宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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21.

 ジャングルの奥を、ジョン達は重い足取りで戻っていた。

 誰も大きな声を出さない。

 疲労。緊張。

 そして、先ほどの怪獣戦の余韻。

 ソドムがメガ・デスマンティスを叩き潰す光景は、あまりにも現実離れしていた。

 木々を薙ぎ倒す巨体。

 爆炎。咆哮。

 まるで自然災害だった。

 

「……なんで俺達、生きてるんだろうな」

 

 ジョンがぼそっと呟く。

 

「運がいいからじゃない?」

 

 セリアが軽く言った。

 だが、その声にはいつもの余裕が少し欠けていた。

 左肩から先。

 そこにあるはずの腕は、もうない。

 切断面には応急処置用の金属キャップが装着され、内部配線が仮固定されていた。

 完全に痛々しい。

 

「……」

 

 ジョンは横目でセリアを見る。

 セリアは気づいていたが、わざと軽い調子を崩さなかった。

 

「そんな顔しないでよ」

「するだろ普通」

「左腕くらいまた付ければいいし」

「そういう問題じゃねえ」

 

 ジョンは苛立ったように言う。

 その視線が、自然とスケイルへ向いた。

 スケイルは黙ったまま歩いていた。

 顔色が悪い。

 ずっと無言だった。

 

「……お前さ」

 

 ジョンが低い声を出す。

 スケイルがびくりと肩を揺らした。

 

「セリア庇われた時、何もできなかったよな」

「……」

「死にかけたんだぞ」

「ジョン」

 

 セリアが止めようとする。

 だがジョンは止まらない。

 

「お前、散々“道具”扱いしてたよな?」

「……」

「その“道具”に助けられた気分はどうだ?」

 

 空気が重くなる。

 ネドリーが「うわぁ……」という顔で視線を逸らした。

 スケイルは唇を噛む。

 反論できない。

 顔が青ざめていた。

 

「ジョン、やめなさいって」

 

 セリアがため息をつく。

 

「でもよ――」

「私は別に気にしてないから」

 

 セリアはあっさり言った。

 そして、片腕になった肩を軽く揺らす。

 

「私はロボットなんだし」

 

 その言葉に、スケイルが顔を上げる。

 セリアは続けた。

 

「人間の盾になるのは当然でしょ」

「……え」

「優先順位は人間が上。それが普通じゃない?」

 

 軽い口調。

 まるで大した話じゃないみたいに。

 だが、その言葉はスケイルの胸へ深く刺さった。

 

「だからそんな顔しないでよ」

 

 セリアは苦笑する。

 

「腕一本で済んだなら安いもんだし」

「……なんで」

 

 スケイルの声は小さかった。

 

「なんで、そこまで……」

「え?」

「私は……あなたを嫌ってたのよ」

 

 スケイルは俯く。

 

「人間社会を壊す存在だって……ずっと……」

 

 セリアは少し困った顔をした。

 

「まあ、嫌われるの慣れてるし」

「……」

「セクサロイドってそういうものだから」

 

 その言い方が、逆にスケイルには苦しかった。

 まるで、“そう扱われるのが当たり前”だと言っているみたいで。

 ジョンは舌打ちした。

 

「お前も変に納得すんなよ」

「だって事実じゃない」

「事実でも気に入らねえんだよ」

 

 ジョンは不機嫌そうに前を向く。

 セリアはそんな彼を見て、少しだけ笑った。

 

「……ありがと」

「別に礼言われる筋合いねえ」

 

 照れ隠しみたいにジョンが言う。

 そのやり取りを、スケイルは黙って見ていた。

 胸の奥がざわつく。

 理解できない。

 いや、理解したくない。

 自分はずっと、“セクサロイドは人間を堕落させる道具”だと思ってきた。

 人格を真似た機械。

 人間社会を歪める存在。

 だから排除されるべきだと。

 なのに。

 さっき、自分を庇った。

 命懸けで。

 しかも本人は、それを当然だと言った。

 

「……そんなのおかしいじゃない」

 

 スケイルが小さく呟く。

 だが、自分でも何が“おかしい”のかわからなかった。

 その時。

 

「おーい!」

 

 前方からモラゴの声が響いた。

 拠点へ戻ってきたのだ。

 モラゴは一行の姿を見るなり、大きく手を振る。

 

「おお!無事じゃったか!」

「死ぬかと思ったでござる……」

 

 ネドリーがへたり込む。

 そして、興奮した様子で叫んだ。

 

「博士!!大発見でござる!!」

「おお?」

「潜水艇を見つけたのでござるよ!!」

 

 モラゴの目が丸くなる。

 

「なんじゃと!?」

「中央制御塔へ水路から侵入できるかもしれんのでござる!!」

 

 一瞬。

 拠点の空気が変わった。

 希望。

 そんな言葉が、久しぶりに場へ漂った。

 

「……ほう」

 

 モラゴは顎髭を撫でる。

 

「つまり、脱出への糸口になるかもしれんということか」

「その可能性は高いでござる!」

 

 ネドリーが力強く頷く。

 

「整備できれば動くかもしれんのでござるよ!」

 

 モラゴは豪快に笑った。

 

「はっはっは!!面白くなってきたのう!!」

 

 だがその時。

 モラゴの視線が、セリアの左肩で止まった。

 

「……む?」

 

 笑みが消える。

 

「お前さん、その腕……」

「あー、ちょっと切られちゃって」

 

 セリアが軽く言う。

 だがモラゴの表情は険しくなった。

 

「デスマンティスか?」

「まあね」

「ふむ……」

 

 モラゴは黙り込む。

 スケイルはその後ろで、何も言えず立ち尽くしていた。

 自分の胸の中で、何かが音を立てて崩れ始めているのを感じながら。

 

 しかし、潜水艇発見の報告を受けたことで、拠点の空気は少しだけ明るくなっていた。

 もちろん状況そのものは最悪だ。

 怪獣だらけのコロニー。

 脱出手段なし。

 ラクーン号とも分断されたまま。

 だが、それでも“中央制御塔へ向かう手段があるかもしれない”というだけで、人間は驚くほど前向きになれるらしい。

 

「つまり、その潜水艇が動けば希望が見えるわけでござる!」

 

 ネドリーが興奮気味に言う。

 

「水路を通って中央制御塔へ侵入!環境制御を起動!怪獣達の動きが鈍った隙に脱出!」

「言うのは簡単なんだけどな……そもそもどうやってここまで持って来るんだよ?」

 

 ジョンは疲れた顔でぼやく。

 

「それに潜水艇が動く保証ねえだろ」

「そこはジョン殿にかかってるのでござる!」

「急に責任重大だな!?」

 

 するとモラゴが豪快に笑った。

 

「はっはっは!安心せい!」

「何を?」

「運搬手段ならある!」

 

 モラゴは突然、拠点の外へ向かって歩き始める。

 

「おーい!ミニソドムー!」

 

 ジョンは嫌な予感がした。

 

「……まさか」

 

 数秒後。

 ――ズシン。

 ――ズシン。

 重い振動。

 ジャングルの木々を揺らしながら、ミニソドムが顔を出した。

 フシュン、と鼻息。

 完全に呼ばれて来た犬だった。

 

「来た来た!」

 

 モラゴが嬉しそうに笑う。

 

「お前さん、ちょっと頼まれてくれんかのう」

 

 ミニソドムは首を傾げる。

 モラゴはジャングルの方角を指差した。

 

「壊れた潜水艇があるんじゃ。ここまで運んでほしい」

「…………」

 

 ジョンは思った。

 怪獣に荷運び頼むな、と。

 そもそも話は通じているのか、と。

 だが。

 ミニソドムは話を理解したみたいに「フシュ!」と鳴いた。

 

「通じた!?」

 

 セリアが驚く。

 

「頭いいのねこの子……」

「そこらの人間より賢いぞい」

「その比較対象やめろ」

 

 モラゴはミニソドムの鼻先を撫でる。

 

「頼んだぞー」

 

 ミニソドムは元気よくジャングルの奥へ走っていった。

 ズシンズシンと地面が揺れる。

 ジョンは頭を押さえた。

 

「……なんかもう、このコロニーの常識にツッコむの疲れてきた」

「慣れって怖いわね」

 

 セリアが苦笑する。

 その時、スケイルが小さく口を開いた。

 

「……その腕、本当に平気なの?」

 

 セリアは一瞬きょとんとした。

 

「ん?」

「だから……左腕」

 

 スケイルは気まずそうに視線を逸らす。

 

「痛覚とか、あるんでしょ」

「あー、まあね」

 

 セリアは肩の切断部を見る。

 

「普通に痛かったわよ」

「……」

「でも応急遮断したから今は平気」

 

 セリアはわざと軽く言う。

 だがスケイルの表情は暗いままだった。

 

「私のせいで……」

「だから気にしなくていいって」

「でも――」

「その話もう終わり」

 

 セリアは笑った。

 

「今は脱出の方が大事でしょ?」

 

 スケイルは黙り込む。

 ジョンはそんな二人を見ながら、小さくため息をついた。

 すると。

 遠くから木々の倒れる音が聞こえてきた。

 ズシン。

 ズシン。

 再び地面が揺れる。

 

「お、帰ってきたのう!」

 

 モラゴが笑う。

 数秒後。

 ジャングルを突き破るようにミニソドムが戻ってきた。

 そして。

 

「うわっ!?」

 

 ジョンが目を見開く。

 ミニソドムは、潜水艇を咥えていた。

 いや、正確には“引きずっていた”。

 巨大な潜水艇が地面をガリガリ削りながら運ばれてくる。

 

「運搬方法が雑!!」

 

 セリアがツッコむ。

 潜水艇は泥だらけだった。

 外装も傷だらけ。

 だが、形そのものはまだ保っている。

 

「おおー!」

 

 ネドリーが駆け寄る。

 

「ちゃんと持ってきたでござる!」

「すげえなほんとに……」

 

 ジョンは呆れ半分で潜水艇を見上げた。

 全長十メートルほど。

 二人乗り程度の小型艇。

 かなり古い型だ。

 表面には“T2R MAINTENANCE UNIT”の文字が薄く残っていた。

 

「研究用か」

 

 ジョンが外装を叩く。

 金属音。

 完全に壊れてはいない。

 

「エンジンは……死んでるか?」

 

 側面パネルを開く。

 内部は湿気と泥でかなり傷んでいた。

 配線も腐食している。

 だが。

 

「……直せなくはないな」

 

 ジョンが呟く。

 ネドリーの顔が明るくなる。

 

「本当でござるか!?」

「あくまで“動けば”の話だぞ」

 

 ジョンは工具を手に取った。

 

「部品足りねえし、電源系も怪しい」

「でも可能性はあるのでござるな!」

「まあな」

 

 ジョンは潜水艇を見上げる。

 中央制御塔。

 怪獣だらけの水路。

 意味不明な救難信号。

 どう考えても危険しかない。

 だが。

 これが今、唯一の希望だった。

 

「……やるしかねえか」

 

 ジョンはそう呟きながら、潜水艇の修理を始めた。

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