宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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20.

 翌朝。

 人工太陽の光がゆっくりとコロニー内部を照らし始める。

 とはいえ、その光の大半はジャングル化した植物群に遮られ、地表まで届く頃には薄暗い緑色の光へ変わっていた。

 湿気。熱気。植物の青臭い匂い。

 遠くで響く怪獣の咆哮。

 目覚めとしては最悪だった。

 

「……腰痛ぇ」

 

 ジョンは木箱ベッドから身体を起こしながら呻く。

 一晩寝ただけなのに、身体中が軋んでいた。

 寝床が硬すぎる。

 しかも夜中、何度も怪獣の咆哮で叩き起こされた。

 安眠とは程遠い。

 

「おはよ」

 

 セリアが隣で髪をかき上げる。

 ぴっちりスーツ姿のまま壁にもたれていた。

 寝起きなのに妙に色気がある。

 

「眠れた?」

「怪獣の鳴き声で三回起きた」

「私は二回」

「カウントしてんのかよ」

 

 セリアは苦笑した。

 

「でもちょっと慣れてきたかも」

「慣れたくねえ……」

 

 すると。

 

「おーい新人共ー!!」

 

 モラゴの馬鹿デカい声が拠点中に響いた。

 

「飯じゃぞー!!」

 

 数分後。

 ジョン達は簡易テーブルを囲んでいた。

 朝食は保存食を煮込んだシチューだった。

 薄味。

 具材はよくわからない。

 だが空腹には勝てない。

 

「さて!」

 

 モラゴがスプーンを振り回す。

 

「今日からお前さん達にも働いてもらうぞい!」

「まあ当然だよな」

 

 ジョンは頷く。

 遭難生活だ。

 全員で役割分担しなければ生き残れない。

 

「今日は食料回収班じゃ!」

「食料?」

「旧食料庫じゃよ」

 

 モラゴは地図を広げる。

 

「事故前の保存倉庫に、まだ未回収の缶詰や乾燥食品が残っとる可能性がある」

「可能性って」

「毎回何か住み着いとるからの!」

「嫌な情報しか出てこねえな!?」

 

 セリアが呆れる。

 

「ちなみに前回は?」

「巨大ヒル」

「帰りたい」

 

 ジョンが真顔で言った。

 その時。

 

「……私は別班を希望するわ」

 

 不機嫌そうな声。

 スケイルだった。

 腕を組みながら、露骨にセリアを睨んでいる。

 

「そのセクサロイドと組むなんて願い下げよ」

 

 空気が冷える。

 セリアはパンを齧りながらため息をついた。

 

「まだ言ってるの?」

「当然でしょ」

 

 スケイルは即答する。

 

「人間を堕落させる存在と協力する気はないわ」

「朝から重いのやめろって……」

 

 ジョンが頭を押さえる。

 ネドリーは「また始まったでござる……」という顔をしていた。

 モラゴだけは笑っている。

 

「まあまあ!仲良くせい!」

「無理よ」

「無理ね」

 

 二人が同時に言う。

 息だけは妙に合っていた。

 

「逆に相性良いんじゃない?」

「よくない」

「最悪」

 

 また同時だった。

 

「……もういいや」

 

 ジョンは諦めた。

 結局、食料回収班はジョン、セリア、スケイル、ネドリーの四人になった。

 

「拙者も行くのでござるか……」

「電子ロック解除担当じゃ!」

 

 モラゴが親指を立てる。

 

「頑張れ!」

「軽いのでござるよぉ!?」

 

 数十分後。

 一行はジャングル化した通路を進んでいた。

 天井まで植物に覆われた研究区画。

 割れたガラス。

 放置された機材。

 壁を侵食する巨大な根。

 かつて近未来的だったはずの施設は、完全に自然へ呑み込まれていた。

 ネドリーは汗だくで息を切らしている。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「運動不足ね」

 

 セリアが呆れたように言う。

 

「遭難生活で多少痩せたのでござるよ!?」

「多少じゃねえか」

 

 ジョンは周囲を警戒しながら歩いていた。

 静かすぎる。

 それが逆に怖い。

 このコロニーでは、“静かな時ほど危険”という気がしてならなかった。

 

「……見えてきた」

 

 スケイルが前方を指差す。

 巨大な隔壁。

 その上には、かすれた文字で“FOOD STORAGE”と書かれていた。

 

「ここか」

「ロック生きてるでござるな……」

 

 ネドリーが端末を接続する。

 火花。古い電子音。

 数秒後。

 ――ガコン。

 重いロックが解除された。

 

「開いたでござる!」

 

 隔壁がゆっくり開く。

 中から、冷たい空気が漏れ出した。

 

「……意外と保存状態いいかも」

 

 セリアが呟く。

 ジョン達は慎重に内部へ入る。

 そこは巨大な倉庫だった。

 高い天井。

 並ぶ棚。

 大量のコンテナ。

 非常灯だけが薄暗く点滅している。

 ジャングル化は比較的軽い。

 気温管理がまだ一部生きているのかもしれない。

 

「おお……」

 

 ネドリーが目を輝かせる。

 

「缶詰残ってるでござる!」

「マジだ」

 

 ジョンも棚を確認する。

 保存食。

 飲料水。

 乾燥食品。

 確かに使えそうな物資がまだ残っていた。

 

「これだけあればかなり保つわね」

 

 セリアがコンテナを持ち上げる。

 スケイルも黙って物資を確認していた。

 その時だった。

 

 ――カサッ。

 

 小さな音。

 ジョンが顔を上げる。

 

「……?」

 

 倉庫の奥。

 棚の隙間。

 何かが動いた。

 

「どうしたの?」

 

 セリアが小声で聞く。

 

「今、何か……」

 

 ジョンが銃へ手を伸ばした、その瞬間。

 

 ――ギィン!!

 

 鋭い金属音。

 

「っ!?」

 

 ジョンが反射的に後退する。

 直後。

 目の前の鉄棚が、斜めに切断された。

 まるで紙みたいに。

 

「なっ……!?」

 

 暗闇の奥。

 そこに、複数の緑色の複眼が浮かび上がる。

 

 カチカチカチカチ……。

 

 顎を鳴らす不気味な音。

 長い鎌。

 昆虫の外骨格。

 

「デスマンティス……!」

 

 ネドリーが悲鳴を上げる。

 一体じゃない。

 棚の上。天井。通気口。

 次々と姿を現していく。

 完全に巣になっていた。

 

「……嘘でしょ」

 

 セリアが顔を引きつらせる。

 デスマンティス達は、獲物を見つけた肉食獣みたいにゆっくり近づいてくる。

 ジョンはレーザーピストルを構えながら、乾いた声で呟いた。

 

「どうやら……」

 

 デスマンティスの鎌が、薄暗い光を反射する。

 

「食料庫の住人に歓迎されたみたいだな」

 

 デスマンティス達の複眼が、暗闇の中でぎらぎらと光っていた。

 

 カチカチカチカチ……。

 

 不気味な顎の音。

 倉庫の天井や棚に張り付きながら、群れがゆっくり包囲を狭めてくる。

 

「うわっ、囲まれてる囲まれてる!」

 

 セリアがショックガンを構える。

 

「ジョン!」

「ああ!」

 

 次の瞬間。

 デスマンティスが飛びかかってきた。

 ――ギィン!!

 巨大な鎌が空気を裂く。

 ジョンは咄嗟に身を屈めた。

 頭上を通過した斬撃が、背後の棚を真っ二つに切断する。

 缶詰が雪崩のように崩れ落ちた。

 

「んなっ!?」

「硬すぎでござるぅ!!」

 

 ネドリーが悲鳴を上げる。

 ジョンはレーザーピストルを連射した。

 青白い閃光。

 デスマンティスの胸部へ命中する。

 だが。

 

「効いてるけど止まらねえ!」

 

 焼け焦げながらも、デスマンティスは突進を続けてくる。

 生命力が異常だった。

 

「こっち来るなぁっ!」

 

 セリアがショックガンを放つ。

 高圧電流が炸裂。

 デスマンティスが痙攣しながら吹き飛ぶ。

 だが次の一体がすぐ飛び込んでくる。

 完全に物量戦だった。

 

「数が多すぎる!」

 

 スケイルが叫びながらライフルを撃つ。

 弾丸がデスマンティスの頭部を砕く。

 緑色の体液が飛び散った。

 しかし、それでも群れは止まらない。

 棚の上。

 通気口。

 暗闇の奥。

 次々と現れる。

 

「クソッ……!」

 

 ジョンは後退しながら叫ぶ。

 

「出口まで走るぞ!」

「賛成!!」

 

 セリアが即答した。

 一行は物資を放り出し、倉庫出口へ向かって走る。

 だが。

 ――ガシャァァン!!

 天井から新たなデスマンティスが降ってきた。

 

「っ!?」

 

 スケイルが反応しきれない。

 デスマンティスの巨大な鎌が、真っ直ぐ彼女へ振り下ろされる。

 速い。

 避けられない。

 その瞬間。

 

「危ないっ!!」

 

 セリアが飛び込んだ。

 スケイルを突き飛ばす。

 そして。

 ――ギィィン!!

 鈍い切断音。

 一瞬、時間が止まった。

 

「……え?」

 

 スケイルが呆然と呟く。

 セリアの左腕が、肩口から宙を舞っていた。

 紫色の髪が揺れる。

 切断面から火花が散った。

 床へ転がる人工腕。

 バチバチとショート音を立てている。

 

「セリア!!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 セリアは苦痛に顔をしかめながら後退した。

 

「っぅ……!」

 

 人工皮膚が裂け、内部フレームが露出している。

 赤い疑似血液とオイルが床へ飛び散った。

 

「な、なんで……」

 

 スケイルが絶句する。

 セリアは歯を食いしばりながら叫んだ。

 

「いいから走って!!」

 

 ジョンは即座にセリアを支える。

 

「行くぞ!」

 

 一行は全力で倉庫から飛び出した。

 背後ではデスマンティス達が追ってくる。

 カチカチカチカチ……!

 無数の足音。

 不快な羽音。

 

「まだ来るでござるぅぅ!!」

 

 ネドリーが泣きそうな声を出す。

 ジョン達はジャングル通路を必死に駆け抜けた。

 蔓をかき分け。

 倒木を飛び越え。

 息を切らしながら走る。

 

「セリア、大丈夫か!?」

「左腕切れただけよ……!」

「だけって!」

「死ぬよりマシ!!」

 

 セリアは顔をしかめながらも走り続ける。

 だがその時。

 前方のジャングルが大きく揺れた。

 ズシン。

 ズシン。

 重い振動。

 

「……え?」

 

 ジョンの顔が引きつる。

 次の瞬間。

 木々を突き破り、“それ”が現れた。

 

「うそでござろぉぉぉ!?」

 

 ネドリーが絶叫する。

 巨大。

 三十メートル級。

 巨大化したデスマンティスだった。

 しかも一体ではない。

 二体目。三体目。

 通常個体を遥かに超える異様な巨体。

 巨大な鎌。

 異常発達した外骨格。

 

「メガ・デスマンティス……!」

 

 スケイルが青ざめる。

 完全に逃げ道を塞がれていた。

 後ろからは通常個体。

 前には巨大個体。

 

「終わった……」

 

 ジョンが乾いた声を漏らす。

 その時だった。

 

 ――ギャオォォォォォォッ!!

 

 轟音。

 大気が震える。

 次の瞬間。

 巨大な赤黒い影が、横から突っ込んできた。

 

 ――ドゴォォン!!

 

 一体のメガ・デスマンティスが吹き飛ぶ。

 巨木をなぎ倒しながら転倒した。

 

「……ソドム!?」

 

 ジョンが目を見開く。

 赤黒い怪獣。

 二本角。

 圧倒的巨体。

 縄張りの王。ソドムだった。

 ソドムは咆哮を上げながら、メガ・デスマンティスへ突進する。

 巨大な爪が振り下ろされる。

 メガ・デスマンティスが鎌で受け止める。

 だが。

 パワーが違った。

 

 ――バキィッ!!

 

 鎌ごと叩き砕かれる。

 続けざまに、ソドムが火炎を吐いた。

 爆炎。灼熱。

 一体のメガ・デスマンティスが火達磨になる。

 

 ギシャァァァァッ!!

 

 断末魔。

 最後の一体が背後から飛びかかる。

 だがソドムは振り向きざまに尾を叩き込んだ。

 轟音。

 巨大な身体が宙を舞う。

 そのまま地面へ激突した。

 沈黙。

 ジャングルに、焼けた匂いだけが漂う。

 

「……勝った」

 

 ジョンが呆然と呟く。

 ソドムは周囲を見回し、鼻を鳴らした。

 そして。

 まるで興味を失ったように、ゆっくりジャングルの奥へ消えていく。

 残されたのは、破壊された森と巨大な死骸だけだった。

 

「……助かったのでござる?」

 

 ネドリーが震え声で言う。

 

「偶然だけどな……」

 

 ジョンは深く息を吐いた。

 その時。

 

「あれ……?」

 

 ネドリーが何かに気づく。

 倒れた樹木の向こう。

 半ば泥に埋もれた金属物体が見えていた。

 

「なんだこれ」

 

 一同が近づく。

 そこにあったのは、小型潜水艇だった。

 古いが、完全には壊れていない。

 

「潜水艇……?」

 

 セリアが片腕のまま呟く。

 ネドリーの目が輝いた。

 

「これ……使えるかもしれんでござる!」

「何に?」

 

 ネドリーは興奮気味に言った。

 

「中央制御塔の下、水路があるのでござるよ!」

 

 ジョンはハッとする。

 

「まさか……」

「これで水路から侵入できるかもしれんのでござる!!」

 

 その言葉に。

 全員の表情が少しだけ変わった。

 絶望しかなかったコロニーで。

 初めて、“脱出への道”が見えた気がした。

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