宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
拠点の一角では、金属を叩く乾いた音が断続的に響いていた。
ガン、ガン、ガリリ――。
火花。
焦げた配線の匂い。
オイルの臭気。
薄暗い照明の下、ジョンは潜水艇の整備ハッチへ半身を突っ込みながら顔をしかめていた。
「なんだこの配線……」
汗を拭いながら呟く。
「設計した奴、性格悪すぎだろ」
「二十年以上前の研究用設備じゃからのう」
隣でモラゴが笑う。
「当時の技術者は“整備性”という概念を軽視しとったんじゃ」
「いや軽視しすぎだろこれ」
ジョンは工具を放り出しそうになった。
潜水艇は現在、拠点中央へ運び込まれていた。
ミニソドムが“運搬”してきたせいで外装には大量の擦り傷がついている。
だが内部フレームは意外と頑丈だった。
元々、研究区域の危険水路で使う前提だったのだろう。
多少乱暴に扱われても壊れない設計になっているらしい。
「エンジンは半死半生……」
ジョンが端末を確認する。
「推進ノズルは腐食、バッテリーは完全放電、制御基板は水没痕あり……」
「直せそうかの?」
「ギリギリだな」
ジョンはレンチを回した。
「普通なら廃棄」
「だが?」
「今は普通じゃない」
そう言いながら、ジョンは腐食したケーブルを交換していく。
周囲には分解された部品が散乱していた。
古いモーター。
電源ユニット。
拾ってきたジャンクパーツ。
完全に即席修理だ。
数メートル離れた場所では、セリアが床へ座り込んでいた。
正確には、“自分の腕を修理していた”。
「うーわ、切断面ひど」
セリアは外した人工皮膚をめくりながら顔をしかめる。
左肩の内部フレームが露出していた。
断線した人工筋肉。
焼き切れた配線。
かなり深く損傷している。
「これ完全交換かなぁ……」
片手で器用に工具を操作しながら、セリアはぶつぶつ言う。
ジョンはちらりとそちらを見た。
「無理すんなよ」
「大丈夫よ」
セリアは軽く笑う。
「元々中古品だし」
「そういうこと言うなって」
「事実じゃない」
セリアは苦笑した。
だがその声色は少しだけ柔らかかった。
ジョンが気にしているのをわかっているのだろう。
少し離れた簡易居住区では、ネドリーとアリスの姿が見えた。
どうやら自室代わりにしている小部屋へ引っ込んでいるらしい。
扉の向こうからは、ネドリーの慌てた声が微かに聞こえてくる。
「アリス殿!?そこ触ると危ないのでござる!」
「大丈夫なのですー」
「コードを噛んではいけないでござるぅ!」
「なのですー♪」
ジョンは遠い目をした。
「……あいつら遭難中とは思えねえな」
「仲良しじゃからのう」
モラゴが笑う。
「夫婦みたいなもんじゃ」
「まあ、そう見えるけどさ……」
ジョンは曖昧に言葉を濁した。
未だに若干気まずいのである。
あの二人の関係性について深く考えると脳が混乱する。
するとモラゴが工具箱を漁りながら言った。
「ほれ、プラズマレンチ」
「お、助かる」
ジョンは工具を受け取る。
モラゴは潜水艇の外装を軽く叩きながら、ふうと息を吐いた。
「しかし懐かしいのう」
「これ使ってたのか?」
「研究区画の点検用じゃよ」
モラゴは目を細める。
「昔はもっと綺麗じゃった」
ジョンは手を止めた。
「……昔って、事故前か」
「うむ」
モラゴはゆっくり頷く。
人工照明を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「最初は夢みたいな場所じゃったぞ」
その声は、少し遠かった。
「食料問題を解決できるかもしれん研究施設。最新技術。優秀な研究者。みんな希望に満ちとった」
「怪獣コロニーになる前は、ってか」
「そうじゃな」
モラゴは笑った。
だが、その笑みには疲れが混じっていた。
ジョンはしばらく黙って作業していたが、やがてぽつりと聞く。
「……博士さ」
「ん?」
「なんでこの仕事やってたんだ?」
モラゴは少し驚いた顔をした。
「食料研究か?」
「ああ」
ジョンは配線を繋ぎ直しながら言う。
「もっと楽な仕事もあっただろ」
モラゴはしばらく考えたあと、小さく笑った。
「故郷のコロニーにな」
「うん」
「妻がおるんじゃ」
ジョンの手が止まる。
「……奥さんいたのか」
「失礼な言い方じゃのう」
「いや、今の見た目で家庭持ち想像できねえよ」
「はっはっは!」
モラゴは豪快に笑った。
だが次に浮かべた笑みは、どこか穏やかだった。
「昔はちゃんとしとったんじゃぞ?」
「信用できねえ」
「酷いのう」
モラゴは苦笑する。
「若い頃は普通の研究者じゃった。残業ばっかりで妻には怒られとったが」
「どこにでもいるタイプだな」
「じゃが、食料問題を解決できれば、もっと多くの人間が生きられると思った」
モラゴは静かに言った。
「宇宙開拓時代は飢えで死ぬ人間も多かったからの」
ジョンは黙って聞いていた。
「だから頑張ったんじゃ」
モラゴは遠くを見る。
「帰ったら、“もう危険な仕事はするな”ってまた怒られるかもしれんがな」
「帰れたら、だろ」
「帰るぞい」
モラゴは即答した。
驚くほど迷いがなかった。
「ワシはな」
ニヤリと笑う。
「帰ったらまず冷えたビールを飲むんじゃ」
「……小さい夢だな」
「それがいいんじゃよ」
モラゴは指を立てる。
「んで、ソファに寝転がって野球中継を見る」
「おっさんだなぁ……」
「おっさんじゃからの!」
豪快に笑うモラゴ。
その笑い声は、妙に安心感があった。
崩壊したコロニー。
怪獣だらけの世界。
それでも。
この老人は、“帰る前提”で話している。
ジョンは少しだけ口元を緩めた。
「……じゃあ、その夢叶えるためにも」
潜水艇のエンジンカバーを閉じる。
「こいつ直さねえとな」
「うむ!」
モラゴが力強く頷いた。
工具の音が、再び拠点へ響き始めた。
***
夜の拠点には、独特の静けさがあった。
もちろん完全に静かなわけではない。
遠くでは怪獣の咆哮が響いている。
ジャングルの奥では、巨大生物が木々を揺らす重低音が時折聞こえてくる。
天井ダクトからは、老朽化した換気ファンの低い駆動音。
どこかで水滴が垂れる音。
薄暗い非常灯の光が、金属壁をぼんやり照らしていた。
その中で、一番賑やかな音を立てていたのはセリアだった。
「んーっ……硬っ」
床に座り込んだセリアが、膝の上に置いた金属アームを睨む。
彼女の左肩には、応急処置用の接続ケーブルが何本も伸びていた。
切断された左腕の代わり。
それは本来、重機作業用に使われていたらしい大型ロボットアームだった。
黒い金属フレーム。
露出したシリンダー。
先端は三本指の鉤爪になっている。
武骨。
無骨というより、完全に凶器寄りだ。
「それほんとに腕か……?」
ジョンが潜水艇の整備ハッチから顔を出しながら言う。
「どう見ても敵船に乗り込む海賊の装備だろ」
「いいじゃない」
セリアは笑った。
「ちょっとカッコよくない?」
ガチャン、と鉤爪が開閉する。
油圧シリンダーの音が響いた。
「うわ、怖」
「失礼ね」
セリアは肩口の接続端子へケーブルを差し込む。
小さな火花。
ジジッ、と電流音。
その瞬間、鉤爪がぴくりと動いた。
「お」
セリアの顔が少し明るくなる。
「神経接続生きてる」
彼女はゆっくり鉤爪を動かしてみた。
開く。
閉じる。
金属指がぎこちなく動作する。
「感覚は?」
ジョンが聞く。
「うーん……」
セリアは少し考え込んだ。
「普通の腕っていうより、“工具操作してる感覚”かな」
「そりゃ作業アームだしな」
「握力だけはすごいわよこれ」
試しに近くの空き缶を掴む。
――ベコン。
一瞬で潰れた。
「うわ」
「調整ミスった」
セリアは苦笑する。
「これ下手したらジョンの腕も握り潰せるかも」
「絶対触んな」
「冗談よ」
だが、その光景を少し離れた場所から見ていたスケイルの表情は暗かった。
鉤爪。露出した機械部。左肩の損傷跡。
その全てが、自分を庇った結果だ。
「……ごめんなさい」
ぽつりと呟く。
セリアが顔を上げた。
「またそれ?」
「だって……」
スケイルは視線を逸らす。
「私のせいで、そんな身体に……」
「そんな身体って」
セリアは困ったように笑った。
そして鉤爪を掲げる。
「ほら、海賊っぽくて強そうじゃない?」
「そういう問題じゃ……」
「片腕フックの賞金首って感じしない?」
「それもう宇宙海賊映画なのよ……」
ジョンが呆れた声を出す。
だがセリアは笑い続けた。
無理しているわけではない。
本当に、深刻にしないよう努めているのだ。
だからこそスケイルには余計につらかった。
「……なんで」
スケイルが小さく呟く。
「なんで、そこまで普通でいられるの」
「え?」
「私は……」
スケイルは拳を握る。
「あなた達みたいなのをずっと否定してきたのよ」
拠点の空気が静かになる。
遠くで怪獣の鳴き声が響いた。
「セクサロイドは人間を駄目にする存在だって」
スケイルは俯いたまま続ける。
「人間関係を壊して、人間性を歪めて、社会を腐らせるって……」
それは彼女が長年信じてきた思想だった。
ウェイク・アップ。セクサロイド廃絶を掲げる活動団体。
彼女は本気で、自分達が正しいと思っていた。
だが。
「あなたは私を助けた」
声が震えていた。
「しかも、自分の腕を失ってまで……」
セリアは少し困ったような顔になる。
「まあ、あの時は咄嗟だったし」
「普通そんなことできないわよ……!」
スケイルは思わず顔を上げた。
「人間だって怖いのに……!」
その言葉に、セリアは少しだけ黙った。
そして。
「怖かったわよ」
静かに言った。
スケイルの目が見開かれる。
「普通に怖かった」
セリアは笑う。
「切られた瞬間、“うわ最悪”って思ったし」
「……」
「でもジョン達死ぬ方が嫌だったから」
あっさり。
本当に何気なく。
だからこそ、スケイルには重かった。
「……わからない」
スケイルが呟く。
「私、自分が何を信じてたのかわからなくなってきた」
その言葉は、長い時間をかけて積み上げてきた価値観が崩れる音だった。
「帰れたら……」
スケイルは小さく息を吐く。
「団体、抜けるかもしれない」
ジョンがちらりと彼女を見る。
「ウェイク・アップを?」
「……うん」
スケイルは苦笑した。
「今の私じゃ、もう前みたいに“敵”として見られない」
セリアはしばらく彼女を見ていたが、やがて鉤爪をカチンと鳴らした。
「まあ、帰ってから考えなさいよ」
「え?」
「今は生き残る方が先」
ニヤリと笑う。
「じゃないとこの海賊アームが無駄になるし」
スケイルは思わず吹き出した。
「ほんと変な人ね……」
「人じゃなくてロボットだけど」
「そこ強調しなくていい!」
少しだけ。
本当に少しだけ、空気が柔らかくなる。
……だが、その様子を少し離れた暗がりから見つめる男がいた。
スフラ・ドレイク。
彼は壁へ背を預けながら、静かに目を細めていた。
「……」
普段の柔らかい笑み。
穏やかな研究者の顔。
だが今、その奥には別の感情が滲んでいた。
冷たい。
観察するような目。
「そろそろ潮時か……」
小さな呟き。
誰にも聞こえないほど小さい声。
しかしその瞬間だけ、“好青年”の仮面が剥がれ落ちていた。
***
それから、少しして。
ジョンは潜水艇の制御端末を抱えながら通路を歩いていた。
「……AI制御が意味わかんねえ」
古い潜水艇だけあって、システム構造がかなり独特なのだ。
しかも研究用。
一般規格から微妙に外れている。
「こういうのはオタクの領分だろ……」
つまりネドリーだ。
ジョンは半ば決めつけながら、ネドリー達の部屋へ向かっていた。
簡易居住区の奥。
薄い鉄板扉。
中からは物音が聞こえる。
「ネドリー?」
軽くノックする。
返事はない。
「おーい」
もう一度ノック。
やはり返事がない。
「……寝てんのか?」
ジョンは扉を少し開けた。
そして。
「…………」
固まった。
部屋の中。
薄暗い照明。
ベッド。
乱れたシーツ。
覆いかぶさるネドリー。
"接続中"なのがよく見えるアリス。
ものすごく説明不要な状況。
「…………」
「…………」
「…………なのです」
数秒。
完全な沈黙。
ネドリーの顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、違っ……!」
「いや待て説明するな!!」
ジョンは全力で視線を逸らした。
脳が現実を拒絶している。
アリスだけがきょとんとしていた。
「こんばんはなのです?」
「こんばんはじゃねえ!!」
ジョンは慌てて扉を閉めかける。
だが閉める寸前、完全に処理能力を失った口調で言った。
「……日を改めてお伺いシマス……」
そして静かに扉を閉めた。
数秒後。
通路の壁へ額を打ち付ける。
「うわああああああああ……」
低い絶叫。
このコロニー、怪獣以外でも精神にダメージを与えてくる。