、かなりの情報量だった。
「拙者、ソフトウェア系エンジニアでござってな」
ネドリーが眼鏡を押し上げる。
「コロニーの生き残ってる端末から地道に集めたのでござる」
「……すげえな」
「伊達に徹夜で同人ゲーム作ってないのでござる」
「なんか方向性がおかしいけど助かる」
ジョンは端末をスクロールする。
そこで、一つの施設名が目に入った。
「中央制御塔?」
「このコロニーの環境制御システムでござる」
ネドリーが頷く。
「気候、気温、人工太陽、湿度、全部あそこが管理してるのでござるよ」
「そんな重要施設まだ動いてるのか?」
「完全停止はしてないっぽいのでござる」
ネドリーはマップを拡大する。
コロニー中央部。
巨大な塔型施設。
「ここを動かせれば、コロニー環境を変えられる可能性があるのでござる」
「環境を?」
「例えば冬にするとか」
ジョンが眉をひそめる。
「怪獣対策か」
「その通り!」
ネドリーが力強く頷く。
「大型生物は急激な低温に弱い可能性が高いのでござる!動きが鈍れば脱出のチャンスも増える!」
「なるほどな……」
「だから最終目標は中央制御塔の再起動なのでござるよ」
ジョンはマップを見る。
確かに理屈は通っている。
だが。
「……この周辺、やたら危険区域になってないか?」
「あー……」
ネドリーが微妙な顔をした。
「中央制御塔周辺、ちょっと変なのでござる」
「変?」
「定期的に、そこから救難信号みたいなものが出てるのでござるよ」
ジョンの動きが止まる。
「……救難信号?」
「ジョン殿達が受信したやつも、多分それでござる」
セリアも会話に加わってくる。
「でもあれ、妙だったのよね」
「妙?」
「位置が不安定だったの。動き回ってるみたいに」
ネドリーが真面目な顔になる。
「拙者も最初は生存者かと思ったのでござる」
「違うのか?」
「わからんのでござる」
ネドリーは小さく首を振った。
「調査に行った人、戻ってきてないので」
空気が少し重くなる。
遠くで怪獣の咆哮が響いた。
ジャングルが微かに揺れる。
ジョンは端末のマップを見る。
中央制御塔。
そこだけが、不気味なほど赤く点滅していた。
まるで、“何か”が待っているかのように。