宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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19.

 怪獣達の咆哮は、少しずつ遠ざかっていた。

 それでも完全に聞こえなくなったわけではない。

 時折、大地を揺らすような重低音がジャングルの奥から響いてくるたび、ジョンは無意識に肩を震わせてしまう。

 

「……落ち着かねえ」

 

 木箱を椅子代わりにしながら、ジョンはぼやいた。

 拠点内部は思った以上に“生活の場”になっていた。

 発電機の低い駆動音。

 吊り下げランタンの光。

 簡易キッチン。

 積み上げられた保存食。

 廃材で組まれた棚。

 完全に終末サバイバル生活である。

 なのに、ここにいる連中は妙に慣れていた。

 

「まあまあ、最初は誰でもそうじゃ!」

 

 モラゴが豪快に笑う。

 ボロボロの白衣を翻しながら、どこか嬉しそうに両手を広げた。

 

「歓迎するぞ、新人さん達!」

「歓迎された結果が巨大怪獣と巨大カマキリなんだけど……」

 

 セリアが疲れた顔で言う。

 

「はっはっは!生き残ったんじゃから問題なし!」

「基準が怖いわよ」

 

 その時だった。

 

「おや、新しい生存者ですか」

 

 落ち着いた声。

 ジョンが振り向く。

 そこにいたのは、整った顔立ちの男だった。

 三十代後半くらい。

 黒髪を後ろに流し、汚れた白衣を着ているが、どこか品の良さが残っている。

 このコロニーの惨状の中では珍しく、比較的まともそうに見える人物だった。

 

「どうも」

 

 男は穏やかに笑い、ジョンへ手を差し出す。

 

「スフラ・ドレイクです。ここではモラゴ博士の助手をしています」

「あ、ああ」

 

 ジョンも反射的に握手を返した。

 

「ジョン・サトウだ」

「よろしく」

 

 スフラの手は意外と硬かった。

 研究者というより、現場仕事の人間みたいな感触だった。

 

「あなた達が来てくれて助かりました」

 

 スフラは柔らかい口調で続ける。

 

「ここは危険ですから。外でデスマンティスに遭遇したんでしょう?」

「デスマン……?」

「あの巨大カマキリのことですよ」

「ああ、あれ名前あったのか……」

 

 ジョンがげんなりする。

 するとモラゴが横から割り込んだ。

 

「ワシがつけた!」

「博士、ちょっと黙っててください」

「なんでじゃ!?」

 

 スフラは苦笑しながら肩をすくめた。

 

「まあ、とにかく無事で何よりです」

 

 落ち着いた物腰。

 礼儀正しい態度。

 モラゴが豪快タイプなら、こちらは常識人枠に見える。

 少なくとも第一印象はそうだった。

 

「さて!」

 

 モラゴが手を叩く。

 

「せっかく新人が来たんじゃ!自己紹介大会といこう!」

「自己紹介大会ってなんだよ……」

 

 ジョンが嫌そうな顔をする。

 

「交流は大事じゃぞ!」

「この状況で?」

「こういう状況だからじゃ!」

 

 妙に説得力があった。

 遭難生活が長いせいか、モラゴはメンタルが妙に強い。

 他の遭難者達も、ぞろぞろと集まってくる。

 最初に前へ出てきたのは、あの時ジョン達を最初に出迎えた、丸眼鏡をかけた巨漢だった。

 

「ど、どうもでござる……」

 

 汗を拭きながら頭を下げる。

 

「拙者、ネドリー・バースでござる」

 

 リュックを背負ったオタク風の男。

 かなり太っている。

 だが目だけは妙にキラキラしていた。

 

「宇宙旅行中に遭難したでござるよ……」

「旅行?」

「新婚旅行みたいなものでござるな!」

 

 ネドリーは照れくさそうに笑った。

 すると、その後ろから小柄な少女がちょこちょこ歩いてくる。

 

「アリスなのです」

 

 黒髪ロング。

 ワンピース姿。

 ぱっと見は十歳前後の少女にしか見えない。

 だが、その瞳のわずかな人工的光沢と、整いすぎた顔立ちが普通ではないと告げていた。

 

「ネドリーさんのパートナーなのです!」

「……ああ」

 

 ジョンが頷く。

 そして数秒後。脳内で情報が繋がった。

 少女型。人工的。パートナー。しかも新婚旅行。

 

「…………」

 

 ジョンはゆっくりネドリーを見る。

 ネドリーは照れながらアリスの頭を撫でていた。

 アリスも嬉しそうだ。

 

「…………」

 

 ジョンはそっと視線を逸らした。

 

「……まさか、いやまさかな……」

「何か言ったでござる?」

「いや、別に」

 

 ジョンは追及しないことにした。

 宇宙は広い。

 色んな愛の形がある。

 きっとそうだ。

 

 すると次に、一人の女性が前へ出る。

 短い金髪。

 鋭い目つき。

 腕を組み、不機嫌そうにこちらを見ていた。

 

「カレン・スケイルよ」

 

 ぶっきらぼうな口調。

 

「抗議活動の帰りに遭難したの」

「抗議?」

「環境保護と人権問題」

 

 ジョンはなんとなく察した。

 面倒なタイプだ、と。

 そして予感は即座に当たる。

 

「そっちは?」

 

 スケイルがジョン達を見る。

 

「ジョン・サトウ」

「セリアよ」

 

 セリアが軽く手を振る。

 

「ラクーン号って船でジャンク回収やってるの」

 

 スケイルはそこで一瞬、セリアをじっと見た。

 そして。

 

「……あなた、人間じゃないわね?」

 

 空気が変わる。

 セリアはあっさり答えた。

 

「セクサロイドよ」

 

 その瞬間。

 スケイルの顔が露骨に曇った。

 

「……は?」

 

 嫌悪感。

 まるで汚物でも見るような視線だった。

 

「ちょっと待って。セクサロイド?」

「そうだけど?」

「そんなもの連れ歩いてるの?」

 

 ジョンの眉がぴくりと動く。

 

「そんなものって言い方はないだろ」

「あるわよ」

 

 スケイルは即答した。

 

「人間を堕落させるための道具じゃない」

 

 場の空気が冷える。

 ネドリーが「あっ……」という顔をした。

 モラゴは「始まったのう」という顔。

 スフラだけは苦笑しながら静観している。

 セリアはそこまで気にした様子もなかった。

 

「あー、そういうタイプね」

 

 肩をすくめる。

 

「ウェイク・アップとかその辺?」

 

 スケイルの目が鋭くなる。

 

「知ってるなら話は早いわ」

「有名だもの」

 

 セリアは呆れ半分に笑った。

 ……ウェイク・アップ。そこそこ名の知れたフェミニスト系政治団体だ。無論、悪い意味で。

 

「セクサロイド廃絶運動の人達でしょ?」

「当然よ。あなた達みたいな存在は、人間社会を歪める」

「へえ」

 

 セリアは淡々としている。

 だがジョンは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「初対面で喧嘩売るなって」

「私は事実を言ってるだけ」

「面倒くせえ……」

 

 ジョンが額を押さえる。

 すると、アリスが小さく首を傾げた。

 

「でも、アリスもセクサロイドなのです?」

 

 スケイルの動きが止まった。

 

「……え?」

 

 ネドリーが冷や汗を流す。

 

「あー……その……」

 

 アリスはきょとんとしている。

 

「ネドリーさんとずっと一緒なのです!」

 

 空気が凍った。

 ジョンは再び目を逸らす。

 

「……やっぱりそうなんじゃねえか」

「何か言ったでござる!?」

 

 ネドリーが真っ赤になる。

 スケイルは本気で頭を抱えていた。

 

「……最悪」

「いやそんな顔されてもでござるよ!?」

「このコロニー地獄かしら……」

 

 セリアが苦笑する。

 するとモラゴが豪快に笑った。

 

「はっはっは!賑やかでいいじゃろ!」

「アンタだけだよ楽しそうなの!!」

 

 ジョンのツッコミが、拠点内に響き渡る。

 モラゴは笑っている。

 ネドリーは汗だくで慌てている。

 スケイルは露骨に嫌そうな顔をしている。

 セリアは半分面白がっている。

 そんな状況を前に、ジョンは頭痛がしてきていた。

 

「……なんなんだここ」

「遭難者コミュニティじゃよ!」

 

 モラゴが豪快に笑う。

 

「もっとこう、殺伐としてると思ってたんだけどな……」

「最初の三日くらいは皆そうだったぞい」

「三日で適応したの!?」

「適応せんと死ぬからの!」

 

 あまりにも力強い理論だった。

 その時。

 

 ――ズシン。

 

 重い振動。

 拠点の外から巨大な足音が近づいてくる。

 ジョンが反射的に身構えた。

 

「……っ!?」

 

 ズシン。

 ズシン。

 地面が微かに揺れる。

 セリアもショックガンを構えた。

 

「また怪獣!?」

「いや、大丈夫じゃ」

 

 モラゴは妙に落ち着いていた。

 そして次の瞬間。

 ジャングルの葉をかき分けるように、“それ”が顔を出した。

 

「……うおっ」

 

 ジョンが思わず声を漏らす。

 赤茶色の鱗。

 二本角。

 恐竜のような顔。

 昼間に見たソドムを、そのまま小型化したような怪獣だった。

 もっとも、“小型”といっても二十メートル近いのだが。

 感覚が完全に麻痺している。

 怪獣は、のそのそと拠点へ近づいてきた。

 そして。

 

「おお、ミニソドム!」

 

 モラゴが嬉しそうに手を振る。

 

「帰ってきたか!」

 

 怪獣――ミニソドムは、フシュンと鼻息を鳴らした。

 どう見ても懐いている。

 

「……え?」

 

 ジョンが固まる。

 

「なにこれ」

「ソドムの子供じゃよ」

 

 モラゴは当然のように言った。

 

「ミニソドム」

「いや名前そのまんま!」

「わかりやすいじゃろ?」

「そういう問題か!?」

 

 ミニソドムはモラゴへ顔を寄せる。

 するとモラゴは慣れた様子で鼻先を撫で始めた。

 

「よしよし」

 

 完全に大型犬への接し方だった。

 ジョンは頭を抱える。

 

「なんでそんな懐いてるんだよ……」

「子供の頃から世話しとるからのう」

「子供の頃!?」

「卵から出てきた時はもっと小さかったぞい」

「ペット感覚で言うな!」

 

 セリアは呆れつつも、興味深そうにミニソドムを見ていた。

 

「……この子は襲ってこないのね」

「友好的なのです!」

 

 アリスが嬉しそうに言う。

 

「ミニソドムはいい子なのです!」

 

 ミニソドムはフシュフシュと鼻を鳴らし、アリスの頭を軽くつついた。

 完全に動物園の巨大マスコットみたいなノリだった。

 

「……感覚おかしくなるな」

 

 ジョンが呟く。

 数時間前まで、“怪獣”は即死級の化け物だった。

 なのに今は、その子供が普通に拠点へ遊びに来ている。

 宇宙って怖い。

 

「ジョン殿」

 

 その時、ネドリーが小声で近づいてきた。

 

「ちょっとこちらへ」

「ん?」

 

 ネドリーは周囲を確認しながら、ジョンを拠点の隅へ案内する。

 そこには大量の端末やケーブル、メモ帳が積み上がっていた。

 完全にオタクの作業スペースだった。

 

「これ、拙者が集めた資料でござる」

 

 ネドリーが古いデータパッドを差し出す。

 

「資料?」

「このコロニーについてでござるよ」

 

 ジョンは端末を見る。

 内部マップ。

 研究ログ。

 施設管理データ。

 断片的ではあるが、かなりの情報量だった。

 

「拙者、ソフトウェア系エンジニアでござってな」

 

 ネドリーが眼鏡を押し上げる。

 

「コロニーの生き残ってる端末から地道に集めたのでござる」

「……すげえな」

「伊達に徹夜で同人ゲーム作ってないのでござる」

「なんか方向性がおかしいけど助かる」

 

 ジョンは端末をスクロールする。

 そこで、一つの施設名が目に入った。

 

「中央制御塔?」

「このコロニーの環境制御システムでござる」

 

 ネドリーが頷く。

 

「気候、気温、人工太陽、湿度、全部あそこが管理してるのでござるよ」

「そんな重要施設まだ動いてるのか?」

「完全停止はしてないっぽいのでござる」

 

 ネドリーはマップを拡大する。

 コロニー中央部。

 巨大な塔型施設。

 

「ここを動かせれば、コロニー環境を変えられる可能性があるのでござる」

「環境を?」

「例えば冬にするとか」

 

 ジョンが眉をひそめる。

 

「怪獣対策か」

「その通り!」

 

 ネドリーが力強く頷く。

 

「大型生物は急激な低温に弱い可能性が高いのでござる!動きが鈍れば脱出のチャンスも増える!」

「なるほどな……」

「だから最終目標は中央制御塔の再起動なのでござるよ」

 

 ジョンはマップを見る。

 確かに理屈は通っている。

 だが。

 

「……この周辺、やたら危険区域になってないか?」

「あー……」

 

 ネドリーが微妙な顔をした。

 

「中央制御塔周辺、ちょっと変なのでござる」

「変?」

「定期的に、そこから救難信号みたいなものが出てるのでござるよ」

 

 ジョンの動きが止まる。

 

「……救難信号?」

「ジョン殿達が受信したやつも、多分それでござる」

 

 セリアも会話に加わってくる。

 

「でもあれ、妙だったのよね」

「妙?」

「位置が不安定だったの。動き回ってるみたいに」

 

 ネドリーが真面目な顔になる。

 

「拙者も最初は生存者かと思ったのでござる」

「違うのか?」

「わからんのでござる」

 

 ネドリーは小さく首を振った。

 

「調査に行った人、戻ってきてないので」

 

 空気が少し重くなる。

 遠くで怪獣の咆哮が響いた。

 ジャングルが微かに揺れる。

 ジョンは端末のマップを見る。

 中央制御塔。

 そこだけが、不気味なほど赤く点滅していた。

 まるで、“何か”が待っているかのように。

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