宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
弾丸は、音より先に来る。
正確には、音は聞こえている。だがそれが“何の音か理解する前に”、金属が弾け、壁が削れ、火花が視界を焼く。
だからジョンは、考えるより先に動いていた。
「うおおおおお!!」
磁気ブーツを最大出力で叩きつける。
床を蹴るたびに、衝撃が脚から背骨へと突き抜ける。無重力に近いとはいえ、慣性は消えない。スピードが乗るほど、止まるのも難しくなる。
だが、止まる理由がない。
止まったら死ぬ。
「右!分岐!」
セリアの声が耳に刺さる。
「見えてる!」
ジョンは体を傾け、通路の角を無理やり曲がる。肩が壁にぶつかり、鈍い痛みが走るが、気にしている余裕はない。
その背後。
ドドドドドドドドッ!!
遅れて、ガトリングの嵐が角を削り取る。金属片が散弾のように飛び散り、空間そのものが破壊されていく。
「追ってきてるか!?」
「がっつりロックされてる!」
「だよなあ!!」
振り返る余裕はない。だが分かる。あの“重さ”は、確実に距離を詰めてきている。
ヤシガニ型戦闘ロボット。
あの巨大なハサミは近接戦闘用。だが問題はそこじゃない。
ガトリング。
あれがある限り、逃げ場はない。
「セリア!あいつのスペック分かるか!?」
「外見から推定だけど、旧式の軍用無人機ね!近接制圧と制圧射撃の両立型!」
「つまり?」
「真正面からやり合ったら死ぬ!」
「分かりやすくて助かる!!」
ジョンは通路を抜け、次の区画へ飛び込む。
そこは比較的広い空間だった。円形の部屋。中央に大きな柱状の構造体。制御装置か、エネルギー供給設備か。
「……ここなら!」
ジョンは柱の陰に飛び込む。
直後。
ドンッ!!
ロボットが通路の壁をぶち破って突入してきた。
「うわあああ無茶苦茶しやがる!!」
「構造強度無視してる!完全に戦闘モードね!」
ガトリングが再び回転する。
柱を盾にするしかない。
弾丸が柱に叩きつけられ、火花と破片が飛び散る。衝撃が振動となって全身に伝わる。
「……っ!」
ジョンは歯を食いしばる。
このままじゃ削り殺される。
考えろ。
考えろ。
自分は何だ?
ヒーローでも兵士でもない。
ただのジャンク屋だ。
「……ジャンク屋、ねえ」
その瞬間、ジョンの目が変わった。
視界に入るものすべてが、“素材”に見え始める。
柱の構造。露出した配線。床に転がる残骸。天井のパネル。
そして――ロボットの動き。
「セリア」
「なに!?」
「この部屋、電源生きてるか!?」
「……一部だけ!バックアップ系統が微弱に動いてる!」
「最高だ」
「何考えてるの!?」
ジョンは柱の裏から身を乗り出し、工具ベルトから小型のプラズマカッターを取り出す。
「こいつ、“古い”んだろ?」
「ええ、かなり」
「なら――融通効かねえはずだ」
そう言って、彼は柱の根元へ走る。
「ちょっと!?どこ行くの!?」
「電気だよ!」
床に膝をつき、パネルをこじ開ける。中には配線の束。色分けされたケーブルが複雑に絡み合っている。
普通の人間なら触りたくもない光景。
だがジョンにとっては――
「宝の山だ」
迷いなく手を突っ込み、数本を引きずり出す。
背後ではロボットが回り込もうとしている。脚が床を叩く重い音が、確実に近づいてくる。
「ジョン!来る!」
「分かってる!」
彼は歯で絶縁カバーを噛み切り、むき出しの導線を露出させる。
火花が散る。
ビリ、と空気が震える。
「セリア!あいつのセンサー位置!」
「中央ユニットの上部!赤く光ってるところ!」
「了解!」
ジョンは配線を掴んだまま、柱の反対側へ走る。
そして――飛び出した。
「こっちだポンコツ!!」
ロボットのセンサーが即座にこちらを捉える。
ガトリングが回る。
だがその瞬間。
ジョンは、手に持った導線を床の金属フレームに叩きつけた。
バチンッ!!
激しいスパーク。
同時に、部屋の照明が一瞬だけ点滅する。
電流が、床全体に走る。
「――ッ!?」
ロボットの動きが、一瞬だけ止まった。
完全停止ではない。だが、わずかに制御が乱れた。
「今だ!!」
ジョンはその隙に、柱の反対側へ滑り込む。
直後、ガトリングが再開するが――照準がわずかにズレている。
「効いてる!?」
「一瞬だけね!でも確実にノイズ入ってる!」
セリアの声に、興奮が混じる。
「やっぱ旧式だな……ノイズ耐性ガバガバか!」
「褒めてるのそれ!?」
「最高の褒め言葉だ!」
ジョンは荒く息を吐く。
勝てる。
いや、“壊せる”。
まともに戦う必要はない。
相手は機械だ。
そして自分は、壊れた機械を相手にするプロだ。
「セリア」
「なに?」
「もう一回やる」
「無茶よ!タイミングシビアすぎる!」
「でも効いた」
「……っ」
セリアが一瞬黙る。
そして、小さく息を吐いた。
「……分かった。サポートする」
「頼む」
ジョンは再び導線を握り直す。
手が震えている。恐怖か、興奮か、自分でも分からない。
だが――止まらない。
「次はもうちょいデカくいくぞ」
「どうする気?」
ジョンは柱の上部を見上げる。
そこには、まだ生きている電源ラインが走っていた。
「ショートさせる」
「……は?」
「まとめてぶっ飛ばす」
「ちょっと待ってそれ部屋ごといくやつじゃない!?」
「当たらなきゃどうってことない!」
「どこのエースパイロットよそれ!!」
ロボットが再び距離を詰めてくる。
猶予はない。
「やるぞ!!」
ジョンは柱を駆け上がるようにして跳び、上部パネルへと手を伸ばした。
その瞬間。
ロボットのセンサーが、完全に彼をロックする。
ガトリングが唸る。
死の直線が、一直線に伸びる。
だが――
「遅えんだよ!!」
ジョンは導線を叩き込んだ。
次の瞬間。
世界が、白く弾けた。光は、確かに弾けた。
ジョンが導線を叩き込んだ瞬間、柱の内部電力が暴走し、空間を白く塗り潰した。視界が焼け、感覚が一瞬だけ飛ぶ。
そして。
「――ッ!!」
次に感じたのは、強烈な衝撃だった。
身体が宙に浮き、磁気ブーツのロックが外れる。無重力の中で制御を失い、そのまま背中から床へ叩きつけられた。
「がっ……!」
呼吸が乱れる。肺が焼けるように痛む。
耳鳴りがひどい。世界が遠い。
「ジョン!応答して!」
セリアの声がノイズ混じりに届く。
「……生きてる……なんとか……」
「なんとかじゃないわよ!無茶しすぎ!」
視界が戻る。
焦げた匂い――正確には、焼けた回路のような“錯覚”が鼻を刺す。
そして、ジョンはゆっくりと顔を上げた。
そこにいるはずの敵を確認するために。
「……どうだ?」
ロボットは、そこにいた。
ヤシガニ型の巨体。
だが先ほどとは違う。
装甲の隙間から火花が漏れ、センサーアイは明滅を繰り返している。ガトリングも停止したまま。
まるで、壊れた玩具のように。
「……やった、か?」
ジョンが息を吐く。
その瞬間。
ピクン、と。
ロボットの脚が、痙攣するように動いた。
「……は?」
「ジョン、まだよ」
セリアの声が低くなる。
「完全停止してない。制御が飛んでるだけ」
「いやでも、あの状態なら――」
言い終わる前に。
ロボットのセンサーが、一瞬だけ完全に消えた。
そして。
再び、点灯する。
今度は――安定した赤。
「……おい」
嫌な予感が、現実になる。
ガトリングが、ゆっくりと回転を始めた。
「再起動してる!」
「マジかよ!!」
さっきまでの不安定さが嘘のように、動きが滑らかになっていく。
脚部が再調整され、姿勢が低く構えられる。
まるで、“戦闘モードが更新された”かのように。
「適応してる……?」
「学習型の可能性あり!」
「聞いてねえぞそんなの!」
「私も今知った!」
ロボットが動く。
先ほどよりも速く、正確に。
「来る!!」
ジョンは反射的に転がる。
直後、ガトリングが火を吹いた。
床が抉られる。さっきまで自分がいた場所が粉々に砕ける。
「うおおおお!!」
「さっきより精度上がってる!」
「最悪だ!!」
ジョンは立ち上がり、全力で走る。
だが――
「速っ!?」
ロボットの移動速度が明らかに上がっている。
脚が床を叩くたびに、重い衝撃が響く。その間隔が短い。
距離が、縮まっている。
「セリア!なんか弱点ないのか!?」
「さっきの電撃で耐性ついた可能性が高い!」
「進化してんじゃねえよ!!」
通路へ飛び込む。
だが安心はできない。
狭い分、むしろ逃げ場がない。
弾丸が壁を削り、通路が崩れ始める。
「このままじゃジリ貧よ!」
「分かってる!」
ジョンは走りながら、必死に周囲を見る。
何か使えるものはないか。
罠にできる構造はないか。
だが目に入るのは、壊れた設備と散乱した残骸ばかり。
「クソッ……!」
そのとき。
足元の床が、不自然に歪んでいるのが見えた。
「……セリア」
「なに!?」
「この先の区画、構造どうなってる!?」
「待って……」
数秒の沈黙。
その間にも、背後から弾丸が迫る。
「解析完了!その先、重力制御ブロック!」
「重力?」
「通常は人工重力を発生させる区画だけど、今は不安定!」
ジョンの口元が歪む。
「……いいじゃねえか」
「何考えてるの?」
「振り回す」
「は?」
ジョンは加速する。
通路を抜け、次の区画へ飛び込む。
そこは広い空間だった。だが――
“上下”が曖昧だった。
床だと思っていた面が、突然横になる。壁が天井になる。重力が安定していない。
「うわっ!?」
身体が横へ引っ張られる。
磁気ブーツが悲鳴を上げる。
「ここか……!」
「ジョン!足場不安定すぎる!」
「でもあいつも同じだろ!」
背後からロボットが突入する。
だが、その瞬間。
重力が反転した。
ドンッ!!
ロボットの巨体が横方向へ叩きつけられる。
「効いてる!!」
「バランス崩してる!」
ジョンはさらに奥へ進む。
重力がランダムに変わる空間。
まともに動くこと自体が難しい。
だが。
「こういうのは慣れてんだよ……!」
ジャンク回収で培った感覚。
無秩序な空間での移動。
それが今、活きていた。
「ジョン、あいつも適応してくるわよ!」
「その前にどうにかする!」
ロボットが再び動き出す。
脚を固定し、姿勢を強引に安定させている。
「もう慣れてきてる!?」
「だから言ったでしょ学習するって!」
「マジで厄介すぎるだろ!!」
ジョンは歯を食いしばる。
逃げるだけでは終わらない。
だが、今はまだ――
「時間を稼ぐぞ!」
「了解!」
崩れたステーションの中で。
重力すら狂った迷路の中で。
ジャンク屋とセクサロイドは、殺戮機械から逃げ続ける。
壊したはずの敵は、まだ動いている。
それどころか、より厄介になって。
宇宙の底で拾ったものは――
どうやら、“当たり”どころではなかったらしい。