宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

2 / 72
2.

 弾丸は、音より先に来る。

 正確には、音は聞こえている。だがそれが“何の音か理解する前に”、金属が弾け、壁が削れ、火花が視界を焼く。

 だからジョンは、考えるより先に動いていた。

 

「うおおおおお!!」

 

 磁気ブーツを最大出力で叩きつける。

 床を蹴るたびに、衝撃が脚から背骨へと突き抜ける。無重力に近いとはいえ、慣性は消えない。スピードが乗るほど、止まるのも難しくなる。

 だが、止まる理由がない。

 止まったら死ぬ。

 

「右!分岐!」

 

 セリアの声が耳に刺さる。

 

「見えてる!」

 

 ジョンは体を傾け、通路の角を無理やり曲がる。肩が壁にぶつかり、鈍い痛みが走るが、気にしている余裕はない。

 その背後。

 

 ドドドドドドドドッ!!

 

 遅れて、ガトリングの嵐が角を削り取る。金属片が散弾のように飛び散り、空間そのものが破壊されていく。

 

「追ってきてるか!?」

「がっつりロックされてる!」

「だよなあ!!」

 

 振り返る余裕はない。だが分かる。あの“重さ”は、確実に距離を詰めてきている。

 ヤシガニ型戦闘ロボット。

 あの巨大なハサミは近接戦闘用。だが問題はそこじゃない。

 ガトリング。

 あれがある限り、逃げ場はない。

 

「セリア!あいつのスペック分かるか!?」

「外見から推定だけど、旧式の軍用無人機ね!近接制圧と制圧射撃の両立型!」

「つまり?」

「真正面からやり合ったら死ぬ!」

「分かりやすくて助かる!!」

 

 ジョンは通路を抜け、次の区画へ飛び込む。

 そこは比較的広い空間だった。円形の部屋。中央に大きな柱状の構造体。制御装置か、エネルギー供給設備か。

 

「……ここなら!」

 

 ジョンは柱の陰に飛び込む。

 直後。

 ドンッ!!

 ロボットが通路の壁をぶち破って突入してきた。

 

「うわあああ無茶苦茶しやがる!!」

「構造強度無視してる!完全に戦闘モードね!」

 

 ガトリングが再び回転する。

 柱を盾にするしかない。

 弾丸が柱に叩きつけられ、火花と破片が飛び散る。衝撃が振動となって全身に伝わる。

 

「……っ!」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 このままじゃ削り殺される。

 考えろ。

 考えろ。

 自分は何だ?

 ヒーローでも兵士でもない。

 ただのジャンク屋だ。

 

「……ジャンク屋、ねえ」

 

 その瞬間、ジョンの目が変わった。

 視界に入るものすべてが、“素材”に見え始める。

 柱の構造。露出した配線。床に転がる残骸。天井のパネル。

 そして――ロボットの動き。

 

「セリア」

「なに!?」

「この部屋、電源生きてるか!?」

「……一部だけ!バックアップ系統が微弱に動いてる!」

「最高だ」

「何考えてるの!?」

 

 ジョンは柱の裏から身を乗り出し、工具ベルトから小型のプラズマカッターを取り出す。

 

「こいつ、“古い”んだろ?」

「ええ、かなり」

「なら――融通効かねえはずだ」

 

 そう言って、彼は柱の根元へ走る。

 

「ちょっと!?どこ行くの!?」

「電気だよ!」

 

 床に膝をつき、パネルをこじ開ける。中には配線の束。色分けされたケーブルが複雑に絡み合っている。

 普通の人間なら触りたくもない光景。

 だがジョンにとっては――

 

「宝の山だ」

 

 迷いなく手を突っ込み、数本を引きずり出す。

 背後ではロボットが回り込もうとしている。脚が床を叩く重い音が、確実に近づいてくる。

 

「ジョン!来る!」

「分かってる!」

 

 彼は歯で絶縁カバーを噛み切り、むき出しの導線を露出させる。

 火花が散る。

 ビリ、と空気が震える。

 

「セリア!あいつのセンサー位置!」

「中央ユニットの上部!赤く光ってるところ!」

「了解!」

 

 ジョンは配線を掴んだまま、柱の反対側へ走る。

 そして――飛び出した。

 

「こっちだポンコツ!!」

 

 ロボットのセンサーが即座にこちらを捉える。

 ガトリングが回る。

 だがその瞬間。

 ジョンは、手に持った導線を床の金属フレームに叩きつけた。

 バチンッ!!

 激しいスパーク。

 同時に、部屋の照明が一瞬だけ点滅する。

 電流が、床全体に走る。

 

「――ッ!?」

 

 ロボットの動きが、一瞬だけ止まった。

 完全停止ではない。だが、わずかに制御が乱れた。

 

「今だ!!」

 

 ジョンはその隙に、柱の反対側へ滑り込む。

 直後、ガトリングが再開するが――照準がわずかにズレている。

 

「効いてる!?」

「一瞬だけね!でも確実にノイズ入ってる!」

 

 セリアの声に、興奮が混じる。

 

「やっぱ旧式だな……ノイズ耐性ガバガバか!」

「褒めてるのそれ!?」

「最高の褒め言葉だ!」

 

 ジョンは荒く息を吐く。

 勝てる。

 いや、“壊せる”。

 まともに戦う必要はない。

 相手は機械だ。

 そして自分は、壊れた機械を相手にするプロだ。

 

「セリア」

「なに?」

「もう一回やる」

「無茶よ!タイミングシビアすぎる!」

「でも効いた」

「……っ」

 

 セリアが一瞬黙る。

 そして、小さく息を吐いた。

 

「……分かった。サポートする」

「頼む」

 

 ジョンは再び導線を握り直す。

 手が震えている。恐怖か、興奮か、自分でも分からない。

 だが――止まらない。

 

「次はもうちょいデカくいくぞ」

「どうする気?」

 

 ジョンは柱の上部を見上げる。

 そこには、まだ生きている電源ラインが走っていた。

 

「ショートさせる」

「……は?」

「まとめてぶっ飛ばす」

「ちょっと待ってそれ部屋ごといくやつじゃない!?」

「当たらなきゃどうってことない!」

「どこのエースパイロットよそれ!!」

 

 ロボットが再び距離を詰めてくる。

 猶予はない。

 

「やるぞ!!」

 

 ジョンは柱を駆け上がるようにして跳び、上部パネルへと手を伸ばした。

 その瞬間。

 ロボットのセンサーが、完全に彼をロックする。

 ガトリングが唸る。

 死の直線が、一直線に伸びる。

 だが――

 

「遅えんだよ!!」

 

 ジョンは導線を叩き込んだ。

 次の瞬間。

 世界が、白く弾けた。光は、確かに弾けた。

 ジョンが導線を叩き込んだ瞬間、柱の内部電力が暴走し、空間を白く塗り潰した。視界が焼け、感覚が一瞬だけ飛ぶ。

 そして。

 

「――ッ!!」

 

 次に感じたのは、強烈な衝撃だった。

 身体が宙に浮き、磁気ブーツのロックが外れる。無重力の中で制御を失い、そのまま背中から床へ叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

 呼吸が乱れる。肺が焼けるように痛む。

 耳鳴りがひどい。世界が遠い。

 

「ジョン!応答して!」

 

 セリアの声がノイズ混じりに届く。

 

「……生きてる……なんとか……」

「なんとかじゃないわよ!無茶しすぎ!」

 

 視界が戻る。

 焦げた匂い――正確には、焼けた回路のような“錯覚”が鼻を刺す。

 そして、ジョンはゆっくりと顔を上げた。

 そこにいるはずの敵を確認するために。

 

「……どうだ?」

 

 ロボットは、そこにいた。

 ヤシガニ型の巨体。

 だが先ほどとは違う。

 装甲の隙間から火花が漏れ、センサーアイは明滅を繰り返している。ガトリングも停止したまま。

 まるで、壊れた玩具のように。

 

「……やった、か?」

 

 ジョンが息を吐く。

 その瞬間。

 ピクン、と。

 ロボットの脚が、痙攣するように動いた。

 

「……は?」

「ジョン、まだよ」

 

 セリアの声が低くなる。

 

「完全停止してない。制御が飛んでるだけ」

「いやでも、あの状態なら――」

 

 言い終わる前に。

 ロボットのセンサーが、一瞬だけ完全に消えた。

 そして。

 再び、点灯する。

 今度は――安定した赤。

 

「……おい」

 

 嫌な予感が、現実になる。

 ガトリングが、ゆっくりと回転を始めた。

 

「再起動してる!」

「マジかよ!!」

 

 さっきまでの不安定さが嘘のように、動きが滑らかになっていく。

 脚部が再調整され、姿勢が低く構えられる。

 まるで、“戦闘モードが更新された”かのように。

 

「適応してる……?」

「学習型の可能性あり!」

「聞いてねえぞそんなの!」

「私も今知った!」

 

 ロボットが動く。

 先ほどよりも速く、正確に。

 

「来る!!」

 

 ジョンは反射的に転がる。

 直後、ガトリングが火を吹いた。

 床が抉られる。さっきまで自分がいた場所が粉々に砕ける。

 

「うおおおお!!」

「さっきより精度上がってる!」

「最悪だ!!」

 

 ジョンは立ち上がり、全力で走る。

 だが――

 

「速っ!?」

 

 ロボットの移動速度が明らかに上がっている。

 脚が床を叩くたびに、重い衝撃が響く。その間隔が短い。

 距離が、縮まっている。

 

「セリア!なんか弱点ないのか!?」

「さっきの電撃で耐性ついた可能性が高い!」

「進化してんじゃねえよ!!」

 

 通路へ飛び込む。

 だが安心はできない。

 狭い分、むしろ逃げ場がない。

 弾丸が壁を削り、通路が崩れ始める。

 

「このままじゃジリ貧よ!」

「分かってる!」

 

 ジョンは走りながら、必死に周囲を見る。

 何か使えるものはないか。

 罠にできる構造はないか。

 だが目に入るのは、壊れた設備と散乱した残骸ばかり。

 

「クソッ……!」

 

 そのとき。

 足元の床が、不自然に歪んでいるのが見えた。

 

「……セリア」

「なに!?」

「この先の区画、構造どうなってる!?」

「待って……」

 

 数秒の沈黙。

 その間にも、背後から弾丸が迫る。

 

「解析完了!その先、重力制御ブロック!」

「重力?」

「通常は人工重力を発生させる区画だけど、今は不安定!」

 

 ジョンの口元が歪む。

 

「……いいじゃねえか」

「何考えてるの?」

「振り回す」

「は?」

 

 ジョンは加速する。

 通路を抜け、次の区画へ飛び込む。

 そこは広い空間だった。だが――

 “上下”が曖昧だった。

 床だと思っていた面が、突然横になる。壁が天井になる。重力が安定していない。

 

「うわっ!?」

 

 身体が横へ引っ張られる。

 磁気ブーツが悲鳴を上げる。

 

「ここか……!」

「ジョン!足場不安定すぎる!」

「でもあいつも同じだろ!」

 

 背後からロボットが突入する。

 だが、その瞬間。

 重力が反転した。

 ドンッ!!

 ロボットの巨体が横方向へ叩きつけられる。

 

「効いてる!!」

「バランス崩してる!」

 

 ジョンはさらに奥へ進む。

 重力がランダムに変わる空間。

 まともに動くこと自体が難しい。

 だが。

 

「こういうのは慣れてんだよ……!」

 

 ジャンク回収で培った感覚。

 無秩序な空間での移動。

 それが今、活きていた。

 

「ジョン、あいつも適応してくるわよ!」

「その前にどうにかする!」

 

 ロボットが再び動き出す。

 脚を固定し、姿勢を強引に安定させている。

 

「もう慣れてきてる!?」

「だから言ったでしょ学習するって!」

「マジで厄介すぎるだろ!!」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 逃げるだけでは終わらない。

 だが、今はまだ――

 

「時間を稼ぐぞ!」

「了解!」

 

 崩れたステーションの中で。

 重力すら狂った迷路の中で。

 ジャンク屋とセクサロイドは、殺戮機械から逃げ続ける。

 壊したはずの敵は、まだ動いている。

 それどころか、より厄介になって。

 宇宙の底で拾ったものは――

 どうやら、“当たり”どころではなかったらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。